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激突!剣道VS銃剣道

「くっ!」

 タケルは反射的に駆けだした。

「待て!どこへ行くっ!」

「決まっています!救護室です!」

 タケルは近衛隊執務室のドアのぶに手を掛けたところで声を掛けられて副長アルベールに首だけ向けて叫んだ。

「タケル!伝令の方が到着が早い。北砦の距離から推測して負傷者が搬送されて来るのは半日後だ!今救護室に行っても無駄だ」

「で、でも・・!!」

 居ても立っても居られなかった。

 馬で王都を飛び出していきそうな勢いだ。

 ガチャ・・・。

「うわ・・・!」

 執務室の扉が開き、ドアノブに手を掛けたままのタケルが引っ張られた。

「おっと。何処に行くつもりだ?タケル」

 よろけたタケルの肩を支えたのは近衛隊隊長のロランだった。

「ロ、た、隊長!テオさんがっ!」

「分かっている。だが、救護室に行くことは許可できない。これより単独行動を禁じる」

「え・・・?でも!」

「近衛隊に出撃命令が下ったのだ」

「しゅ、出撃?!」

 タケルは驚いてロランを見た。

「アルは近衛隊全員に非常招集をかけてくれ。私はピエール、ニコラ、ダニエル、ベルナールを連れて先行する。四人を確認したら厩舎集合と伝えろ。他はいつでも出撃できるよう待機。以後の行動は伝令を待て」

「了解!」

 アルベールはロランに正体し挙手の敬礼をして執務室を飛び出して行った。

「ルイーズはアルの補佐を頼む。王都に聖騎士を一人置いておきたい」

「は!」

「それからタケルに剣を貸してやってくれ。タケルは私と一緒に現地に先行する」

 ルイーズは腰に付けた皮紐を素早く解いて鞘事タケルに手渡し、敬礼をして執務室を出て行った。

「え?あの・・・?」

「タケル、説明は道中する。装具≪プレートメイル≫は用意できているか?」

「あ・・・いえ、その・・・」

 王宮での式典直後になるべく早く実戦用の装具≪プレートメイル≫をオーダーしておくように言われてはいたが祝いのパーティや諸侯の面会に時間を取られてすっかり忘れていた。

「ふむ。そう思って持って来ておいた。私のお古だがな。修練場に置いてあるから行って装着したらすぐに厩舎集合だ。良いな!」

「隊長のおふ・・・」

「了解したら返事と敬礼っ!」

「は、はいっ!!」

 慌てて挙手の敬礼をするタケル。

「よし!行け!急げ!」

 パァンッ!

 ロランはタケルの背中を勢いよく叩いて送り出した。

 気合を入れられたタケルは全力で駆けだした。

「ふふ。こういう時は何も考えず今やるべき事だけに集中するのだタケル」

 ロランは走り去るタケルの背中に呟いた。


 タケルが王宮の裏手にある厩舎に来ると先発メンバーは全員揃っていた。

 隊長のロランとピエール、ニコラ、ダニエル、ベルナールの5人だ。

 4人とはタケルの特訓をサポートしてくれたことがあり面識がある。

「す、すみません遅くなりました!」

「タケル、装具≪プレートメイル≫の具合はどうだ?」

 ロランのお古の装具を身に着けたタケルにロランが聞いた。

「はい、見た目より軽くて動きやすいです」

 深い青と黒を基調とした装具は戦場を駆け抜けてきた細かなスレや切り傷が至る所にあるがよく手入れされている逸品だ。

「似合ってるぞ。タケル」

「馬子にも衣裳とはこの事だな」

「それは隊長が初陣で敵将を討った縁起の良い装具だ。それを着けていればきっと勝手に敵の剣をよけてくれるはずだ」

「壊したら運が無くなるかもな」

「み、みなさん、やめてくださいよ・・・」

 勝手な事を言う四人は困り顔のタケルを見てわっはっはと豪快に笑った。

「それぐらいにしておけ、出発する!」

 口角を上げながらもロランは強く号令を発した。

「は!」

「北砦まではかなり距離があるのであまりのんびりはしていられない。タケル、しっかりついて来い!」

「は、はい!」

 先発隊6名は急ぎ北砦へと馬を駆った。


 一行は馬を潰さないように何度か小さな休憩をとりつついくつかの集落を通り過ぎた。

 季節は12月。陽が斜めから射す様になるのが早い。

 昼ごろまではまだマシだが十四の鐘を過ぎると途端に気温が下がる。タケルが鞄から外套を取り出した時、先頭を走るピエールが古びた大きな屋敷の前で馬を止めた。

 広い敷地に建つ屋敷の横にはこれまた大きい厩舎があり、皆慣れた所作で馬を繋ぎ、当たり前のように屋敷に向かった。

「こ、ここは?」

 タケルはきょろきょろしながら隣を歩くニコラに聞いた。

「ここはカレリーナ伯爵領で王都と北砦の丁度中間だ。誰も住んでいないので行軍の際に休憩所として使われているんだ。」

「・・・中間地点?」

 王宮を出たのは昼の少し前だった。太陽の位置から推測すると今は15時ぐらいなので4時間は走ってきている。

「ま、まだ同じぐらい距離があるということですか?!」

「まぁそういう事だ。疲れたか?」

 疲れもそうだが尻が痛くて仕方が無かった。ロランが「もうすぐだ」と言っていたので色々な所に力を入れて頑張って来たのだが、ピエールの説明で心が折れそうだ。

「あはは・・・」

 途中通常の移動では使わない森を抜けるルートを使いかなりショートカットをしたみたいだがそれでもまだ後3~4時間は馬に乗って走らなければならないという事だ。

「昼食前に出てきてしまったからな。ずいぶん遅いが昼食を摂ろう」

 ロランが皆に言うと自身は屋敷と反対方向に歩いて行った。

「隊長はカレリーナ伯爵の所に行くんだろう。さ、俺達は食事の準備だ」

 不思議そうにロランを見送るタケルをピエールが誘った。

「は、はい」


 大人数に対応するためだろう屋敷の中は柱を残して殆どの壁が取り払われており、不揃いのイスとテーブルだけが無数に置いてあった。

 ダニエルは一番大きなテーブルに風呂敷の様なクロスを広げて備え付けの金属製の食器を並べた。

 ベルナールはそこに携行してきたパン等食材を並べて置いていく。

「ニコラ、俺は水を汲んでくるから暖炉と竈に火を起こしておいてくれ」

「了解!」

 ピエールはいつ誰が来てもすぐに使えるように整然と並べられている調理器具の中から寸胴を選び取って井戸水を汲みに外へ出て行った。

 もう何度も同じことをしてきたのだろう。あらかじめ役割が決められているかのように皆テキパキと動いている。

「お。俺も・・・」

 勝手がわからないが一番下っ端の自分が何もしないわけにはいかない。

「気にしなくて大丈夫だタケル。今回は皆が何をしているか動きをよく見ておけばいい」

 タケルの気持ちを察してピエールが言った。

「は、はい!有難うございます」

 と、言われたもののやはり何かしないと落ち着かない。タケルは竈の前にいるニコラに近づいた。

 ニコラは火を起こそうとしているようだが”杖”は持っていなかった。

 ニコラが竈に腕を差し入れると一瞬でボワっと炎が上がった。

「?!」

「ああ、コイツのお陰さ」

 そう言って興味深げに覗き込むタケルに左手を差し出した。

 中指に鈍い光を放つ指輪があった。

 緋色のリングに御空色の石が嵌められている指輪だ。

「指輪で火を点けたんですか?」

「ああ、この指輪は魔力を良く伝える緋色カネで出来ていて石は魔力を増幅させる魔石なのさ」

「へぇ・・・そうなんですね、杖もないのに火が付いたのでちょっとびっくりしました」

「だろう?杖の機能をそのまま指輪にした優れものだ。ニネ公国で流行っているんだが流通量が少ないから他国ではなかなか手に入らないんだぜ。」

「じゃ、ローゼンヌで誰かが真似て作ったら大儲けですね」

「ははは。そうかもしれないが大儲けというのはどうかな?。俺の持っているこの指輪には何も彫られていない無地だが女性用の物には珍しいデザインの絵が彫られているんだそうで手に入れるのがとても難しいらしいからな」

「なるほど・・・(イネスさんやミラは喜びそうだな・・・でもイネスさんは杖なしでも火を起こせるぐらい魔力が強いからいらないかなぁ?・・)」

「彫刻のある指輪は大人気でそこそこ値が張るそうだぞ」

 まじまじと指輪を見つめるタケルにニコラは小指を立ててニカっと笑った。

「お、俺はそ、そ、そんな人は・・・」

「そん時は相談に乗るぜ!」

 ニコラはタケルの肩をばんばんと大袈裟に叩いた。

「わっ!!」

「賑やかだな。何の話だ?」

 そこへ大きな鍋を抱えたロランがやってきた。

「な、な、なんでもないです!」

「そうか?ニコラ、カレリーナ伯爵の所からスープを頂いてきた。温めてくれ」

「了解!有難うございます」


「ふ~。隊長がスープを調達してくれたおかげで味気ない食事もかなりマシになりましたね!」

 スープを3杯もおかわりしたニコラはとても満足そうだ。

「はっはっは。急な事だったのでここを管理しているカレリーナ卿に一言伝えに行ったんだが逆に気を遣わせたみたいだ。半時ほど休憩したら片付けて出発する。日没前には到着したい」

「は!」

「了解!」

「あの、隊長」

「なんだ?タケル」

「ルイーズさんから借りた剣なんですけど・・・」

 タケルはまだ実戦用の剣を用意できていなかったのだが何故ルイーズの剣なのか?こんな高そうな剣じゃなくても良かったのではないか?もう少し時間がありそうなのでロランに聞いてみることにした。

「何故ルイーズの剣なのか。不思議か?」

「あの・・・はい」

「ふふ。タケル、剣を抜いてみろ」

「は、はい」

 タケルは立ち上がって腰につるされた鞘から剣を抜いた。

 この世界では一般的な両刃の直剣だ。鍔は複雑なデザインでフォークやナイフの柄を分厚くした様な感じだ。しかしよく見ると少しだけ違いがあった。両刃の中央刀身の部分に鍔元から切っ先まで1センチ程の緋色のラインが入っていた。

「これは緋色金??」

「気づいたか?その剣は聖騎士用に特別に作られた精霊剣だ」

「聖騎士専用ですか?!」

「そりゃそうだ。お前は魔力の特訓で何本の剣を粉々にしたと思ってるんだ?あんなで実戦に出られないだろ」

「そ、そうですね、はは・・・」

 毎回剣が粉々になるのでこういうものかと思っていたが言われてみればその通りだ。

「見ての通りそのルイーズの剣には緋色カネが組み込まれている。もう知っていると思うが、緋色カネは他の金属より比重が重いが魔力耐性があり、魔力を効率よく伝えるという特徴がある。そして特殊な能力を持った聖鍛冶師によって鍛造されている」

 見た所緋色カネが組み込まれている以外は普通の剣と変わりがない。鍛冶師なら誰でも造れそうに思える。

「ふふ。見た目は普通だがそのへんの鍛冶師には無理だぞ」

 くるくると剣を回しながら凝視するタケルにニコラが言った。

「どうしてです?」

「どうしてって、刃部は鉄にしないと全部を緋色カネでは重くて振れないだろ?」

「はい・・・」

「お前、まだわかってないな?刃部は普通の鉄なんだぞ」

「・・・あ!」

「はっはっは。ようやくわかったか?」

 そうだ。如何に耐性のある緋色カネが効率よく魔力を伝えようと鉄の部分に全く魔力が伝播しないわけではない。多少は損傷を防げるかもしれないが鉄では粉々になってしまう。

「その剣はガエル・ロッシェという聖鍛冶師によって造られたのだが彼が鍛造した物には全て魔力耐性が備わるんだ」

「へぇぇ・・・不思議ですね。どうしてですか?その人は精霊魔力が使えるとか・・・?」

「お!惜しい。いい線いってるぞタケル」

「そ、そうなんですか?!ニコラさん」

「ガエルの様な聖鍛冶師は聖騎士よりも更に数が少なくてな推測の域を出ないのだが、聖鍛冶師が剣の修練をしていたら精霊魔力を発現したのではないかと言われている」

「わかりやすく言うと、そのガエルが鉄を叩く時にちょっとづつ魔力を込めていて結果出来上がる頃には魔力を帯びて耐性が付くっていう事らしいぜ」

 ニコラが補足した。

「凄い人なんですね。聖鍛冶師なんて!」

「偏屈な爺さんだけどなっ」

「まぁガエルに聖鍛冶師なんてカッコよすぎるよな。はっはっは」

「おいニコラ、ベル、笑うなんてガエル翁に失礼だぞ」

「ピエール、そういうお前だって口元の形がおかしいぞ」

 明らかに笑いたいのを我慢しているピエールにニコラがツッコミを入れる。

「ガエルさんて、そんなに変わった方なんですか?」

「まぁ、会ってみればわかる。タケルの剣も頼まなくてはいけないからな今度連れていこう」

「お願いします!。あ、あの・・・おいくらぐらいでしょうか?・・・」

 以前に装具≪プレートメイル≫の価格がタケルの年収程だと聞いてお茶を吹きそうになった事がある。

「心配するな。精霊剣には王国からカネが出る。聖騎士用の剣の価格は装具の比ではないので個人で買うのはなかなか厳しいからな」

 タケルはほっと胸をなでおろした。

「そういえば、タケルは馬も借り物だろう?それは自分でなんとかしなくちゃいけないぞ?」

「あ・・・・」

 そうだった。馬も装具と同じぐらい高価で世話をする為の厩舎はもちろん馬丁も雇わなくてはいけない。

「この先カネは沢山必要だぜタケル」

 意地悪そうな顔のニコラ。

「う・・・」

「もう一回オークレイル家に働きに出るか?」

「え?いや、それは・・・。ピエールさん勘弁してください・・・。俺の黒歴史です・・・」

「わっはっは!」

 ピエールの言葉に皆大笑いだ。

「(オークレイルといえば、テオさんは大丈夫だろうか・・・)」

 命に別状はないという事だが心配だ。

「よし!無駄話はこれぐらいにして出発しよう!」

「は!」

 テオを想い一瞬表情の曇ったタケルだったが、ロランの出発の合図で現実に退き戻った。





 背の高い黒髪の少女が手作りと思われる細い石段を登っていた。

「さぶ・・」

 羽織を着けてはいるが12月半ば。息も白く輝き始めている。

 巫女装束の少女は肩を窄めてひとつぶるっと身震いした。

 石段を登りきると朽ちかけた小さな鳥居と祠があった。

 ”4か月前”幼馴染がここに忘れ物を取りに行くと言って自宅を出て行った切り消息を絶った。

 それからほとんど毎日少女はここに通っている。

 毎日来たところで何がどうなるわけでもないのだが、「きっとここには何かがある」

 少女はそう思っていた。

 村の人口が減って催し物が殆ど無くなったとはいえ流石に12月は忙しい。毎年この時期にアルバイトに来ている少女は忙しい間を縫ってここに幼馴染の痕跡を求めて登って来ているのだ。

 何をするわけでもないのだが、登って来てはぐるっと見渡す。

 季節と共に木の葉の色が変わっただけだ。

 当時残されていた幼馴染のカバンの置いてあった場所をぼんやりと眺めていると、小径を誰かが登って来る気配を感じ振り向いた。

「またここに来ていたのね秋穂」

「ノエルさん・・・」

 少女に声を掛けた女性は消息を絶った幼馴染の祖母だ。ノエルもまた巫女装束を着けている。

「秋穂、ここにはきてはいけません」

 欧風の顔だちで高身長の秋穂より更に背の高いノエルは秋穂の肩を優しく抱き下に降りるように促した。

「何故?どうしてここに来てはいけないの?」

 秋穂は抱かれた腕をゆっくりと解いてノエルを見上げた。

「・・・それは、いつまでもここに固執していたら前を向けないから・・・」

「嘘です。そんなタケルを忘れる様な言い方。ノエルさんも、幸喜おじさんも何か隠していますよね?」

 タケルの失踪届が出されてすぐ村は大騒ぎとなり、警察や消防の他村人が大勢捜索に出たが手がかりすらないまま4か月が過ぎた。

 幸喜もノエルも捜索に加わり、必死になって行方を追っていたが、どこか冷静な雰囲気があり、そんな二人に対して秋穂は違和感を持っていた。

 熱しやすく冷めやすい国民性なのだろうか?規模を縮小して捜索は続けられてはいるが最近は村人もあまりタケルの話はしなくなっていた。幸喜もノエルもタケルの話をしなくなった。というよりも、失踪直後から取り乱すような事は全く無く、タケルの失踪前と雰囲気が殆ど変わっていないのがずっと心に引っかかっている。

 師走の神社は忙しい。宮司、巫女としての務めがあるというのは分かるが、普通の生活に戻るのが早すぎると思う。

「何か理由があるのかと思いますが、誰にも言いませんから、話してくれませんか?ノエルさん」

「・・・」

「お願い、ノエルさん!」

「・・・そうね・・・信じては貰えないかと思うし・・・私自身良く分かっていない事もあるのだけれど秋穂には話しておきましょう」

 そう言ってノエルは祠の脇に腰下した。

 秋穂もノエルの隣に座ったところでノエルは眼を瞑りゆっくりと話し始めた。





 丁度陽が沈み始めたころロラン率いる先発隊が砦に到着した。

 砦の城壁の周辺は松明が無数に焚かれており昼間の様に明かるかった。

 砦の入口の大門は閉ざされていて木製のバリケードが幾重にも連なり槍や剣を持った兵が慌ただしく走り回っていた。

 大門の横にある馬車がやっと通過できるぐらいの入口には入城を待つ人々で長蛇の列が出来ていたがロランに気づいた兵が数人小走りにやってきて迎えてくれた。

「ニコラさん、この並んでいる人たちは?」

「ああ、戦闘態勢になってブリュセイユとの往来を止めているんだよ。敵兵が紛れていたり、間者がいたりしたらマズイだろ?」

(本当に戦争するんだ・・・)

「ん?どうしたタケル。怖気づいたのか?」

「い、いえ・・・」

 戦争という事自体が今一つピンと来ないタケルはまだ”怖気づく”まで気持ちがいっていない。

「負傷者がいつもより多く出たが正確にはまだ戦争≪いくさ≫まで至ってはいない。これからどうなるかというところだ」

「・・・」

 突然テオ負傷の報があり、有無を言わさぬ出撃命令でここまで来てしまったが出来れば戦争になど参加したくない。近衛騎士団に入った以上当然の義務だが、人に対して真剣を振り下ろせるだろうか?。対象が犬や猫でも自分には無理に思える。

(どうかこのまま沈静化しますように・・・)タケルはクサナギ神社の主祭神のスサノオノミコトに祈った。

(あ・・・。だめだ・・・)

 スサノオノミコトは戦神でもあった・・・。


「うわぁ・・・・」

 衛兵の先導で入城したタケルは思わぬ光景に呻いた。

 壁の内側には住居や商店が立ち並び行き交う人も多く、賑わっていた。大きな荷物を抱えた者や、荷車を引いている行商人らしき人達も沢山いた。陽はとうに落ちたが、オイルランプや松明が無数に焚かれていて王都よりも明るいぐらいだ。

 砦と聞いていたのでタケルは掘っ立て小屋の様な物を想像していたが全然違っていた。最早”都市”といっても良い。

「なんか・・・」

「驚いたか?タケル」

「は、はい。凄く明るくて、人が大勢いて・・・てっきり小さなお城が建っているだけかと・・・」

「はっはっは。ここには衛兵隊、騎士団合わせて常に200名以上が駐屯していて、それを目当てに商人が集まり、家屋が建ち、普通に生活をしている者も大勢いるんだ。特に警戒態勢となった今は周辺を治めている領主から増援が送られてきて人口が倍近くになっているんじゃないかな。それから明るいのはいつ敵が襲ってくるか分からないからだ。真っ暗ではどうぞ攻撃してくださいと言っている様なものだからな」

「そ、そうなんですね・・・」

「逃げたり隠れたりする場合なら物音を立てずに真っ暗にしておくのだが、ここに砦があるのは誰でも知っている事だから真っ暗にしていると逆に不利になってしまう。城壁の外にも兵を置いて松明を沢山灯して近づく敵を物見櫓から目視できるようにしているんだ」

「なるほどです・・」


 衛兵に先導されて10分程歩くとまたも塀に囲まれた敷地があり、入口には槍を持った守衛が立っていた。

「また門がある・・・」

「ここが司令部だ。行くぞタケル」

 ロランは立ち止まって物珍しそうにきょろきょろしているタケルの肩に手を置き中に入るように促した。

 ”二つ目”の門をくぐると王都学校の校舎と同じぐらいの建屋が三つあり、先発隊は足早にそのうちの一つに入っていった。


「お待ちしていました。ロラン殿」

 指令室に入ると、大きなテーブルに広げられた地図を見ていた第三騎士団団長ハイラム・ガレルがロランに正体し敬礼した。

 室内には団長のハイラムの他に副団長と小隊長級の男達数名が緊張した面持ちで直立していた。

「ご苦労。早速だが現在の状況を」

「はっ!。昨晩砦から2キロ東の国境沿いを定時警邏中の衛兵隊がブリュセイユ兵の襲撃を受けた旨報告があり、待機していた衛兵20名を現地に向かわせたところ戦闘となった為更に騎士団10名を送りました。その際敵聖騎士による攻撃で多数の負傷者が出たため急ぎ王都に伝令を走らせました。その後は何故か沈黙しておりますが、いくつかの目撃情報からわが国の領域に数名の敵兵が潜伏している可能性があり、現在非常警戒態勢を敷いて捜索中です」

「なるほど。襲撃された理由は?」

「不明です」

 ハイラムから報告を受けたロランは「ふむ・・・」と、左手を顎にやりしばし考えこんだ。

「ブリュセイユから攻撃を受けたのだな?」

「はっ。そのように報告を受けております」

 ここは北砦でブリュセイユとの国境のはずなのにロランは何故”ブリュセイユ”と念を押して聞いたのだろう?タケルはロランの横顔を見つめた。

「む?そうだな。タケルには少し説明しておかなければなるまいな」

 タケルの視線に気づいたロランがテーブルに広げられている地図を見るように指さした。

「ここは北砦だが、北東にあるニネ公国との国境にも接しているため砦は王都から真北ではなく北東に寄って建てられているのだ」

「ニネ公国からも攻撃を受ける可能性があるということなんですか?」

「そうだ。ニネ公国はゴズワール王国の支配下にあるので仕掛けてくる可能性があるが、ブリュセイユとは和平を結んでないとは言え商人等に限っては往来があり、こちらを突っついてくる理由が無い。それに聖騎士が本来の力を発揮すれば砦の一つや二つなどあっという間に殲滅出来るのだがそうしなかったという事は、ブリュセイユも事を大きくするつもりはないと見て良い。」

「じゃ、ブリュセイユに聞いてみたらいいんじゃ・・・?」

「はは、真っすぐな意見は時に痛いところを衝くな。そうしたいのは山々だが、ブリュセイユと和平を結ぶ為には王も王妃も亡くなったことを公にしなければならない。それをゴズワールが知ればここぞとばかり一気に攻めてくるだろう。アデール姫に縁談を持ちかけてきたブリュセイユにしてもその真意は我が国を取り込もうとする手の一つかもしれないんだ」

「で、でもほんとに結婚したいだけかも・・」

「純粋に婚姻目的が全くないとは言えないが、王族同士の婚姻のほとんどは本人の意思とは関係がなく”国の為”だ。ローゼンヌ、ゴズワール、ニネ公国に挟まれた形のブリュセイユとしてはわが国と和平を結んで四面楚歌という状況を脱したいが為の政略的なものだろう。そうなると国王不在が知れた途端我が国は両方から攻め入られてしまうというリスクが発生する。こうなると最悪だ」

「すみません、難しいんですね・・・」

 タケルは浅薄な発言をしてしまってちょっと恥ずかしくなった。

「ブリュセイユには間者を数名送り込んではいるので、なにか良い情報を得られたら道が開けるかもしれないのだが・・・」

「タケルの言う様にブリュセイユ王に直接聞くのが一番手っ取り早いんだが、間者がどれだけ王に近づいたところで家臣に本音を漏らすとも思えないしなぁ」

 両手を広げて”困った”ポーズの無精髭の第三騎士団長ハイラムだ。

「ハイラム団長、もうひとつ質問よろしいでしょうか?」

 それまで黙って聞いていたピエールが発現した。

「なんだ?」

「聖騎士による攻撃を受けたという事ですが、どんな属性のどういった攻撃だったのですか?」

「うむ・・・。それなんだが・・・」

 それまではいつも通りの飄々とした雰囲気のハイラムだったがピエールの質問で眉間にシワを寄せて険しい顔になった。

「目撃した複数の兵の話を要約するとこうだ。第三騎士団の10名が戦闘に加わったのだが、その中にテオがいた。彼が倒れた敵騎士にとどめを刺そうと剣を振り上げた時いきなり右手が吹き飛んだらしい」

「!」

 ハイラムの説明に一瞬全員が凍り付いた。

「そしてその直後次々に地面が破裂して煙でなにも見えなくなったということだ」

「地面が破裂した?」

「矢か何かが飛んできたのではないのか?」

「話を聞いて私もはじめはそう思ったのだが、どうやら矢などではないらしいのだ。飛んで来たのかどうかも分からなかったということだ。こんなマネが出来るのは聖騎士以外にない」

「テ、テオさん・・・テオさんは!テオさんはどうなったんですかっ?!」

 タケルが冷静なら”何かが飛んできて地面が次々に破裂した”という表現で火器による掃射ではないかと推測できたかもしれないが、タケルの頭はそれどころではなかった。

「ヒール出来る者が数名で手当はしたが・・・失ったものは元には戻らない・・・」

「!・・・じ、じゃあ剣は・・・剣術は・・・」

「うむ・・・残念だが・・・」

 いつもは気さくなハイラムも沈痛な面持ちで俯いた。

「そんな・・・」

 テオは普段は陽気で自由奔放だが皆をぐいぐい引っ張っていく若手のリーダー的存在でタケルは好意を持っていた。強引にbarに連れていかれたり、振り回される事も多いが気軽に相談にも乗ってくれる最近は兄の様だった。

 そして剣術に関しては年下のタケルに教えを乞うほど真っすぐで誰よりも向上心があった。

「あのテオさんが・・・」

 タケルは膝の力が抜け、片手をテーブルに付いた。

(手を吹き飛ばされた?!そんな・・・ウソだ!)ショックで腰が砕けそうだ。

「・・・ケル・・・」

「・・・」

「タケル!」

「・・・?!は、はい・・・」

 ロランに呼ばれて目の前にいた笑顔のテオが消え、現実に退き戻った。

「私が何故ルイーズではなく君を連れて来たかわかるかい?」

「それは・・・、今回の作戦は攻撃ではなく防御なので、ルイーズさんより魔力支配領域≪レジオン≫の広い俺の方が適していると考えたから・・です・・」

「うむ、分かっているじゃないか。君がしっかりと役目を果たしてくれないと非常に困るのだ。気持ちは分かるが今はテオの事は考えるな。現状を疎かにすれば被害は拡大してしまう」

「分かりました・・・」

「事態の真相を知る為にも潜伏しているブリュセイユ兵の捕獲が急務だが我々は明朝から索敵に出ることにしよう。それまでは皆ゆっくり休め」

「了解」

「ハイラム、何か事態が動いたら知らせてくれ」

「はっ!了解」


 タケルはあてがわれた小さな個室のベッドに突っ伏した。

(切り替えなければいけない、今テオさんの事を一生懸命考えてもなんにもならない。迷ったまま戦場に出たら死ぬかもしれない。全部わかってる!わかってるんだ!・・・でも!)

 心配する気持ちを押し殺すなんてできない。俺は機械じゃない・・・。

 一日中馬での移動で体はくたくたに疲れていたが、テオの事が頭から離れず、なかなか寝付けなかった。寝ているのか起きているのか自分でも良く分からないまどろみの中、ゆっくりと時間が過ぎていった。


 翌早朝ニコラがタケルを起こしに来てくれたのだが眠りが浅かったのだろう、ニコラがタケルの部屋に近づいた気配で目が覚めた。

 ニコラと共に指令室に入ると、ハイラム以下第三騎士団のメンバーは既に出動した後で不在であったが、近衛隊の6名の他に見慣れない風貌の男が二人いた。

 彼らはタケルよりも細身で小柄なのだが良く見ると頭には獣の様な耳が立っており、太くふさふさの尻尾が左右に揺れていた。

「わっ!?」

 タケルは思わずニコラの背に隠れた。

「どうしたタケル?」

「そ、その人、耳がっ!尻尾がっ!・・・」

 小柄な二人は慌てふためくタケルに顔だけ向けて鋭い視線を飛ばした。

 顔だちは人の様だが眼球の黒い部分は小さく、獣のそれに近い。

「ひ!・・・」

「はは。落ち着けタケル、獣人を見たのは初めてか?心配するな喰われたりはしない」

 ニコラの二の腕にしがみつくタケルが半分だけ顔を出した。

「じ、獣人?」

 タケルのあまりの驚き様に皆クスクスと笑った。

「我々の連絡用に二名手配してもらったのだ。栗色で少し背の高い方がポーロで白くて小柄なのがカルゥだ」

「は、初めまして、よろしくお願いします」

 戸惑いながらも挨拶をしたタケルだったが二人の獣人は僅かに手を挙げただけでプイと横を向いてしまった。

「では我々も出るぞ」

「はっ!」


 一行は砦を出た後、ロラン、ダニエル、ベルナール、ポーロの隊とピエール、ニコラ、タケル、カルゥの隊の二手に分かれて潜伏しているブリュセイユ兵の捜索に加わった。


「どうした?お前、そんなに獣人が怖いのか?」

 ブリュセイユ兵が潜伏していると思われる北部の森に向かう途中、獣人のカルゥを気にしてか、チラチラと観察するタケルにニコラが声を掛けた。

「い、いえ・・その、挨拶した時もそうなんですけど、トシを聞いても答えてくれないし・・・最初の印象が悪すぎて嫌われちゃったのかと・・」

「わっはっは!」

 しゅんとするタケルを見てピエールとニコラは顔を見合わせた後大笑いした。

「?!な、何がおかしいんですか??」

 先頭を歩いていたカルゥも足を止めてタケルの方を振り向いた。

「そりゃあ、だってお前・・・あはは」

「??」

「タケル、獣人は話せない」

「え?」

「獣人の知能は高く、我々の言葉も理解するが、口や喉の形が異なるので話すことはできないんだ」

「そ、そうなんだ・・・。ていうか、そういう事はもっと早く教えてくださいよっ!カルゥさんから見たら俺って、凄くヘンなヤツじゃないですか!」

「はは。タケルは本当に知らなかったんだな、悪かったって、そう怒るな」

 3人のやり取りを見て、カルゥもニヤっと笑った。

「それで、どうしてカルゥさんやポーロさんが一緒に行くんです?」

「そうだな、じゃあ、ついでに説明しておこう」

 ピエールは足を止めて説明を始めた。

「獣人の生活圏はヨミル山脈の麓にあるので、アシハール三国の中で山脈から一番遠いローゼンヌ王国領ではあまり見かけることは無いが、彼らはここに出稼ぎで来ているんだ」

「仕事ですか?」

「うむ、そうだ。獣人の知能は我々と変わらないが、手足が人と獣の中間の様な形状で創作には向いていない。それで、衣類や生活必需品を買うための外貨を稼ぎにきているんだ」

「戦場はコレが良いからな」

 ニコラが人差し指と親指で丸を作ってニヤりと笑った。

「獣人は剣等の武器は持てないが我々とは桁違いに身体能力が高く、方向感覚が優れているので部隊間の伝令に重用されているんだ」

「そうなんだ。でも、話せないと何かと不便では?」

「細かな指示は文書を持たせないといけないが簡潔な連絡事項は合図を決めておけばさして不便はない。例えば人差し指一本を立てたら”部隊合流”中指なら”撤退”人差し指と中指なら”合流後撤退”とかだ」

「なるほど(手話みたいなものかな?)」

「それから補足だが彼らの中には文字を読める者や、なんとか書く事の出来る者もいるが、戦場で伝令として働く獣人は皆ほぼ読み書きが出来ない」

「??・・」

「読み書きが出来ないと万が一取っ捕まった時伝令書さえ処分してしまえば自白を強要させられないから安全なんだ。」

「ああ!」

「ま、森を高速で駆け回る獣人を捕まえるとか矢で射るとかほぼ無理だけどな」

 ニコラの言葉にカルゥが誇らしげにニカっと笑った。

 カルゥのお陰でテオを心配するタケルの気がまぎれている様でピエールは少し安心した。

「よし、おしゃべりは終わりだ。この先は会敵する可能性があるエリアだ。締めていくぞ」

「了解!」

「はい!」



 先頭を行く獣人のカルゥは草木が生い茂り、足場の悪い森を易々と進んで行く。タケルは付いて行くだけで精いっぱいだ。

 太陽は地平よりも上に出ているが背の高い木々が光を遮り薄暗く視界も悪い。

「タケル、剣は抜いておけ。こういう所で襲撃されると、草木が邪魔で咄嗟の対応が出来ない」

「は、はい!」

(!・・・なんだ?)

 ピエールに促されて抜剣した瞬間僅かだがタケルの右腕全体にピリピリと電気が走った。

(ルイーズさんの魔力を受けた時と感覚が似ている・・・)

 ピエールに声を掛けようと思ったが、タケルは遅れ気味で前を行くピエール、ニコラとは少し距離があった。

 ピエールを追って行ったら今の位置が分からなくなってしまう。

「伝えたい事があるときは近寄って耳元で」と指示を受けていたタケルは出掛かった声を飲み込み、小隊から離れ、右方向に進んだ。

 すると数歩進んだところで足場が崩れた。

「(わっ~~~!!)」

 傾斜を10メートル程滑落して止まった。

「(~~~イテテ・・・)」

 尻もちをついたが装具のお陰で擦り傷も無いようだ。

 タケルは顔をしかめながら元居た場所を見上げた。

「(随分滑り落ちちゃったな・・)」

 上まで戻るのは大変そうだ。上りやすそうな場所を探そうか?

 そう考えながら目線を水平に戻すと真正面に”何かが居た”。

(?!)

 いや、正確には”何かが居る気配がした”。

「(なんだ・・?)」

 タケルは腰を浮かせて首を前に突き出して薄目で前方を凝視した。

 !!!

 ”何か”と目が合った。

 刹那”何か”が飛び出しタケルに向かって突進してきた。

 キラリと光る刃物が見えた。

「(うわっ!!!)」

 カァンッ!金属音が鳴り響く。

 タケルは咄嗟に剣を左上方に跳ね上げ飛び退いた。

 しかし尚もシュッ!シュッ!という風切り音と共に刃が煌めく。

「(っ!!)」

 タケルは日本剣道形の三本目に近い動きで左右に受けつつ更に退いた。

「(何がどうなっている?!)」

 攻撃が止まったところでタケルはひとつ深呼吸して前方を注視した。

「(草木を張り付けている?・・いや、違・・・迷彩だっ!)」

 敵騎士は迷彩色のプレートメイルを装着していたのだ。

 更に異様なのは兜から除く”目”だ。視界を確保する為に当然目の部分は開かれて

 いるのだが、恐らく顔を黒く塗っているのだろう、目の周囲の僅かな部分にも肌色が無い。

 漆黒の中に白い両眼だけがぎょろりとこちらを見据えている。

「(ひ・・・!!)」

 構える得物も変わっていた。左手を前にして前方に突き出している剣は槍の様だが先端は突然スパっと無くなっていてわざわざ下部に短剣が取り付けられている。一直線上に穂(刃)がついていないのだ。しかも柄部分は後ろに行くにつれて徐々に太くなっていて柄頭は斧の様な形状をしている。

 こ、こいつは・・ヤバい・・・!。

 タケルの脳内で危険を知らせるアラームが大音響で鳴り響く。

「(なんなんだこれは・・お、俺は何と相対しているんだ?!)」

 迷彩のプレートメイルのせいで背格好の判別も出来ない。不意を衝かれたらどうなっていたか?敵の存在に気付けたのは幸運と言える。

 と、数秒停止していた異形の槍使いが動いた。

 両足を踏ん張りその場で槍を突き出してきた。

 次の瞬間、タケルと槍使いの間の空間がスパークし、エネルギーが刃となって周囲に突き刺さった。

「!!」

 槍使いが精霊魔力を開放したのだがタケルの魔力で相殺されてエネルギーが飛び散ったのだ。

「せ、聖騎士!」

 ーーうぐっ!!ーー

 何者かがうめき声をあげた。

 良く見ると槍使いの後方にもう一人いた。恐らく魔力のスパークを想定していなかったのだろう、槍使いも驚き後ろを振り返る。

 槍使いと同じく迷彩のプレートメイルを身に着けた騎士が一人蹲っていた。

 タケルと槍使いは聖騎士なのでダメージは皆無だが、普通の人間はそうはいかない。敵味方関係なく光の刃は突き刺さる。

 槍使いはタケルに向き直ると再び突進してきた。

「く・・」

 キンキンッ!と鈍い金属音が鳴り響く。

 タケルは鋭い連続の突きを払い、叩きながら後退する。

 ここは試合会場では無く、区切られた白線も存在しない。いくら鋭い攻撃でも単調な直線の攻撃は退いて守れば躱すのはそれほど難しくはない。

 槍使いの攻撃を幾度か防いでいると微かに足元に違和感を覚えた。

 川ではないがちょろちょろと水が流れている。

「!」タケルははっと気づいた。

 周囲を見渡すと、蹲っていたもう一人の騎士が見当たらない。

 槍使いはわざと躱しやすい攻撃を続け、仲間を逃がしつつタケルを足場の悪い場所へと追い込んだのだ。

 タケルの不安は一気に膨れ上がり、額から冷たい嫌な汗がしたたり落ちた。

 敵は明らかに戦い慣れている。経験値はタケルよりも数段上だ。

「(・・・でも、テオさんをやったのはこいつだ。絶対、絶対に仇を討つんだ!)」

 対聖騎士戦は言わば大将戦だ。敗れればパワーバランスが崩れ、イネスやミラ、ローゼンヌ王国が危機に見舞われる。自分の死だけでは済まない。

(負けられない!)

 沸々と闘志が湧いてきた。

 タケルは中段に構え、兜から覗く白い目を真っすぐに見据え、前に出る機を伺った。

 これ以上は退けない。泥濘に足を取られれば致命的だ。

 対する槍使いは構えも独特だ。左手足が前、右手足が後ろの左半身の構えだが、半身というよりはほぼ真横を向いてしまっていて顔だけ正面を向いている格好だ。

「(・・・なんだ・・・?)」

 初めて相対する剣術だが何故か何処かで見た様な気がした。

 しかし直ぐには思い出せそうにない。

(今はこの戦いに集中しなければ!)

 タケルは考えるのをやめ、今一度槍使いをじっくりと観察する。

 槍はタケルの身長程もありなかなか攻撃機会が生まれない。更に攻撃の際は左手をスライドさせて槍の長さと間合いを調節しながら色々な距離で突いてくるのでとても厄介だ。

 タケルが中心を取り、面を狙うには左方向からの攻撃が望ましいが中段の構えは右手足が前であるため左回りは出来ない。足がクロスしてしまうからだ。

 右へ右へと回りながら装甲の薄い相手の左小手を攻めるのが良さそうだ。

 タケルは僅かに体を前後させながら剣先を右側に入れ右にに移動する。

 迷彩の槍使いも小刻みにステップを踏みながら自身の左小手を守るように左に移動した。

 右から攻めたいタケルと左側を守りたい槍使いが互いに相手の剣を抑え、払いながらタケルから見て右方向にじりじりと平行移動する。


 と、槍使いが前に出た。ダッ!と左足を踏み込み直突。

 左上方に弾き後退するタケル。

「たぁぁぁぁぁっ!!」

 タケルは槍使いの二撃目の突きに合わせて鋭く間合いを詰めた。

 槍使いはタケルの剣を左下方に抑え込む。

 タケルは負けじと最大パワーで剣を左上方に押し返し前に出ようとするが、槍使いは更に前に出ながら自身の左膝に左肘を押し当て体重を使って更にタケルの剣を左下方へ押し込んだ。

「!!」

 槍使いの想定外の力技で押し負けたタケルは右膝が崩れて前のめりとなり勢いよく地面を転がってしまった。

(ま、まずいっ!)

 タケルは槍使いの位置、構えを確認しながら一回、二回と転がり、片膝を付いた状態で素早く起き上がった。

 ダンっ!

 追ってきた槍使いは無表情無言のまま鋭い踏み込みで突きを落とす。

「くっ!」

 タケルは素早く立ち上がると槍を左に弾き思い切り体を槍使いにぶつけた。

 ガンっ!とお互いの額が激しくぶつかり両者共数センチ後方に体がブレた。

 一瞬動きの止まった両者だったが、軸足に力を籠め、素早く体をぶつけ合った。

 密着状態で互いの額から鮮血が滴る。

「はーーー。はーーー・・・」

 緊張と慣れない環境での命のやり取りに大汗をかき、肩で息をするタケルだが終始無言無表情の槍使いは全く呼吸が乱れていなかった。それどころかこの至近距離でも呼吸をしているかどうかすら分からない。

「(つ、強いっ!・・・)」

 タケルの脇を締めたオーソドックスな鍔迫り合いの姿勢とは対照的に槍使いの左手はタケルの右顔面付近右手は右わき腹あたりという初めて見る形だ。

 槍使いの穂は完全にタケルの頭上にあり、流石にこの態勢からの攻撃は考えにくい。

(引き面で相手の動きを止めて踏み込んで斬る!)

 経験の差が大きいうえに通常の間合いではリーチ差で攻撃自体が難しい。

(今しかない!)

 意を決し、勝負に出る。

「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 気合を入れ自身の気を高める。

 右、左と体を振ってフェイントをかけた後、思い切り両手で押し、振りかぶりながら一気に後方に下がった。

「!?」

 しかし、槍使いは離れなかった。正確にはタケルを上回る速度で前進したのだ。

 それまで右足を軸に攻撃していた槍使いは一変、鍔迫り合いから左足を軸にして右足で踏み込み、遠ざかるタケルに突進したのだ。

 そしてそれまで常に右腰の位置にあった右拳を下から振り上げる。その右拳には斧の様な形状の巨大な柄頭が握られている。

「(ーーーこ、これは・・!)」

 瞬間、危険を感じたタケルは面を諦め、全力で体を左に捻る。

 が、ボクシングのアッパーカットの様なフォームで放たれた柄頭の一撃はタケルの腹部に命中した!

「がはっ・・・・!!」一瞬呼吸が止まる。

 腹部の装具が破壊され砕け散る。

 体を捻った分だけ槍使いの攻撃は僅かに威力が逃がされたがそれでも強烈な攻撃で下から打ち上げられ、タケルは捻った方向に空中で一回転し、地面にうつ伏せで倒れた。

「ウウ・・、ウグ・・!!!!(あ、あばらが逝ったかもしれない・・・)」

 このままの姿勢では居られない。見上げると槍使いが止めを狙い迫って来ていた。タケルは猛烈な痛みに堪えながらその場で腕立て伏せをし飛び起きると片手突きを放った。

 左片手突きは左腕の長さが足される為、敵の槍より僅かだが遠間から打てる。

「ツキィィィ・・・・・・・・・!!」激痛で声が潰れた。

 カァンッ!

 槍使いはタケルの突きを事も無く上方に弾くと右足で踏み込み、再び柄頭を叩きこむ!。

 しかし、これをタケルは読んでいた。体をやや左に開きフリーになっていた右手で”アッパー”を勢いを殺して受け止め、顔を顰めながらもあらん限りの力で左方向に押しやった。

「~~~ァァァァァァ!!!」

 同時に自身は右方向に跳び距離を取る。

 思わぬ反撃で体を振られた槍使いは一回二回と前方に回転し立ち上がって振り向くと一瞬だが驚いた様に僅かに目を見開いた。

「床尾打ち!(そうだ・・・知っている・・・俺はこの技を見たことがある!)」

 思い出した。タケルが小学生の頃、草薙練成館で木銃を振る自衛官南方の姿を。

 最近はすっかり老け込んでしまった祖父も自衛隊を定年退職した南方も稽古着を着けることは無くなって忘れていたが、間違いない。

「あれは銃剣道、銃剣格闘・・・!」

 迷彩の装具≪プレートメイル≫というのも納得がいく。

 タケルは立ち上がり肩で息をしながら中段に構えた。

 槍使いもゆっくりと構え直す。

 彼も日本人なのだろうか?自衛官なのか?話せば通じるのか??

「(いや!)」

 タケルは首を振った。戦場で自衛官が手心を加えたりはしないはずだ。今考えなければならないのは目の前の敵をどうやって撃退するかだ。

 話をするにもその後だ。

「(どうする、どうすれば!?・・・。アイツに勝てるのか?!)」

 自衛隊は野戦のプロだ。今生きている事が奇跡的なのかもしれない。

 夢中で戦ってきたのだがにわかに恐怖心が芽生えた。

 額の傷は自己回復≪ヒール≫で既に消えていたが骨折等は修復できないのだろうか?脇腹は未だ激痛で力が入らない。額から汗が滴り蓄積されたダメージと恐怖で足がガクガクと震える。

「(だめだ!)」

 この場面で弱みを見せてはいけない。

 タケルは両足を踏ん張り、震える足を抑え込み精一杯の構えを見せた。


 ザ・・・。

 迷彩の剣士が一歩踏み出し、静寂を破った。

 その時!

 ピーーーーーーーーーーーッ!!

「(なんだ?!)」

 口笛の様な高音が響き渡り、迷彩の剣士の背後に複数の影が現れた。

 10人、20人・・・木々が生い茂る森の中で正確な人数は分からないが100は居るだろうか?

 同時にタケルの背後にも部隊が姿を現した。

「はっ・・!!」

 気配でタケルが振り向くと大勢の味方がいた。第三騎士団だ。近衛隊隊長のロランやピエールの顔も確認できた。

 両軍が対峙し緊張が走ったが、迷彩の剣士が素早く後方に下がると、敵は部隊ごと静かに森の中に消えた。

「タケル!大丈夫かっ!!?」

 ロランを先頭に近衛隊の面々が駆け寄る。

 緊張の糸が切れ、タケルはがっくりと膝を折り、両手を地面に突いた。

「見逃された・・・・」

 なにも出来なかった。

 テオの仇どころか一撃も入れられず一方的にやられた。

 そして最後は味方に助けられた。

「タケル・・」

 ピエール手ががタケルの肩に置かれると、涙があふれた。

「すみません、負けました。俺、なにも出来ませんでした・・・テオさんの仇なのに・・・!!。途中恐ろしくなって・・・すみません、すみません・・・」

 この世界において聖騎士の負けは部隊の敗北である。

「何を謝ることがある!タケル、聖騎士同士の戦闘で生き延びたのだ。君は負けてなどいない!」

 ピエール、ニコラ、ベルナール、ダニエル、獣人ポーロ、カルゥも「そうだ!」と、大きく頷く。

 たしかに生き延びた。しかし気持ちで負けた上に見逃された。

 悔しさが溢れ出る。

「おおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!」

 右拳で思い切り地面を突いた。

 木々の間から覗く空はいつの間にかどんよりとした雲に埋められぱらぱらとにわかに雨が降って来た。


 雨はタケルの落とす涙と共に地面を濃い茶色に変えていった。



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