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場外戦

 12の鐘の時。昼食の時間で試合が止まっているにもかかわらず平原に建設されている観客席には沢山の人がいた。

 この一大イベントを楽しみにしている国民はとても多いのだがその理由は賭博だ。

 大金が飛び交う御前試合では一日で財を成した者もおり、やっと取った席を離れる者は少ない。

 通常の催し物あれば貴族席、平民席が設営されるところだが、事御前試合に関しては酔狂なジェラール王の意向で一切区別がない。貴族も平民も持参したパンや干し肉を頬張りながら皆賭け札を握りしめ、掲示板から書き写した対戦表とメンバー表を必死になって見つめ続けている。

 特に今年はオッズ最下位チーム≪Hチーム≫が優勝候補の2チームを撃破し大波乱、大混乱となっていた。

 一日目を終えた時点で優勝予想を消し飛ばされた者が学校敷地内で首を吊ろうとして騒ぎになっている程だ。


 そんな中余裕綽々の一行が学生の家族に開放されている学校食堂から出てきた。

「ふえ~、おなか一杯だ・・・もう食えないぞ」

 モレル家の四男ソラルが西瓜のように丸く膨れたお腹をぽんぽんと叩いた。

「わたしだって!」

 7歳の末っ子チアラも負けじと精一杯体を反らした。

「はいはい、分かったからじっとして」

 長女セシルがチアラの口元に付いている赤いソースを手ぬぐいで拭った。

「こんな美味い物を食べられるなら毎日ごぜんじあいやってくれるといいな~」

「ばっかだなー。一年一回だから美味しいものをたべられるんじゃないか。あはは」

 と、双子のアシル。

 兄が騎士団入団を決め、通常ならまず入ることは許されない場所で豪華な食事を堪能した10歳はご機嫌だ。

「それもそうだが、皆がどれだけ強くても毎日戦うのは疲れてしまうぞ?わっはっは!」

 息子と娘二人ともが騎士団入団となったセルジュは子供たち以上に機嫌が良い。

 メリッサの母マリオンと妹フローラも笑顔を合わせる。試合が終わって終始にこやかだ。


「優勝はAチームに決まっている!」

「は!?戦いは勢いだ!わかんねぇかなこのオヤジは!」


 激しく言い争う声が聞こえる。

「ん?」

「なんでしょう?」

「あそこだ。なんだろうな?」

 セルジュの指さした先には黒山の人だかりが出来ていた。

 100?嫌、200人程だろうか?ひしめき合っていた。

 ほとんどが男性だがちらほらと女性の姿も見受けられる。そして人混みの更に奥には急遽設えられたような木造の屋根が見える。

「ああ、あれは”石焼の館”だ」

 ニルスが答えた。

 石焼の館とは賭博場の通称で御前試合の勝敗予想の賭け金に応じた賭札を配布しているのだ。奥には元締めがいるはずだ。

「これは・・・物凄い人だな。毎年こうなのかな?」

「いやあ、今年は我がHチームの快進撃でのっけから≪初戦から≫大騒ぎになってるんだ」

「そ、そうなのですか・・・」


「クルーゼ家のユベールがいるAチームが勝つに決まっている!」

「Hチームは同等の戦力と思われていたアルバンのBチームに完勝してるんだぞ?Aが必ず勝つとは言い切れないだろ?!」

「Hは5人だ、例えチームとして練度が上がっているとしても強さが同じなら人数の多い方の勝ちだろ」

「5人で6人のBに勝ってるじゃないか!」

「あれはアルバンが油断していたのさ。普通に戦えばAが強い」

「Hにはロシュフォールの娘がいるのだ!実際に一騎打ちで勝利してるから普通に戦えばHだろ?!」

「お前、普通ってなんだっ?!」


「・・・皆さん、凄い剣幕ですね・・・」

 小さい子供たちは怯えて大人の後ろに隠れてしまった。

「例年なら剣術教官のガスパー様の付けた順位でだいたいフィニッシュするから普段はここまで騒ぎにならないんだけど今年は最後に残ったのがAとHだからな。一日目が終わった時点で大半のギャンブラーが頭を抱えていた。つまり優勝予想を外した者が最終戦の賭けでなんとか少しでも負けを取り戻そうと必死なんだ」

「お前は札を買いに行かなくて良いのか?」

 余裕の解説をするニルスにエリアスが不思議そうに聞いた。ニルスも毎試合賭けているはずだからだ。

「兄貴、俺は対C戦前に全部買っちゃったから並ぶ必要がないのよ。あはは!」

「ということはお前・・・!」

「おう!勿論優勝予想はHだし、全試合Hに賭けてる」

 ニルスは驚くエリアスの頬に顔を近づけ続けた。

「最終戦でHが勝ったら賭けは多分俺の一人勝ちだ!」

「!!」

 何故今年に限ってHに賭ける?妹がHチームなのは分かっていたが、一度騎士学校に視察に来た長兄ユリウスを含め誰も戦力になるなどと考えてはいなかった。それなのに何故?。

 エリアスがニルスを二度見した。

「ははーん?不思議そうだな兄貴?」

「・・・お前、どこかで情報を仕入れたのか?」

「ふふ。情報なんてものはないけど、第一小隊の執務室でユリウス兄貴がなにか難しい顔をして”ユーゴ・シュバリエ”ってポロっと呟いていたのを覚えていたんだ。騎士団でも聞いたことがない初めて聞いた名前だった。その時は誰の事なのか分からなかったけど御前試合初日に張り出された対戦表を見たときぴーんと来たね。コイツだ!って。あの兄貴が無名の学生の事なんかいちいち気にするはずなんかないからな。ま、どこぞやのあんぽんたんみたいに全財産突っ込む様な事はしてないけど、これでHが優勝すればちょっとの小遣いで大儲けだ。かっかっかっ!」

「むむぅ・・・」

 ニルスの高笑いに流し目を送るユリウス。

 兄ユリウスの珍しい迂闊なつぶやきは情報漏洩と言えるか微妙なところだが、仮にHが優勝してニルスの一人勝ちとなったとしても「さすがはロシュフォールの者」ということで終わるだろう。

 賭博というあまり褒められた事ではないが些細な情報を勝ちに繋げる。これもロシュフォールの血の成す技なのだろうか。

「お前は昔からそういうところ抜け目がないな」

 剣技ではややエリアスに分があるが立ち回りの上手さは自分や長兄ユリウスより上かもしれない。

「優勝するかどうかはわかんないけどさ、祝勝会ってなったら任せてくれよなっ」

 ニルスはニカっと眩しい笑顔でウインクした。


「ええい!どいつもこいつも好き勝手言いよって!。どけ!」

 橙を基調としたハデな衣装を着込んだ貴族が悪態をつきながら”石焼の館”に群がる大勢の人々を迂回するようにこちらへ向かって歩いてくる。

 年齢は40歳前後だろうか。中肉中背、短髪で神経質そうな顔つきのその貴族は5人の従者を引き連れ、あちらこちらに必要以上に鋭い視線を飛ばして「庶民が私に近寄るんじゃない!」という雰囲気を全身から発している。

「あー。めんどくさいのが来たぞ・・・」

「よさないかニルス」

 思わず出たニルスのつぶやきをエリアスが制した。

「ラファエル・・・」

 同時にそれまでにこやかだったセルジュの表情が一変し、険しくなった。

「おお、これはセルジュ殿ではありませんか。いつ以来ですかな?まだご健勝であったとは思いもよりませんでした」

「な!・・・」

 開口一番あからさまな侮辱の言葉にセルジュもイザベルも絶句した。

「クルーゼ卿、いくらなんでもそのおっしゃり様は無礼ではありませんか?」

 あまりの暴言にエリアスが言い返した。

「これは失礼。まだまだ若いこれからという年齢で戦うことも出来ないほどお体の具合が悪かったセルジュ殿がこうして元気に出歩いていらっしゃるのを不思議に思ってつい本音が出てしまいました。許されよ」

「・・・」

 言葉を飲み込んだセルジュが人知れず拳を握った。

「ラファエル様、お言葉ですが主人は生まれつき体が弱く、剣術の心得がなかったので戦わなかったのでございます」

 イザベルが自分にできる精いっぱいの反論をした。

「なるほど。体力もなければ気骨も無いということですな。それはお気の毒です。亡くなられたジュール殿もざぞ無念の事でしょう」

「!!も、元はといえば貴様があらぬ噂を流布して戦わざるを得ないように仕向けたのではないか!その上で降伏の意を示した父を惨殺しておいてどの口が言うのだ!」

「ふん!なんの証拠があってそのような戯言を。逆恨みもほどほどにされよ。だいたい誰に向かって口を聞いているのだ?私は今や陛下のお傍を許された地位にいる。最早最下級の貴様ごときが気安く口意を聞ける立場にはないのだ。なんなら無礼を働いたという事この場で切り捨てても構わないのだぞ?」

 ラファエルを取り巻く5人の従者が一斉に柄に手をかけた。

「ぐ・・・」

 緊張が走る。

 子供たちは震えあがり身を寄せ、イザベルは夫の袖を握った。

「両家の間に何があったかは知りませんが、この場で先に相手をなじるような発言をしたのは貴卿です。無礼があり斬りかかるというのであれば私が応じます」

「なに!?」

 ロシュフォール兄弟が前に出た途端5人の従者の目が泳ぎ、一歩二歩と退き下がった。

「ラ、ラファエル様・・・」

 5人の従者は動揺を隠さず皆ラファエルの顔を見た。

 従者は王国騎士ではなくラファエルの私兵だが、第一小隊に君臨するロシュフォールを知らぬものは居ない。時期騎士団長にユリウスが就任することが決まった現在目の前にいるのは王国ナンバーワンとナンバーツーだ。

「チィ・・・」

 舌打ちしたラファエルが小さく右腕を下ろすと従者たちは安どの表情を浮かべ柄から手を離した。

「娘がジュール殿と同じにならぬようにせいぜい祈っておるのだな!。貴公らもそのような下級貴族や平民と馴れ合っていると名を貶めることとなるぞ。気を付けられよ!」

「誰かが妙なウワサを流さなければ大丈夫だとおもうぞ?」

 空を見上げたニルスが聞こえる様に呟いた。

「!・・・いくぞ!」

 ラファエルが一瞬ニルスを睨みつけたが踵を返して立ち去って行った。


「エリアス様、ニルス様有難うございます、助かりました・・・」

「いえ、お二人に何があったのかは存じませんが、今のはクルーゼ卿が悪い。気にすることはありませんよ」

「すまないイザベル、私が不甲斐ないばかりに・・・」

「あなたのせいではありません。それに、剣術に優れている事が全てでは無いですから。私はあなたと一緒に居られて幸せです」

「・・・」

「さ、めんどくさいのは居なくなったし、気分転換に甘い物でも食べに行こう」

「ねじねじ焼きぃ!」

 ニルスの言った「甘い物」にすかざずチアラが反応した。

「またネジレット焼きかぁ?好きだな~」

 ネジレット焼きとはクリームを小麦粉で練った生地で包んで焼いた人気のスイーツで大判焼きやタイ焼きに近い。

「うん!はやくはやく!」

 チアラがニルスの手を握って走り出した。

「お、俺もー!」

 双子の兄弟も続く。

 セルジュとイザベルに少し笑顔が戻った。



 ~対C戦を終えたAチームの天幕では最終戦のHチームに対する作戦について激しい論争となっていた~

「私はやはりBがしたのと同じ戦法で行くのが良いと思います」

 チームで一番冷静なケフィの提案からだった。

 BチームがHチームに敢行した作戦はHのエースであるユーゴにつけた一人が無理に攻撃に行かず抑えておいて大将に二人を充てる。そしてエースのアルバンが一人づつ倒して回るという戦法であった。

「あの作戦はひとつもうまくいかずに潰れたじゃねぇか」

 気の荒いトマがすかさず喰いついた。

「いや、あれは人選を間違えたんだとおもうぜ。チームとしての勝利を目指すだけなら大将のレティシアにアルバンと二人で対していたら楽に勝てたはずでアルバンの油断だ」

「ロッドの言う通りだとおもうなー。ユーゴに二人ついても勝ち切れるかどーか微妙だしー、だったらユーゴには一人だけにして敵大将にこちらの大将ユベールともう一人で行く。これが妥当だろうなー」

 寝転んで耳をかきながらイヴァンが言った。

「俺はその案は受け入れられない」

 リーダーのユベールがきっぱりと言い切った。

「何故だ?」

「敵大将に二人ががりであっさり勝っても俺たちの評価は上がらない。まして女に二人ががりなど恥でしかない」

「そ、そんなことを言いだしたらアルバンと同じになってしまいますよ?」

「とにかく女相手に二人がかりなど俺は御免だ!」

 皆やれやれという表情で顔を見合わせた。

「じゃあどうするんだよ?」

「・・・」

「これまでのHの戦いを見ていて皆もわかっていると思いますが、彼らのスタミナは異常と言える程ある。恐らくこの御前試合の為だけに絞った修練をしてきたのだろう。長引けば長引く程こちらが不利になっていく。だからなるべく早く試合を終わらせるようにしなくてはだめだ」

「あいつらはどーゆーわけか試合ごと強くなってるきがするんだなー。勢いは俺たち以上だしなー」

 皆同じことを考えていたようでイヴァンの発言に押し黙った。

「良いですか?相手の弱いところを突くというのはセオリーだ。まずドロテだがアルバンを一騎打ちで倒す程力をつけていて一対一で勝てるかどうかも怪しい。次にメリッサ。彼女は大将対決で剣技にもクセのあるイザークを倒しています。試合途中打ち合わなかった時間があるのは解せないが普通に戦っていては頭部に剣が届かない難敵だ。じゃあルシアンかということになりますがアレはどれだけ剣撃を受けても立ち上がってくるHチームで一番タフな奴だ。速攻で倒すなど無理がある。そしてユーゴは論外だ」

「ということはー、やっぱりー、そーなるねー」

「消去法というのが不本意だが、これまでの戦いで大した戦績を残していない大将のレティシアを狙うべきだ」

「・・・」

 ユベールは腕組みをして黙ったままだ。

「し、仕方がないですね。ではこうしたらどうでしょう?敵大将レティシアにこちらの大将ユベールが一対一。ドロテかユーゴのどちらかに二人つける」

 女に男二人でかかることをどうしても受け入れないユベールにマティスが妥協案を示した。

「そーだなー。俺はマティスの意見に賛成ー。侮ってアルバンみたいに足元救われるのはいやだぜー」

「分かった!それでいい」

 不満はあるが仕方がないという返事だ。

 ユベールにしてみればひとつ自分の意見を通してひとつ受け入れた形でだれがどう見ても妥当なところだ。

「じゃあこれで決まりだな。次は他の誰にだれが行くかだが・・・」


「ユベール・クルーゼはいるか?」

 天幕の入り口の布がめくられ、歩哨が頭を差し入れてきた。

「?ユベール・クルーゼは俺だ」

「少し良いか?」

「??」

「要件はなんだ?」

「ここでは詳細は言えないが最終戦についての説明があるのでついてきてもらおう」

「みょーな言い回しだなー」

 皆怪訝な顔で歩哨を見た。

「ち・・・」

 最終戦についての話と言われると無下にもできない。ユベールはめんどくさそうに天幕を出た。

「で、どこに行くんだ?」

「そのまま真っ直ぐ歩け」

「俺が先を歩くのか?」

「そうだ」

「チ!なんなんだ一体・・・」

 要領を得ない指示ばかりの命令口調にイラつきながら言われるままに進んだ。

 3分ほど歩くと学校を囲うレンガ積みの塀が見えた。この先は行き止まりだ。

「おい!いったいどこまで・・・」

 振り向くと歩哨の姿はなかった。

「!?おい!どこに行った?!おい!!」

 あたりを見回し叫んだが人影もない。

「なんだっていうんだ・・・」

「・・・-ル!」

 その時前方から声がした。

「ユベール!」

 押し殺した声の主は塀際の木陰にいた。

「誰だ?!」

 身構えるユベール。

「私だ!こちらへ来い!」

 黒いフードを外した人物を見てハッとした。父ラファエルだった。

「ち、父上!・・・」

「シ・・・声が大きい」

 驚き慌てて駆け寄った。

「何をされているのですか?!部外者との接触は厳禁です。こんなところを誰かに見られでもしたら大事ですよ!」

「わ、分かっておるわ!あの者には人から大金を掴ませて私は一切顔をあわせておらん。お前と私が黙っておれば大丈夫だ」

「し、しかし・・・」

「ええい!話はすぐに終わるから聞け」

「・・・」

 ユベールはあたりを見回してからラファエルと共に木陰に隠れた。

「良いかユベール、Hチームとの最終戦ではシュバリエ兄妹をお前が一人で倒して優勝するのだ」

「?!そ、そんな事は・・・」

「Hチームは5人、Aチームは6人であろう?それならばお前がユーゴとレティシアを順番に倒せるではないか」

「しかし既にチーム会議で俺がレティシアを倒すと決まっているので良いではありませんか?!」

「だめだ!今Hチームに勢いがあり、強いのはユーゴがいるからだ。奴を倒さなければ意味がない」

「しかしチームで決まった作戦で・・・」

「子供の考えた作戦などどうでも良いわ!このことはクルーゼ公爵家に影響してくることなのだ」

「・・・」

「よく聞けユベール。シュバリエは昔私が追いやったのだが、あの兄弟が王国騎士団入りを決めたことで再び勢力を取り戻す芽が出てきた。そうなれば過去をほじくり返し面倒な事になりかねん。今のうちに出る杭を打ち込んでおく必要がある。お前が二人を倒して優位に立ち、可能なら再起が出来ない様にするのだ!」

「昔父上がしたことを俺にもやれと・・・いうことでしょうか?」

「そういうことだ。やつらを野放しにすれば将来お前自身も面倒を背負う事となるのだぞ!」

「そ、それは父上がしたことで俺は!・・・」

「お前はクルーゼ家が窮しても良いというのか?!」

「い、いえ・・・」

「良いか?!これは現当主である私の絶対命令だ!分かったな?!」

 ラファエルは息子に強引に約束を取り付けると素早く姿を消した。

「く・・・!」

 ユベールは自分の都合で子供のする事だ、家の大事だと矛盾を平気で使い分ける父に激しく怒りを覚え、強く拳を握りしめた。










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