繋がる闘志
「ユリウス!ユリウスはおらぬかっ!?」
特別席の直上にある一番見晴らしの良い場所で時期王国騎士団長を呼ぶ野太い声が響く。
「は!ここに!」
ガッシリとした長身の若者が玉座の脇に控えた。
声の主ジェラール王は赤を基調とした豪華な椅子から立ち上がり戦場に顔を向けたまま興奮気味に問いかける。
「あの者は今聖騎士アミラの孫と言わなかったか?!いや、確かにそう言った!誠か?!」
”アミラ様の孫だと?!”
”ロシュフォールの者なのか?!”
ジェラール王の大声に周囲がにわかにざわつき始めた。
「は!陛下、あの娘は確かにロシュフォールの、不肖の妹で御座います」
ジェラール王は驚き、跪くユリウスに顔を向けた。
「なんと!ロシュフォールに4人目がおったのか?!」
「左様に御座います」
「何故黙っていた?」
「故意に隠していた訳ではありませぬが、妹はあの様に体格に恵まれませんでしたので騎士ではなく嫁に出す予定でありました」
「むう・・・。それがあの結果か!素晴らしい!さすがはロシュフォール、聖騎士アミラの孫だ。新たな英雄の誕生だな!はっはっは!」
英雄の誕生とはいささか大袈裟な表現だがブリュセイユ王国は前大戦で聖騎士を一人失い、アミラが現役を退いてからの”聖騎士不在”を他国に知られない為に一部商人の往来以外を規制した鎖国状態が続いており、ここ数年国民の間に閉塞感が漂っている。英雄”ヒーロー”の誕生は国威発揚に繋がる。それが騎士学校の今期主席候補を破ったヒロインとなれば尚更だ。
ジェラール王はドロテの活躍を心から喜んだ。
一方特別席では優勝候補チームのエース撃破で大騒ぎとなっていた。
「あやつめ!やりやがったーーっ!」
拳を突き上げるエリアス。
「あの姉ちゃん凄いっ!」
身を乗り出すルシアンの兄弟たち。
「ドロテ様ー!」
シュバリエ家での合宿で一生懸命身の回りの世話をしたシルビィは笑顔に目に涙を溜めて飛び跳ねている。
「なにをやっている!!」
「ば、ばかものめっ!小娘相手になんたる醜態だっ!」
「な、なんとかしろーー!それでも名家の騎士かーっ!」
Bチームの応援席では煌びやかな衣装の貴族達が頭を抱え、地に膝を着きおよそ紳士とは程遠い罵声を少年達に浴びせていた。
よほどの事でない限り治癒魔法”ヒール”で回復するとはいえ重症を負った少年であろうと容赦がない。
名門貴族の子が模擬戦で脱落するという事は王国騎士団入団がその時点で将来の出世がほぼ絶望的となるという事だ。そのうえ騎士団内での序列が下がり家の年収が減る。次に縁者を騎士学校に入学させても上位のチームに入れなくなる。そしてそれはまた模擬戦での勝利から遠のくことになる。
模擬戦での敗北は没落のスパイラルにはまり込む恐れが多分にあるのだ。
「ま、まずい事になって来た・・・」
ほぼ相打ちだが戦場から消えたのはBチームのエースアルバンだ。まだ数的に有利況だがエースが敗れた事によるチームの動揺は否めない。
「ええい!」
これ以上状況が悪化する前に勝負決める。
アンドレは前に出てメリッサに連撃を繰り出す。
対するメリッサも焦っていた。ドロテは勝利したとはいえ完全に行動不能となっており、オフェンス担当のルシアンも負傷しておりレテシィアへの援護は期待できない。
「(自分がなんとかしなくては!)」
アンドレの攻撃を受けながらなんとか返すが頭部に打撃を受けてから腰の入った攻撃が出来ない。
手も足もまだまだ動く。
スタミナも問題ない。
しかし思う様に足が前に出ない。
頭部に受けたダメージの影響で所謂”足に来ている”状態なのだがメリッサが知る由もなく、レティシアの状況と合わせ、思う様に動かない自分の体に苛立ち、焦っていた。
「や、やああ!」
「ふん!なんだその剣は!」
カーン!
アンドレはメリッサの腰のはいっていない垂直切りを片手で払い除けた。
「メリッサ落ち着け!まだ大丈夫だ!少し間をあけるんだ!」
ユーゴの指示が飛んで来た。
”まだ大丈夫だ”とは恐らくレティシアのスタミナの事で”間をあけろ”は距離ではなく時間を取れという事だろう。つまりは数分間回復に努めろという事だ。
メリッサ自身には分からないがきっとユーゴは自分の状態を見て理由が分かっているのだ。これまでユーゴの指示や読みが外れたことは無い。
ユーゴが言うのだ。兜で表情は分からないがレティもまだ大丈夫なのだろう。
「(分かりましたユーゴ)」
メリッサはふーっとひとつ大きく息を吐くと剣を右肩に担ぐ”肩構え”から水平に降ろし、剣道の中段に構えた。
「どいつもこいつも妙な構えをしやがる!」
メリッサの剣に力が無いと見たアンドレは勝負を決めようと強引に間合いを詰める。
しかし踏み込もうとする瞬間メリッサは長い腕を思い切り伸ばし、剣先を押さえながら退く。
「む?」
アンドレが素早く前に出るとメリッサは同じタイミングで前に出て剣先から鍔元に剣を滑らせて手元を押さえる。
「このっ!」
アンドレはメリッサの剣を払い除けるように振りかぶるがメリッサはアンドレの剣に自分の剣を重ねたまま保持し、右に回り込みながらアンドレの剣を押して距離を取った。
「ぬぅっ!?」
アンドレは再び素早く間合いを詰めて垂直に剣を落とす。
メリッサは剣を斜めしてに受け、左下方に受け流し上から押さえつけた。
「えええいっ!」
アンドレはメリッサの剣使いに苛立ち力で押し戻すがメリッサは自身の剣をアンドレの剣に着けたまま腕を伸ばし距離を一定に保つ。アンドレが一足で打てない絶妙な距離だ。
アンドレは自分の剣にぴったりと剣を着けてジャマをする動きに苛立ち、肩構えに戻り間をあけた。
すー・・・はー・・・。
「(落ち着いて、落ち着いて、ユーゴはまだ大丈夫と言った)」
大きく深呼吸をするメリッサ。
少し脚に力が戻って来たのを感じる。
「面倒な奴だっ!」
アンドレはメリッサとは対照的に苛立ち、益々焦りが見える。
メリッサから20メートルほど離れた場所で両膝を着いているルシアンによろよろと近づく影があった。
ドロテだ。
ドロテは両腕をだらりと下げていてその手に得物は無い。
腕の装具は両方跡形もなくアイガードが外れた兜はボコボコにひしゃげていて目尻や口元に固まったどす黒い血が付いている。
「ド、ドロテ、もうじっとしていろよ・・・」
いつもは弄り倒しているルシアンも流石に気遣い絶句した。
「これぐらいなんともないわよ・・・」
歯を食いしばったままのドロテはルシアンの隣に座った。
腰を下ろしたというより倒れたと言った方が正しい。
「お。おいおい・・・」
自身も痛みで上がらない右肩を押さえながら左肩でドロテを支える。
「横になりなさい」
「へ?」
「いいから早く・・・いう事を聞きなさ・・・時間がもったいないわ」
「う・・・」
良くは分からないがとりあえず言われるままルシアンは右肩を上にして草原に横になった。どうせ動くこともできない。
無理に動けば体のどこかに力を入れれば激痛が走る。
ドロテは両膝を立てて横になったルシアンを見下ろす態勢になると右肩に両手を当てた。
「な、なにを?」
首元に微かに熱を感じたルシアンが体を起こした。
「じっとしていなさいっ!ヒールよっ!」
「ヒール?!」
「お、お前!俺よりお前の方が重傷だろっ!まず自分の!その顔を・・・!」
「うあ・・・!」
起き上がろうとしたルシアンをボロボロの細腕が押したのだ。
悶絶するドロテ。
「!・・・ご、ごめん!・・でも・・」
「私の事を気遣うならじっと・・・ぅ・・していなさい!」
ルシアンは目を丸くしたまま体の力を抜いた。
「そう、そ、それでいいわ。よく聞きなさいよ・・・短時間のヒールで・・・どの程度回復するか分からないけど私よりあんたの方が・・・動けるようになる可能性が高いわ。痛みだけでも取れたら盾ぐらいになりなさい」
目の前の少女は苦痛に歪め、歯を食いしばりながらヒールを続けた。
綺麗な金髪は乱れ、端正な顔は腫れあがりあちこちに凝固した血液がこびりついている。
「ドロテ・・・」
ルシアンはドロテの勝利への執念を全身で感じた。
(女にここまでさせて黙っていられるかっ!)
ルシアンは両拳を握り込み。燃え上がる気持ちをねじ伏せてゆっくりと目を閉じた。
「あいつヒールしているのかっ?!」
ユーゴの背後で戦況を見守っているガットが思わず声を上げた。
・・・まずい。
気持ちに連動してガットの足が半歩前に出る。
ザッ。
気配を察したユーゴが背中を向けたまま僅かに腰を落とし、後足を半歩滑らせ、背中越しにガットをけん制した。
「う、く・・・。」
ユーゴはほぼ向こう向きで表情は分からないがいつでも相手をしてやる!という無言の圧力を感じた。
「(自分がユーゴをけん制する役割だったのに、これでは立場が逆じゃないか!。俺達の方が追い込まれているということなのか?!)」
ユーゴの落ち着き払った態度が不気味でならない。まるでチームの勝利を確信しているように見えた。
「(ユーゴとまともに戦っても勝つ可能性は低い。このままここで足止めに徹した方が良いに決まっている・・。い、いや、アルバンの脱落という想定外の状況ではアンドレ、トリス、ギャスパーの戦いの中に無理やり割って入って乱戦に持ち込むべきだろうか・・・だ、だめだ、たどり着く前にユーゴと戦うことになる・・・)」
自問自答するガットは気持ちばかり焦り、身動きがとれずにいた。




