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天使の声援

「たあああ!」

 肩、腕関節、膝、胴。イザークはメリッサを中心に右へと回り込みながら連続攻撃を仕掛ける。

 打ち終わりを狙われない様に最後は体をぶつける。

『お前は何がしたいんだ!』

 イザークの言葉が頭から離れない。迷い始めたメリッサは徐々に防御も反応が遅れ、間に合わなくなってきた。

「う・・!」

 肘関節を打たれて顔をしかめた。

 至近距離での攻撃は大きなダメージにはならないが、装具の薄い部分をコツコツと打たれあちこち痛みが走る。


 ――レティはシュバリエ家再興の為。ユーゴはそのレティを守る為に騎士学校に入学した。ルシアンは家族を養う為だ。ドロテは元々騎士志望だったのと敬愛する祖母に近づく為――。


「(イザークの言う通りだ。私はここでいったい何をやっている?。この先どうしたいのだ?どうすれば良いのだろう?・・・)」


 ――目標も、崇高な使命感も持ち合わせていない――。


 ――自分だけが皆とは違う・・・――。


「どうしたぁ?!ビビッて手が出なくなってきたのかぁ?!」

 イザークは鍔迫り合いから右足を一足分引いて柄を右腰まで引き付けた。

「そろそろ倒れろぉぉぉ!」

 メリッサの首に向かってイザークの剣が突き出される。得意としている超至近距離の突きだ。

「!!」

 咄嗟に首を捩じるメリッサ。

 血しぶきが上がる。

 一瞬イザークの剣が兜と鎧の間を貫通して背中側に到達した様に見えたが首の皮一枚で躱した。

「し、しぶといやつめ!」

「はー、はー」

 木剣といえど剣先は鋭利で鉄心入りだ。装具のない部分を打突されれば肉は切れ骨は折れる。

 ほんの少しの気の緩みが致命傷となるのだ。

「(わ、私は・・・なにをやっているんだ!?)」

 これまでの稽古の成果で咄嗟に躱すことが出来たが命のやり取りをする場所と改めて認識した。

 にわかに手が震えてきた。足の装具がカタカタと揺れる音が聞こえる。

 イザークは下からメリッサを見上げた。

 イザークとメリッサの身長差は25センチ程で鍔迫り合いではイザークの目線はメリッサの首元付近だ。

「(いけるぞ!)」

 メリッサの目に怯えの色が見えた。イザークは勝利を確信し両腕に力を籠める。


「お姉様ーーー!」

 不意に特別席の方角から声が上がった。よく通る、幼い子供の声だ。


「私!お姉様が騎士団の制服を着た姿を見たいですーーー!」


「?!」

「!!」


 メリッサが特別席に目をやると手すりのこちら側、戦場に立ち涙ぐむ妹の姿があった。

「フ、フローラ!?」

 観客席を飛び出している事もだが自分と同じように無口で目立ったことは一切しないフローラが大声で自分の応援をしてくれた事に心の底から驚いた。

 突然の真横からの少女の大声に対峙するイザークも一瞬動きを止めてフローラに目を向けてしまっていた。


 ドカッ!!

「うお!?」

「?!」

 イザークとメリッサに横合いから何かがぶつかってきた。



「天使の声が聞こえたかーーーーーーー?!」



 敵少年と打ち合いつつ、二人の元に寄ってきたユーゴが体をぶつけたのだ。


「とぉりゃあああ!」

 更にそこへ自身の相手を置き去りにしたルシアンが飛び込んできて体をぶつけた。

「く!」


「これはなにがなんでも勝たないとなっ!大将!」


「負けるのは良いわ!でも負けてやるなんて絶対に認めないわよっ!」

「信じてるわ!メリッサはチームになくてはならないお姉さまですからっ!」


「!!」


 レティシアとドロテまでも打ち合いながら距離を詰めてメリッサとイザークをそれぞれが体をぶつけた。

 メリッサの”異変”に気づいた皆からの激励だ。


「なにをやっている!!、な、なんなんだお前たちは!くそっ!」

 イザークが辺りを見回して自チーム、Hチームの全員に向かって叫んだ。


 Hチームの皆に押し込まれたメリッサとイザークはいつの間にか特別席の直ぐそばまで移動していた。

 特別席にいたニルスが慌ててフローラを抱えて手すりの向こう側に引き上げた。


 祈るように両手を組んでいる母マリオンの顔が間近にあった。

 困ったような顔をしている父シモン。

 騎士の戦いを、婚約者の激しい姿を、姉の奮闘を初めて目の当たりにして怯えた表情の次女ジュリア。


「お姉さまーー!、お姉さまーー!」


 血しぶきの着いたメイルの姉を心配しニルスに抱えられたフローラが泣きながら大声を上げた。


「(・・・私は・・・騎士になりたいなんて思ってない。まして家の為等考えたこともない。でも応援してくれる家族の泣き顔等見たくない。できれば笑顔でいてほしい!)」


「どいつも!こいつも邪魔しやがってぇぇぇ!」

 至近距離からイザークが”斬り上げ”を放つ。

 メリッサが手首を回転させて止めた。


「(そして初めてできた仲間と一緒に頑張りたい。そうだ!私の願いは、使命は皆を騎士団に入団させる事!)」

 メリッサの目に闘志が戻った。


 一歩バックステップしたイザークがメンを狙って突進した。


 メリッサが剣を斜めに受ける。


 これまでのパターン通り体をぶつけようとしたその時イザークは胸に衝撃を受けて時間が止まった。

「うがっ?!」


 メリッサの前蹴りがイザークの腹に入ったのだ。

「私は!チームの長女なのだからっ!!」


 メリッサは蹴り出した足を一度地面に着地させもう一度蹴りを放った。今度は押し込む様な蹴りだ。

「うおっ?!」

 イザーク倒れはしなかったがバランスを崩して後方へ下がった。


 メリッサとイザークは数分ぶりに距離を取って対峙した。


「き、貴様ー!。騎士を、男子を足蹴に・・・!許さん、許さんぞぉっ!」

 怒り、叫ぶイザークとは対照的にひとつ深く深呼吸をしたメリッサは左足を一歩前に出しやや半身でゆっくりと両腕を頭上に上げた。


「お?」

「む?初めて見る構えだな」

 メリッサの見慣れない構えにロシュフォール兄弟が身を乗り出した。

「上段の構え・・・」

「上段?」

「は、はい、休暇中ユーゴ様とメリッサお嬢様が特に一生懸命に取り組んでおられましたので、よく覚えています。確か上段の構えとおっしゃっていました」

 エリアスの質問にシルビィが答えた。夏季休暇中チームの世話をしていたシルビィは二人が夜遅くまで取り組んでいたのを思い出したのだ。

「そうなのか。しかしあの構えで打つとなるとメリッサの身長を生かした攻撃が出来なくなるのだが・・」

 上段構えはもろ手で振り下ろした時左足が前、右腕が前となる為に上半身と下半身で最大伸びる手足が逆になってしまう。

「そうだなぁ、右足で踏み込むとしても引いた方の足だから攻撃が一拍遅れるしなぁ」

「大きく威圧感があって良い構えではあるが・・・」

 どういった攻撃をみせてくれるのか?兄弟は興味深げに見入った。


「(どういう構えなんだ?!)」

 メリッサの上段にイザークも打ち込むのを躊躇っていた。

 幼い頃から剣術修練をしてきたイザークは一目見てロシュフォール兄弟の所見と同じ疑問を抱いたのだが身長2メートルのメリッサが頭上で剣を立てて構えた姿は威圧感が半端ではないし、どれぐらいの距離が有効射程なのかわかりづらい。

 怒りで飛び込みたい気分だが。必死で押さえてジリジリと間合いを詰めていく。


 メリッサの左足が動いた。

 バァァァァンッ!!

「がっ・・・・!」

 イザークはいきなり頭に強烈な衝撃を受けてコンマ何秒か目の前を白い世界で覆われた。

 バァァァァァンッ!!

 直後二撃目がイザークの頭を襲った。

「う・・・あ・・・!」

 首が数センチ真下に沈む様な強烈な打撃を受けてイザークの動きが止まる。

 またしても目が回るような感覚からコンマ何秒かで回復すると慌てて後方に下がった。

 正面のメリッサは最初の構えのままだ。追っては来てない。

「(な、なにが起きた?!)」


 特別席のロシュフォール兄弟も手すりに手をかけたまま動かなくなった。

「なんという・・・」

「すげぇな、アレ・・」

「か、片手で打った様に見えたのだが・・・」

 セルジュが解説を求める様にエリアスに確認した。

「あ、ああ・・・。そうだ途中までもろ手の片手打ちだ。始動は両手で勢いをつけたうえで、右手を離す。左手は柄の先端を持っているから体をめいっぱい伸ばした状態で打つことが出来る・・・」

「それに長身のメリッサが左足で踏み込むからめちゃくちゃな遠距離からの攻撃になるな・・・」

 エリアスの解説をニルスが補足した。

「初めて見たぞ、あんな打ち方!」

「あれじゃあ初見で躱すのは至難の業だ。しかも、一撃目で跳ね上がった剣を頭上で握りなおして退きながら連撃は理にかなっていて美しい。どう見てもシロウトが考えた構えではない。完成された剣術だ」

「そ、そんなにですか・・・!?」

 柵を隔てた向こう側Cチームの親族達も驚きの表情でロシュフォール兄弟の解説に聞き耳を立てていた。


「(お、俺は打たれたのか?!しかも二度?!)」

 イザークは正面のメリッサをあらためて見た。

「(大きい・・・遠い・・・)」

「(危険を感じて引いたのは三歩だったはずだ)」

 しかしメリッサは途方もなく遠いところで構えている。


「(いったいどういう打たれ方をしたのか?!、どれぐらいの間合いで打たれたのか?剣の軌道は?!)」

 二度も打たれたがわからなかった。


 ―こうしていてもらちが明かない。前に出てもいつ打たれるかつかめない―。


「ならば!」

 イザークは意を決して飛び込んでいった。

 全く届かない間合いで剣を振った。

 メリッサの前をイザークの剣が上から下へ素通りする。


 バァァァンッ!!


 直後メリッサによる三度の攻撃はイザークの右メンに命中し、アイガードが弾け飛んだ。

「が、がはっ!・・・(しかし!!もらった!!!)」

 強烈な一撃を頭部に被弾するもメリッサの懐に飛び込み、イザークの両拳は右腰付近まで引き絞られていた。

 凶悪な剣先がメリッサの喉元を狙う。


「!!!」

 メリッサはイザークへのメンで跳ね上がった剣を右手で再び摑まえる。


「はぁぁぁぁぁっ!!!」

 イザークの突きが放たれた。


「~~~~~!!」

 ―『剣術は一朝一夕に体得できるものじゃない。二つの技だけ集中して稽古していこう』―。

 メリッサの脳内にユーゴの言葉が再生された。

 一つは超長距離でのメン。


 メリッサは頭上で左腕と剣をを直角に固めて頭から腹へ自分の正面を斬り落とすように鋭く振り下ろした。

 二つ目の超至近距離でのコテだ。


 ―『メリッサの相手は必ず接近戦を仕掛けてくる。剣は左腕に対して直角に固める。右手は真下に放り投げる様に、左手は渾身の力を入れ全体重を乗せて押し込むんだ』―。

 教えたユーゴも驚いた。

 この超至近弾は接近戦のニガテなメリッサの必殺技となった。


 ―ここだ!メリッサ!―

 一瞬ユーゴとの練習が重なる。

「~~~てぇぇぇぇぇっっ!!」

 イザークの突きがメリッサの喉笛を噛み切る前にメリッサの剣がイザーク腕関節に命中した。


 脅弾を受けたイザークの右腕は柄を離れ一瞬切断されたかと見間違うほど程高速で時計回りに跳ね上がった。

「うあああああ!」

 イザークの左手に残された剣は軌道を逸れて宙を突く。


 メリッサは地面にまで到達した剣を両手で握り直し左下から右上に跳ね上げた。


 イザークの首が上方に弾かれ兜が回転しながら宙を飛ぶ。


 青空に舞い上がったメリッサの剣はそこから更にもと来た道を高速で引き返す。

 メリッサ得意の切り上げから袈裟切り連撃だ。


 どっ!!

 肉を叩く鈍い衝突音と共にメリッサの剣がイザークの首にめり込む。



「ぐあぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」


 ”二階からの一撃”をまともに受けたイザークは絶叫を残して倒れた。



「イ、イザーク!」

「や!やった!!!」


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。


 大歓声の中Cチームの少年たちはがっくりと膝を着く。

 Hチームは仁王立ちのメリッサのもとへ飛び跳ねながら駆け寄った。

「メリッサ凄い!」

「やるとおもってたわよっ!」

「おいしいところもっていったな!」

「最後のは凄かったな。あれはメリッサにしかできない」

「・・・みんな・・・ありがとう」


 女子中心のHチームの祝福は優しく、全員が輪になって長身のメリッサを抱きしめた。


「すげぇな!最後の見たか兄貴?!」

「見たぞ、しっかりと。しかし私ならあそこで・・・」

「兄ちゃん騎士団けっていだーーー!」

「・・・して・・・」

「かっこいいーーー!」

「・・・」

 いつもならHチームの親族席はエリアスとニルスの解説を静かに聞いている画となるが、今回ばかりは”どうでもいい”とばかりに子供たちの声にかき消されてしまった。


「ほらメリッサ、接触は禁止されているが、手を振るぐらいはいいんじゃないか?」

「あ、そ、そうですね・・・」

 メリッサはユーゴに促され、観客席に向かって控えめに手を振った。


 勝者を確認した父シモンは目と口をいっぱいに開いたまま震える膝を折り曲げ、ゆっくりと椅子に腰を掛けた。

 次女ジュリアは両手で頬を押さえた状態で下を向き動かない。

 イザークの父リシャールは直立し、無表情で拍手を送った後狼狽える妻セリーヌを連れて客席を後にした。

 母マリオンは両手で顔を覆い、喜びの涙をあふれさせた。


 三女フローラは手すりから身を乗り出し笑顔を涙で濡らしながら叫ぶ。


「お姉さまぁ~~~~~~~~~~~~~!!」





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