それぞれの目標
「あの・・・ミラちゃん、私ここに来て良かったのかな・・・」
「な、なに言ってるのよっ、私達は招待されたんだから堂々としてたらいいのよっ!(ってお母さんが言ってた・・)」
「で、でも・・・・」
ミラとアネットの眼前には複雑な形状の巨大な建造物が聳え建っていた。
王都学校よりも大きい屋敷は青々とした芝が敷き詰められた広い敷地に建っており、敷地の中央付近には湧き水を溜めた人工池があった。
「と、とにかく中にはいるわよ」
「う、うん・・・」
「あの、ルイ坊ちゃんのお客様でしょうか?」
ミラが建物の中央付近にある玄関のノッカーに手を掛けようとしたとき、植え込みの手入れをしていた女性が声を掛けた。
「は、はい!」
「ご案内しますのでこちらへどうぞ」
イネスよりも少し若く見える女性が笑顔で案内してくれた。
玄関から屋敷内にはいると煌びやかなホールがあって、二人は二階へと続く螺旋階段を上がった。
「こちらで御座います」
エンジ色のふかふかのジュータンを時々方向を変えながらどんどん奥に進んでいく。
白を基調とした壁や天井は掃除が行き届いていてピカピカだ。
「ミ、ミラちゃん・・・どこまで行くのかな?私、もう一人で帰れない・・・」
「ま、魔界に来たわけじゃないんだから大丈夫よっ」
ミラは不安というより怯えた顔のアネットを見ると「私も・・・」とは言えなかった。
ミラの魔界発言に案内の女性は声を殺して笑った。
アネットがミラの腕に縋って小声でささやいた。
「もうすぐでございます」
女性に聞こえていたようで振り返ってにっこり微笑んだ。
「ひ!」
案内してくれている女性にもビビるアネット。
(あ、あはは・・・)
最早食べられたりしないかと心配している様なレベルだ。
「こちらのお部屋で御座います」
沢山の部屋の前を通り、ほんの少しの階段を上ったり下りたりしながらようやく目的地に辿り着いた。
コンコンとドアをノックすると中から微かに声が聞こえた。
「お客様をご案内いたしました」
「やあ!良く来てくれたね!」
扉が開くとルイが笑顔で迎えてくれた。
「ほ、ほんじつつはお、お招きありがとうございます・・・」
「あ、あの、有難うございます・・」
「いえいえ、どういたしまして。待ってたよっ!さ、入って入って」
室内にはルイ以外にに少年が一人と二人の少女がいた。
「紹介するね。こちらはミラ・クルーゾーさん。お隣はアネット・セローさん。二人とも僕の大切な友人です」
「は、初めまして、ミラ。クルーゾーです」
「アネット・セローと申します・・よろしくお願いいたします・・・」
「こちらこそ、初めまして。ロシュフォール侯爵家のエヴァンです」
エヴァンはミラよりも頭二つほども背が高く近づくと天井を見ている様な姿勢になった。
「私はマルソー伯爵家のサブリナよ。ルイが平民の子を招待するって言ってたからどんな子がくるのかとても楽しみにしていましたのよ。よろしくね」
気の強そうな目力のあるサブリナはボリュームのあるアッシュグレーの髪に見事な細工の銀の髪飾りをしていた。
「ジラルド伯爵家のロミーです。ルイとは席が隣同士であなた達の事は色々聞いてるわ。さ、座りましょう」
腰まであるストレートヘアのロミーはサブリナとは対照的で同い年ながら品のある優しそうな笑顔が印象的な美人だ。
豪華な装飾が施された椅子に座るとルイがお茶を淹れてくれた。
ミラが立ち上がって恐縮していると。
「大丈夫ですよ。今日は給仕の者は頼んでいないので僕が」
「あ、ありがとう」
ルイは慣れた手つきで陶器のカップにお茶を注いだ。
ミラは初めて見るデザインのカップに顔を近づけて凝視する。いつも飲んでるお茶とは香りも全く違う。
「さ、どうぞ。アネットも」
高価そうなカップを慎重に口に運ぶ。
「わぁ・・・」
初めての亜麻色のお茶はほんのり甘く一瞬で異国に旅した気分になった。
ミラは目を丸くしてもう一度カップのお茶を見た。
「うふふ。お気に召して?」
「は、はい!こんなお茶初めていただきました。甘いんですね」
「お砂糖を少し入れてるのよ。このお茶は私の父がソミニア公国から取り寄せたものですのよ」
サブリナが自慢げに胸を張った。
「へ~!凄いっ!・・・そ、ソミニアって、どこかしら・・??」
「ソミニア公国はヨミル山脈の向こう側にあってアスハール諸国とは違う文化を持つ国だよ」
「でも今はゴズワールが北の国々との国交を遮断してしまっているからこのお茶はとても貴重なんですのよ」
エヴァンとサブリナが説明してくれたがミラは今までヨミル山脈の向こう側の事など考えたことも無かった。
「そ、そうなんだですのね・・」
「あは。ミラ、普通で良いから」
「うふふ」
なんとなく貴族のお茶会ぽくサブリナの口調を真似してみたが上手くできなくて皆に笑われてしまった。
「アネットはセローさんのとこの娘だから僕達よりも詳しいんじゃない?」
ルイの言葉に皆一斉にアネットを見た。
「セローってどこかで聞いたことがあると思っていたのですが、セロー商会だったのですね?!」
ロミーが嬉しそうに声を上げた。
「あの、北の国には行ったことはないけど、ニネ公国で頂いたことがあります・・」
アネットはいつものようにうつむき加減でもじもじしながら小声で言った。
「え?!そうなの?アネット」
こんなに高価そうなお茶を飲んだことがあるなんて・・ミラは意外そうにアネットを覗き見た。
「う、うん」
「さすがセロー商会は手が広いですね」
「ああ、そうか、ニネ公国は今はゴズワール領だから北方の品物が流れてくるんだろうね」
前の戦争でゴズワールに占領されたニネ王国はゴズワール王の縁者による統治に変わり、ゴズワール領ニネ公国として現在に至っている。
「そうだわっ!じゃあ、今ニネ公国で流行っている指輪の事をご存じではなくて?」
「ニネ公国では指輪が流行ってるのかい?」
エヴァンが不思議そうに言った。指輪などいくらでも流通しているし、珍しいものではない。
「あの、魔石の指輪のことかな・・?」
「そう!それよ!」
身を乗り出したサブリナに驚いて引き気味のアネットだ。
「じゃ、杖みたいに使えるんだ?でも、それなら杖でいいんじゃないかなぁ」
「もう!、これだから男子は困りますわ」
「イヤねぇ」
サブリナとロミーが顔を見合わせて同意する。
「はは・・・」
エヴァンは少し罰が悪そうだ。
「良いですこと?」
サブリナはお茶の湯を沸かすためにサイドテーブルに置いてあった杖を手に持った。
直径3センチ程の魔石がはめ込まれている長さ30センチの金属製の杖だ。
「杖は魔力の弱い私でもお湯を沸かしたり火を点けたり出来るとても便利な物ですけれど少し重いし、なにより作りも見た目もオシャレではないのであまり持ち歩きたくないの」
「でも持ち手は魔石と人の触媒の役目をする緋色金≪ヒイロカネ≫で出来ていているから重くて見た目が良くないのは仕方がないことだよ」
「そんなことわかっていますわ!」
エヴァンの言葉に一瞬で不機嫌になるサブリナ。
「まぁサブリナ、落ち着いてくださいな。それでそういった事をすべて解消する凄い物が最近ニネ公国で売り出されたらしいの」
ぷいと横を向いてしまったサブリナの代わりにロミーが説明した。
「それが魔石の指輪なんだ?」
「そうです!」
「なるほど。宝石の代わりに魔石を使って、リングの材質を緋色金≪ヒイロカネ≫で作ったんだね」
そういう事!とサブリナはエヴァンに大きく頷いた。
「しかもリングには緻密でとてもかわいい彫刻がされていて女性に物凄く人気でなかなか手に入らないのよ」
「それは一度見てみたいですね!」
「でしょう!」
ルイも少し興味が湧いてきたようだ。
「あの・・その指輪はニネ公国の平民の女性が考えて作ったそうです・・」
「まあ!そうなんですの?」
「へー!そうなんだ!凄い婦人がいるんだね!」
「アネットは良く知ってるんですね!実は持っているとか?」
「あの・・・私は持ってないけどお母さんが・・・」
「持ってるんだ?!」
「羨ましいわ~!」
「アネットさん、お願いがありますの!次手に入りましたら私に譲って下さらないかしら?!勿論お代はきちんとお支払いします!」
真剣な表情でアネットに迫るサブリナ。
「わ、分かりました・・帰ったらお父さんに・・」
「ほんとですか?!有難う!約束しましたわっ!嬉しい!」
「えええ?!では、私もお願いします!」
まだ”予約”の段階なのだがサブリナとロミーは大喜びだ。
「ミラもお願いしておいたら?」
「う、うちはお母さんが杖が要らないし・・・」
「ミラちゃんのお母さんは魔力が強いんだね」
「うん。・・・・」
楽しい雰囲気を台無しにしてしまいそうで流石にアネットや皆の前でそんなに高価そうな物は買えないとは言えなかった。
「ミラには僕からプレゼントするよ!」
そんなミラを察してルイが言った。
「!」
「!あらぁ、よかったじゃない」
「え!そ、そんなの悪いわっ!・・・」
「良いじゃない、くれるというのなら頂いておいたら?オークレイル家のご子息からの贈り物なんて羨ましいですわ」
「でもルイ、どういう風の吹き回しだい?」
不思議そうにエヴァンが聞いた。
「僕は、僕達兄弟はミラのお兄様にとてもお世話になっているのでお礼です」
「これはこれは・・・天下のオークレイル家が世話になっているって何があったんだい?」
「実は僕は以前ミラのお兄様に助けていただいたことがあって、ほら、先日王宮から発表があった新しい聖騎士様はミラのお兄様なんだ」
「!!」
「え・・・!!」
「ええええええ!!!?」
ガタガタッ!
一斉に全員が立ち上がり、声を上げた。
「ま、またルイったら、質の悪い冗談ですわ!」
「あれ??あは。・・冗談なんかじゃないよ、ホントだから。ここにその妹のミラが居るんだから直接きいてみたら良いと思うよ」
皆一斉に驚愕の表情でミラを見た。
「で、でも、新しい聖騎士様はたしかクサナギという聞き慣れない家名でしたわ。ミラさんはクルーゾーですよね??」
「い、色々あって話せないことが多いんだけど、タケルはうちで一緒に生活しているのはホントよ・・」
「あの、こ婚約とか?」
「な!?そ、そんなワケないじゃないっ!タケルとはそういう関係じゃないわよっ!」
アネットの思わぬ突っ込みに狼狽えるミラ。
「せ、聖騎士様を呼び捨て・・・」
「え?!、ああ、いえ、その、だ、だってタケルはタケルだものっ」
「・・・」
「ほ、ホントなのね!」
「ミラちゃん凄い!・・・」
「私は何も凄くないわよ・・」
「ルイがお茶会に平民の子を呼ぶって聞いて珍しい事をするなぁって思ってたんだけど、そうかぁ~こういう事だったんだね~」
自分がタケルの妹だから誘って貰えたのだろうか?ミラは少し寂しい気持ちになった。
「た、タケル様とお近づきになれたのはとても嬉しい事だったけど、ミラをお茶会に誘ったのは、それとは関係なくて、もう少し仲良くなりたいって思って、それで!」
沈んだミラの表情を見て察したルイが顔を赤くし取り乱した。
「あらぁ?」
「お、お前のそういう顔初めて見たよ」
「あ、いや、僕は・・・その」
ミラは一瞬「え?」という表情をして下を向いてしまった。
なんだかよく分からないがにわかに胸が高鳴って顔が熱くなった。
(な、なんだろう・・・)
ルイと初めて会った入学式からこういった気持になる事が時々ある。嬉しいと恥ずかしいがごちゃまぜになった感情を友達に知られたくないミラは頑張って平静を装った。
「ルイってそういう顔もするのですね~」
「ろ、ロザミー・・・」
「うふふ。はいはいルイの事は今度ゆっくり聞くことにするわ」
「また今度って・・・」
難を逃れた感じのルイだったがいつか自分の話題を蒸し返す予告をされて苦笑いだ。
「ねえミラさん、タケル様ってどんな方?」
「あ!、私も知りたいですわ!」
アネットまでうんうんと頷いている。
「た、タケルは・・・物凄いのんびり屋でおっちょこちょいで人の話をあまり聞かない、家事だってまるでだめで、未だに水汲みと薪割りしかできない超絶不器用な子よっ」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
あまりの言い様に固まる一同。
「あは。ミラ、その言い方はちょっと気の毒だよ。とっても優しい方でもありますよね?」
「・・・優しいと言えば・・そうね、優しいわ」
「でしょう?ミラが入学出来たのはタケル様が頑張ってくれたからですよね?。近衛騎士団からお給金が出るのを知らなくてうちに働きに来たときはびっくりでしたけどね!」
「えええええ?!ということはタケル様が畑仕事をしてたのですか?!」
おっとりした感じのロミーが目を丸くした。
「そ、それに、タケル様は普段水汲みや薪割りをしているのかい??」
「あの、ミラちゃん、聖騎士様を”子”って言ったの・・・」
「え、えーと・・・あ、あはは・・」
皆からの総突っ込みに返事に詰まるミラ。
「た、タケルってそんなに人気があるんだ」
「そりゃあそうさ。突然異国から来られて騎士学校も騎士団もすっ飛ばして王国史上最年少で近衛騎士団に入隊、その上初陣の”宮廷事件”ではアデール姫をお救いした英雄だ。未婚の女性は皆どうしたらタケル様に近づけるのかやっきになってるよ」
「(タ、タケルって英雄なんだ・・)み、みんな、詳しいのね」
「御伽草子の主人公の様な物凄い経歴なのに誰も素性を知らない謎の聖騎士。ここ最近はどこのパーティに行っても新しい聖騎士様の話題で持ち切りだからね」
「どちらに住まわれているのか誰も知らないという謎は今解けましたけど。うふふ」
ロミーはミラの方をちらりと見て言った。
「そうですわね。当然大きなお屋敷か王宮にお住まいだと誰もが思いますわ」
「でも多分タケル様にとって住む所なんてどうでもよい事なんですよきっと」
「何故ルイにそんなことがわかるのかしら?」
「タケル様は”様”って呼ばれるのがあまりお好きではない様で、普通にタケルって呼んでくれと言われたんです。精霊魔力と剣術のウデ以外は本当に普通の方なんです。さすがに呼び捨てはできないのでタケル様ですけどね。あは」
「ますますお会いしたくなりましたわ!。ミラさん、お願いです。タケル様に、お兄様に合わせて下さいませんか?」
「サブリナ、抜け駆けは許しませんよ!指輪の事と良い独り占めはいけません!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて、じゃあ、ここは公平に次のお茶会に来ていただいたらどうかな?」
「!!」
「まあ!それは良い考えですね!」
「・・・という事でミラさん、次のお茶会にタケル様をお誘い出来ないかしら?」
「えええ・・・言ってはみるけど本人が嫌だって言ったら無理には連れてこられないからね」
「ありがとう!ミラさん、次のお茶会が楽しみですわ!」
「で、でもホントになんにも出来ない子なんだからね!背だってルイよりちょっと高いぐらいだし、イケメンじゃないし、あんまり期待しない方が・・・」
ロミーとサブリナのあまりの喜びようにミラは少し心配になって言った。
「まぁ、ミラさんたら。ヒドい言いようですけど、剣のウデはテオ様が舌を巻くほどでミラさんを学校に入れるために畑仕事もする優しい方なんでしょう?。伴侶としてこれ以上望むことはありませんわ」
「は!伴侶!!?」
サブリナの華やかな笑顔の奥に草食動物を狙う野獣の様な殺気を感じてミラは一瞬身震いしてしまった。
一気に口説き落とす気満々の様だ。
「サブリナ、さっきも言いましたが・・・」
「わかっています。一人で会いに行ったりしませんわ!」
「はは、こりゃあ聖騎士様も大変だ」
火花を散らすロミーとサブリナに男性陣は困惑気味だ。
「そういえばルイ、テオ様はBクラスに昇級したそうだね、おめでとうございますと伝えて貰えるかな?」
「有難うエヴァン。でも兄様の所属している第三騎士団はローテーションでブリュセイユとの国境にある砦に向かったばかりで次に王都に帰ってくるのは半年後だから手紙を送ってはどうかな?砦では娯楽が少ないから手紙が届くのが嬉しいって言ってたし。」
「そうか、じゃあ、手紙を書くことにするよ」
現在王都に駐屯しているのは第一騎士団で、半数は休暇を取り、半数は王都を守護しつつ剣の修練をしている。
ローゼンヌ王国の三つのナンバー騎士団はブリュセイユ王国、ニネ公国との国境の北砦、ゴズワールとの国境の北砦、そして王都守護を担っており、それぞれ3か月周期でローテーションして任務に当たっている。その為、北砦に向かったテオの所属する第三騎士団は3か月後に西方の砦に移動し、また3か月後再び王都に戻ってくるのだ。
ミラはエヴァンを見つめた。エヴァンとルイの兄テオはそんなに親しいのだろうか?
「ん?男が男に手紙を書くのはおかしいかい?」
ミラの不思議そうな顔を見てエヴァンが言った。
「い、いえ、ごめんなさい!そういうんじゃないけど・・・」
「テオ様は僕の剣の師なんだ。小さい頃から指導して貰ってて僕の目標さ」
「そうなんだ」
「ロシュフォール家は優秀な人材を代々騎士団に送り出している名門でエヴァンも幼少の頃から剣の修練をしていて騎士団入団を目指しているんだ」
「あの、・・・エヴァン凄いんだ」
「いやいや、王都学校卒業して騎士学校に入って、そこで優秀な成績を残さないと騎士団には入れないから、僕なんてまだまださ。これから凄くなるんだよ」
「あは。自分で言うんだ」
ルイのツッコミはスルーして胸を張るエヴァン。
「で、そういうルイは王都学校を卒業した後どうするんだい?君は騎士学校には行かないんだろう?」
「うん。僕には騎士は無理だから」
「あら?ちょっと前まで進路で凄く悩んでいたのに吹っ切れたのかしら?」
きっぱりと自分には騎士は無理だと言い切るルイにロミーが不思議そうに聞いた。
「そうだね。ロミーの言うように気持ちに整理がついたんだ。3頭のオオカミに追われた時にタケル様に助けて頂いたんだけど、後日何故助けてくれたのかお聞きしたことがあるんだ。実はその時はまだタケル様はご自分の精霊魔力に気づいていなくてタケル様自身も危なかったはずなんだ。僕の質問にタケル様は『逃げるなんて考えもしなかった。どうやったら勝てるかだけを必死に考えてた』って言われて衝撃を受けたんだ。僕は、『ああ、こういう人が騎士になるんだ』って思って、その時騎士になる道はすっぱり諦めたんだ」
「要するに無鉄砲なんだわ・・・」
「とっても優しい方じゃないか。本当にミラはタケル様には厳しいね。あはは」
確かにタケルは優しい。ミラを学校に行かせる為に働いたり、たまには我儘を言えと諭してくれたりとても良い兄だ。でも何故だか悪口ばかりが口を衝いて出てしまう。
「・・・私って、嫌な子ね・・・ひょっとしてタケルに嫌われているかも・・」
「そんなことはないさ!」
「そうかな?・・・」
「そうだよ!あんなに一生懸命に『ミラを頼む!』って言われたんだ。タケル様がミラを嫌ってるなんて絶対にないよ」
「・・・有難うルイ」
「い、いや・・・」
頭を掻き、目が泳ぐルイ。
「・・・」
下を向いて赤くなるミラ。
「うふ。ちょっと、またなに二人で良い感じになっているの?」
「い、いやぁ・・・はは・・」
「ぷ。はいはいご馳走様ルイがこんなに分かりやすい奴だなんて今日初めて知ったよ」
「うふふ。そうね!」
「あはは」
「そ、それでその、話を戻すけど僕は王都学校を卒業したら王都大学に行くことに決めたよ」
「まぁ、大概の貴族の子は王都学校卒業後は騎士学校に行くか王都学校に行くかのどちらかだと思うけど、問題はその後だよね?」
エヴァンの言葉にサブリナとロミーもそうだと頷く。
「僕は将来王宮で働きたいと思ってる」
「文官を目指すのですか?」
「大きいくくりで言えばそうだね」
「オークレイル領は広いし領民も多いからルイは王宮に仕えるよりも領地を治める仕事をした方が良いのでは?」
エヴァンが言うように王都の西にある広大な小麦畑を管理するだけでも大変な事だ。
「確かに父さんや一番上のノア兄さんからは領地の一部を任せたいって言ってくれてるけど僕には目標ができたから領主にはならない」
「あら、ルイさんの目標ってなんでしょう?」
「みんなは騎士団に新たに文官の席が作られるのを知ってる?」
「え?そうなの?」
「うん。テオ兄様から聞いた話なんだけど、これまではその時々で宰相に指名された文官が各騎士団の間に入ってスケジュールなんかを決めていたのだけど、騎士の事を良く知らない人が管理をするのは何かと都合の悪いことが多いみたいで、来年から各ナンバー騎士団と近衛騎士団にそれぞれ専属の文官を配置する事になるそうなんだ」
「なるほど、ルイはその椅子を狙うのかい?」
「うん。各騎士団に2~3名づつになるんじゃないかという話だから相当競争率が高いと思うけど、僕は勉強でタケル様と並んで立って見せる!」
「まぁ!それは凄い目標ですわね!」
「おお!それは騎士団に入るよりずっと難しそうだな、応援するよ!」
「私も応援します!」
「みんな有難う!頑張るよ!」
「サブリナとロミーは王都学校を卒業したらどうするんだい?」
「私も王都大学にいきます」
「私は卒業したらタケル様と結婚するのが目標ですわ」
「え?」
サブリナ以外の全員の頭上に?マークが点灯する。
「そ、それは目標って言うのかな・・・?」
「あら、個人が最終的に到達するところを目標と言うのではなくて?私のしっかりとした目標ですわ!ほほほ」
「・・・」
「・・・」
「あの、目標にされるタケル様凄い・・」
「え・・!?」
「そ、そういう事?!」
「な、何かが色々違う気がするが上手く説明できないな・・・」
「みんな今から目標があって凄いな・・」
アネットの発言はさておき、ミラは入学出来たことが幸せでこれから先の事など考えたことも無かった。
「ミは将来したい事とか何かないのかい?」
「私は・・・お母さんと一緒にお店をやっていくだけかな・・・」
「それは分かるし、ミラさんにとっては自然な流れではあるけれど、『やりたいこと』ではないのではないかしら?」
「私は、勉強は好き。でもロミーさんやみんなみたいに大学に行けるほどのお金なんてないし・・・ずっとタケルに甘えてばかりというわけにはいかないから・・・」
「・・・」
「うーん・・そうだねぇ・・」
そうなのだ。お茶会ですぐに打ち解けて仲良くなったので皆忘れていたがミラは貴族ではない。王都学校は国から支援金が出ているが大学にはそれが無く、寄付と生徒の学費だけで運営されているのでその費用は王都学校の比ではない。
「ミラ、大学に行きたいのなら一つだけ方法があるよ」
少し沈んだ空気の中、ルイが言った。
「ああ・・・」
「アレね?でも・・・」
「?ロミーさん、アレってなに?」
「その年の一番優秀な成績を収めた人は大学の入学試験と学費を免除されるのよ」
「え!ホント?!」
「ああ、本当だ。でも・・・ミラには言いにくいんだけど、これまでの王都学校の歴史の中で貴族以外の生徒が主席になった事は一度もないんだ・・」
「そうね・・・なのであって無い様な制度ってずっと言われていますわね」
「あの、あって無い様な制度?」
「うん、中にはあまり余裕のない家もあるかもだけど、ほとんど貴族の子しかいないのだから学費免除はあまり必要がないんだよ」
「ついでに言えば、主席を取る生徒は皆幼少期から優秀な家庭教師を雇って教育にお金をかけてる家の出ばかりだから既にそこで差がついてしまっているしね」
「そ、そうかぁ・・・」
ミラはエヴァンの説明で少し残念な気持ちになった。
「でも、貴族以外の生徒が主席を取るという前例が無いだけで可能性が無いわけじゃないよ。元々金銭的に余裕のない家の子でも優秀なら進学できるようにするという制度なんだし、ミラは頭が良いから頑張ってみたらどうかな?」
「わ、私なんて・・・」
「あら、良いじゃない!私が言うのもなんですけど、お金持ちを押しのけてミラさんが主席で卒業したら痛快ですわ!」
「そうですね、もしそうなったら私もお友達としてとても鼻が高いです」
「王都学校に入れてくれたタケル様への恩返しにもなるよね!」
「!」
ミラはルイの言葉にハッとした。そうだ、ルイの言うとおりだ。
イネス、タケル、ルイーズ、オーモン卿、自分を王都学校に入れてくれる為に色んな人が助けてくれた。勉強を頑張る事でこれらの人たちが喜んでくれたらそれは恩返しになるのではないか?
入学手続きをした校長室でも入学式でもミラは何か後ろめたいことをしているようなモヤモヤした気分だったのだがこういう事か。してもらうばかりで自分を情けなく感じていたのだ。
今ここでこうして皆とお茶を飲みながら楽しい時間が作れているのも自分の頑張りではない。タケルがルイに話をしてくれたからだ。
タケルの事を何もできない子等と言っておいて実は自分が一番なにも出来ていないではないか。
そう考えたら膝に置いていた両手は拳に変わり、にわかに力が入った。
「私やるわ!一番になって大学に行くわ!」
ミラは顔を上げて力強く宣言した。
「お?!」
皆一斉にミラを見た。
「言ったね!?応援するよ!」
「私も応援します。負けませんけどね!うふふ」
「あの、私も」
「じゃあ、ミラと一緒に大学行けるね!そして、二人で近衛隊に入るんだ」
「え?!近衛隊?わ、私が?」
近衛隊ではなくても王宮使えの文官になれたら母に楽な暮らしをさせてやれるのではないだろうか?
今まで考えたことも無い事を急に言われて一瞬戸惑ったが頭の中で扉が開きどんどん道が作られて行く様な感じがしてやる気が漲って来た。
「私頑張るわ!」
「うん!一緒に頑張ろう!」
ルイも満面の笑みだ。
「あら?今ミラさんが言った”頑張る”はルイさんが言った”一緒に近衛隊に”という事へのお返事ではないとおもいますけど?」
「そ、そそそ、そんなことは分かっているよ・・・」
「あはは」
一瞬で顔を赤くしたルイをみて皆可笑しそうに笑ったが、自分のこれからの事だけを一生懸命に考えていたミラだけ意味が解らずキョトンとしている。
「あら?ミラさんだけ分かっていないみたいですわね?」
何の事だろう?ミラは不思議そうにサブリナを見つめた。
「ルイ、ここは男らしくハッキリと告白するというのはどうだい?」
ちょっと意地悪そうな顔をしてエヴァンが言った。
「な!ななな・・・ぼ、僕は・・・そ、そんな・・・!」
ルイは何かのスイッチが押されたかのようにすくっと立ち上がりエヴァンとミラを交互に見て激しく狼狽えた。
「まあ!ここで殿方の告白が見られるなって胸がキュンキュンしますわ!」
両手を胸の前で組んで嬉しそうなサブリナ。
「さ、ルイさんお早く。好機です!」
ロミーが面白そうに煽る。
「こ、好奇な目で僕をみるなっ」
「あの、ダジャレは要らないの」
「!!!」
「あははは!」
逃げ道を塞ぐアネットの容赦のない一言に皆大笑いした。
ミラも笑った。何故ルイがこんなに狼狽えているのか、皆何ががそんなに面白いのか理解が出来ないでいたが、ずっと欲しかった友達。その友達と笑い合う憧れの日常を手に入れたミラはとても幸せな気持ちになって笑った。
「・・・はぁ・・・」
タケルは近衛騎士団執務室の机に突っ伏してひとつ深いため息をついた。
「なんだ、もうへばったのか?少年」
「挨拶挨拶挨拶・・・もう一週間ずっと挨拶回りなんですよ?そりゃあ疲れますよ副長・・・」
「しかたがないではないか。新しい聖騎士に挨拶をしたいという諸侯をこの執務室や”エマーブル”に招く訳にはいかないだろう?」
「そ、それはそうなんですけど・・・こういう事は超ニガテで・・・」
「タケル、その言動はずっと付いていってくれているアル殿に無礼だぞ」
そうだった。副長のアルベールは諸貴族の間に入りマネージャーの様な事をしてくれている。
「す、すみません!つ、つい・・」
ルイーズに窘められ、タケルは立ち上がって詫びた。
「まぁいい、座れ。少年の気持ちもわからんでもないからな」
タケルとアルベールは新しい聖騎士との面会を望む諸侯の領地を巡ってずっと馬車に揺れる日々を送っており、さすがのアルベールも疲れがきていた。
「そういえばアル殿、騎士団に専属の文官を置くという話はどうなりました?」
「うむ、まだ非公式だが来年から順次配置していくそうだ」
「ようやくですか・・随分かかりましたね」
「騎士団に文官?」
タケルには初耳だ。
「そうだ。騎士団のスケジュールを決めたり、他のナンバー騎士団との間に入ったりといった事をさせる為にアタマの切れる文官をそれぞれの騎士団に数人づつ配置しようという計画だ」
「なるほど・・・(事務員さんとかを雇うみたいな感じかな・・・)」
確かに今副長のアルベールがタケルのマネージャーの様な事をしてくれているが、近衛隊副長という本分からは随分外れた仕事だ。
「何事も無い平時ならば問題はないが、いざという時に任務に支障が出ないとも限らないからな。随分時間がかかったがこれでも隊長が手を尽くしたお陰で早く漕ぎついた方だ」
「隊長って忙しいんですね・・・」
実力に応じてA~Cクラスに分けたり騎士団を三つに分けてローテーションさせて砦を守るシステムの構築等もロランが考案したそうだ。これにより修練の時間を確保し、定期的に休暇も取れるようになったのだ。
「ロランは剣の腕もそうだが頭も切れる最高の隊長だ。少年も突撃するだけではなく、色々な事を学べ」
「あはは・・・はい・・・」
いつもそれで失敗している。耳が痛い。
バタン!
と、その時執務室の扉が突然開いた。
「報告します!」
執務室に飛び込んできたのは近衛隊のピエールだ。
「どうした?!」
「北砦付近を警邏していた衛兵隊がブリュセイユの部隊と遭遇し戦闘となり、その後上番直後の第三騎士団が出撃し交戦中の模様です。死者はまだ確認されていませんが負傷者多数、重傷者1名は王都に搬送中です!」
「なんだと?!」
アルベールが眉尻を吊り上げ勢いよく立ち上がった。
「重傷者は誰か?!」
ルイーズの問いにピエールはやや緊張した表情でチラリとタケルを見た。
(???ピエールさん?)
「どうした?」
ルイーズが再度問う。
「・・・じ、重傷者は”テオ・オークレイル”です」
「!!!」
ガタッ!
タケルは何かに弾かれたように立ち上がった。




