風雲急
「騎士団入団おめでとう。だがこの決勝はAチームの勝ちだ。悪く思うなよな」
ユーゴとユベールが掌程の距離で対峙した。
「俺達はこの試合に勝つ為に一年間懸命に稽古してきたんだ。親の威光だけのお前達には負けない」
”親の威光”という言葉にユベールの眉がピクリと動いた。
「なに?・・・大した自身だが俺たちはお前等がオママゴトしてる年齢からずっと剣に携わって来たのだ。殆ど一年しかやっていないお前達とは違う!」
ユベールは語気を強め、更に顔を近づけた。
「その一年しか稽古してないチームに負けた後の言い訳を考えておくんだな」
「き、貴様、愚弄する気か?!」
「ユーゴ、なんか凄い挑発してるわね・・」
後方で二人のやり取りを見守っていたドロテが不思議そうに呟いた。
「そうか?試合前の”顔合わせ”はいつもあんな感じじゃないか?」
「そうだけど、相手を怒らせるような言葉をわざわざ選んでるみたいよね」
レティシアがドロテに同意する。
「俺達が貴様ら最下位チームに負けるはずなど無い!」
「みんな同じことを言って俺達に負けていったんだ説得力は全くないな」
ユーゴは言い終わった後ははは!と笑った。
「なんだと!!」
ユベールがユーゴの首を掴む。
ユーゴはユベールの手を両手で掴み、半歩引きながら素早く右下に捩じった。
「!うあ・・・!」
「お、おい!」
「やめろ!」
「ユーゴ!」
両軍メンバーが慌てて駆け寄り二人を引き離した。
「下級貴族がなにをしやがる!」
トマ・ラファエリが叫んだ。
「先に手を出したのはそいつじゃないか!」
ルシアンが言い返す。
「そっちが品のない言葉で挑発してきたからだろう!勝てないとわかってなんでもアリか!?」
ロッド・ラージュのいう事はもっともだ。これにはルシアンも言葉が出ない。
しかしユーゴは誰にも気づかれない様にニヤリと笑った。
「じゃあ賭けるか?」
「か、賭けだと?!」
何を言い出したんだ?と目を丸くするユベール。
「賭けなどと不謹慎な!御前試合をなんだと思っている!」
「そうか?観客はみんな賭けを楽しんでるじゃないか。別に俺達が賭けたって良いだろ?賭けたらだめだなんて誰からも言われてないぞ」
「そ、それとこれとは話が違うだろ!」
―ユーゴはいったい何を言い出したんだ?―。
「(何か考えがあるのよきっと!ユーゴに加勢しなさい!)」
ぽかんとしているルシアンにドロテが声を殺して囁いた。
「(おお?・・・お、おぅ!・・・)か、勝つ自信がないならそう言えよな。ちょっとは手加減してやるからよ」
「な、なんだとぉ!農民風情は黙ってろ!」
止めに入ったはずのAチーム全員が平民のルシアンの一言で色めき立った。
ユーゴが「お?!」と内心ほくそ笑んだ。貴族ではないルシアンを嗾けたドロテのファインプレーだ。
―何が始まったのだ?ー。
試合前だというのに両軍入り乱れた状態を観客は皆固唾をのんで見つめている。
「ふふ。やっぱりユーゴが何か仕掛けたみたいだな」
ニルスとHチームの特別席の面々も聞き耳を立て、戦場の11人を注視した。
「良いだろう・・・賭けに乗ってやる!弱小貴族が賭けるものがあればの話だがなぁ!」
味方に体を押さえられた状態のユベールが叫んだ。
「冷静になるのですユベール、事前の作戦会議が終わった後呼び出されて誰に何を言われたかわかりませんが、一度決まった作戦を変更したのは君自身なんですよ?」
「そうだぜ。また直前になって変えようってのか!?やってらんねぇぜ!」
「そうだよー、このままではあいつらの思うつぼだよー」
「う、うるさい!ここまで言われて引き下がれるか!」
頭に血が上ったユベールには最早仲間の言葉は耳に届かないみたいだ。皆説得をあきらめユベールを解放した。
「何を賭けようっていうんだっ!?」
ー来た!ー。
ユーゴは拳を握った。
「この戦いに賭けるのはシュバリエ家の持つ財産全てだ!」
「え・・・・!!」
「!!!」
ユーゴの言葉に全員が目を丸くし絶句した。
「お。お兄様!!」
試合前、ユーゴが私事を持ち込む事の許しを乞うた。「皆ここまで来られたのはユーゴのお陰だから」と快く協力することを決めたのだがまさか財産全てを賭けるとは?!。
「俺達が勝ったら祖父の代クルーゼ家が奪った土地を全て返してもらう!」
「な・・・?う、奪っただと!・・・あれは・・・」
「いかーーーーんっ!いかんぞっ!!」
これに反応して立ち上がり、大声を上げたのはAチームの特別席に来ていたユベールの父ラファエルだ。
「土地を奪ったって?」
「クルーゼ家がか?」
観衆がざわついた。
「え、ええい!う、奪って等おらん!両家納得の上での決闘で得た正当な報酬だ!。そのような賭けなぞ断じて認めん!」
「なーんだ。自信がないのかよ、つまんねーなぁ」
Hチームの特別席でニルスが周囲に聞こえる様に大きな声でわざとらしく呟いた。
「な、何を言うのだ!?だ、だいたい御前試合はそういった家同士の物事を決める戦いではないわ!」
ラファエルはHチームの特別席に向かって必死に全否定をした。
「なんだ?AチームとHチームの大将の家同士でモメてんのか?」
「シュバリエ家が全財産を賭けて戦うといってるのにクルーゼ家が受けないらしいぞ」
「クルーゼ逃げんなよ!弱小貴族が決闘申し込んでるんだぞ!」
「いいぞー!やれやれー!」
観客席から次々にヤジが飛び、周囲に波及していった。
「ぐぬぬ・・どいつもこいつも勝手な事を!・・・」
ラファエルの主張自体は正しい。しかし在りもしない噂を流し追い込んだ上で有無を言わさぬ公平性に欠いた決闘により負けを認めた祖父を斬殺したのだ。謀略や不正により領地を取られたシュバリエ家側からすれば”おまえが言うな”である。
「それでも上級貴族か!?名門の名が泣くぞー!」
「受けろ!クルーゼ!」
「受けろ!逃げるな~!」
「受けろ!」
「受けろ!」
会場は決闘を受けろの大合唱となった。
「くそ!・・・受けてやる!受けてやるぞ!!」
堪らずユベールが木剣をユーゴの喉元に突き出した。
「静まれーーーー!」
「!?」
太く低い声の主はジェラール王だった。玉座から立ち上がり右手を挙げて観衆を制した。
「王だ!」
「ジェラール王だ!」
王の一声により会場は数秒で静まり返った。
「面白い!面白いぞそこな若者!全財産を賭けた勝負とは見上げた根性だ。その決闘私が見届けよう!そして勝った方に褒美を取らせようぞ!」
「(な!?なにーーーー?!)」
ラファエルは驚きすぎてぱくぱくと口を動かし、声が出ないまま尻もちをついた。
「マ、マジか・・・!」
「う、嘘だろ・・・ユ、ユーゴの奴、陛下を動かしたぞ・・・」
特別席の全員が驚愕する事態となった。
「陛下だ!」
「陛下が賭けに乗ったぞ!」
「おおお!!」
「陛下公認の一戦だぞー!この試合にまだ賭けてないやつ!後悔する前に賭けろーーー!」
うおおおおおおおおお!!
うおおおおおおおおお!!
色黒ででっぷりとした元締めらしき男の一声により会場は更に異様な熱に包まれた。
「あ、あの馬鹿者!バカ息子め!」
大歓声の中全身を震わせて声を荒げる者がいた。シュバリエ家当主セルジュだ。
「あ、あなた、ユーゴは私たちの為に・・・」
イザベルがセルジュを諫めようと震える袖を引いた。
「分かっておる、分かっておる!・・・このまま騎士団に入って普通にしていればラクな生活が出来たものを・・・ユーゴ・・・大バカ者だ!」
その言葉とは裏腹にセルジュはどこか嬉しそうな顔をしていた。
「く!満足か?満足だろうなユーゴ!だがしかし返り討ちにしてやる!」
「おっと、お前の相手は俺じゃないレティシアだ」
「な、なに?!」
「シュバリエ家の次期当主はレティシアと決まっているからな」
「ふ・・・ふはははは!なんだそれは?!散々煽っておいて俺の相手は自弱そうな女とはな。勝ったも同然だ。ユーゴ、転居先をみつけておけよ!」
「・・・」
レティシアは険しい表情でユベールを睨みつけていた。
「話は終わったか!?では整列するが良い!」
言うなりジェラール王は走り出した。
軽い身のこなしで柵を乗り越え、金青の外套を翻し戦場に降り立った。
「へ、陛下!」
驚いたユリウスが続き、その後を老体を揺らしながらガスパーが追った。
さらに5名の王国騎士が慌てて柵を超えジェラール王を囲った。
「ひ、控えよ!!」
6名の監視員が慌てて促し跪いた。
「うむ、良い。速やかに準備せよ」
「せいれーつ!」
監視員の号令で全員が一列横隊で並んだ。
「ささーーげーー、剣っ!」
監視員達はジェラール王に体を向け挙手の敬礼。
学生達は木剣を体の中心で立て、木銃のユーゴは”捧げ銃≪ささげつつ≫”頭中だ。
ジェラール王の答礼後、監視員の「配置に着け!」号令で「は!」という掛け声とともに両チーム駆け足で自陣に退いていった。
「まさか御前試合のしかも最終戦でクルーゼのお家騒動に巻き込まれるとはな。とんだとばっちりだぜ」
「まったくだよ~。作戦も二転三転・・・で結局どうするんだよ~・・・」
「俺はシュバリエの女を倒す。あとは好きにしろ。他の戦いがどうなろうが大将戦で勝てば関係ないからな」
最もな不満を口にする仲間にユベールが吐き捨てる様に言った。
「な、なに!?」
「お前!なんだその言い方は!・・・」
「待てロッド、もう試合が始まる。ユベール、これは貸しにしておきますよ」
詰め寄るロッドをケフィが制した。
「わかってる!」
皆になんと言われようがここまで事が大きくなってしまっては退くに退けない。自分がここで”出た杭”を打ち込んでおかないと大事故に繋がりかねない。全く不本意ではあるが父ラファエルの言う通りにせざるを得ないのだ。
「(しかし、相手がユーゴではなかったのは幸いだ。レティシアという女を倒せばチームとしても勝利だ。勝てば全て丸く収まる・・・)」
―話が大きくなってしまって力が入っていたが簡単な事ではないか。女一人に勝てば良いのだ―。
ユベールはふっと口元を緩めた。
荒れるAチームとは対照的にHチームはいつもの様に円陣だ。
「なんか凄い事になったな!」
「あんた嬉しそうね・・・」
「うん!だってあんな間近で国王と会ったんだぞ?!御前試合が終わったらみんなに自慢するぞ」
「あんたねぇ・・・騎士団入団の方を自慢しなさいよ」
「あ・・・忘れてた。それもな!」
ドロテは「はぁ」と大きなため息をつき肩を落とした。
「みんな、シュバリエ家の問題に巻き込んでしまってすまない」
「い、いえ、本当は私がしなくてはいけない事を諸々お兄様に押し付けてしまっているのです。お兄様、みんな、ごめんなさい・・・」
「さっきも言ったけどさ、こんなに楽しい事になって俺は嬉しいんだぞ!」
「なにいってんのよ。騎士団に入れたのはユーゴのお陰よ」
「そうです。何か恩返ししないとと思っていたところです!」
「みんな、有難う」
頬が触れ合う程の距離で五人は笑顔になった。
「でもユーゴ、全財産を賭けるなんて、大丈夫か?」
「俺がシュバリエ家の養子となって騎士学校に入学する代わりに今ある土地家屋財産をくれるっていう約束なんだ。それを俺がどう使たって問題ないだろ?カネはこういう時の為に使うもんだ」
「そ、それはそうですが、なんというか、思い切りがよすぎです・・・」
「メリッサの言う通りだわ」
「俺がもしユーゴの立場なら同じ事するぞ!」
「あんたは財産なんか無いでしょーが」
ドロテがルシアンの頬を引っ張る。
「いててててっ!」
「あはは」
「うふふ」
「でもユベールとはユーゴが戦えばラクに勝てちゃうんじゃないか?いや、レティではだめだというわけではないけど・・・」
「ばかねぇ、養子のユーゴが戦って勝ったらどうせ文句を言ってくるに決まってるじゃない。だからここはどうしてもレティに頑張ってもらうしかないのよ」
もしユーゴがユベールと戦って勝てば恐らくレティシアが戦うべきだった等と文句を言ってくるのは目に見えている。しかしレティシアが戦って勝ってしまえば勝ち目の薄い「ユーゴを出せ」とはならない。
「そ、そうか・・・」
「ドロテの言う通りだ(そして・・・)」
―そしてレティがユベールを倒せば本当に討つべき敵が必ず前に出てくる―。
ユーゴは最後の一文は言葉にせず飲み込んだ。
「お、お兄様、私は・・・」
賑やかな中、一人思いつめた表情のレティシアが口を開いた。
「レティ、自信がない か?」
「・・・」
これまで頑張ってきたのは一にも二にもシュバリエ家再興の為だ。そしてユーゴは御前試合前の宣言通りこれ以上ない機会を作ってくれた。しかし学生の中でも一、二を争う実力のユベールに果たして勝てるだろうか?。
不安でいっぱいだ。むしろ不安しかない。だがこの期に及んで自信がない等と弱音は吐けない。
勿論命がけで立ち向かう決意は揺るがないが客観的に見て全力を出し切ったとしても勝ち目は薄いように思える。
レティシアは硬い表情のままユーゴの目を見つめた。
今の今まで軽口を言い合っていたドロテとルシアン、メリッサも口を真一文字に結んでユーゴを見つめた。
「大丈夫だレティ。稽古通りにやれば必ず勝てる」
「で、でも・・・」
レティシアは一度視線を足元に落とし、数秒後再び顔をユーゴに向けた。
「私は、メリッサの様な体格を生かした剣術はできません・・・。ドロテみたいに鋼の様な負けん気も天才的な戦いもできません、まして膂力はルシアンと比べるまでもないです・・・。勿論この身を賭けて全力で挑みます!でも・・・勝てるかと言われるとそれは・・・」
「俺はこの一年どうやったら御前試合で勝てるかをずっと考えて作戦を練って来た。そしてそれぞれの個性に合った戦い方を考案して指導をして来た。勿論レティにもだ」
「・・・」
「俺を信じるんだ。必ず勝てる。何故なら俺は入学からこれまでずっとレティがユベールに勝てる様に稽古をつけてきたからだ」
「え?!」
「へ?!・・・という事は今日の、今のこの状況を一年前から狙っていたという事なの?!」
驚いたドロテがレティシアより先に反応した。
「ははは。まぁ、な。最終戦というのは出来すぎだけどね」
「そ、そうなのですか?」
「で、でも・・・私はそんな・・・メリッサみたいな得意技は習得してないし、ルシアンのような大技も・・・」
「いいかいレティ、君は総合力で勝負するタイプなんだ。一番の長所はなんでも出来る器用さだ。例え大技がなくても練習通りやれば必ず勝てる!俺を信じろ。そして一年間頑張って来た自分を信じるんだ」
「お兄様・・・」
「レティ、なんとなくモヤっとしてるのよね?でも多分戦えばユーゴの言ってることが分かってくるわ」
「私も・・・剣を振ってると自然に体が動く様な不思議な感覚がありました。でも今ユーゴの話を聞いて確信しました。ドロテなら多分体の大きな敵を、私なら接近戦を挑んでくる様な相手を想定した稽古をつけてくれていたのだと」
「そ、そうなの?」
ドロテとメリッサがユーゴを見た。ユーゴがニっと笑った。
「俺には?!」
眼を輝かせるルシアン。
「ルシアンはいろいろと難しいからなぁ。ない」
「うぇっ・・・」
「ぷ」
「あはは」
「有難うお兄様・・・正直不安はありますけど・・・私、信じて挑みます!」
「もしやるだけやってダメだったらどっかの山奥で二人で暮らそう」
ユーゴがレティシアの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
「!!!」
一瞬でレティシアの顔が薄紅色に染まった。
「ユーゴ。そんな大事な事をこんな場面でよくサラっと言えるわね!そんな事言うと女子は本気にしちゃうわよ!?」
「そういうところなんとなくちょっとルシアンに似てますね。うふ」
「そんな山奥に引っ込まなくても騎士団で高い給金貰えるんだから町で暮らせば良いと思うぞ?」
「それもそうか。あはは」
両手で顔を覆うレティシアは腰がオチてしゃがんでしまっていた。
「戦う前に大将を腑抜けにしてどうするのよっ!」
「ご、ごもっともで・・・」
ユーゴはちょっとやってしまったという顔をした。
「お、おいユーゴ、ジェラール王がこっち見てるぞ・・・!」
何故か体の小さなドロテの影に隠れるルシアン。
「ちょ、ちょっと、どこ触ってるのよ!」
「さ、触ってない!」
「流石に陛下を待たせるわけにいかないよな。よし!行くぞみんな、最終決戦だ!」
「レティ、景気よくお願いね!」
「頼むぞ大将!」
「あ・・・は、はい・・・」
「うふ。しっかりしてください大将」
メリッサがしゃがみ込んでいるレティシアを引っ張り上げた。
レティシアは胸に手を当てて深く大きく深呼吸をした。
「勝ち切って、全勝だーーーーー!」
「おーーーーー!」
五人は剣を突き上げた。




