試練の一戦~弐
ドロテは対峙した相手を見上げ戦慄を覚えた。
身長はメリッサよりもやや高いかもしれない。横幅もあり重装を身に着けたその姿はまるで”鉄壁”だ。
少年までの間合いは4~5メートル程あるものの後方の景色が殆ど遮断されている。
ドロテは剣を中段に構え、巨大な少年を中心に呼吸を読みながらじりじりと右へ右へと時計回りに移動する。
常に自分が先に相手の中心を取り、相手に中心を取らせない為だ。
「ロシュフォールのご令嬢と戦えるとは光栄だ」
「来なさいっ!相手してあげるわっ!」
「ふふ。ちびのくせに気の強い奴だ。俺はそういう女は好きだぞ」
「私は初対面で姿形を批判する頭のカタい大男は大嫌いよ!」
こういう輩を前にするとどうしても反りの合わない長兄と重なってしまう。
ドロテは一瞬左前方に間合いを詰めフェイントを入れると直後、ほぼ直角に右に体移動しアルバンの右肩に一撃入れて体をぶつける。
「たーーっ!」
そして反動を利用して大きく後方に退いた。
アルバンはドロテの意表を突いたジグザグの攻撃にも動じず、肩を打たれたダメージも殆ど無いようで体当たりにも微動だにせず仁王立ちのままだ。
「・・・」
額から汗が流れた。運動に寄る汗ではない。
予想していたとはいえ実際に戦うとその重圧は半端ではない。
「なかなかいい動きだ。相当な修練を積んだみたいだが・・・残念だったなっ!」
言うとアルバンはその巨体に似つかわしくない素早い動きで袈裟に斬り下ろした。
「なにがよっ!」
ドロテはアルバンの動きを読んで後方に飛び退いた。
「ほう!?」
アルバンの剣は空を切り左下方に流れたが大股で踏み込みながら手首を返し水平斬りを放つ。
ドロテは更に後方に跳んだが一歩が小さいドロテの右胴に剣が迫る。
「!」
ドロテは胸の前で両肘をぐるりと回し右ひじを高く上げ剣先を下に向けて体とアルバンの剣の間に自分の剣をねじ込んだ。
ガシっ!
木剣同士がぶつかる。
「(いけないっ!)」
軽量の自分が大男の剣をまともに受け切ってしまっては返って次への備えが出来なくなってしまう。
「(なら!)」
剣でのガードだけで踏ん張らずアルバンの剣に押される格好で左方向に体を丸めて転がった。
一回二回草原を転がると膝と肘を使いタイミングよく立ち上がり剣を構えなおした。
アルバンは追って来てはいなかった。
「なかなかやるじゃないか。ちょっとびっくりしたぞ」
「・・・。(あの巨体でこのパワー。重装にも拘わらずこのスピード・・・)」
アルバン・グロッソ。Aチームのユベール・クルーゼと共に将来を嘱望される逸材だ。一瞬たりとも油断できない。緊張と重圧でイヤな汗が止まらない。心臓が高鳴る。
「お前、知っているか?お前の父フランク様と我が父ガブリエルとの間でグロッソ家との無用な派閥争いを避けるために四人目は騎士学校へはやらないと決め事があったそうだ」
「お父様がやりそうな事ね。でもそれがいったいどうしたっていうのかしらっ!」
ドロテが鋭い突きを放ったがアルバンはだらりと下げた剣を片手で持ち上げただけで簡単に弾き返した。
ロシュフォール家とグロッソ家は王国を二分する最大派閥の名家だ。そういう話を全く知らなかったわけではないが敬愛してやまないアミラの後を追いかけ並ぶ事だけが目標のドロテにはどうでも良い事だった。
「はー、はー」
ドロテは中段の構えで呼吸を整える。
「なるほど。聞きしに勝る残念な末娘だな」
「私が残念かどうかを決めるのは貴方じゃないわっ!」
アルバンが突進する。
「しかしそういう気の強い娘は俺は好きだぜ!」
頭部を狙った水平斬り。
ドロテは両足を前後に大きく開き、姿勢を真っすぐ保ったまま沈み込む。
空振りさせて追う様に右胴に水平斬りを放つ。
「私はだいっっっキライよっ!」
カーンとキレイな金属音が響く。
しかしアルバンは何事も無かったかのように振りかぶりドロテの脳天目掛けて上から下にまっすぐ振り下ろした。
「むんっ!」
ドロテは剣の左側で僅かに弾き右に回り込みながら剣を振りアルバンの右肩に当てたがまるで手ごたえが無い。
直後地面付近まで達していたアルバンの剣が跳ね上がりドロテの首筋を襲う。
「(ハッ!)」
俊敏に反応し剣で受けるが強烈な力で自身の剣もろとも左側頭部に一撃入れられ3メートル程吹き飛ばされた。
「~~~!」
左手で土と草を掴み地を滑る体を強引に停止させアルバンを睨みつけたまま立ち上がる。
「凄いなお前、修練の時の動きとまったく違うじゃないか。模擬戦の為に爪を隠していたのか?」
アルバンはドロテのキレの良い動きに心から感心した様だ。
「あんただって修練では相手が動けなくなるまで攻撃したりしてなかったでしょう!」
「ふ・・・。あははは。それもそうだ。だが気に入ったぞ!俺の嫁にならないか?」
「は、はぁぁぁ?!!相手をなぶり倒すような悪趣味野郎はお断りよっ!。冗談はカオと体格だけにしておきなさい!」
「その気の強さも良いぞ!ますます気に入った!」
「私の従者になりたいっていうなら考えてあげてもいいわっ!」
ドロテは鍛えられた脚力で一気に間合いを詰め、仁王立ちのアルバンに対して腹部に突きを放った。
「!?」
剣は狙った部位に命中したもののアルバンの体は一ミリも動かず、逆にドロテが堅い壁面に突進したかのようにバランスを崩しバタバタと後方によろけた。
「ふはははは!」
アルバンは不敵に笑いながら左手一本で剣を水平に薙いだ。
「う!く!」
ドロテは剣を左側に立ててこれも防いだがまたしても吹き飛ばされ地を這った。
「無駄だ」
立ち上がり中段に構えるドロテに対し、兜のアイガードを上げて顔を半分を出したアルバンが嘗め回すように視線を動かした。
メリッサとの対戦を避けてドロテ、レティシアに向かって走っていく少年達と入れ替わり背丈は並みだが横幅のある重量級の少年アンドレが彼女の正面からドシドシと地を鳴らして走り込んで来た。
「とぉぉぉぉぉ!」
肩構えから頭を狙って剣が振り下ろされる。
メリッサはやや退きながら思い切り手を伸ばしアンドレの剣を自身の剣先で合わせ、くるりと巻き込むと下方に落とし、体を右方向に反転させて距離を取った。
見かけによらず鋭い攻撃だが、手足の長いメリッサの方が先に間合いに入る。
「む!」
いなされて目標を見失った少年は一歩二歩前方によろけたが直ぐに反転して右から左に剣を振った。
「とぉぉぉぉ!」
この水平斬りにもメリッサは切先をちょんと合わせて軌道を変えて空振りさせる。
恐らくメリッサが剣を出さなくてもアンドレの剣はメリッサには届いていなかったが念のための回避だ。
身長が190センチを超えるメリッサと少年の身長差は15センチ以上はある。腕の長さも相まって一足あるいは一足半はいつもよりも間合いを詰めるぐらいでないと少年にの剣はなかなかメリッサには届かないだろう。
剣術において身長差はとても有利に働く。身長が5センチも違うとそれだけで頭にはなかなか剣を当てづらくなってしまう。柔道やレスリング等が体重でクラス分けするように剣道や薙刀も身長でクラス分けをしたならば試合では意外な選手が勝ち上がるかもしれない。
「やりにくいな、おい・・・」
アンドレは思わず呟いた。
「!」
今度はメリッサが仕掛ける。
オーソドックスな”肩構え”から”左メン”(メリッサから見た場合相手の右メン)にフェイントを入れた後一度振り下ろしアンドレの左膝を狙って右下方から左上方へ斬り上げる。
カーン!
「!」
受けられた。
読まれていた様だ。
弾かれた反動を利用し、左足で左方へ大きく踏み込みながら円弧を掻くように剣を右から振り上げ対角にある”右メン”(メリッサから見て相手の左メン)に斬りかかった。
カーン!
乾いた音と共にこれも受けられた。
アンドレはメリッサ得意の上下の連続攻撃を受け切ると。自身の間合いに入って来たメリッサの首を狙って袈裟切りを放った。
これをメリッサは素早く剣を引きつけ受け止める。
「ぐ・・!」
長身のメリッサと重量級のアンドレが激突し、反動でお互いが距離を取って構えなおす。
「その技は見ていたからな、俺には通用しないぞ」
「・・・」
相手は優勝候補のBチームだ。簡単に勝てるなどとは思っていないが、フェイントを入れた得意技をいとも簡単に受けられてしまい改めて実力差を感じた。
「・・・(なら!)」
メリッサが再び前に出て体格を生かした豪快なメンを放つ。
「むんっ!」
アンドレは微動だにせず腕を頭上に振り上げるだけで簡単に防いで見せた。
そして体当たり。
「なんのぉっ!」
「!!」
兜同士がぶつかりガチン!という金属音が響き両者後方に頭が弾かれ、半歩づつ体がずれる。
メリッサは”引き面”を放つがアンドレはこれも受け止めた。
メリッサは弾かれた剣を円弧を描きながら右下方に持っていく。
今度は体当たりから退きながら上から下への連撃だ。
アンドレの剣は下に行ってはいない。
「(当たる!)」
と、その時一瞬天地が分からなくなるほどの衝撃を左頬に受け、メリッサは右方向に弾き飛ばされ、よろめきながら地を走った。
「!!!」
連撃の間に顔面を狙われたのだ。
慌てて振り返り剣を構えたが、ガクっと膝が落ちる感覚がメリッサを襲う。
「(な、なにが?!)」
ボクサーが頭を打たれて足がおぼつかなくなるのはグローブを着けているため広範囲で衝撃を受けるからというのが理由の一つらしい。
相撲の張り手や拳法の掌底打ちも同じような効果があるそうだがメリッサは知る由もない事だ。
兜を着けている為骨折や裂傷等にはそうそう至らないが、それ故ボクサーと同じようなダメージが彼女を襲ったのだ。
「何度も言わせるな!その技は通用しないぞ!」
アンドレはドス!ドス!と地響きを立てながらメリッサに襲い掛かる。
先に間合いに入る為、メリッサが剣を振ったが”腰が入っていない”と見るやアンドレはこれを頭で直接受けながら思い切り間合いを詰めてメリッサの兜に剣を叩きこんだ。
「がっ!」
衝撃でメリッサの頭が後ろを向く。
信じられない威力だが両足を踏ん張り耐える。
メリッサを自分の射程に入れたアンドレはここぞとばかり右から左から容赦なく連続で斬りかかった。
「とぉぉぉぉぉ!!やぁぁぁぁ!」
メリッサは剣を引きつけ、両脇を締めて剣を僅かに左右に振り、なんとかこれを受けた。
「なかなかやるなっ!」
アンドレは鍔迫り合いからメリッサの剣の鎬辺りを力任せに押し下げ、首筋に剣を当てて踏み込み強引に下方へ押し込んだ。
「だあああああああっ!!!」
アンドレの体重を乗せた技で大抵の相手はこれで地面を転がる。
しかしメリッサはダメージで震える足に鞭を入れ、寸でのところで踏ん張りしのいで見せた。
驚いたのはアンドレだ。
「む!?耐えたのか?」
間合いを開けたメリッサは中段に剣を構える。
初撃のダメージでまだ震えているがこれまで歯を食いしばり鍛えに鍛えて来た脚力だ。例え剣技で上を行かれても一年間血汗を流して頑張って来た部分で負けるわけには行かない。
「・・・(簡単に倒れてなんかやるものですか!)」
気迫を見せるメリッサを前に、アンドレもそれまでとは変わり眉尻を上げて構えなおした。
「ちぃっ!トリス!女の進行方向に回り込め!」
「分かってるよっ!さっきからやってる!」
Bチームの大将ギャスパーとトリスはHチームの大将マークを付けた少女に手を焼いていた。
少女はとにかくすばしっこく、追えば引き、止まれば裏に回り込む。行く手を阻もうと走ればそれ以上の脚力で並走し追い付けない。
「なにやってんだトリス!もっと早く走れよっ!」
「やってるさ!この女、異常に足が速いんだよ!見てて分かるだろ!」
「はぁはぁ・・・くそ・・・!」
対峙してから2分と少し。少年二人はまだ少女に打ち込む事すら出来ずにいた。
疲労で二人の足が止まった時不意に少女が間合いを詰めて来た。
「!」
驚いたギャスパーが袈裟に剣を振ったが少女は素早くギャスパーの左側に回り込み。剣を握っている両拳を思い切り突き出し少年を突き飛ばした。
「うわ!」
ギャスパーはバランスを崩しすぐ後ろにいたトリスを巻き込んでバタバタと無様に倒れた。
「い、いててっ!」
「なにやってんだギャスパー!はやくどけっ!」
少年ふたりは慌てて立ち上がった。
「おい、これじゃあたとえチームが勝っても馬鹿にされちまうぞ!」
「そんなこと言ったって!」
トリスとギャスパーはアルバンから無理に倒しに行くなという指示を受けているが大観衆の、家族の目の前で少女一人にこうまであしらわれていては流石に格好がつかない。
「はー、はー、」
レティシアは何事か言い合っている敵少年二人から距離を取り呼吸を整えて次に備えていた。
無理に打ち合わない。敵の攻撃は出来るだけ足を使って躱す。剣で受けに行けば足が止まり、もう一人に捕捉されやすくなるからだ。
「(落ち着くのよ、レティ。作戦通り、練習通りちゃんとやれているわ!)」
自分に言い聞かせる。
こういう戦いになる事を想定し、鍛えに鍛えた持久力だ。自主練ではひたすら走ったり鉄の棒にぶら下がったり剣術とはかけ離れた練習ばかりでこんなことで本当に勝てるのだろうか?と半信半疑だったが、他生徒との修練で倒されることが減っていき表面上ではない体の芯の部分が強くなってきて徐々に自信が湧いてきた。模擬戦が始まり、対Dチーム戦では敵少年を一人実力で倒し切って自身が深まり確信した。「ユーゴに付いて行けば勝てる」と。そのユーゴが必ず勝てるというのだ。
「(これまでやってきたことを信じて戦う!)」
レティシアは敵少年を視界に入れて構えた。
「女ひとりになめられてたまるかっ!」
少年二人はレティシアに向かって突進した。
今度は正面から二人同時に斬りかかって来た。
「たーーー!」
「やーーー!」
レティシアはトリスの左メンを右に移動しながら弾いて捌き、右側から右メンに斬り込んで来たキャスパーの剣を左に移動しながら弾く。二人の少年の間を左に右に蛇行しながらすり抜け、素早く振り返りトリスに水平斬りを見舞った。
トリスの左胴に命中したが回避に重点を置いている為大したダメージは与えられない。
「う!、くそ!」
少年二人は慌てて振り返りまたしても同時に斬りかかる。
レティシアはこれも右へ左へと足さばきで躱し再び少年達のウラへ回り込む。
「はー・・、はーー・・」
ドッドッドッ!!
激しい運動量で心臓がフル回転で踊っている。
”本番”の重圧で自分が考えていたよりも体力の消耗が大きいと感じる。
少しの間でも構えながら呼吸を整える。
周囲に目をやると、皆苦戦しているのが分かった。しかし強敵Bチームの少年達を相手にしまだ誰一人野に倒れこんだりはしていない。
ドロテに至ってはこれまで他チームの少年達を瞬殺してきたアルバンを相手にしのいで見せている。
メリッサもルシアンもドロテもユーゴも皆二人を相手にしている自分の方をチラチラと確認しているのも分かった。
ルシアンとメリッサはどちらかが目前の敵を倒したら二人を相手にしているであろうレティシアの支援に向かうという算段だからだ。
自分がピンチに陥ると皆を焦らせてしまう。
大将の自分が真っ先に倒されるわけには行かない!
負けるもんか!
余裕で引きつけておいてやるわ!
「来なさいっ!!」
レティシアは気合を入れ大声を張り上げた。
~毎週土曜日更新します。よろしくお願いします(*‘∀‘)~




