夏だ!合宿だ!湖だ!
「あら?あの人ったらあんなところで何をしているのかしら?」
階段の途中にある踊り場の窓枠に手をかけて外を眺めているセルジュの姿があった。
目をまん丸にして驚いた顔をしている。
「あなた?ここで何をされているのですか?」
「お?!おお、イザベルか」
「?」
イザベルは不思議に思い窓の外に目をやると激しく打ち合う息子達の姿があった。
「私は・・・ユーゴに『勝たなくて良い。レティシアを守ってくれ』と頼んだのに・・・あ、あんな辛そうな修練をレティシアが・・・」
「あなたは確かにそう言われましたが、自分の身を自分で守る為にも必要なのではないでしょうか?。それにレティが頑固で負けず嫌いなのは良くわかっているでしょう?」
「そ、それはそうだが・・・・」
「レティが望んでしている事だと思います。ユーゴに任せて私たちは静かに見守りましょう」
「むむむ・・・」
イザベルはやや過保護に思えるセルジュを困った顔で見つめた。
「ドロテェ!貰ったっ!」
ルシアンの力強い水平斬りがドロテの頭を襲う。
「甘いわっ!」
ドロテは両足の歩幅を広げ、小さい体をより低くして頭上すれすれで躱すと中段から諸手突きを放った。
「うあっ!」
空振りでバランスを崩した所に一撃入れられてばんざいの格好で一瞬動きが止まるルシアン。
ドロテはすかさずルシアンの左胴に斬り込んだ。装具の検証で覚えた弱点で修練用装具には分厚いゴム素材の追加装具が当てられている。
「ドロテ、いい連撃だ!ルシアンはいつもの悪いパターンだぞ!」
「ふふんっ!参ったか~シシアン!」
「うぬぬっ!!くそっ!」
「止め!ダーーーーシュ!」
ユーゴの号令で打ち合いを止めて全員走り出す。
ジリジリと真夏の日差しが照りつける中汗を飛ばしながら走る。走る。
「~~~!」
「メリッサ!遅れてるぞ!」
「くっ!」
歯を食いしばりレティシアを追いかけるメリッサ。
「ってーーーーっ!!」
打ての号令でドロテとルシアン、レティシアとメリッサが再び打ち合う。
メリッサがレティシアに遠間から斬り上げを放った。
「あ!」
右足を外側にすくわれて地面に木剣を突き立てるレティシア。更に間髪入れず上段から攻撃したメリッサの一撃は肩の弱点に命中した。
「いいぞ!メリッサ!」
メリッサはその長いリーチと柔らかい肩関節を生かした上下のコンビネーションをモノにしつつあった。
「たぁっ!」
打たれたレティシアも負けじとメリッサの懐に踏み込み右突き≪右ストレート≫をメリッサの鳩尾に放つ。続けて右面打ち≪右フック≫を叩きこみ距離を取った。ここも装具の弱点だ。
「いい返しだ!レティ!、ダーーーーシュ!」
再び全力で走り出す。
「くぅぅぅ・・・・!」
「おおおお!」
皆苦しさで顔が歪む。
「止めーーーっ!」
「~~~!」
「だぁぁぁ・・・」
皆バタバタと倒れ込んだ。
「はぁはぁ、ダッシュも・・・ルシアンに勝ったわっ!・・」
「ぐ、ぬぬ・・・ゼェゼェ・・・」
兜を放り投げて悔しがるルシアン。
「ま、まだお昼まではまだぜんぜん時間がありますね・・・」
「でも・・も、もう動けないぞ・・・」
皆兜を取って仰向けになって苦しそうに胸を大きく上下させている。
「・・・ちょっと早いが休憩しよう、この暑さで無理をしてもいいことないからな」
「さ、さすがユーゴ・・話が・・分かるわね・・」
「じゃあ、みんなで裏の湖に行きませんか?」
「え?いい所があるの?!」
「ええ、小さいですけど飛び込める岩場もあって小さい頃はよく遊びに行きました。川の途中にあるので水もとってもキレイなんですよ」
「い、いいですね、私も水に飛び込みたいです」
「行くわっ!行くにきまってるじゃないっ」
「じゃあ、着替えを持ってもういっかい集合だ」
「よーしっ!」
ルシアンが勢いよく起き上がり玄関に走って行った。
「あ、アンタもう動けないって言ってたくせに~っ!」
皆ルシアンに続いて走って行った。
皆「足がガクガクする」と言いながらも階段を2階へと駆け上がる。
「あ、お父様、お母様、こんなところで何を?」
レティシアは階段の踊り場で並んで立っている両親を見て不思議そうに聞いた。
「ああ、いや、なに、その、ええと・・・」
「ちょっと立ち話をしていただけですよ」
しどろもどろのセルジュに代わってイザベルが落ち着いた口調で答えた。
「そうですか?」
「レティ!はーやーくー!」
「わ、分かりましたー!では急いでいるので、ごきげんようお父様お母様」
セルジュとイザベルはにこやかに駆けていく娘を見送った。
「レティったら、あんなに生き生きとした顔をして・・。私たちは出来る限りのサポートをしてあげましょうよ」
「・・・そうだな」
「一番もらったーーっ!」
ユーゴが万歳の格好で巨大な岩の上から飛んだ。
「あーーーっ!お兄様ずるいっ!」
「二番は私ですーっ!」
続いてメリッサが綺麗なフォームで飛び込むみ涼し気な水飛沫が上がった。
「うぉーーっ!冷たいぞーっ!」
「ムキーッ!それ、私が一番最初に言いたかったのにー!」
「ドロテー早くこいよ!」
湖面から頭だけ出したユーゴが叫んだ。
「言われなくてもいくわよっ!」
「・・・」
「あんたなにやってるのよ、早く飛びなさいっ!」
ドロテの前を走っていたルシアンが岩の上で立ちすくんでいた。
「こ、こういうのは、じ、準備運動をしっかりやらないとって、昔父さんが・・・」
「さっさと行けっ」
「どわーっ!」
躊躇していたルシアンは半目のドロテに背中を蹴られて湖に落ちた。
「ド、ドロテキツイな・・・」
「あはは!」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「ね、ねえ・・・」
「・・・」
「ま、マズイぞ!」
「えええ?!」
ドロテとレティシアが飛び込む。
ユーゴとメリッサも慌ててルシアンが落下した場所に向かって泳いだ。
「し、死んじゃったかと思ったぞっ!」
ルシアンが顔を真っ赤にして怒鳴った。
「それはこっちのセリフだわ。当事者は『死ぬかと思った!』って言うものよ、なんで第三者目線なのよっ!てか、泳げないなら泳げないって言いなさいよ!」
「ああ、そ、そうか・・・」
何故か素直に納得するルシアン。
「これだけ元気なら大丈夫だな」
「な、なんとなくどっちもおかしい気がするのですが・・・」
「本当にびっくりしたわね。でも何事も無くよかったわ」
「じゃ、俺はもうひと泳ぎ」
言うが早いか岸から飛び込むユーゴ。
「ああん、もう!お兄様素早い、私も!」
「ちょーっと待ちなさい」
追いかけようとしたレティシアの腕をドロテが掴んだ。
「きゃっ。なに?!」
「これを塗っておきなさい。メリッサもよ」
ドロテはレティシアとメリッサにに丸い蓋のついた小さな陶器をひとつづつ渡した。
蓋を開けると乳白色のクリームが入っていた。
「ドロテ、これは何?」
「日焼け止めよ。あげるわ」
「わぁ!いいの?!有難う!」
「凄く高そうなんですが、頂いても良いのですか?」
「いいのよ。メリッサは特に色が白いんだからケアしておかないとトシを取ってからシミだらけになるわよ。レティもちゃんとしておかないとユーゴに逃げられちゃうわよ。」
「わ、わ、私は別に・・・!。どうせもう腕もお腹も筋肉でカチカチだし・・・」
一瞬真っ赤になったレティシアだが直ぐにしゅんとして下を向いた。
「今だけじゃない。剣術から離れたら女らしい体つきになっちゃったっておばあ様が言ってたわ。こんな修練ずっと続けたりしないでしょう?」
「そ、そうね・・・ドロテの言うとおりね」
レティは貰った陶器を数秒見つめてから体にクリームを塗り始めた。
「そうそう。ふふ」
真剣な顔で丹念にクリームを塗るレティシアを見てドロテはニコッと笑った。
「ドロテ、これって薬草が沢山採れるニネ公国領かヨミル山脈にいる獣人から買わないと手に入らない貴重品じゃないの?」
「ふふん、ロシュフォール家には時々セロー商会が希少品や珍しい物を売り込みに来るからこういうものも手に入るのよ」
「ああ!、あのセロー商会なんですね。私も知ってます。王宮や上級貴族の屋敷にしか行かないようなので私はお会いしたことはないのですが」
「そうなんだぁ」
「ん?」
気配を感じた女子3人が一斉に右を向くとルシアンが慌てて視線をそらした。
「・・・なに?ルシアン・・・」
「あら?ルシアンも日焼け止めに興味があるの?」
「まさか?・・・あ!」
ドロテの声にビクっと体を震わせるルシアン。
「あんた!イヤらしい目で見てたでしょっ!」
「!!!」
薄い下着姿の3人はハッとして一斉に胸元を手で隠した。
「み、見てない!見てない!メリッサしか見てない!・・・・あ・・・」
「な?!なんですってーっ!逆に失礼だわっ!」
勢いよく立ち上がるドロテ。
バシャバシャと湖の浅瀬を猛スピードで逃げるルシアン。
「待ちなさいっ!」
真っ赤な顔をして追いかけるドロテ。
「なんでこういう時だけ早いのよっ!」
「ぷ・・」
「あはは!」
「なあユーゴ、装具の特徴とか弱点は分かったけど、俺達はどの装具を使うんだ?」
左頬に可愛らしい赤い手形をプリントしたルシアンが聞いた。
「ルシアン、・・・・その顔はどうしたんだ?・・・」
ルシアンの質問に答えようと口を開けたユーゴだったが、どうしても気になって聞いてみた。
「こ、これは・・・その、たまたま怒っていたドロテの手が、ぐ、偶然猛烈なスピードで飛んできて、ち、丁度ここに当たったんだ・・・」
・・・・・・・・・・・なんなんだそれは・・・。
全員の流し目がルシアンに突き刺さる。
ユーゴはプイッとそっぽを向くドロテに気づいてこれ以上は詮索しない事にした。
「装着する装具は、ルシアンとメリッサは中装≪ミドルメイル≫がいいと思う。二人とも防御がちょっと苦手で攻撃型だからね」
「ルシアンはちょっとどころじゃないけどね」
「お、俺だって何とかしたいとこだけど・・・ぶっ倒すことに一生懸命になるとそうしてもそうなるんだから・・・」
「ルシアンは体がとびぬけて丈夫だから木剣を使っている今はそれでいいと思うぞ。多少防御を捨てても攻撃優先で行こう。一発当てられれば勝負をひっくり返せる」
「さすがユーゴ!わかってるな!」
「わ、私は・・・?」
「メリッサは的が大きいからある程度は仕方が無いから致命打だけ気を付けて押しまくろう。当てるのは上手いんだから体格を生かして強打を当てていけば勝てる」
「分かりました!」
メリッサはユーゴの力強い『勝てる』の言葉に嬉しそうに返事をした。
「お兄様、私とドロテは?」
「実はドロテとレティはどの装具で行くべきかずっと迷ってるんだ・・・」
「どうして迷ってるの?」
ユーゴは「うーん」と言ったきり腕組みをして黙り込んでしまった。
「お兄様、そのお顔はどの装具にしてもデメリットがあるという事ですね?」
「う・・・」
「ユーゴ、考えていることを当ててみましょうか?」
自信満々の顔でドロテが言った。
「え?」
「私たちは今までずっと複数の敵と同時に戦う事を想定して防御中心の稽古をしてきたわ。そのおかげで体捌きや剣で躱す練度が格段に上がったからユーゴとしては軽装と言いたいはずよ。でも軽装は金属部が少なくて当たり所が悪いと一撃で致命傷になるわ。だからと言って中装は着ているだけで体力が奪われてしまうし、使われている金属プレートが多い分少し体の動きが制限されてしまうから軽装ほど身軽に動けないと思うわ。それで迷っているんじゃない?」
「え?重装は?」
「あんたならなくもないけど重装では二人以上を相手にする場合上手く立ち回れなくて一方的に打たれまくって終わる可能性が高いから論外ね」
「そ、そうか・・・」
提案を一蹴されてルシアンは残念そうに下を向いた。
「それは・・・私とドロテが女子だから、でしょうか?お兄様」
「はは、女子はそういう鋭いところがあるから敵わないな」
「もし私とドロテが男子ならお兄様はどの装具を着けろと言いますか?」
全員の真剣な眼差しがユーゴに向けられる。
「軽装だ」
ユーゴは間髪入れず答えた。
「なら、軽装で決まりね!」
「そうね!」
二人は笑顔で答えた。
「い、いや、でも・・・」
「大丈夫ですお兄様。手の内を見せない様にしているので学校の修練では派手に倒されたりしていますけど、殆ど見切れています。本番では稽古通りの事をしたらお兄様が心配されるような事にはならないと思います」
レティシアが力強い口調で言い切った。
「ユーゴの考えた作戦や稽古は本当に凄いと思うわ。これだけやってきたのに本番では危ないからだめだというのはないでしょ?。私に任された役割はキッチリと果たして見せるわ!」
拳を握るドロテ。
ユーゴはレティシアとドロテの頭を抱き寄せた。
「え?ちょっと!」
「きゃっ!」
こんなにも自分は信頼されているのか。ユーゴは胸が熱くなった。
「有難う・・・でも、危険だと思ったらすぐに降参するんだ。これだけは約束だ。後は俺が必ず何とかして見せる!」
「・・・あ、有難うは私の方です・・・」
「ユ、ユーゴってけっこうアツいタイプなのね・・・もっとクールなのかと思ってたわ・・」
「なんだよ三人だけで盛り上がって!俺だってやる時はやるぞっ!」
ルシアンが飛んで来た。
「あ、あんたはアツいんじゃなくて暑苦しいのよっ」
「私もみんなを助けられるように頑張ります!」
メリッサも輪に加わった。
「みんなで騎士団に行きましょう!」
「おーーーーっ!!」
「!!ルシアン、どこ触ってるのよっ!」
「あ、悪い、メリッサと間違えた」
パァン!
湖に乾いた音が鳴り響いた・・・。
~毎週土曜日更新します~よろしくお願いします(*‘∀‘)~




