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名門の血脈

「只今帰りました・・・」

「お帰りなさいませ、ドロテお嬢様」

 扉を開けると煌びやかな玄関ホールでメイドが一人出迎えた。

 ・・・おかしいわね・・・?

 いつもなら4~5人の使用人やメイドが荷物等を持ちに集まってくるはずだ。それにどことなく屋敷が静かに感じる。

 騎士学校入学以来約3か月ぶりの帰宅だがもう自分は居ない者とされたのだろうか?。

「でもいいわ」

 この方がかえってせいせいする。

「お父様とお母さまは?」

「・・・二階の大奥様のお部屋においででございます」

「おばあ様の部屋?!」

 嫌な予感しかしない。

 ドロテは手荷物をメイドに預けると大急ぎで階段を駆け上がった。

 ばんっ!

「おばあ様?!」

 勢いよく祖母の部屋の扉を開けたドロテはハッとした。

 室内には両親と使用人が四人、それに白衣を着た薬師らしき人物が二人いた。

「なんだ、ノックもせずにっ!?」

「ドロテ!帰ったのですか?!」

「はい、只今戻りました!ごきげんよう・・・おばあ様っ!」

 両親への挨拶は定型文だけで済ませ、祖母の横たわるベッドに駆け寄った。

「おお、その声はドロテですね?。この年寄りの最後の願いを精霊様に聞いて頂けたようです・・」

 ドロテを探して宙をさまよう祖母の手を握ると弱弱しく握り返してきた。

 ドロテの祖母アミラはドロテが騎士学校に入学するよりも前に視力を失っている。

「大丈夫ですか?!おばあ様!」

「アミラ様は昨日一時意識を失いましてな・・。今は片時も目を離せない状態です」

 白衣の男が答えた。

 アミラは病や怪我ではなく老衰で二年前から寝たきりとなっていた。

 アミラは愛おしそうにドロテの腕から伝って頬を摩った。

「そんな悲しそうな顔をしないで・・・ドロテ」

「で、でも・・・おばあ様・・・」

 ドロテは今にも泣きだしそうな顔をしている。

「ドロテ、・・・頑張っているようですね」

 僅か3か月で豆だらけになった手や筋肉のついた腕に触ったことでドロテが人一倍修練を積んで来たのだとアミラにはすぐにピンときた。

「はい・・・」

「コホン、ドロテ、少し話がある。部屋の外へ出なさい」

「お父様、私にはありません」

「親に向かって何だその言いぐさはっ!」

「ド、ドロテ・・・」

 ドロテの頑なな態度に母オルガも困惑の表情を浮かべた。

 ドロテは振り向きもせずアミラの手を握り続けた。

「フランク、暫くドロテと二人にしてくれませんか?」

「え?し、しかし私は・・」

「フランク」

 祖母アミラの口調は穏やかだが父フランクよりも逆らう事が出来ない様な威厳がある。

「わ、分かりました母上。ドロテ、何かあればすぐに知らせるんだ。良いなっ!」

「はい」

 フランクは渋々皆を連れてぞろぞろと部屋を出て行った。

「ドロテが帰って来てくれたお陰で面倒な人達は居なくなったわ。うふふ」

「まぁ、おばあ様ったら・・あは」

「それにしてもドロテ、三か月の間に体もそうだけど、肝も据わったみたいですね」

「肝ですか?」

「ええ。自分の意見をはっきり伝えるところは以前と変わっていないけれど怒鳴られたら体を震わせて狼狽えていたわ。でもさっきは微動だにしませんでした」

「そ、そう?でしょうか?」

「きっと体を鍛えた事で自信がついたのです。自分を追い込む修練を積んだ証拠だわ」

「!」

 あんなに辛い自主練をこなしているのに学校の修練ではその成果を得られず体を苛め抜く自主練自体に疑問を感じていた。それがこんなところに現れているなど思いもよらなかった。

「たった三か月で凄いですね。でもおかしいわねぇ、騎士学校はそんなに激しい修練はしないはずよ。方針が変わったのかしら・・・?」

 ドロテはチームのみんなや自主練等この三か月間起きた事をドロテは身振り手振りでアミラに話した。

「そう、良い仲間が出来たのですね。そのユーゴという方に私も一度会ってみたいわ」

「今度首に縄をつけてでも連れてくるわっ」

「まぁ、可愛そうに。うふふ」

「あはは!」

 ゴホゴホ・・・。

 アミラが咳き込んだ。

「ちょっと疲れてしまったみたい」

「ごめんなさい、おばあ様、私ちょっとしゃべりすぎました・・・」

「良いのよドロテ。あなたのお話はとても楽しかったわ。でもちょっと休んで良いかしら?」

「はい、私はここに居ますので、安心して下さいおばあ様」

 見えないアミラは天井を向いたままニコッと笑みを浮かべるとふぅっとひとつ息を吐いて目を閉じた。



 若かりし頃の祖母アミラは騎士学校を卒業しブリュセイユ王国の騎士団に所属していた。そして類稀な剣術のセンスを発揮して騎士団での序列を瞬く間に上げて行った。

上位の小隊に編入となった頃なんと精霊魔力をも発現させ王国中にその名を轟かせた。そして30歳の時ブリュセイユ王国初の女性の副騎士団長となり、14年間騎士団をけん引した。

 ドロテが物心ついた時には既に引退していて屋敷でのんびりと過ごしていたが、彼女を慕ってロシュフォール家を訪れる騎士は少なくなく、老いても尚凛としているアミラはドロテの憧れで目標でもあった。


 ロシュフォール家は代々”男系”で生まれてくる子はその殆どが男の子でアミラの生んだ子3人もまた男児だった。やがて孫ができたがそれも全員男児だったため子宝に恵まれたことに感謝はしたが、『ひとりぐらい女の子を授けてくれても良いのに・・・』とちょっぴり精霊様に恨み言を言ったりしていた。


 そんな時長男夫婦に待望の女児が生まれ、アミラは夫婦よりも喜びドロテを可愛がった。

 四人兄妹の末っ子として生まれたドロテは三人の兄の影響もあって、『自分も騎士団に入るんだ!』と、幼いころから兄の背中を追いかけて剣を振り元気に駆け回っていた。

 しかしすぐ上の兄が騎士団に入団した頃、父フランクがドロテから剣を取り上げた。事故で大怪我をしたことと13歳を過ぎても身長が伸びなかった為早いうちに騎士の道を諦めさせて花嫁修業をさせた方が良いと考えた為だ。

 それにドロテはアミラに似て端正な顔立ちをしていることもあって名門ロシュフォールに生まれた末娘に早くも多くの貴族から縁談が寄せられていたのだ。

 しかしアミラに憧れ騎士学校入学を目指すドロテはフランクの方針に従わず、剣を振り続けた。三人の兄が騎士団に入団したのに何故自分はダメなのか?ドロテには理解できなかった。

 体が小さく、可愛らしいが、親のいう事を全く聞かず男の子に混ざって体中傷だらけになりながら野山を駆け回るドロテはいつしか”ロシュフォールの残念な末娘”と陰口を言われるようになった。

 騎士学校を卒業しても必ず王国騎士団に入団できるわけではなく、半数以上振り落とされる。騎士学校には将来有望な子供だけが家の期待を一身に背負って入学する。名門の子が脱落等あってはならないのだ。

 両親も兄達も皆ドロテの騎士学校入学を猛反対する中、アミラだけがドロテの味方をした。

『子供のうちは細かな技術よりも運動能力を高めることが大事』と、剣の手ほどきは殆どしなかったが、ドロテには才能があると言って体の大きさを理由に反対する息子のフランクと幾度となく衝突した。

 フランクは首を縦に振ることは無かったが王国騎士団副団長を務めたアミラの影響力は絶大で当主のフランクもアミラの決定には逆らう事が出来ず、猛反対する皆を押し切ってドロテは騎士学校に入学を果たせたのだった。


 コンコン。

「失礼します。おばあ様」

 ノックがして長身の男が入って来た。

「ユリウスお兄様」

 ロシュフォール家長兄のユリウスだ。

 ユリウスは次期王国騎士団団長に推挙されるのではと噂されている逸材でロシュフォール家期待の星だ。

「む?。ドロテか」

「はい・・・ごきげんよう、お兄様」

 十も年上の長兄ユリウスは物心つく前に既に剣の師匠と寝食を共にしていて兄妹という感覚も無い。ドロテから見れば年の離れた兄は父ラファエルに近い存在で苦手だ。

「ふむ、皆のいう事を聞いて帰って来たのか?」

「私は絶対に王国騎士になって見せます」

「何度も言うが、お前の華奢な体格では厳しい。地方騎士であればともかく、エリートである王国騎士になるには持って生まれたものが必要なのだ。婚約者が出来たということにすれば中途で退学しても家名に傷はつかない。諦めて帰って来い」

「それは違いますよ、ユリウス」

「おばあ様?!」

「む。起きておられたのですか。アミラ様もそろそろお認めになりませんか?ドロテは王国騎士にはなれませんよ」

「ユリウス、体格や腕力だけが必要な資質ではありません。ドロテには騎士として一番大事な物がちゃんと受け継がれています」

「それはなんでしょうか?」

「強い相手にも引かない度胸、一度決めた事は貫き通す強い意志、打たれても倒れても何度でも立ち向かう勇気です」

 アミラは力を振り絞って体を起こし、強い口調で訴えた。

「おばあ様・・・」

 ドロテは慌ててアミラの体を支えた。

「これは誰にも教えることが出来ない・・・精霊様から授かり持って生まれた・・・騎士に一番大切な資質です・・・」

「・・・なるほど、それは認めましょう。しかし戦場で勝敗を分かつのは結局は技術と体力です。精神論では生き残れません」

「強い気持ちは技術を高め、体を強くするのです・・・今・・・ダメだからと言って可能性を奪ってはなりません!ぅ・・・」

「お、おばあ様、横になってください!」

「可能性も結構ですが、もしドロテが王国騎士になれなかった場合はどうするのです?その事実を無かったことにする為に父はドロテをロシュフォール家から排除するかもしれません」

「その時は・・・私がこの子を守り・・・ます・・・ゴホゴホ!」

「むぅ・・すみません、今日は見舞いで立ち寄ったのですが・・・これぐらいにしておきましょう。ドロテ、ロシュフォールの名を傷をつけぬよう精進するのだ」

「分かっています!私は絶対に王国騎士になって見せます!」

「・・・失礼します」

 アミラはどう見ても死期が近づいている。なのにドロテを守るとはどういう事か?。ユリウスは疑問を覚えつつ部屋を出て行った。

「おばあ様・・・有難う・・ぅぅ・・・」

 ドロテはアミラの腕に縋って泣いた。祖母は我儘な自分を誰よりもしっかりと見ていてくれていた。

「ドロテ・・・私は・あなたが王国騎士団の制服を着た姿は・見られないでしょう。でも・・」

「嫌!私を一人にしないで・・ぅぅ・・私のせいでおばあ様が・・・」

「大丈夫・・・あなたにはステキな仲間がいるでしょう?・・・きっと自分の手で自分の未来を掴むことが出来る・・わ。だって・・・あなたは私の自慢の孫なんですもの・・・」

「ぅぅぅぅ・・・・私、必ず王国騎士になってみせます!・・・・・・・・・」

 腕に縋って泣く孫の頭を優しく撫でた。



 その後再びアミラの容体が悪化し、翌朝家族に見守られながら静かに息を引き取った。

 午後から葬儀が執り行われ、多くの者がアミラの死を悼んだ。

 ドロテも率先して弔問客の案内や接待の手伝いで忙しく動き回った。何かをしていないと唯一の理解者であり目標だった祖母をを失った悲しみと不安で動けなくなってしまいそうだった。気づけば玄関ホールに設置されている水時計は22の時を指していた。

 ようやく一息ついた時、家長のラファエルが兄弟とその家族を居間に集めた。

「コホン・・今日は皆一日本当にご苦労であった。母アミラも手厚く葬られて幸せであったと思う。急だが、長年母アミラの執事として仕えてくれたマルセルが大事な話があるそうで、集まってもらった」

 このタイミングで家族を集めて大事な話など、相続の事しかないはずだが、息子兄妹だけではなく、何故その家族全員を集めたのだろう?。

 黙ってはいるが集まった者は皆同じ疑問を抱いていた。

「ではマルセル君・・・」

「はい。ここに血判の押された遺言状を預かっておりますので、恐縮ながら亡きアミラ様に変わり、代読させていただきます」

 それまでざわざわしていた場がしんと静まり返った。

「私アミラ・ロシュフォールの遺産は以下の通りとする。一、土地家屋とそれに付随する物は長兄フランク・ロシュフォールへ。二、一以外の資産は息子三人に均等分配。三、但し、総資産の10%をドロテ・ロシュフォールへ譲渡する」

「なにっ!!」

「ど、どういう事ですの?!」

「おかしいですわっ!」

 一斉に不満の声があがった。

 三つ目が明らかにおかしい。なぜドロテなのか?不穏な空気が流れる。

「お静かに願います。まだ続きがございます」

「う・・・・」

「おばあ様・・・私の為に・・」

祖母は死して尚自分を守ってくれている。涙があふれた。

「三つめは特に間違いのない様、切に望む。以上です」

「な、なんだそれは・・・!」

「こんな事・・・!」

「なるほど・・・これはおばあ様にしてやられてしまいましたね。はっはっは」

 困惑する親族の中で一人だけ笑みを浮かべて頭を掻く者がいた。

「何が可笑しいユリウス!」

「亡くなる直前、おばあ様はこう言われました『ドロテは私が守る』と」

「そ、そういう事か・・・」

 皆押し黙った。

 なによりも家訓や家長の言葉を重んじるロシュフォール家である。血判付きの遺言状ともなれば従わないわけにはいかない。

 皆一斉にドロテに対して驚きと嫉妬の視線を浴びせた。

「私、そんなお金を頂いてもどうしたら良いかわからないわ・・・」

 長年王国の防衛に尽力し、王国騎士団副団長を務めたアミラの遺産は彼女の夫の残したものと合わせ10%とはいえ莫大だ。

「その御心配には及びません。今後はドロテ様の執事として仕えるようアミラ様から仰せつかってございます。ドロテ様の資産は私マルセル・ラージュが責任をもって管理させて頂きます。その遺言状もございますのでご要望があれば今ここで代読させていただきますが」

「!!!・・・」

「なんと・・・」

 不平の声を上げようとした、特に兄弟の妻達の熱は一気に引いてしまった。

「流石ですね、おばあ様・・・ドロテ、おばあ様に感謝するのだな」

 ユリウスはドロテの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「??」

「なにか勘違いしている様なので言っておくが私は別にお前を憎んでいるわけでも嫌いなわけでもない。家の事を第一に考え行動しているだけだ」

「・・偏屈兄貴・・・私の騎士学校入学に反対したことは家の為にならない事だったって、後悔させてあげるわ」

「ふ。本当に気の強い奴だ」


 翌朝早くドロテは身支度をして二階の自室から玄関ホールに下りてきた。

「ドロテ、どこへ行くのですか?!」

 弔問客の対応の為に使用人達に指示をしていた母オルガに見咎められた。

「決まっているわ。学校へかえるの」

ドロテは背中越しに返事をした。

「なんですって?!。今日は国王陛下もおいでになるのですよ!。それに貴女はおばあ様にあんなにも目をかけていただいていて遺産まで譲り受けたのです、もう少し留まってお母様の死を悼むべきではありませんか?!」

 オルガの剣幕に使用人たちも手を止めて二人を注視した。

「私はおばあ様に誓ったの。必ず王国騎士になるって。それに、おばあ様ならきっとこう仰るわ『ドロテ、迷わず自分の目標に突き進むのです』って!。ここでしくしく泣いてるよりも頑張っている姿を見せる方がおばあ様はお喜びになるはずです!」

「・・・貴女は・・・!!」

振り向いたドロテは大きな碧い瞳に涙をいっぱい溜めていた。

「それでは、ごきげんようお母様」

 オルガはそれ以上は何も言わず、ドロテを見送った。


「雪・・・」

夜半から降り始めた雨が雪に変わったようだ。

「おばあ様・・・」

きっと白銀の聖騎士と呼ばれた祖母アミラの祝福だ。

 頬をガラスの様な露が伝った。

ドロテはくるぶしまで積もった雪をきゅっきゅっっと踏みしめながら歩きロシュフォール家の先祖が眠る墓地に入った。

 墓地は小高い丘にありドロテはその中でも一番見晴らしが良い場所にある真新しい石碑の前に立ち積もった雪を丁寧に掃い跪いた。

「おばあ様・・・我儘な私を愛してくれてありがとうございます・・・守ってくれてありがとうございます・・・」

 ディッキーと決闘でフランクに雷を落とされて永遠とも思えるお説教を受けた日も優しく抱きしめてくれたおばあ様。

 右腕に大怪我を負った時は体調の思わしくない中一週間つきっきりで手を握りヒールしてくれたおばあ様。

 自分を騎士学校に入れる為に家族全員を根気よく説得して回ってくれたおばあ様。

ドロテは大好きな祖母アミラとの日々を思い返しながら祈り続けた。


「・・・」

一時以上こうしていただろうか?凍える寒さの中外套に雪が積もるほど長く祈りを捧げたドロテが顔を上げた。

真っ直ぐに墓石を見つめるその両目には力強さが戻っていてどんな困難にも真正面からぶつかって行く覚悟を決めた炎が宿っていた。

「見ていてくださいおばあ様、ドロテは必ず王国騎士団の制服を着て自慢の孫になってここへ帰ってまいります!」

 雲の切れ間から射した光が王国最強と謳われたアミラ・ロシュフォールの石碑を照らした。

 ドロテは涙を振り払い拳を握りしめ、決意を新たに立ち上がった。





                 ~毎週土曜日更新しますのでよろしくお願いします~

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