勝利への布石~壱
ユーゴ達が騎士学校に入学して半年が過ぎ、春が来た。
校舎の窓から射す陽の光は柔らかくとても気持ちが良い。
左に視線を向けると窓際の席で机に真っすぐ突っ伏したドロテの顔があって口元からだらだらと液体が流れ出ている。机上にドロテ池が形成されていた。
「・・・・」
名門のお嬢様は座学が苦手らしい。
後ろからレティシアが羽ペンでつんつんと突くと半目、口は半開きの状態で顔を起こした。
「あはは・・・(最近は朝練もかなり激しいしな・・・)」」
普通にしていれば皆が振り返る可愛らしい少女だが、”逆ギャップ”が物凄い。
真面目なレティシアとやるべきことはきっちりこなすメリッサは前を向いてペンを走らせている。
時々後ろからふわぁ~という欠伸をする声が聞こえてくるがルシアンもなんとか授業を聞いているようだ。
「え~、卒業まで折り返しとなったので今から最終試験である模擬戦について説明をする。漏らさず聞いておくのだ」
お?と、皆顔を上げた。
座学担当メディ教官の”模擬戦”という言葉に反応してドロテの目にも魂が戻った。
「皆周知していると思うが、6対6のチーム戦で学校の北にある平原で実施される」
「うちは5人ですけどねっ・・・」
ドロテが小さく呟いた。
「しー」
すかさず後ろからレティシアが窘める。
「全てのチームが対戦し、勝利数の多いチームが優勝となる。勝利数が同数の場合は倒した人数の合計が多いチームが優勝だ。相手チーム全員を倒すか、事前に決めた大将一人を倒す事で勝利となる。時間による制限等は無い」
「・・・なかなかキツいな」
戦闘開始直後は必ず1対1の一騎打ちとなるが、誰か一人が先に倒されるとチームとしては一気に厳しい戦いになる。チームHは他より一人少ない状況でスタートする為圧倒的に不利だ。
「メディ教官、”倒される”という定義はなんでしょうか?」
一人の生徒が手を挙げて質問した。
「うむ。倒される定義は戦闘不能になる、戦闘不能と判断される、負けを認める。この三つだ。一つ目はそのままの意味で負傷等で動けなくなった場合だ。二番目の”戦闘不能と判断される”基準は、戦場に配置される6人の監視者の判断となるがよほどの事が無い限り戦闘を止めることは無いので注意しろ。そして三つ目の”負けを認める”は自ら兜を取る行為と、対戦相手と監視者に”参った”を宣言する事だ」
「死傷者が多いわけだ・・・」
「そうでしょうか?危険だと判断したらすぐに参ったをしたら良いのでは?」
ユーゴの呟きに隣のメリッサが小声で反応した。
「考えてもみろ、ここに入学した生徒は皆家の誇りと威信を賭けて模擬戦に臨む。しかも家族が見守る目の前で戦うんだ。滅多な事で”参った”などしないと思うぞ」
「・・・そ、そうですね・・・」
メリッサはゾッとした。監視者が配置されるとはいえこれでは殆ど真剣勝負ではないか。監視者は単に勝敗を見届ける為にいるに過ぎない。
「そして上位3チームは無条件で卒業後王国騎士団入団が決まり、勝ち数が多いほど騎士団入団後の序列が上になる」
「あの、その3チームに入れなかったら脱落ということでしょうか?」
「・・・」
一人の生徒の質問に教室がしんとなった。
「たとえ下位チームに所属していても模擬戦で有望と判断されれば数名は騎士団入りとなるがチームで勝ち上がった方が確実だな。それからチームメンバーの入れ替えは今からでもOKだ」
「!」
「・・え?」
メディの最後の一言にざわつく。
「チーム編成とか、チームメンバーの変更とか、なんでわざわざ混乱するような事をさせるのかしら?性格悪いわね」
「多分それが狙いなんだろうな」
「狙い?」
「うん。チームのリーダーはより強いチームを作る為にメンバーの入れ替えをする。それは人を勧誘したりするスキルが必要だし、人を惹きつけるものがないと出来ない。そして、メンバーは入れ替え対象にならない様に更なる努力が必要となる。他のチームに移りたいと考えている強者は強いチームに移籍しようと更に強くなるから自然と強いチームに実力のある者が集まって来る。また、追い出されたら追い出されたで見返してやろうと気持ちが入る。という事かな」
「そんなのチーム内がギスギスしてくるわ」
「それこそリーダーの腕の見せ所だし、気に入らなければ移籍したら良いということだね」
「ゲームではないということですね」
メリッサが補足した。
「そうだね」
「・・・」
「まぁ、ウチには関係のないルールだな」
ルシアンが羽ペンで耳かきしながら締めくくった。
「まぁ、ね」
ユーゴは苦笑いだ。
「次に武器について説明する。使用出来る武器は学校にある長剣、短剣、槍だが、学校が認めれば各自が用意したものでも構わない」
ユーゴが手を挙げた。
「学校で使っている木剣の様に外側が木製であれば金属の芯がはいっていてもOKということでしょうか?」
「そうだ」
「では、素手で殴り倒すというのもアリですか?」
「ぶっ!!」
わっはっはっは!!
「剣に対して素手で戦おうというのか?」
「ユーゴって言ったな、大丈夫か?アイツ・・・」
ユーゴの質問に皆爆笑した。
「フ・・。勿論だ・・・実際は手甲を装着しているはずだがOKだ」
座学の教官も半笑いで肯定した。
「そうですか!わかりました!わっはっは!」
ユーゴはわざとらしく大笑いをして返した。
「・・・・」
「もう一つよろしいでしょうか?」
「な、なんだね?」
「平原が戦場という事ですが、落とし穴等を掘っても良いですか?」
はぁ?!。
・・・。
「言い方を変えましょう。現場にある石や木片等を使って戦っても良いのでしょうか?」
「・・・戦場ではあれをしてはいけないこれはやってはいけないというルールは無いので、金属の刃物以外基本OKだ。
ただ全チームが戦う場で選手だけではなく大勢の観衆が観戦に来る。事前に穴を掘る等出来ないと思うがどうしてもやりたければ自分たちの出番の中でやる事だな・・・」
「わかりました。有難うございます」
「・・・アイツいかれてるのか??」
皆引き気味でユーゴを見つめた。
「次に装具だが、これは全員模擬戦専用の物を使用する。専用装具は”軽装≪ライトメイル≫”、”中装≪ミドルメイル≫”、”重装≪ヘビーメイル≫”の3種類がある。
各装具の違いだが、名称通り軽装≪ライトメイル≫は体を金属プレートで覆っている部分が少なく、伸縮性のある材料が要所に使われているため受けるダメージは大きいが軽いので機敏に動けるという利点がある。
対して重装≪ヘビーメイル≫は単打では殆どダメージを受けることは無く強固だが、非常に重い。
そして中装≪ミドルメイル≫は両方の中間だ。どれを使用してもかまわない。補足だが、皆が修練で使用している装具は模擬戦用の中装よりも少し金属プレートが多く使われていて重さもやや重くなっている」
「教官、装具を見ることはできますか?」
再びユーゴが質問をした。
「校舎一階の教官室の前のカギのかかった武器保管庫に保管されているが、希望があれば貸し出しも可能だ。ただし授業や自主的な修練での使用は禁止する。そして返却は必ず学校専属の鍛冶師に渡せ。鍛冶師も教官室に常駐している」
「見たり触ったり、装着してみるという事までは良いということですね?」
「そうだ」
「了解です!」
「それから模擬戦では盾の使用は禁止だ。木剣での戦いで盾を使っていては勝負がつかないというのが理由だ」
「教官」
またユーゴが手を挙げた。
「な、なんだ?」
「武器を複数持つのは良いのでしょうか?」
「それは構わない。剣意外の武器というと槍か短剣だが、槍と剣の両方で戦うというのも良いだろう。だが穂≪刃≫のない槍や短剣では相手にダメージを与えることは難しいと思うぞ」
あちこちからクスクス笑い声が聞こえた。
「他に質問はないかな?」
「・・・ヒールしちゃだめなのかしら?・・・」
「教官!ヒールをしても良いのでしょうか?」
ドロテが小声で呟いた直後、他の生徒が質問をした。
「アイツ!私の質問を横取りしたわっ!」
「ドロテ、手を挙げて大きな声で言わないとだめだと思うぞ」
「そんなのあんたに言われなくても分かってるわよっ!でも手柄を横取りされたみたいでなんか腹が立つわっ!」
「うむ。ヒールが出来る者が何人かいると思う。ヒールはしても構わないが、軽い切り傷や打撲程度でも完全修復までは少し時間がかかる。まして戦闘に支障が出るほどの負傷者を手当している時間は無い。過去の模擬戦でもチームが戦っている最中にヒールしている者を私は見たことはないな」
「・・・わ、分かりました・・・」
質問した生徒は残念そうに席に座った。
「ドロテ、質問しなくて良かったな」
「ル、ルシアン今日はちょっとうるさいわね・・・」
「ぷ。ふふ」
座学を終えて教官室にある自分の机に戻ったメディは含み笑いをした。
「なにか良い事でもあったのか?メディ」
剣術担当のガスパーがちょっと気味悪そうに聞いた。
「いえ、なかなか面白い生徒が一人いましてね、模擬戦の説明中『石や棒切れを使っても良いか』とか、『素手で殴っても良いか?』挙句は『落とし穴を作っても良いか』等と笑わせてくれたので。ははは」
「むぅ・・・何という生徒だ?」
「ユーゴ・シュバリエです。ドシロウトを騎士学校に入れるとはさすがは没落貴族ですな」
「・・・なるほど・・・確かにドシロウトだな」
「ですよね?はっはっは」
「(オマエがな・・・)」
ガスパーは冷ややかな目でメディを見た。
コンコン。
「失礼します!」
「うん?誰だ?」
「ユーゴ・シュバリエ入ります!」
ユーゴは声を張って入室した。扉を閉めると、キレのある”回れ右をして敬礼した。
「授業で模擬戦用の装具を見ても良いという事でしたので、お願いをしに参りました!」
「そ、そうか。ではそこにいるロジェに開けて貰いたまえ」
「はっ!有難うございます」
ロジェはめんどくさそうに腰を上げて鍵を取りに行った。
「ウワサをすれば・・ですな。彼がユーゴです」
メディが小声で囁く。
「むぅ・・・」
・・・こいつは誰だ??・・。
顔には出さなかったがガスパーは戸惑っていた。彼は剣術担当教官としてこの数か月間全ての生徒を指導してきたのだが、このユーゴという生徒は全く印象に残っていない。
しかし入室時の敬礼や回れ右等の所作は良く訓練されていてどう見ても素人ではなく、他の生徒の比ではない。
「貴様、ユーゴと言ったな?」
「はい!」
「どのチームだ?」
「チームHです」
「・・・」
何故こんな奴が最下位のHにいる?。全ての生徒の身分照会はして実力も事前に把握していた。漏れたのか?急激に練度を上げたのか?意外に剣術自体はさっぱりなのだろうか?
ガスパーは考え込んだ。
「おい、いくぞ」
「はい、お願いします」
ユーゴはロジェと一緒に教官室を出て行った。
「メディ殿、ユーゴは座学ではどんな感じなのだ?」
「どんな感じ・・ですか・・・。うーん、さっきも言いましたが、時々変わった質問をする生徒ですね。
そうそう、入学直後の一年間の授業や修練の流れを説明した時には、長距離を歩いたり夜間に行う修練はないのか?と聞いてきたので歩くだけなんて修練にならないし、夜は真っ暗闇で修練などできないだろう?と言ってやりました。ヘンな生徒でしょう?ははは」
メディの話を聞いているのかいないのか。ガスパーは目を閉じ腕組みしたまま動かなくなった。
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