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走れ!メリッサ!

「(かなり回復してきたわ。早くなんとかしないとレティが・・)

 大したダメージはなく傷も負っていないのに足に力が入らなくなるという不思議な感覚に襲われた。だが更に不思議なことは戦いながらも徐々に回復してきたことだった。

「(いけない・・・集中しないと!)」

 メリッサは柄を握る拳にチカラを入れた。

 以前ルシアンに指摘されたように,もともと殻に閉じこもる性格のメリッサは戦いの最中にも色々な事を考えてしまうクセがあった。嫌々やらされている痛いゲームのようで、どこか他人事のようなそんな気持ちだった。

 一年間頑張ってきた修練でもそういう気持ちは抜けなかったが摸擬戦が始まり”実戦”を経験し、徐々に気が引き締まってきているのを感じ始めていた。

 アルネゼデール家の厄介者の長女でしかなかったが、今オフェンスという役割を与えられ、皆が自分を頼ってくれている。それを考えるとなぜか力が湧いてくる。

 剣術未経験のルシアンも学校一小柄なドロテもエリートを相手に死力を尽くして相打ちに持ち込んだ。

 二人ともメリッサより年下の弟妹だ。

「このままで良いはず・・・ない!」

 メリッサは長い脚を生かした大きな一歩で遠間から剣を振り下ろした。

「ふん!打ってくる気になったか、だが望むところだ!」

 メリッサの高高度からの一撃をアンドレは造作もなく受け止めた。

 剣を受け止められたメリッサは反動を利用して再び振りかぶる。

「・・・!は?!」

 瞬間、アンドレの剣先が右下に動いていくのが見えた。

 面から半円を描いて右下からの切り上げメリッサの得意技への対応だ。


 ~~~「剣術未経験のメリッサが僅か一年で幼少から剣術に携わってきた熟練者に追いつくことは到底できない。だから、二つだけ徹底的に技を覚えよう。後は実戦がカンを養ってくれる」~~~


 ユーゴの言葉がメリッサの脳内を流れた。


 メリッサは踏み込んだ右足で急ブレーキをかけ、右方へおろしかけた剣を頭上で反転させて強引に左下へ振り下ろした。

「~~~~!!」

 二階からの一撃がアンドレの左膝に命中した。

「ぐあっ!」

 装具の薄い関節を打たれてアンドレの右膝がガクンと折れる。

 メリッサは崩れたフォームからの一撃でバランスを崩したが、肩から体当たりすることで姿勢を戻す。

 アンドレは慌ててメリッサの剣の軌跡を追うが既にそこには剣影もない。

 メリッサは十分な態勢から引きながら左面に剣を落とし、連続して踏み込みながら右下から左膝を切り上げた。

「うぉぉ・・・!」

 左膝も落ち、アンドレはバランスを崩す。

 右面から左膝への連携攻撃だけを簡単にケアしてきたが、突然右面から右膝、左面から左膝という剣撃を受け不覚を取った形だ。


 連続攻撃のうち終わりのメリッサと四連打を浴びながらなんとか踏ん張るアンドレが至近距離で静止した。


 ~~「メリッサは手足が長い分、懐に入られると脆い、近間で絶対に止まってはいけない。困ったら体をぶつけるんだ」~~


「!!!」

 再びユーゴの言葉が響いた。


「だーーーーーーーっ!!」

 メリッサは一瞬重心を低くするとアンドレに頭から突っ込んだ。

「こ!この!!」

 巨漢のアンドレとアルバンに次ぐ長身のメリッサがもつれ、絡み合い平原を豪快に転がった。


 先に立ち上がったのはメリッサだった。


「き、貴様~~~!ゆるさん!ゆるさんぞっ!」

 女子に転がされたのがプライドを傷つけたのか兜から真っ赤に血走らせた目が覗いた。


「ぬわっ!!・・・?!」

 立ち上がろうとしたアンドレが顔面からドサっと再び地に突っ伏した。

「え?!」

 見るとルシアンがアンドレの背後から左腕で首を絞めあげて押さえつけていた。

「な、なんだお前はっ!離せ~~~!」

「ル、ルシアン?!」

「はっはっは。男に抱き着く趣味はないけど暫くつきあってくれよなぁ!」

「ぐぉぉぉ・・・!!離せぇぇぇ・・・!!」

 抵抗するアンドレとそうはさせじと全力で締め上げるルシアンがもつれて地を転がる。

 お互い兜が外れていて必死の形相だ。


「メリッサーーーーー!!!。は~し~れ~~~~っ!!」


 ハッと右方を見ると、叫び声をあげたドロテがばったりと倒れた。

 走れとは、限界が近いレティシアを助けに行けということだ。

 戦闘で体力を、ルシアンへのヒールで精神力を使い果たし、全てを出し切ったのだ。

 ルシアンもまた最後の力を振り絞っている。


 自分を生かすために!

 託された!

「自分の為に・・・仲間が・・・」

 全身の体温が上昇した。

 疲労が吹っ飛び力が沸き上がる。


 振り向くと、ドロテの叫び声でよろめきながら後方に退いていくレティシアが見えた。

 限界が来たレティシアがすこしでも時間を作ろうとしていた。


 自分を待っている!


「~~~!」

 何かにはじかれたようにメリッサは走り出した。


「おい!あのデカい女、こっちに走ってくるぞ!」

「なんだと?!まさかアンドレもやられたのか?!」

「よ、良くは分からんがアンドレは誰かと戦っているみたいだ」

「く!でももうちょっとなんだ!もうちょっとであの大将の女を倒せるんだ!大将をやれば俺たちの勝ちだ!ギャスパー、全力でとどめを刺しに行くぞっ!」

「了解だ!」

 ギャスパーとトリスは前方と後方を交互に見やりながら大声で確認し合うとスタミナの切れかけたレティシアを追った。


 後方へよろよろと退いていくレティシア。それを追うギャスパーとトリス。その二人を追うメリッサ。

 そしてレティシアから一番離れた場所にいたガットも動いた。


「来たか!」

 気配を察したユーゴは振り向きざま木銃をを横に薙ぎ払った。

 キンッ!

 ガットは剣を立てて受け止めた。

 背後から先に攻撃して戦いを優位に進めようとした目論見があっという間に崩れ去った。

「くそっ!」

 戦って勝てる相手ではないことは分かり切っているが、どんどん状況が悪くなっていく。戦わないと宣言しておきながら背後からの不意打ちは騎士道に反するが最早手段を選んではいられない。

 銃剣による攻撃を受けられたユーゴは右足を踏ん張り、小尾を右フックの様に振り回しガットの左顔面を狙った。

 ガットは右に立てた剣を左方に持っていきユーゴの連撃を防いで見せた。

「く!」

「やるなっ」

 ユーゴは打ち終わった右半身の態勢のまま僅かにバックステップをするとガットに止められた小尾を真っ直ぐに自身の顔面付近に引き付け右足の踏み込みとともに突き出した。

 左右連撃後のまさかの正面攻撃を受けガットは真後ろにすっ飛んだ。

 ユーゴは後方に倒れていくガットを追いかけるように踏みつけ、ガットの後頭部が地面に着くのと同時に小尾を打ち下ろした。

 多少手加減をしたつもりだったがガットの頭は真横に向き動かなくなった。

「ちょっと力を入れすぎたか・・すまないな」

 見たことのない攻撃を受けて、ハッと気づいたときにはもう意識を断ち切られたという状況だろう。

「すまないな」というのは恐らく彼が見たことのない技を本番で、見たことのないタイミング、角度で放ちトドメとしたことに対する多少のうしろめたさと同情からだ。

「それよりも・・・!」

 ユーゴは大きなゼスチャーで監視員を呼び、倒した敵少年を託し、ドロテのところへと走った。


 敵トリスとギャスパーはレティシアに10メートル程まで迫っていた。

 一方走り出したメリッサからはまだ30~40メートル程距離がある。

「私が・・・私がなんとかしなくては!」


 ・・・脳裏に苦い思い出が蘇る・・・。

 春の晴れた日、十五歳のメリッサは、六つになったばかりのフローラにせがまれて屋敷近くを散策していた。


 小川に架かる小さな橋を渡っている途中、土手に咲く花を見つけたフローラが不意に走り出した。

「危ない!」と思ってからフローラが転倒して川に落ちるまであっというまだった。


 ばしゃばしゃと激しく川面を叩く妹を目の前にして助けるよりも大変な事が起きてしまった!という恐怖に支配され足が竦みガタガタと震えた。

 幸い通りがかった王国騎士に助けられ事なきを得たが、王国騎士とともに帰宅すると、騎士から話を聞いた父シモンが激怒した。

「何故助けに飛び込まなかったのか?!」「何故なにもしなかったのか?!」「身が大きくなっただけでとんだ役立たずめ!」王国騎士達が去った後もシモンの怒りは収まらず、既に父の伸長をゆうに超えたメリッサは父のつま先をじっと見つめたまま罵声を浴び続けた。


 後になって冷静に考えれば、小川の水深は浅いのか深いのか、近くに手ごろな棒切れ等はないかとか、土手の上まで駆け上がって大声で助けを呼ぶとか、父にいわれるまでもなく出来たはずだ。

 しかし、金縛りにあったように体が動かず、声すらでなかった。

 ・・・自分は・・・本当にただ大きいだけの役立たずだ・・・。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・。

 ただただ俯いて父の発する罵詈雑言に耐えていた。


 ・・・思えばあのころからだ。父とすぐ下の妹ジュリアのメリッサへの態度が変わってきたのは・・。


 それからほどなくして自分の意志とは関係なく人の集まる場所や茶会に”出される”ようになった。

 自分はそういった場所は苦手だ。社交の場、コミュニケーションをとる場なのだがそもそも何を話したら良いのか分からない。

 だって、普段屋敷でも家族ともそんなに話をしないのだから。

「部屋で読書をしていたい」と、茶会への出席をやんわりと断ったこともあったのだが、「そんなに読書をしているのなら気の利いた話のひとつふたつできるであろう!」と、怒鳴られてしまった。

 元々感情をあまり表情に出さない性格なのだが益々無表情になっていった。


 背の高い自分は立っていると黙っていても目立ってしまうので茶会では座ってうつむいたまま時が過ぎるのを待つ。

 どれだけ目立たないようにしていても「どこの誰でも良い、相手を見つけてくるのだ!」と、父が手当たり次第に茶会に送り出すのでウワサが広まるのは早かった。

「茶会に必ず大きい女がいる」と。


 皆こちらをチラチラみながら声を潜めて小さく笑っているのがわかる。

 自分を嘲笑っているのではないのかもしれないが、そういうふうにしか思えなくなっていた。

 次第に表情だけではなく、思考も停止した。いや、停止させた。停止させて時を待つようになった。


 騎士学校入学もそうだ。「騎士になどになる必要はない。相手を見つけよ」シモンに言われるがまま入学した。


 どうでも良かった。


 でも・・でもこのチームは違った。最初こそ皆背負っているものやプライドが邪魔をしていがみ合っていたが、修練を通じて徐々に仲間になってきた。

 ドロテは上級貴族の超エリートお嬢様だが自分が体の事を散々言われてきているということもあるのだろう、身長のことでばかになどしない。

 ルシアンはメリッサが大きいことを時々ネタ的に話すが無理に背伸びして頭ぽんぽんしたり、女子として見てくれていてとても嬉しいし、ユーゴなんかは「どれだけ望んでも手に入らない凄い資質だ!」と、手放しで褒めてくれる。レティはそもそも人の悪口を言わない。


 正直、王国騎士になるとかならないとかはどっちでも良いと今でも思っている。

 でも、チームのみんながやるなら自分も頑張りたいと思うようになった。剣術とか全く合わないと思うけどみんなと一緒にいられるなら騎士団目指して頑張りたい。

 生まれて初めての友人ができたのだから!


 ドロテはルシアンをヒールした後精魂尽き倒れた!


 そのルシアンは私を生かす為に最後の力を振り絞っている!


 ユーゴはこんなダメな私に期待して見守ってくれている!


 そしてレティは私を信じて待っている!


「うおおおおおおおおおおお!!」

 メリッサは走る!

 歯を食いしばり眉尻を吊り上げ全力で走る!






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