大将戦
「お姉さま・・・素敵」
フローラは戦場と客席を分ける手すりから身を乗り出し、両手を胸の前で組んで強く凛々しい騎士に変貌したメリッサをうっとりと眺めていた。
「お、おいおい、ホントかよ・・・HがAを圧倒してるぞ・・」
観客席は大歓声というより思わぬ事態にざわついていた。
ユーゴ、ルシアン、ドロテ、メリッサが僅か5分程で敵5人を倒し、Aチームは早くも大将ユベール一人になったのだ。
「兄ちゃん達すげえ・・・」
戦いがあまりよくわかっていないモレル家の子供たちさえも口を開けたままだ。
「なんというか、急に強くなっていないか?」
セルジュの呟きに皆無言で頷いた。
「ああ。いや、正確には急に強くなってきている だな」
「どういう・・?」
「この試合で急に強くなったというわけじゃあない。摸擬戦を戦ってきた中で強くなっていったという事だ」
「ま、階段を2段飛ばしで駆け上がっちまったからこの試合で急に強くなった感じはするがな」
エリアスとニルスが交互に答えた。
「むうぅ・・・エリアス、彼らは本当に素人だったのか?戦い慣れしているようにしか見えんぞ・・・」
初めて自身の娘の所属するHチームの戦いを見たロシュフォール家当主フランクも驚きを隠せないようだ。
「はい父上、そのように聞き及んでおりました。初戦はユーゴの独壇場で終わりましたが二戦目の戦い方は勝利はしたものの皆なんといいますか・・・」
「みんなおっかなびっくりっていう感じでしたよ。な?兄貴。あはは」
ニルスがおかしそうに口を挟んだ。
「わからんな・・・。それがどうして急にこうなったのだ?」
「恐らくは指導方法と摸擬戦に特化した戦略だと思います」
「どういうことだ?」
「はい、これまでもニルスと話していたことですが、まず圧倒的な持久力が要因の一つです。摸擬戦は木剣で戦う特殊な試合なので長期戦に備えて長時間戦えるように修練を積んできた事が功奏しています。そして技量差を未知の剣術と体術で埋めてしまっている」
「む?その、未知の剣術と体術とはあのセルジュ殿の子息が使う技の事か?」
言いながらフランクはセルジュに顔を向けた。
「い、いえ、わ、私は・・・」
セルジュはユーゴの剣術について知っている事は何もない。ジエイタイという騎士団のような組織の事はチームの皆と共に聞いていたがここでしゃべるわけにはいかない。
セルジュはフランクの鋭い視線を受けて動揺した。
「貴公に剣の心得のないことは二人から聞いている」
フランクはすぐに二人の息子に視線を戻した。
セルジュはほぅっとひとつ息を吐き、安どの表情を浮かべた。
「(・・・あなた!・・・)」
隣に座っている妻イザベルが声を殺して小さく肘を当てた。
「(わ、わかっておる!みなまでいうな・・・し、しかし考えておかないとな・・・)」
これまでは幸か不幸かユーゴの使う剣術についてセルジュが何か聞かれる事は無かったが、父親である自分に息子の剣術について何も聞かれないという方が不自然だ。
「ユーゴ自身の使う剣術はもちろんですが」
エリアスが話を続けた。
「メリッサ嬢の独特な構え、打ち方もですし拳や足を使う技もそうですね」
「なるほどたしかにあの片手技は初見だ。しかし拳や蹴り、組打ちは実戦では普通に使われていて珍しいものではない」
「はい、それは父上の仰る通りです。しかしああいった技は実戦を重ねて徐々に身についていくものですが、彼らのそれは確たる基礎があって初めから剣術に組み込まれているものとみえます」
「なるほど。創意工夫でここまで来たということか。ドロテにしてもそうだが実際にこの目で見るまでは勝ち続けている等到底しんじられなかったが、素晴らしい、見上げたものだ。」
腕組みをしたフランクの表情は本当に感心した様子だ。
「父上、ドロテの事も認めてやってはどうでしょう?」
「む?」
「アルバンとの一戦、凄かったぜ。正直俺もドロテがあそこまでやれるとは思ってなかったんだけど、おばあ様が生前言ってた通りだった。あの負けん気の強さだけは兄弟で一番だ」
「むう・・・」
次期騎士団長ユリウスはもとより、次男エリアス、三男ニルスも剣術ではすでにロシュフォール当主フランクを超えており、揃って第一小隊に君臨するエースだ。さすがにその二人の意見を無下にはできない。
「・・・そうだな。学校卒業後ドロテとは今一度話をするとしよう」
エリアスとニルスは笑顔で拳を合わせた。
「だが快進撃もここまでだろうな。客観的に見てあのユベールを相手に華奢な娘が一騎打ちとはいくらなんでも分が悪い。ユーゴシュバリエ、相当頭のきれる若者のようだが最後に詰めを誤ったな」
「あああ!危ない!」
子供たちの上ずった声が上がった。
「姉ちゃん頑張れ!」
レティシアはフランクの見立て通りユベール相手に防戦一方だ。
「いや、しかしよく頑張って来た・・・」
「・・・」
「!」
それまで娘の戦いを黙って見ていたセルジュが突然立ち上がり戦場と客席を分ける手すりを乗り越えた。
「セルジュ殿!?何をしておる?」
「あ、あなた?!」
「よくここまで頑張ったではだめなのです・・・。あの子は、レティシアはユーゴが作ってくれた千載一遇の機会に命を懸けて祖父の無念を晴らそうとしている。私に似て言い出したら聞かない・・・退かない頑固者だ。恐らくどれだけ劣勢になっても危険な状況になっても降参はしないだろう・・・」
「・・・」
「・・・」
「出来損ないの私は何もできなかった・・・臆病者だ。むざむざと幼い娘の前で父を殺され財産を奪われた不甲斐ない父親だ・・・」
「そ、そんな事はありません!剣術に優れている事だけが良い父親の条件ではないはずです!」
「そうです!旦那様、お嬢様は旦那様の事をそんな風に思ったりはしていません」
イザベルとシルビィが反論した。
「いや、いいのだ。有難うイザベル、シルビィ」
固く握られたセルジュの両拳は小刻みに震えていた。
「レティシアが破れるのは致し方ない。甘んじて受け入れよう。だがしかし!・・・・またしても目の前で肉親を、娘を失ってたまるか!レティシアだけはこの身と引き換えてでも守って見せる!」
なにかあれば無理やりにでも戦いに割って入ろうという姿勢だ。
「・・・セルジュ殿・・・」
「・・・旦那様・・・」
セルジュの悲壮な覚悟に皆押し黙った。
「きゃん!」
「?!」
セルジュが妻の小さな悲鳴に驚いて振り向くとセルジュに続いて柵を乗り越えたイザベルが尻もちをついていた。
「い、イザベル、な、何をしているのだ?!」
「私はセルジュ・シュバリエの妻です!私も一緒に戦います!」
「・・・イザベル・・・」
セルジュは数秒イザベルの青い瞳を見つめた後、イザベルの両手を優しく包むと再び戦場へ体を向けた。
「さて・・・どっちが勝つかな?」
仏頂面で戦況を見つめる次期騎士団団長ユリウス・ロシュフォールに剣の師匠であり騎士学校剣術教官のガスパー・ランバートが声をかけた。
ガスパーはユリウスの父フランクとふたつしか違わない同世代だが長身のユリウスを見上げる表情はいたずらっ子のようだ。
「師匠はどうお考えでしょう?」
「おいおい、質問しているのはワシだぞ?」
「・・・師匠と同じ意見です」
ガスパーはガクっとおどけて見せた。
「・・・お主、性格が変わったな」
「そうですか?」
「お主の口からそんな冗談・・・初めて聞いたぞ」
ユリウスは戦況を気にしながら僅かに首を向けてガスパーに目をやった。
「冗談を言ったつもりはないのですが、師匠もこう思われたはずです。”わからない”と」
「まぁ、それはそうなんだがな」
ガスパーは艶々した頭をポリポリと掻いた。
「通常であればAチームの5人を倒したHチームが全員でユベールにかかればそれで終わりです。Hチームの圧勝で終わりでしょう。しかしこの試合に限ってはそうはいかない。陛下公認のユベール対シュバリエの娘の一騎打ちとなってしまった。そしてこうしてみている限りではあの娘ではユベールに勝てない様に思えます」
「そうだの。しかし・・・」
「しかしCチームのイザーク、Bチームのアルバンという強敵を退けてきた・・・ですね」
ガスパーの言葉にユリウスがかぶせてきた。
「うむ。それにあのユーゴが無策でこういう状況にしたとも思えん。それからもうひとつ気になる事がある」
「なんでしょう?」
「メリッサもお主の妹もそうだが他の者は主力を相手に激しい戦いをしてきているがあの大将はまだ大した戦果は挙げていない。さっき話していた様にユーゴが戦う相手を誘導していたとしたらなにかまだ奥の手があるかもしれんの」
「・・・」
「なんにしろ楽しいチームだ」
腕組みをしたガスパーはユリウスを見上げてニヤリと笑った。




