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希望と絶望と

 小柄な中年の男が居間で茶を飲んでいた。

 アルネゼデール当主のシモンだ。

 いかにも高価そうな椅子に腰を掛け本人は優雅にティータイムを満喫しているように見せているのだろうが、小柄小太りの彼が椅子に深々と腰を掛けると両足が宙に浮きとてもバランスが悪い。

 様子を見ているとじわじわと笑いがこみあげてくるので給仕をする使用人も見て見ぬふりをしている。

 カップを鼻の前でゆっくりと回し、香りを楽しんでから少しずつ啜る。

 彼はこのセロー商会から購入した琥珀色の茶が大のお気に入りで、酒を嗜まない彼は夕食後ひとりでこの茶を飲むのを何よりも楽しみにしている。

 セロー商会は下級貴族の屋敷には品物を下ろさないので彼がこのお茶を手に入れるのはとても苦労した。知人から知人に頼み込み数か月かかってようやく手に入れた逸品だ。

 その為家族にもこのお茶を淹れてやったことは一度もない。


「お父様」

 離れたソファに腰を掛けていた次女ジュリアが声をかけた。

「な、なんだジュリア?」

 ジュリアは整った顔立ちの美少女だが普段からやや冷たい雰囲気がある。

「騎士学校の御前試合、本当に見に行かなくて良かったのでしょうか?」

「む?なんだ今頃またぶり返して。イザーク殿であれば順当に勝ち進むはずだ。明日の最終日に王国騎士団入団を決めたときに共に祝ったら良いことだ。二日間も人でごった返すところになぞ足を運ぶ必要はないであろう。」

「・・・」

 このシモンというアルネゼデール家の現当主は威圧的で攻撃的な性格の割に剣術とは縁遠く、どこか毛嫌いさえしている節もある。

 こういった類の人間は強いものにはめっぽう弱く、弱者にはめっぽう強い。

 更に厄介なのは内弁慶だということだ。外の人間には媚びへつらうが家族や使用人には超高圧的で長女のメリッサを追い出したのは良い例だ。

 しかし伯爵家であるイザークと婚約をした時からから次女のジュリアにだけはやや物腰が柔らかい。

「明日は皆で観戦に行くのですね?」

「無論だ。明日は騎士学校の卒業式もあるのだからな。なんども言わせるな。」

「・・・」

「何か他に不満があるのか?」

 説明を終えても憮然とした表情のままでいるジュリアに問いかける。

 最近は伯爵家という後ろ盾を得た次女の顔色まで窺うようになってきた主にソファに腰を掛けていた妻のマリオンは残念そうに顔を伏せた。

「お父様は必至で戦っているイザーク様の事が気にならないのですか?」

「むうぅ、気にはなっておる!なっておるからイポリットを行かせておるのだ」

 シモンは抑え気味に答えた。

 イポリットとは御前試合の熱狂的ファンの使用人だ。

 毎年この時期になると、癇癪持ちのシモンに休みをもらえるように直談判をしにくるツワモノだ。

 毎年すったもんだがあるのだが、今年はジュリアの婚約者であるイザークが御前試合に出場するとあって、簡単に許可がおりてスキップしながら出かけて行った。

「・・・」

 イポリットが行きたいと言ったから行かせただけでシモンが行ってこいと指示した訳ではない。

 なんでも自分に都合の良い様に解釈する父にジュリアは苛立っていた。

「時期に報告をしに帰ってくるだろう。そのような顔をせず大人しく座ってまっているのだ」

「・・・」

 ~旦那様はどちらだ?!~居間で皆様と一緒です~

 その時外でイポリットと思われる声が聞こえた。

「ふん、ウワサをすれば・・・だ。それにしても騒々しいな・・・?」


 ばたばたと廊下を走って近づいてくる音が聞こえる。

 シモン、母マリオン、次女ジュリア、三女フローラが緊張気味に居間の扉を見つめた。


「旦那様!大変です!」

 勢いよく扉が開き、顔を紅潮させたイポリットが飛び込んできた。

「!!」

 イポリットが来るのは分かっていたがあまりの勢いに皆驚き立ち上がった。

「き!貴様無礼だぞ!ノ、ノックぐらいしないかっ!!」

 当たり前のようにシモンが怒鳴りつけた。

「す、すみません!はぁはぁ・・し、しかし!・・・はぁはぁ!大変なのです!」

「いったいどうしたというのだ?!イザーク殿のチームは勝ち進んでいるのだろう?!」

「そ!それがっ!はぁはぁ・・その・・・メリッサ様が・・・!」

「ええい!メリッサの事などきいてはおらぬっ!イザーク殿はどうなったのだ?!」

「イ、イザーク様は・・・!その・・まずメリッサ様のチームが・・・」

「わかるようにちゃんと答えろ!」

 シモンは顔を真っ赤にして子供の様に地団太を踏んだ。

「お父様!お父様が口を挟むからイポリットが混乱してしまうのです!まずは彼の話を聞きましょう!」

「む・・・むう!聞いてやるからさっさと言いたいことを言え!」

 どう考えてもここはジュリアの言う通りにした方が良い。シモンはなんとか退いた。

「は、はい!その、メリッサ様のHチームが四連勝の快進撃で明日ひとつ勝てば王国騎士団入団が決まります!」

「な!!・・・なにぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「う、嘘・・・・・・・」

「ま、まぁ!本当ですの?イポリット!」

 それまでずっと黙っていたマリオンとフローラの顔がぱっと輝き顔を見合わせてほほ笑んだ。

 対照的にシモンは驚きすぎて自然に半歩後ずさりした。

「本当です奥様!メリッサお嬢様はそれは大活躍で、今日の最終戦は最後なんと!敵Bチームの大将を滅多打ちで勝利をもぎ取ったのです!」

 あたかもメリッサ一人で敵大将を討ち取ったかのように多少脚色がなされているが本人的にはそうなのだろう。イポリットはメリッサの凄さを伝えようと一生懸命手足を振り回しながら説明した。

 マリオンはイポリットの演説を涙を流しながら、フローラは母に後ろから抱きしめられながら笑顔で聞き入っていた。

「ま、まさか・・・そんな・・・ええい!メリッサの話はもう良い!肝心のイザーク殿はどうなったのだ?!」

「そ!それが!・・・」

「早く申せ!」

「イ、イザーク殿のCチームは二勝二敗で・・・明日ひとつ落とすとAチーム戦での勝利が必須となってしまい騎士団入団が難しくなるという・・・状況です・・・」

「!そ!な!で、デタラメを言うな!」

「イ、イザーク様のCチームは初戦のGチームと二戦目のFチームに勝利いたしましたが三戦目のBチームに敗れ一人が脱落、四戦目では一人少ない状況で格下のDチームに後れを取り、二勝二敗で・・・」

「な・・・なんということでしょう・・・」

 ジュリアは信じられないという表情で口元を押さえ絶句した。

「な、なに、イザーク殿の事だ、明日快勝してきっと王国騎士団入団を決めるであろう!明日になればいらぬ心配をしたと皆笑っているに違いない!そうだ!きっとそうなる!」

「・・・そ、それが・・・」

「な、なんだ?ま、まだなにかあるのかっ?!」

「明日は・・・その、イザーク様は・・・」

「こ、この!もったいつけずに早く全て話せ!」

「明日の初戦は・・・メリッサ様のHチームとイザーク様のCチームの対戦です・・・」


「な?!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだとぉぉぉぉっぉぉぉ!!」


 全員が硬直し、シモンは口をあんぐりと開けたままゆっくりと後ずさりした。

 後ずさりしてドスンと崩れ落ちるようにいつも座っている椅子に腰を下ろした。


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