おっきいねえちゃんはめちゃくちゃつええんだからな!
御前試合二日目も雲一つない快晴となった。
観客席からの見晴らしも最高で、試合場である平原の向こうには大陸を二分する碧い連山がくっきりと見える。
騎士学校に続く道には早朝から多くの馬車が連なり、沢山の露店が立ち並んだ。
敷地内は初日のHチームの快進撃が瞬く間に王都に広がり御前試合の二日目は早朝から人で溢れている。
戦前の予想では事実上の頂上決戦となるはずだった第一試合のAチーム対Bチームの戦いは前日の対H戦で負傷したエースアルバンを欠いて5人となってしまったBチームがあっさりと敗北しBチームに賭けていた多くの者たちが早朝からあちこちで断末魔の様な叫び声を上げていた。
「Hチームの家族の諸君!おはよう!」
初日遅れた反省から一番乗りで特別席に陣取っていたシュバリエ家とモレル家に続いてロシュフォール家の次男エリアスがやってきた。
「おはようございますエリアス様」
「おはようございまーす!」
「はは。今日は一試合目からみんなそろってるな」
「だってぇ~きのうはね、チアラ、さいしょみられなかったの!だから!」
「昨日遅れたのはチアラが突然トイレっていいだしたからじゃないかー」
「ち、ちがうもん!チアラといれいったけどはやくしたもん!」
チアラに突っ込みを入れたのはシモン家四男ソラルだ。
「はっはっは。まぁまぁ、シリル君それぐらいにしておこう。同じ失敗を続けないという事は良いことだ」
「ソラルだよ!」
双子の兄と間違われたソラルが不満げにアピールする。
「そうか、それはすまない」
エリアスがちっともすまなさそうな顔ではないのはさほど近しくない双子の名前など大人には大した事ではないからだ。
自分の言葉が通らないソラルは更に口をへの字曲げた。
「おなじ、しぱいをしないもん!チアラ!」
「ちぇ・・・」
ソラルはエリアスのせいでチアラに突っ込みをいれるのもめんどくさくなってしまった。
二日目にしてモレル家の子供たちは物腰の柔らかいロシュフォールの兄弟にすっかり懐いてしまっていた。
大多数の貴族は平民を近づけないのだが、ロシュフォールまでの上級貴族ともなると最早小さいことまでは気にも留めないようだ。同チームの家族、そして初日の連携のとれた快進撃も影響しているのだろう。
「エリアス様、ドロテ嬢、いやドロテ様は大丈夫なのでしょうか?」
前日の対Bチーム戦に勝利したとはいえ、相当なダメージを負った事は素人目にもわかった。
夏季休暇の僅かな期間だが生活を共にしたセルジュ、イザベル、シルビィが心配そうな顔をエリアスに向けた。
「私も心配なのだがそういった情報は私たちにも一切入ってはいないのだ」
「そ、そうなのですね・・・」
「ドロテ様・・・」
「そういう規則だからな。しかし対戦表に名前が出ていれば大丈夫だという事になる。もう表が貼りだされているはずだからニルスが見てきてくれるだろう」
「・・・ドロテ様はきっと大丈夫よ。とても強い方ですもの」
シルビィが自分にも言い聞かせるようにつぶやいた。
「おはようございます。すみません、Hチームのご家族の方々でございましょうか?」
そこへ少女を連れた見慣れない夫人がやってきた。
「うむ、ここは今日の初戦を戦うHチームの親族席で私はセルジュ・シュバリエと申します。もしかしたらメリッサ嬢の親御様でしょうかな?」
ルシアンの家族は全員そろっているし、ドロテの母であればまっさきにエリアスが反応するはずだ。
淡い帽子にベージュで揃えたドレスの婦人にシュバリエ家当主セルジュが対応する。
「はい!申し遅れました。私はマリオン・アルネゼデールと申します。この子は娘のフローラです」
カチューシャを付けたフローラがちょこんと挨拶をした。
「おお、歓迎いたしますぞ。こちらはロシュフォール家のエリアス様です」
「エリアス・ロシュフォールです。よろしく」
「まぁ、ロシュフォール様の!お、お会いできて光栄に存じます・・・」
いくら軍事に疎くても王国騎士団第一小隊に君臨するロシュフォール三兄弟を知らぬものはいない。
エリアスは自分や皆に遠慮して後部の席へ座ろうとしたマリオンを「Hチームは平民も居る。序列等は気になさらぬように」と呼び止め、一番見晴らしの良い席を勧めた。
マリオンは何度も感謝の言葉を言い、フローラと並んで一番前の席に座った。
フローラが隣に座っている双子のシリルとソラルにはにかみながらほほ笑むと、二人は急に直立して動かなくなった。
二人とも顔は真正面を向いているが見開いた眼はフローラにくぎ付けとなっていた。
「あなたたち座りなさい、邪魔よ」
すぐ後ろに座っているモレル家次女のセシルが注意した。
「・・・」
「・・・」
「ちょっと、聞いてるの?!」
セシルはぽんっ!ぽんっ!と頭を叩くが二人は微動だにしなかった。
「ちょ・・・」
セシルが何か言いかけた時、遅れてきたロシュフォール三男ニルスが割って入ってきた。
ニルスは双子の肩を抱くと耳元で「なにもできなくてもきっちりと挨拶はして顔と名前だけでも覚えてもらっておくのがいいぞ」と囁いた。
「はい!お兄様!」
「はい!お兄様!」
双子が元気よくハモって座った。
「こ、この・・・・・!」
まあまあ、とセシルをなだめるシルビィ。
ニルスはマリオンとの挨拶を済ませた後エリアスの隣に座った。
「マリオン様、今日はお二人で応援ですか?」
「いえ・・その、主人は・・・」
「おお!ここですか!やあこれは見晴らしが良いですな!」
セルジュの問いかけにマリオンが少し困った顔をして口籠っていると柵で分かれている向こう側、Cチームの特別席に賑やかしい一行が現れた。
「ささ、リシャール様、セリーヌ様こちらへ!」
先にいた人たちへの思慮や挨拶もなく、一組の夫婦と少女を先導する小男が最前列へずかずかと割り込んできた。赤いドレスでめかしこんだ少女はメリッサの妹ジュリア、夫婦はCチームリーダー、イザークの両親だった。声の大きい小男はメリッサの父シモンだ。
「イザーク殿の晴れ舞台にふさわしい天気ですな!わっはっは!」とティエリー夫妻をひとしきり持ち上げた後、柵の向こう側にいる自身の妻と目が合った。
「!」
「あ、あなた・・・・!」
「マリオン!そんなところでなにをしておるのだ!」
「な、なにをと言われましても、私は・・・」
「早くこちらへ来るのだ!Cチームの応援席はこちらだぞ!」
特別席の中央部でシモンとマリオンに挟まれる格好となったロシュフォール兄弟とシュバリエ夫婦は状況が呑み込めず、キョトン顔で声のする方に交互に顔を向ける。
「あなた・・・私は自分娘の応援をいたします」
「な!?なんだとぅ!!」
「お母さま!」
ジュリアも目を見開き声を上げた。
「ティエリー様が見えているのだぞ!こちらでおもてなしをするのが礼儀というものだ!娘の結婚がどうなっても良いというのか?!」
俯き悲しそうな顔をするマリオン。
「ちぃ!フローラ、おまえはこちらに来なさい」
突然呼ばれたフローラはハッと顔を上げシモンを見たが「お母さまと一緒にいます・・」とか細い声で答え、マリオンの袖を掴んで顔を隠した。
「揃いもそろいおって!」
「恥を知れ!」
「恥を知れ!」
最後の言葉が何者かと重なった。
「?」
「と、言うと思った」
「だ、誰だ?!」
「なーんとなーく話が見えてきたぞ。かなりややこしい状況をぶち込んできたみたいだけどよ、別にさ、こっちはこっちで娘の応援、そっちはそっちでフィアンセかな?の応援をしたら良いだけだろ。そんで勝った方を祝って負けた方は労ってやったらいいだけの話じゃねーか。家の為に必死で戦う者からしたら恥ずかしいからやめてくれ~って思うぞきっと」
はぁとひとつ深いため息をついたニルスが両手を頭の後ろに回して空に向かって聞こえるように呟いた。
「ぐぬぬぬぬぬ!なんだ貴様、部外者は引っ込んでおれ!無礼であろう!」
シモンはまったくもっての正論に顔を真っ赤にして怒り叫んだ。
「シモン殿、やめるんだ」
「リシャール様?」
何かに気づいたリシャールがシモンの耳元で何事か囁いた。
「!ロ、ロシュフォ・・・!」
驚いたシモンは急に黙り込んで一歩二歩と引き下がった。心なしかあしが震えている様だ。
王国初の女性副騎士団長聖騎士アミラを輩出した名門中の名門ロシュフォール公爵家。その三人の孫は小隊ナンバーが強さそのままを表す序列である王国騎士団の第一小隊に君臨する、精霊魔力こそ発現していないが押しも押されぬ王国最強の兄弟だ。
「し、しかし、な、何故Hチームの応援席に・・・」
「ニルス、そのぐらいにしておけ。あまり他家の問題に首を突っ込むものじゃあない」
シモンのトーンは一気にが急降下した。自分に自信のない者ほど小さな優位を人生を賭けて守り、それを弱者相手には盛大に振りかざす。”ギリギリ貴族”に時々見られるタイプの人間だ。しかもその現在の地位すら自身が築き上げたものではないという事すらわかっていないのだから始末が悪い。
エリアスは小男に嫌悪感を抱きながらもマリオンとフローラを気遣い弟を制した。
「だけど兄貴、奥さんとフローラがかわいそうだぜ、あんな太鼓持ちにやいのやいの言われては」
「た、太鼓持ち・・だと・・・」
いつもならここでまた癇癪を起すところだが相手が悪すぎる。シモンは顔を真っ赤にしてバタバタと子供の様に地団太を踏んだ。
「ニルス」
「わかってるさ。でもよ!」
消火剤を撒いたところに火種を投げ入れる弟に小さなため息をついた。
ニルスとエリアスは母子を気の毒に思う気持ちは同じだが方向性が少し違うみたいだ。
「マリオン!フローラ!この試合が終わったら話がある!」
勝てない相手にはケンカは売らない。シモンは矛先を妻子に向けた。
「!・・・」
びくっと一瞬肩が持ち上がり身をすくめるマリオンとフローラ。
「そんな事を言っていて良いのか?もし負けたらどうするんだ。立場が逆になっちまうぞ?」
「どういうことだ?ニルス」
「ふふん。兄貴、もしこの試合Hチームが勝てば騎士団入団確定。Cチームはほぼ脱落が決定するんだぜ」
「そうなのか?」
「ああ。いまのところ全勝はウチとAだけ。昨日ウチとの戦いでアルバンが出場不能になったBはさっきAに負けたから二敗目だ。Cは既に二敗してるからこの戦いでウチが勝てば三敗目でほぼ絶望だ」
「そ、そのような戯言を!残り三戦のうち二つ以上勝てば良いだけではないか!」
シモンが必死に反論する。
「そうだな!その勝てば良いって言う二つのうちの一つがウチでもう一つがAなんだぜ。しかもそのうえでBが下位チームに遅れをとる事が前提のまさに崖っぷちなんだ。面白いだろ?」
「ぐぬぬぬぬぬ~!イザーク様のCチームは最下位チーム等に負けはせんっっ!」
真っ赤に茹で上がった頭から湯気が立ち上る。
「なぁ、あのおっきい姉ちゃんがメリッサでお前の姉ちゃんなのか?」
終始下を向いているフローラにソラルが話しかけると母の袖に顔を半分埋めたままフローラが小さく頷いた。
「おい!おっちゃん!」
立ち上がり椅子に上ったシリルとソラルがシモンを指さし叫んだ。
「お?!」
恐らく人生で初であろう「おっちゃん」と呼ばれたシモンがまさかという表情できょろきょろと周りを見渡す。
「おまえだおっちゃん!」
双子がもう一度シモンを指さす。
「お!お!おっちゃ・・・!?」
シモンが自分を指さす。
「そーだ!お前だうるさいおっちゃん!あのおっきい姉ちゃんはめちゃくちゃつええんだからなっ!お前なんか絶対勝てないんだからなっ!」
「な!な!な!なんだとぅ!このクソガキどもめー!なんたる無礼者だ!しかもよくよく見れば平民ではないか!親は誰だそこへ直れ!だいたいワシが戦うわけではないわっ!」
相手が変わり急に威勢がよくなった。今にも柵を乗り越えそうな勢いで怒鳴るシモン。
「今は俺たちとはなしちゅうだろじじぃ!」
おっちゃんからじじぃに格が下がった。
「親かんけーねーじゃん!」
「今はへーみんだけどこのしあい勝ったらおれたちもきぞくなんだとー!」
「ならいっしょだなっ」
「ひとの親とかゆーまえに自分の親つれてこいよなっ!」
「じじぃがたたかうんじゃないてんならだまってろよ」
「が!ぎ!ぐ!げ!ごごごご!」
ど正論を双子の子供に交互に叩き込まれたシモンはギリギリと歯を鳴らし真っ赤な顔が黒くなり青まで変わった。
「ぷ・・・・ぶふふふふっふ!」
腹を抱えて下を向き必死に笑いをこらえるニルス。
母アリシアは絶句し、セシルと一緒に慌てて双子の口を押えて引きずりおろした。
母より年齢が上と見える相手をおっちゃんと呼ぶ言い方もだが、よく考えているのかいないのか、物おじしない兄ルシアンそっくりのシリルとソラルに姉セシルは慌てながらも内心「よく言った!」と口元が緩んでいた。
「き、きさまーーー!〇×◇▽・・・!!」
「いいぞー!」
「やれやれー!」
「御前試合はこーでなくっちゃな!」
特別席の攻防を近くで見ていた他の観客が反応し次々に歓声が上がり、シモンの声はかき消されてしまった。
「俺はCに賭けてんだからなー!負けるんじゃねーぞ!」
「Cだとぉ?残念だったなぁHは今日も5人だそーだぞ!」
「おお!5対5ならHの勝ちだー!」
おおおおおおおおおお!
おおおおおおおおおお!
「おいニルス、ドロテは試合に出られるのか?!」
歓声の中しかめ顔のエリアスがニルスの耳元で大声で話しかけた。
「ん?ああ、対戦表に名前があった!。ドロテが試合に出られるかどうかでずいぶん状況がかわっちまうから対戦表が貼りだされるまでだれも賭けようとしないもんだから時間がかかっちゃって!」
「おまえ、それで遅れてきたのか?!」
「はっはっは!」
Cチーム対Hチームの戦いは開始前から異様な盛り上がりを見せるのだった。




