決戦前夜
緑豊かな騎士学校の敷地内には別荘風の宿舎が点在している。
さわさわと木々が擦れる音だけがよく聞こえる。
学生が入学時振り分けられたチームごとに過ごす言わば合宿地だ。
この時間いつもなら修練を終えた学生が学舎や食堂を行き交い、ベンチや芝に座り会話を楽しむ憩いの場所で穏やかな賑わいを見せる。
しかし今日は違った。
敷地内には多くの歩哨が立ち、監視の目を光らせている。
摸擬戦の行われる二日間、部外者とは元より、チーム同士の接触も一切断たれる。
各チームに外からの知恵や情報が持ち込まれない様にという事と試合後の遺恨による争いや事前の妨害工作等を防止するためだ。
全てにおいて平等に、チーム力だけで摸擬戦を勝ち抜く為に必要な、騎士学校創設時から続くルールなのだ。
外を歩いているのは各宿舎に食事を運ぶ使用人と特に敷地内を移動を必要とする者だけで、どちらも2名以上の監視員が同行する。
静寂に包まれる敷地内で外に声が漏れるほど騒がしい宿舎がひとつあり、監視員が数名中の様子を窺っていた。
Hチームの宿舎だ。居間のソファに顔を腫らした重傷の少女が横たわり、仲間が囲んで大声で言い合っていた。
「レティ、水とタオルを持ってきたぞ!」
「医務室から薬を貰って来た!」
ユーゴとルシアンが部屋に同時に飛び込んできた。
「ありがとう!メリッサ、装具を解いていくから顔を拭いて冷やしてあげて!」
「わ、分かりました!」
「!!」
メリッサがドロテの装具を解いた時袖の間繰り上がった腕を見て皆が息をのんだ。何かに強い力で締め付けられたような痣があったからだ。
「ぅぅぅ・・・こ、これはちょっとした古傷で今はなんともないから平気よ・・・」
「そ、そうなのですか?・・・顔の傷は?ド、ドロテだいじょうぶですか・・?」
メリッサが声を震わせる。
顔は腫れあがっていて全身に目を覆いたくなるほどのどす黒い打痕がある。
「よ、よくわからないけど、ドロテって治癒魔法使えるんだよな?な?」
「火を起こしたり水を凍らせたりもそうだけど精霊魔力はかなりの集中力が必要だっていうわ。この状態ではいくらなんでもムリよ!」
「・・・や、やってるわ・・・」
「え!?」
「う、うそ・・・」
こんな状況下で自己治癒出来る等という事は聞いたことが無い。レティシアとメリッサが驚いた顔でドロテを見た。
「私得意なのこういう事・・・でも・・・ちょっと追いつかないわね・・・」
「ユーゴ・・・」
ドロテを囲みレティシア、メリッサ、ルシアンの三人はユーゴに顔を向け判断を委ねた。
「やはり助けを呼ぼう」
「その方が良いわっ!」
振り向こうとしたユーゴの腕をドロテが掴んだ。
「!」
「だ、だめよっ・・・」
「し、しかしこのままでは大変な事になるかもしれないぞ!」
「そうよ!今何とかしないと後でどれだけ治療してもだめになっちゃう事だってあるって聞くわ!」
「・・・が、外部の助けを借りたら・・・私は明日の試合に出られなくなるわ・・!」
「明日はAチームとの闘いもあるがその前のCとの試合に勝てば俺たちは王国騎士団への入団が決まるんだ。必ず勝ってやるから大人しく待ってろって」
「ルシアンの言う通りですよドロテ」
「い、嫌よ!・・・ぅぅ絶対に嫌!入団を決める一戦に出られないなんて、その瞬間みんなと一緒にいられないなんて絶対に嫌!」
「気持ちはわかる。しかしお前の傷は自然に治るほど浅くはない。何かしらの治療をしないとどのみち明日の試合にはでられないぞ」
「・・・・!」
掴まれた腕が痺れる程の力が加わった。
ドロテは歯を食いしばり眉間にシワを寄せ、目じりから涙が一筋流れた。
「ドロテ・・・」
皆沈痛な面持ちで下を向いた。
四連勝の快進撃をしたチームの雰囲気ではない。
「なあ・・・ドロテ」
数秒の沈黙の後ユーゴが話しかけた。
「ぅぅ・・・なに?説得なら無駄よ。・・・やめて」
ドロテは涙を隠すように顔を反対側に向けてしまった。
「ヒールってどうやるんだ?」
「へ?」
「え?」
「・・?」
皆驚き再びユーゴに顔を向けた。
「ど、どうやるって・・・生体に手を翳して集中するだけで・・・樹木の精霊の加護を受けていればできるわ」
「なんていうのかな?特別な呪文?のようなもの?とかあるのかな?」
「・・・集中力を高めるために精霊に対して感謝を伝えるような、称えるような言葉をつぶやく人もいるけど無くてもできるわ・・・」
「なるほど(祝詞のようなものなのか・・・)」
「でもお兄様、ヒールはほかの生活魔法と同じで幼少時に使える人と使えない人が決まるものです。今試しても・・・」
「いや、とにかく試すだけ試してみようぜ」
「ルシアン?」
「だって、俺もだけど、火起こしは母さんがずっとやってくれてたし、ヒールなんて今までやろうとしたことすらないんだから可能性はあるだろ?」
「そ、それはそうでしょうけど・・・」
「手を翳して集中したら良いんだよな?」
言うとルシアンはドロテの顔に手を翳した。
「ユーゴもな!」
「わかった」
ユーゴもドロテの頬に手を翳した。
「私も。ヒールって試したことないので」
「私は・・・能力がないってわかってるけど!」
メリッサとレティもドロテの額に手を当てた。
「精霊様!なんとかしてくれよっ!」
全員が目を閉じ集中する。詠唱というより祈りだ。
「みんな・・・」
ドロテは仰向けで胸の上で手を組んだ。
「お願い!」
と、レティシアが叫んだ時、ドロテの顔が光を浴びて輝いた。
「!!」
「き、きたーーーー!」
「だ、誰の手です?」
四っつの掌のうちの一つが光を放っていた。
「お兄様!」
「うお!ユーゴやった!!」
「あ・・・出来てるのか??」
自分に驚いたユーゴが手を引っ込めた。
「多分・・・できてたわ。とても眩しくて暖かかったから・・・!」
「ユーゴ凄い。なんでもできちゃうんですね!」
「ユーゴ早く続きを!」
「あ?ああ、そうだった」
ユーゴはルシアンに急かされて再びドロテの頬に手を当てて集中した。
掌が光を発しドロテの顔を包む。
「わあ・・・」
レティがユーゴの手をまじまじと覗き込んだ。
「それにしても、お兄様が元居た世界は魔法は無かったと言っていませんでした?」
「確かにそう言っていましたね。そのユーゴだけが魔法を使えるなんて・・」
「ああ、魔法は無い。でも・・・」
「でも??」
「いや、何でもない・・」
「なんだよ気になるじゃないか」
「いや、今この場では必要がないし、大したことじゃない。ちょっとふと思っただけなんだ」
「いいじゃないか、話してくれよ」
「ふふ。そうですよ」
ユーゴが治癒魔法を発動したことで皆に少しだけ余裕が生まれたようだ。
「うん・・・。俺の元居た世界には魔法は無い。でも治療をすることを”手当て”って言うんだ」
「え?!」
「そうなのですか?」
「へー、変わってるな。なんでだろうな?」
「大昔はあったけど、失われたっていうことでしょうか?」
「はは。そうかもな(もしくは・・・)」
――若しくは、こちらの世界と行き来した人間がいたのかもしれない・・・――。
その後ルシアンとユーゴは一度居間を退出してレティシアとメリッサがドロテの体を拭いて着替えさせ、ドロテの寝室でヒールを継続することになった。
パタン。
ドロテの寝室に二人分の食事を運んだレティがメリッサとルシアンのいる居間に戻ってきた。
「どうだった?」
「・・・二人とも良い感じでした!」
ルシアンに様子を聞かれたレティシアは何故か不機嫌そうに頬を膨らませ、ちょっと乱暴にトレイをテーブルに乗せた。
顔を見合わせるルシアンとメリッサ。
「ん?なんでそんな頬っぺた膨らませてるんだ?」
「なんでもないです!」
ルシアンの追い打ちにぷいっと横を向くレティシア。
「あーーー! わかったぞ!」
「な、なによっ!?」
「持って行ったデザートをつまみ食いしたなー!」
ルシアンは立ち上がってレティシアの頬を大げさに指さした。
「あ、あ~~ほ~~か~~~~っっっ!!」
ばーん!
レティシアがトレイでルシアンの頭を殴りつけた。
「ぉ~~~~~!!」
頭を抱えてしゃがみ込むルシアン。
レティシアは「明日に備えて早めに休むわ!」と言って居間を出て行ってしまった。
「おおお・・・いてぇ・・・踏み込んで体重を乗せるなんて・・・」
「ぷ・・・・・」
一部始終を黙って見ていたメリッサが口元を押さえながら噴出した。
「なんだ?何か悪いこと言ったか?俺。レティのやつなーんであんなに怒ってるんだ?」
「わからないのですか?」
「む~~・・・メリッサにはわかるのか?」
「うふふ。想像はつきます」
「なんだよ?教えてくれよ」
「ひみつ です!」
「・・・なんだよ!教えてくれよ」
「ひみつ です!」




