真夏の休日
パタパタ、パタパタ、パタパタ。
細かく小さな足音を立てておさげ髪の少女がせわしなく動き回っている。
少女はシルビィ・フォセー13歳。シュバリエ家のたった一人のメイドだ。
「シルビィ、こっちは出来上がったぞ~」
「はーい!」
「シルビィ、大きいお皿を7枚出して頂戴~」
「はいはーい!」
一週間ほど前から母親のアンヌも父と一緒に厨房で働くようになったが食べ盛りの未来の騎士がいっぺんに5人も増えて大忙しだ。
「盛り付け終わったものからもっていってくれ~」
「はーい!」
それでもシルビィは毎日笑顔で動き回っている。年齢の誓い少年達は皆友達の様に接してくれて楽しくて仕方が無いのだ。特に食事中は賑やかで自分の知らない騎士学校の話や他の貴族の話を沢山聞けるので毎日楽しみにしている。
昼食の配膳を終えると、いつもの定位置であるルシアンの後方に控えた。
「では頂くとしよう」
精霊に祈りを捧げた後当主の声で食事を始める。
「みんなちょっと聞いて欲しいんだ」
ユーゴが切り出した。
「?」
「なんでしょう?お兄様」
「合宿も今日を入れてあと二日で明日の夜には騎士学校に戻るんだが、稽古は今日の夕食までで終わって明日は一日休みにしようと思うんだけどどうかな?」
「おー!いいね!」
「もちろん賛成にきまっているじゃないっ!」
「でも、何をしようかしら・・・?」
「じゃあだれか私と一緒に釣りに行かんか?」
「釣り?」
「おっちゃん!俺釣りやったことないからやってみたいぞ!」
セルジュの提案にルシアンが嬉しそうに手を挙げた。
「おお!行くかルシアン君。私は剣術はからっきしだが釣りは自身があるから教えてやれるぞ!」
「行く行く!教えてくれ!」
「私も行こうかな」
「レティシアも来るか?!そうかそうか!」
「お魚たべられるんですよね?私お焼き魚大好きだもの!」
「食べられるかどうかは釣る人次第だと思うからどうなんでしょ?」
「ドロテ、セルジュのおっちゃんは得意だって言ってるぞ?」
「魚釣りって得意な人でも釣れない事の方が多いって聞いたことがあるわよ」
「むむむ」
「おっちゃん、負けられない戦いになったな」
「たかが釣りで無理やりシリアスな方向に持っていくんじゃないわよっ」
「ドロテは明日はどうするのですか?」
「そうねぇ・・・この前行った湖がとっても気持ちがよかったからあそこで水につかって一日待ったりしようかしら」
「あ、じゃあ私も一緒に行きます」
「あら~いいわね~私も付いて行っても良いかしら?」
ドロテとメリッサの話にイザベルも入って来た。
「もちろん。大勢の方が楽しいわ。イザベル様も一緒にいきましょう!」
「有難う!湖で水浴びなんて久しぶりで楽しみだわぁ~」
「お兄様はどうするのですか?」
「俺は、そうだなぁ・・・女子三人だから護衛を兼ねてドロテ達と一緒に行こうかな」
「ユーゴ気が利くじゃない、ルシアンみたいのを見かけたらやっつけちゃってね」
「・・・俺は居るだけでやっつけられるのか?」
「先制攻撃は基本よ」
「む・・・上手く説明できないんだけど、色々と納得できないぞ・・・」
「あはは・・・」
「なぁ、シルビィも一緒に行かないか?」
シルビィは突然話を振られてちょっとだけビクっと飛び上がった。
「わ、私は・・・使用人ですから・・・」
「シルビィ、ルシアン君がこう言っているが、どうかな?」
「え?・・私も連れて行ってくれるの?・・・ですか?」
「留守番は二人いることだしたまには良いだろう」
「い、行きますっ!」
ぱっとシルビィが笑顔になった。
「よかったな!シルビィ」
「はいっ!有難うございます!」
「あら珍しいわね、お父様」
「そ、そうか?多分出かける事自体があまりないからなそう思うだけだぞレティシア」
「ふ~ん、うふふ」
「な、なんだ、そのふ~ん は・・・」
何故だかセルジュはルシアンの事が気に入っているみたいだ。最近はルシアンがセルジュの事を”おっちゃん”と呼ぶのがレティシアには可笑しくてたまらない。
「私とイザベル様とユーゴ、メリッサが湖で、セルジュ様、レティ、ルシアン、シルビィが釣りね」
「丁度四人ずつになったな」
「みんなでお出かけ楽しみね。お弁当作っていかなくっちゃ」
「お弁当!良いですねお母様」
「久しぶりにお料理しようかしら~」
「あ、ではお手伝いします」
「あら、メリッサさんはお料理得意なのかしら?」
「実は剣術よりもずっと得意です・・・」
「それは頼もしいわ。明日随分早起きしないといけないけどお願いね」
「はい!」
「ドロテは手伝わないのか?」
「ルシアンは私に喧嘩うってるのかしら」
ドロテは分厚い肉の塊に逆手に握ったフォークを突き立てた。
「なんでだ?ユーゴ」
「ル、ルシアン、頼むから俺に振らないでくれ・・・」
「ルシアン、ちゃんと私の分も釣って来るのよっ!」
「もう食えないっていうほど釣って来てやるぞ」
「じゃあ、夕方ね~!」
翌朝早くそれぞれのグループに分かれて出かけて行った。
「う~~ん!気持ちいわねー!」
ドロテは木陰で足だけ水に入れて伸びをしたあとばんざいの格好で寝そべった。
「うふふ」
「なに?メリッサ、その意味ありげな笑いは・・・」
「いえ、随分変わったなーって思って」
「?」
「メリッサさん、ドロテさんの何が変わったのですか?」
「イザベル様、今でこそ私達とっても仲が良いのですが、最初はとっても雰囲気が悪くて大変だったんですよ」
「まあ!そうなの?」
「う・・・」
「あはは。そうだな、ドロテは平民や男爵家なんかとチームを組めるかっ!って目が吊り上がってたし、ルシアンは貴族嫌いが凄かったからなぁ」
「・・・わ、悪かったわよ・・・他の名家の子達はみんな仲良く固まってて私だけはじき出された気がしてちょっと気が立っていたのよ・・・」
「今は?」
「今はもちろんみんなと一緒でよかったーって思ってるわ!だからもう勘弁してよっ」
「うふふ。よくできました」
「そ、それにしてもルシアンはちょっと慣れすぎだと思わない?慣れすぎというか馴れ馴れしいというか、最近セルジュ様に”おっちゃん”って言いだしてヒヤヒヤしてるわ」
「ははは、そうだね、どういうわけか父さんの事をルシアンはセルジュのおっちゃんって言ってるな」
「セルジュ様がなにも言わないから良いのでしょうけど・・・」
「うちはひいお爺様ぐらいの時代からなかなか子宝に恵まれなくなって領地を失ってからは親戚も散り散りになってしまったの。ルシアンはああして親し気にはなしかけてくれる子だから喜んでいるのだと思いますよ。うふふ」
「そうならいいのだけど・・・うちの両親だったらきっと『平民風情がーっ』て物凄い事になってると思うわ」
「あの人は元々そういう事をあまり気にしないわね。シルビィもとってもかわいがっていますしユーゴを養子にと言い出したのもあの人なんですよ」
「そうなんですね」
「ところでユーゴはレティの事をどうおもっているのよ?」
「え?・・・どうと言われても・・・」
「それは私も是非聞きたいわぁ」
「か、母さんまで・・・」
「誰か聞いてくれないかとずっと待っていたのよ。うふふ」
「こ、困ったな・・・」
「なんで困るのよ?レティの事が嫌いなわけ?レティは『お兄様~お兄様~』ってユーゴにべったりなのにどうもちょっとわざと距離取ってるような感じがするのよね」
「・・・」
「ユーゴ、図星ですか?」
「お、俺は・・・」
「元の世界に帰っちゃうかもしれないからレティを悲しませたくない。かしら?」
「・・・女性三人には敵わないな・・」
「あら?ユーゴは元の世界には帰る気はないっていってなかったっけ?」
「・・・確かにそう言ったしそう思ってる。でも俺はこの世界に来ようと思ってきたわけじゃないから、自分の意思とは無関係に元の世界に戻ってしまうかもしれない・・・」
「なるほど。そういう事か・・・」
「あなたの考えは正しいかもしれない。でもユーゴもレティも騎士になるのよね?騎士はとても危険な仕事でいつ命を落とすかわからないのよ。もしユーゴがレティの事を愛してくれているなら今、喜ばせてあげて欲しいな」
「・・・母さん・・・」
「さすがイザベル様!ユーゴ!よーく考えておきなさいよっ!」
「なんだかドロテがお姑さんみたいに思えて来た・・・」
「なにっ?」
「い、いえ、何でもございません・・・」
「うふふ」
「あはは。こちらのグループに来たのは失敗でしたね、ユーゴ」
メリッサはバシャバシャと水面を足で叩き楽しそうに笑った。
「さ、お魚焼く準備はできたわよ~!お父様、ルシアン、沢山釣ってねっ!」
シルビィと一緒に手ごろな石と小枝で竈を拵えたレティシアが声を掛けた。
「何を言って居る?!レティシアとシルビィもこっちに来て竿を持つんだ!」
「ええ?!」
「だ、旦那様~私もでしょうか??」
「勿論だ。その為に竿を4本もってきたのだぞ?それにこういう事は競った方が楽しい」
「そうだぞ!みんなでやった方が楽しいと思うぞ!」
レティシアは『釣りなんてしたことないのに困ったわ』と思ったがシルビィがとても嬉しそうな顔をしたので仕方なく竿を持ってセルジュの隣に立った。
「そうそう、そうこなくてはな。はっはっは」
セルジュはレティシアとシルビィの釣り針にエサを取り付けてやった自分の竿を後ビュッっと投げた。
「レティ、シルビィ、あそこのちょっと水の色が濃いとこを狙うんだ」
「えいっ!」
シルビィはセルジュの真似をして勢いよく竿を振った。
「おー。なかなか上手いぞシルビィ」
「えへへ」
「俺なんか最初の一匹目はおっちゃんだったぞ」
「あは。ルシアンはいろいろ不器用だものね」
「ちぇ・・・でも絶対大物釣ってやる!」
「ルシアン君のご家族はご健勝かな?」
「どうかな・・・?父さんは俺が小さい時に死んでしまっていないけど、母さんと弟達は元気でやってるんじゃないかな・・・騎士学校に入学してから一度も帰ってないからちょっとわからないな」
「・・・いらぬ事を聞いてしまったようだな、すまん・・」
セルジュはとても申し訳なさそうな顔をした。
「大丈夫だおっちゃん、父さんの事はもう寂しいとかは思わないし、弟妹達はみんな頑張り屋だから」
「そうか・・・では今度の模擬戦で一年ぶりに家族に会えるな」
「うーん・・・畑仕事は休めるけどその分給金は貰えなくなっちゃうし、馬車なんてないからうちから学校までは歩くと丸一日以上かかっちゃうからなぁ・・・。それにこっちに来てる間食べるのも困るだろうから模擬戦は見に来られないと思う」
「ルシアン・・・」
「ルシアン様・・・」
レティシアとシルビィも悲しそうな顔でルシアンを見た。
「ん?心配してくれてるのか?はは。そんな顔するな、仕方が無い事だし俺は大丈夫だぞ」
「よし!それなら私がルシアン君の家族を迎えに行ってやろう」
「え?!」
「お父様!」
ルシアンは驚き、レティシアはぱっと明るい表情に変わった。
「ステブナン伯爵領は馬車なら往復で一日もかからん」
「で、でも、おっちゃん、うちは兄弟が6人もいるし、模擬戦は二日間だし・・・」
「はっはっは。うちは屋敷だけは大きいからそんな心配は無用だ。空いてる部屋はいくらでもあるので二日でも三日でも泊まって行ったら良い。ただ人手はないから食事の用意ぐらいはシルビィを手伝ってもらわないといけないだろうがな」
「!・・・お、おっちゃん・・・」
「良かったわね!ルシアン!これで強くなったところを家族に見て貰えるわね!」
「有難う・・・・」
「おっと!泣くのは早いぞ、優勝するのだろう?泣くのは祝勝会だ!」
「お、俺、おっちゃんの為にも頑張るぞ!」
「ルシアン様・・・よかったですね・・・」
感動して泣いているシルビィの竿がピクピクと僅かに動いた。
「ん?シルビィ、なんかそれ動いてるぞ?・・・」
「え?」
シルビィが両腕で抱きかかえる様に持っている竿がグイっと引っ張られた。
「わーーーーっ!!」
川に竿を落としそうになったが寸でのところで踏ん張った。
「かかったぞ!シルビィ!」
「おっちゃん!早くシルビィの竿を!」
「い、いや、駄目だ!自分の獲物は自分の力で引っぱるんだ!レティ、シルビィの体を抑えてやれ」
「は、はい!お父様!」
レティシアが細いシルビィの腰に手を回して固定する。
「シルビィ、急に引っ張ってはだめだぞ!落ち着いて時間をかけて引いて行くんだ」
「は、は、はい!旦那様」
「ルシアンは網を持ってシルビィの隣に」
「分かった!」
シルビィは顔を真っ赤にしながら踏ん張り竿を引く。
かかった獲物が徐々に姿を現した。
「おおお?!」
「大きいわっ!」
「でけぇ!」
セルジュは釣り糸を両手で持ち上げて魚を引き上げた。
バタバタと激しく踊る魚をすかさず網ですくうルシアン。
「わ!わ!わ!・・・旦那様!や、やりました!」
「うむ!でかした!大物だ!」
「あはは!一番はシルビィだーーー!」
「父さん、母さん、有難う。行ってきます」
「お父様お母様行ってきます!」
「セルジュ様、イザベル様お世話になりました」
「有難うございました。ごきげんよう、セルジュ様、イザベル様」
「うむ、皆頑張るのだ!当日は一生懸命応援するぞ」
「体に気を付けてね!」
「絶対勝つから見ててくれよっ!そ、それから家族の事よ、よろしくお願いします・・・」
「はっはっは。そんなに畏まらんでも良い。任せておけ。そ、それよりもルシアン、今度来た時はもう一回だからなっ!わ、忘れるでないぞっ!」
西の森に陽が沈んだ頃ユーゴ達は挨拶を済ませ馬車に乗り込んだ。
「合宿終わっちゃったわね~」
「稽古はきつかったけど楽しかったわね」
「俺はもう一回合宿やりたいぞ」
「あんた一人でやりなさい、二回も騎士学校に入学するなんて私は御免よ」
「はは。それはそうとルシアン、父さんが言っていたもう一回って何のことだ?」
「ああ、あれは・・・もう一回一緒に釣りをするっていう約束だ」
「?」
一緒に釣りをする約束だけであんなにも必死な顔をするものだろうか?
釣りグループに居なかったユーゴ、ドロテ、メリッサの三人は怪訝な顔をした。
「うふふ。実はお父様だけ一匹も釣れなかったのよ」
「え?!」
「ぷ・・」
あははははははっ!!!。
馬車は若者たちの笑い声で溢れ、手綱を引くマティスも声を上げて笑った。
~毎週土曜日更新します。よろしくお願いします(*‘∀‘)~




