親の想い。娘の願い。
「ユーゴ~裏口の蝶番が壊れているみたいなの、ちょっと見てくれないかしらぁ~?」
「分かりました奥様!」
「ユーゴ!、シルビィが買い物に出かけてしまったのですまないが厩舎の掃除をしてくれるかー?」
「はい、旦那様!」
「(蝶番は今日中になんとかしたら良いだろう、先に厩舎の掃除だな)」
ユーゴと呼ばれた短髪の青年はやや細身だが肉付きはとても良い所謂細マッチョだ。木桶と雑巾を持つと走って厩舎に向かった。
彼が忙しく働いているシュバリエ家は昔はブリュセイユ王国でも一、二の影響力をもった上級貴族だったのだが、2度に及ぶ降爵により今では最下級の男爵だ。
元は有力貴族だったらしいシュバリエ家は屋敷も厩舎もとても広いが、抱えていた使用人は次々と離れて行き、今は料理人のマティオと、その娘のシルビィ、そしてユーゴの3人だけだ。
半年ほど前、行く当てもなく森で彷徨っているところを拾われてからここで使用人として働いている。
当主のセルジュは病弱であまり無理は出来ないため唯一の男手であるユーゴは毎日走り回っていた。
頑健でよく働くユーゴが来てからとても助かっていると、男爵家夫婦は喜んでくれている。
忙しい毎日だがユーゴは今の生活にとても満足していた。自然に囲まれた広々とした敷地で三食きっちり食べられる。贅沢は出来ないが御日が充実していて楽しい。何より体を動かすのは大好きでちっとも苦ではなかった。
馬房で古い藁を掻き出していると買い物から戻ったシルビィがフォークを持って駆けて来た。
「すみません、ユーゴさん私やりますからっ」
「大丈夫だ、ついでだし二人でさっと終わらせよう」
「有難うございます!」
シルビィは小柄でまだあどけない顔をしているが、テキパキと良く動く働き者だ。
厩舎はとても広く数十頭分の馬房があるが今使われているのはひとつだけで藁の入れ替えはすぐに終わった。
「有難うございます!後は私やっておきます~」
「じゃ、頼むよ、俺は勝手口に行くから」
「はーいっ!」
そばかすの少女は笑顔でユーゴを見送った。
本人はかなり気にしているみたいだが、ユーゴの育った国ではそばかす女子はほとんどおらず、アニメでしか見たことが無い為か、とてもかわいらしく見える。
「えいっ!えいっ!」
屋敷に向かう途中立木に向かって木剣を振る少女がいた。シュバリエ家の一人娘のレティシアだ。
およそ剣術や格闘技とは無縁と思える色白で華奢な少女はユーゴがこの家に来たぐらいから殆ど毎日木剣を振っている。
何故だか理由は分からないが彼女は騎士を目指しているみたいだ。
15歳になったレティシアは両親の反対を押し切り、この秋騎士学校への入学が決まっている。
カンッ、カンッ
ハァハァという息遣いと立木に木剣が当たる乾いた音が響き渡る。
全身から汗を滝のように流して必死で剣を振っているのだが、基礎体力がなく、足腰がふらついて木剣に振り回されている。
振れば強くなれるというわけではない。体を鍛えるにはそれなりの順番がある。恐らくはレティシア自身も分かっているのだろうが、剣術を教えてくれる師が居ないのでとにかく振るしかないのだろう。
「お嬢様、闇雲に振っていてもだめです。まずはフォームを固めて、腰の入った打ち込みが出来るようにしなければいけません」
家の事に口を出してはいけないと思い、これまでは見ているだけにとどめていたが、我慢できなくなってしまった。
「そうなのですか?ユーゴは剣術の嗜みがあるのですか?」
剣を下ろし、ゼィゼィと肩で息をしながらレティシアはユーゴの方を見た。
「え、ええ、まぁ・・」
「教えてください!どうしたら強くなれますか?!」
どこからどこまで話して良いものか?彼女は自分の話をどれぐらい理解できるのだろうか?
歯切れの悪い返事になってしまったが、レティシアは喰い気味に教えを乞う。
「剣の重さに負けてしまって、腕、体、脚 すべてがふらついてしまっています。木剣を振るのも大事ですが、まずは基礎体力をつけて体幹を強化しなければいけません」
「・・・きそ?・・・たいかん?・・・ど、どのようにすればよいのでしょう?」
「まずは走ることですね」
「走る?」
「はい、駆け足は全ての基本です。そうですね、まずは毎日5キロから10キロ程」
「ご、5キロとはどれぐらいでしょうか・・?」
「お屋敷の周囲がおそらく1キロぐらいなので5周程ですね」
「こ、ここを5周も・・・」
レティシアはゆっくりと敷地を見渡した。
「毎日5周したら強くなれますか?」
「”強い”には3種類あります。ひとつは技術、もう一つは体、そして気持ちです。この三つが強くなってはじめて強さを感じられるかと思います。走る事は一番はじめにやるべき体を強くする事です」
「わ、分かりました、5キロ走ります!」
「それから打ち込みですが、体の動きと剣の軌道が毎回同じに出来るようにしないと狙った場所に当たりません。落ち着いて脚、腰、体、腕、頭の位置を確認しながら一本一本丁寧に振る事から始めると良いですよ」
「は、はいっ、一本一本丁寧に・・・」
あ、裏口の蝶番だったな・・。
ユーゴが屋敷に向かうと入口にセルジュが立っていた。
「あ、旦那様、今から勝手口の蝶番を見に行きます」
「う、うむ・・・ユーゴ」
立ち去ろうとしたユーゴをセルジュが引き止める。
「はい、何でしょうか?」
「君は剣術の心得があるのかね?」
どうやらレティシアとのやり取りを見ていた様だ。
「はい、少々、すみません差し出がましい事をしました」
やはり余計な事だったのだろう。
「いや・・・」
多少注意を受けると思っていたがそうではないらしい。どうしたのだろう?少し疑問を感じながらユーゴは勝手口に向かった。
夕食後セルジュに呼ばれたユーゴが居間に入るとイザベル、レティシアもいた。
「セルジュ様、御用でしょうか?」
「うむ・・・その・・・なんだ・・・」
「あなたっ」
「わ、わかっとるっ。実はユーゴに話があってな・・・」
「?」
「単刀直入に言おう。ユーゴ、養子にならんか?」
「お父様?!」
驚いたレティシアが真っ先に反応した。
「どういうことです?」
「そのままの意味だ。私たちの息子にならないかな?」
「・・・いえ、俺が聞きたいのはそういう事ではなく・・」
ユーゴはセルジュの目をじっと見つめた。
「ふ、ふう・・・やはりお前はするどいのぉ・・私達がユーゴを気に入ったからというのはもちろんだが、養子となってレティシアと一緒に騎士学校に入学してほしいのだ」
「シュバリエ家の為にでしょうか?」
「お父様!家の再興は私が成し遂げます!ユーゴを巻き込むような事は私は反対です!」
「お前は黙っていなさい。私は今ユーゴと話しをしておるのだ」
「で、でもっ!・・・」
言いかけたレティシアをイザベルが左手をそっと挙げて制した。
「理由をきかせていただけますか?」
「うむ・・・ユーゴもルティシアから騎士学校入学について色々聞いてはおるかと思うのだが、実は入学すること自体は反対はしておらん。問題は卒業間際に行われる卒業試験なのだ」
「試験になにか問題があるのですか?」
「騎士学校の卒業試験は”模擬戦”という形で行われるのだが、これが問題でな・・・」
「先日今年度の模擬戦が行われて凄く盛り上がったみたいですね。町中その話で持ち切りでした。それが?」
「そうだ。騎士学校の模擬戦は小麦の収穫が終わった後一年の締めくくりで行われる行事で戦場には観客席が作られ、毎年多くの貴族が観戦し熱狂する国王肝いりの一大イベントなのだ」
「その模擬戦に出場して勝て・・ということでしょうか?」
「いや、そうではない・・・そうではないこともないのだが、そのぉ、なんだ・・」
「???」
「あなたったら、もうっ」
セルジュはハンカチで額を拭き拭きしている。
「ユーゴ、騎士団に入れるのは模擬戦の上位者だけで、入隊後は更に騎士団の中で順位がつけられるの。模擬戦で優勝すればいきなり上位に入れるので皆必死で戦うわ」
「そ、そうなのだ。騎士学校に入学して騎士団に入れなかったとあれば家の恥となる。模擬戦ではもちろん装具を着けた上で木剣で戦い監督も付く。だがそれでも毎年多数の死傷者が出るほど激しいものなのだ」
ブリュセイユの現国王は聡明で人望があるが騎士団に所属した経歴のある武闘派で剣術に優れた者を重用する傾向にあると聞いたことがある。
「そうなのですか、それならその模擬戦への出場は辞退しては?」
「それは出来ません!模擬戦を戦って騎士団に入らなければ騎士学校に入学する意味がないわ!」
「ええい、頑固な娘だ!いったい誰に似たのだ」
「お父様ですっ!」
「・・・」
「・・・」
「(あ、あはは・・)」
糸を引く様な見事な直球に見逃し三振である。
「そ、それでお嬢様をお守りしろということでしょうか?」
「さ、流石はユーゴ、話が早い。頼む!この通りだっ!模擬戦で優勝など望まん、勝たなくて良い!娘をレティシアを守ってくれっ!」
「旦那様・・」
「お、お父様!私は大丈夫です!必ず生き残って、勝って見せます!」
「お前がどうあっても騎士学校に入学すると言って聞かないので入学は許した。しかしここから先は口出し無用だ!ゴホゴホ・・・」
叫んだあと咳き込んで黙ってしまった。
セルジュはどちらかというと普段は物静かで人の良いおじさんだ。ユーゴは彼が大声を張り上げるのを初めて見た。
「あなた・・・。ユーゴ、私達夫婦はずっと子供が出来なくてレティはやっと授かった大切な娘なの。あなたにお礼を出来るようなものはこの家には殆ど残っていないのですけれど、養子縁組をする事で男爵の爵位とこの屋敷は差し上げられるわ」
言うとセルジュを支えながらイザベルはにっこり微笑んだ。
母イザベルは44歳なので15のルティシアを生んだのは29の時だ。16~7歳での結婚も珍しくないこの世界ではかなり遅いと言える年齢だ。
「お、お母様・・・」
ルティシアは両親の想いに涙ぐんだ。
「・・・俺で良いのですか?」
「無論だ。イザベルとレルティシアが初めてお前を連れて来た時は異様な姿にそれは驚き警戒したのだが、それから半年真面目で誠実な働きぶりで今ではとても信頼しておる。ユーゴ以上の男はそうそうはおらん。身のこなし、その体つきただ者でないことも分かっておる。なによりレティシアがお前の事を相当気に入っておるみたいだしの」
「お、お父様、それとこれとは・・・」
「違うか?ああいう兄がいたら嬉しいと言っておったではないか?」
「!!」
レティシアは真っ赤になってイザベルの後ろに隠れてしまった。
「ユーゴ・・イザベルの言った様に大したものは譲ってやることはできないが、私らの息子にならんか?レティシアを守ってくれぬか?この通りだっ!」
セルジュは頭を下げ、ユーゴの腕に縋った。
「だ、旦那様、そんな、やめてください」
ユーゴはセルジュの両手を取りしばし考えた。勿論損とか得とかではない。
「分かりました旦那様、これからよろしくお願いします」
「まあ!ほんとうですか?」
「おお!引き受けてくれるかっ!恩に着るぞユーゴ!」
セルジュとイザベルは手を握り合って喜んだ。
「ひとつふたつよろしいでしょうか?」
「む?なんだ?なんでも言ってくれ」
「俺は23になりました。騎士学校へは入れるのですか?」
「それは問題ない。騎士団での順位を上げるために2度入学するという事は禁止されているが、基本年齢の制限はない。カネさえ積めばだれでも入れる」
23歳の社会人が高校に入学するみたいで若干照れや違和感があるが、この際仕方が無い。
「わかりました。それから旦那様の次の当主はレティシアお嬢様という事でお願いします」
「ユーゴ、お前は今日から私達の息子なのだ。遠慮などしなくて良いのだぞ?」
「・・・有難うございます。遠慮とかではなくて、なんていうか、事情があるというか・・・」
夫婦の申し出はとても有難い。このままここで暮らして行くのも悪くないが、突然この世界に来てしまったのだからいつかまた突然元の世界に戻ってしまう可能性もあるのだ。
当主の件だけは丁重に断った。
それでも夫婦はユーゴが息子となった事をとても喜んだ。
「今日はめでたい日だ!マティオに何かうまい物を作ってもらおう!。そうだ、とっておきの酒をもってこよう」
「あら!良いですわね!みんなそんなところに立っていないでこちらに座って、レティも、”お兄様”の隣に」
「わ、私は・・・」
私は別に兄が欲しいと言ったわけでは・・・無くはない・・・。
戸惑いながらユーゴの隣に座り、ささやかなパーティとなった。




