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俺、アルバイトします!

「あら~テオさんいらっしゃい、久しぶりじゃな~い、どこで浮気してたのよ~」

 トレイを持った濃い化粧の若い女性がテオを見つけて声を掛けた。

「いやいや。最近ちょっと忙しくてな、お、アベラちゃん、髪型変えたんだね、とっても似合うよ」

「まぁ、ありがと!お世辞言ってもオマケしないわよ」

「はっはっは。お世辞じゃないんだけどな~」

 軽くウインクするとアベラはくるっと背を向けてカウンターの方に歩いて行った。

「テオじゃなーい!あんまり長い事来ないから遠征で死んじゃったかとおもったわよっ」

「こらこら!カリーヌ、縁起でもないことを言うなっ、早く酒もってきてくれよな!」

「はいはーい!そっちの若い子も?」

「お、俺は・・・」

「そうだ!良い酒もってくるんだぞっ」

 テオはタケルの言葉等聞いていないようだ。

 短めのポニーテールの女性はペロっと舌を出して奥に消えていった。

 タケルは店内をぐるっと眺めた。

 ここは王宮の裏門にほど近い酒場だ。酔い潰れている初老の男、給仕の女性を一生懸命口説いている若い男のグループ、カウンターの端で何事か考えながらチビチビと酒を飲んでいる老人。

 男、男、男。女性客は見当たらず、給仕の女性に皆鼻の下を伸ばしている。そういう店らしい。

 着ている物から察して庶民の大衆酒場という感じだ。

 店内は雑然としていて葉巻タバコの煙が充満している。

 その中で上級貴族のいで立ちのテオはとても目立つ。

 程なくしてカリーヌが酒とといくつかのつまみを持って来て「はいよっ!」と置いて行った。

「じゃ、二人の出会いに!」

 テオは酒を一気に飲み干した。

 タケルはカップに鼻を近づけてニオイを嗅いでみた。アルコールの刺激臭がすごい。

「う・・・」

「ん?なんだ、タケルは酒飲んだことないのか?」

「え、ええ・・」

 それはそうだ。タケルは普通の高校生だ。

「じゃあ、今日初体験だなっ!」

「・・・テ、テオさん言い方!!」

「お?そっちの方も教えてやれるぜ?」

「えええ!?、いや、その、ええと・・・」

「はっはっは」

 真っ赤になったタケルを見てテオは楽しそうだ。

「テオさんは、このお店には良くくるんですか?」

「ん?まあな。おかしいか?」

「いえ・・・貴族の人ってなんていうか、煌びやかな部屋で”お茶会”っていうイメージしかないので・・」

「はは、無論そういったこともするが、俺はこういう所で飲むのが好きだからな」

「きゃんっ!」

 タケルとロランがいるテーブルの横を通り過ぎようとした給仕の女性が突然ぴょこんと飛び上がった。

「???」

「テオ!今度触ったら一本分つけておくからねっ!」

 タケルとの会話の途中でテオが女性のオシリを触ったらしい。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 タケルは半目でテオを見つめた。

「ははは!安くしといてねっ」

「いーーーーーだっ!」

 テオさんって、もしかしてチャラい・・・??

「どうした?タケル」

「・・・なんでもないです・・・」

「女っていうのはだな、こうして時々触ってやらないと”ひょっとして自分は男に見向きもされないんじゃないか?”って思うもんなんだ。だからこうしてイイ女だぜっ!って態度で示してやるんだ」

 ・・ち、痴漢の理論じゃないか・・・。

 更にジト目のタケル。

「はははっ!。まぁそんな顔するなよ、挨拶だ、挨拶。そんなことより俺はタケルの事を知りたい」

「俺の事ですか?」

「ああ、タケルはどこの国から来たんだ?それからあの剣術、あれはなんだ?少なくともアシハール地域のものじゃない」

「えっと、俺がどこから来たかはその、まだ言えないんです。俺の剣術は”剣道”って言って、俺の国では競技人口がとても多いスポーツです」

「??競技人口?すぽーつってなんだ?」

「うーん・・簡単に言うとですね、剣道は元々はこの世界のように切り合って人を殺傷する剣術だったんですが、戦が無くなって人を殺傷しない競技に変わって来たものです」

「(??この世界?)・・・そうなのか・・・。それで、こうも強いタケルが何故Cクラスの見習いに混じって修練してるんだ?」

「ロランさんにこの先戦っていく上で相手の技を知る為と俺の足りない部分を埋める為に習ってこいといわれて、それで・・・」

「なるほど、それで最初の数日間コテンパンにやられてたのか?」

「・・・見られてたんですね」

「はは、あれだけ目のカタキにされてバタバタ倒されていれば嫌でも目に付くさ」

「テオさん、俺って、どうしてあんなに嫌われちゃったんでしょうか?何か気に障ることしたかな・・」

「ん?わからないのか?」

「え?テオさんは分かるんですか?!」

「ん~、騎士団っていうのはタケルの様な一部の特例以外はほぼ全員騎士学校を優秀な成績で卒業した者だけが入団出来る狭き門という事は知っているよな?」

「はい、ロランさんから聞きました」

「それで、みんな騎士団を目指して騎士学校に入学するのだが、騎士団に入れなかった者はどうなると思う?」

「え?・・・か、考えたことなかったです・・・どうなるんでしょう・・・」

「騎士団入団が叶わなかった者の大半が衛兵隊に入隊するんだ」

「王宮の門とかにいる方たちですか?」

「うん、まぁそうだ。第一から第三まである”ナンバー騎士団”はそれぞれ定員が100名づつと決まっていて、300人以上は入隊できない。ま、王国のカネの事情だな。しかし、毎年騎士学校を卒業した者が20名程度は入団してくる。この意味がわかるか?」

「え?・・・あ、あぶれて衛兵隊に・・ということでしょうか?・・・」

「そうだ。衛兵隊は王宮の門番だけではなく広大な領地を守る為に国境に多くの兵を配置する必要があるので定員というものがない。希望すれば誰でも入れるのだがわざわざ騎士学校を卒業して衛兵隊を希望する物好きなやつがいるはずがないだろ?」

「あ・・・・」

「どういう事かわかっただろう?タケルが横から割って入れば誰かひとりが必ず衛兵隊に降格となるんだ。まぁ、近衛隊からの降格人事は無いはずだからタケルが近衛隊に入隊となったとしても見習い達には影響は無いと思うんだが、”あんなに頑張って狭き門を潜り抜けてきたのにどこの誰かもわからないドシロウトが横から割って入ってきやがってこのやろー!”・・・っていう感じかな」

「そうなんですね・・・知りませんでした・・・」

「騎士団の運営は王国の税収で賄われているから定員が設けられているのは仕方がない事だ。しかし良い人材を確保してレベルアップを図るという理にかなったシステムでもある。それによって実力的にギリギリのCクラスあたりでは足の引っ張り合いやらつぶし合いは日常的に起きる。ま、気を付けるんだな」

「みんな必死なんですね・・・」

「そりゃあそうさ。入団が決まれば家を上げて盛大なパーティが開かれる。騎士団入団はこの上ない名誉だからな。新たな人脈ができたり、陞爵だってある。」

「・・・そうなんですね・・・俺、なんだか悪者ですね・・・」

「ん?タケルが気にすることは無い。実力の世界だし上が決めた事だ。それよりもあの見習い達今頃青くなってると思うぞ。はっはっは」

「青くなっているって?どういうことですか?」

「そりゃそうだろう、なにかの手違いでドシロウトが騎士団にはいってきたから追い出してやろうと嫌がらせしてたら、実は超絶強いやつだったって事だったんだぞ。近衛隊は全騎士の最終目標なんだ。あいつらが奇跡的に近衛隊に上がれたとしてもその頃にはタケルがベテランとして君臨しているんだ。俺なら恐ろしくなって騎士団抜けちゃうな」

「えええええ!?そ、そんな・・・どうしよう・・どうしたらいいですか?!」

「ん?だからタケルが気にすることないってあいつらの自業自得ってやつだ」

「・・・」

 テオの言う通りだとは思うが若者の夢を奪ったような感じがしていたたまれなくなってしまった。

「あと、ルイーズとなにか一生懸命やってるみたいだが、毎日何をやってるんだ?」

「!だ、だ、誰から聞いたんですかっ?!」

「んん?裏門の衛兵に聞いたんだが、なんだその反応は?何か悪い事でもやってるのか?!」

 テオは楽しそうに前のめりで聞いてきた。

 特訓場所の湖では見張りを立てて封鎖しているが王宮の出入りは普通にしている。毎日聖騎士を含めた近衛隊数人が出入りしていれば気にはなるだろう。

「それも今は言えないです・・・すみません・・」

「ん~、色々秘密の多いやつだ。やっぱり近衛隊の秘密兵器なんだなっ?」

 ”秘密兵器”の使い方が若干違うと思います・・・。


 この店に来てどれぐらい時間がたっただろう?夕飯の準備をしてまっていてくれているはずのイネスとミラの事が気になり始めた。

(強引に連れてこられてなにも言ってないからなぁ・・・今頃心配してるかも・・・)

「あ!テオさん」

「ん?どうした?」

「どこかアルバイトとか出来る所を知りませんか?」

「ん?あるばいとってなんだ?」

「ああ・・・えーと、俺にも出来るようなシゴトとかないかなって思って・・・」

「お前、近衛隊なのにカネに困ってるのか??借金でもあるのか?」

「(近衛隊なのに?)いえ、困ってはいないんですが、実は俺、ある家にお世話になってて何か恩返ししたいなって思ってて・・・」

「なるほど。そういう事なら俺の所で働かないか?」

「テオさんの所??」

「ああ。王都の西側に小麦畑があるのを知っているか?」

「あ、はいあっちの方にはよく行くので知っています」

 タケルがこの世界に転移してきた場所だ。クルーゾー家の畑に行く時等あぜ道をよく通っている。

「あの小麦農園はウチで管理していて、今収穫の真っ最中なんだ。大勢で一気にやるから2週間程度の仕事だと思うんだが、どうだ?」

「!や、やります!是非!お願いします!」

「そうか。じゃ、親父に言っとくから都合の良い時に来いよなっ」

「明日の朝伺いますのでよろしくお願いしますっ!」

「そうか、分かった。その代わりと言っちゃあなんだが、修練で相手が必要な時は俺を指名しろよなっ!」

 テオはニカっと笑って親指を立てた。

「わ、分かりました。そっちもお願いします・・」

「オーケー!じゃ、飲むぞっ!ほれ、タケルも飲んでみろ!」

「(・・・むぐ、やっぱり飲まなきゃなのかぁ・・未成年なのに・・・)」

 タケルはひとつ大きなため息をついてカップに入った赤い液体をじっと見つめた。



 翌日タケルは薪割りと水汲みの日課を終えると畑には行かずオークレイル家へと向かった。

 前日酒を飲んで帰ってきて今日は用があると慌てて出ていこうとするタケルを見てイネスとミラは不思議そうにしていたが小麦の収穫の手伝いを”頼まれた”と言ってなんとかごまかした。

 ルイーズに特訓を休むという伝言もちゃっかりとお願いした。

 アルバイトを黙っていることは無いのだが、ミラを学校に行かせてやりたいとか照れくさい。

 大金を稼ぐことが出来るかどうか分からないし、説明するのも面倒だ。

 小麦畑を管理するオークレイル家は王都から西へ徒歩30分程の場所にあった。

 タケルがこの世界に転移してきた慰霊碑の丘を越えたところだ。テオに聞いていた通り、早朝から広い庭に大勢の農夫がいた。

 とりあえず目の合った人達に挨拶をした。

 暫くすると一人の若い貴族が集まった農夫達をグループに分け、それぞれ作業する区画に向かわせた。

「ようし、ワシらはここからじゃ、皆今日もがんばっていこうかのう~!」

 リーダー各の爺さんの掛け声でタケルも持参した鎌を振るう。

「あれ、若い男とは珍しいねぇ、小遣い稼ぎかい?」

 70歳ぐらいだろうか?小柄で白髪のお婆さんが声を掛けてきた。

「え、ええ、まぁ・・・タケルって言います、よろしくお願いします」

「これはご丁寧に、わたしゃ、カーラ。あんた、収穫は初めてか?ここらへんの顔だちじゃないね、外国から来なさったか?」

「あら、ホントだわね!黒髪ってめずらしいわぁ。タケルね、私はステラ。よろしくね!」

 カーラよりももう少し若い主婦っぽい夫人も珍しそうに話しに入って来た。

「そんなんじゃダメよ~。こうして、こう!よっ!」

 丸い体型で世話好きそうなステラに手ほどきを受けながらタケルは一生懸命鍬を振るった。

 汗が滴る。季節は9月まだまだ暑い。

 1時間程の作業で喉がカラカラになり、腰が痛くなってきた。

「(そうだ・・・)」

 タケルはこうして働くのは初めてだと今更気づいた。

 ずっと運動をやっているし、体力には自信がある方だが、仕事となるとずいぶんと勝手が違うものだ。

 両隣りのカーラとステラは取り留めのない話をしながら余裕みたいだ。

 ベテラン二人に引っ張られる形でなんとか11時の昼休憩になった。

「や、やっと休憩・・・・・・」

 休憩は13時までで2時間もあるらしいが、タケルには有難かった。

「ご苦労さん!さ、昼食はあっちで炊き出しがあるから取りにいくわよ」

 食事より水が欲しい・・・

 タケルは井戸まで走っていき、ガブガブと水を飲んだ。

「はぁぁぁぁ、い、生き返った・・・」


 一息ついたタケルはあたりを見回した。

 子供からお年寄りまで幅広い年代の人たちが集まっているが、殆どが女性で、男は子供か年寄りしかいない。タケルの年齢の男子は収穫作業はしないらしい。ちょっと気恥ずかしくなってしまった。


「あああ!聖騎士様!」

「!!!」

 ギョっとして声のする方向に顔を向けるとタケルよりも少し背の低いミラと同じぐらいの年齢の男の子が立っていた。

「(だ、誰?!?!知らない子だぞ?!)」

 金髪で坊ちゃん刈りのまだあどけない顔の男の子は丸井戸の淵でしゃがんでいるタケルの元に走って来た。

「聖騎士様!このようなところでどうされたんですかっ?!」

「!!ちょっ!・・・」

 タケルは慌てて立ち上がり、キョロキョロと周囲を警戒しながら右手で男の子の口を塞いだ。

「モゴっ!モゴモゴ・・・!」

「あのっ!頼むからまず俺の話を聞いてくれないかな!?」

 口をふさがれた男の子は困った表情のタケルを見てコクコクと頷いた。

 タケルはゆっくりと男の子から手を離し、改めてよく見てみた。

 やっぱり知らない子だ。

 小奇麗で高そうな服を着ている。貴族の子だろう。

「・・・えっと、何処かで会ったかな??」

「え?あ!はい!以前に助けていただきました!ルイと言います。その節は大変お世話になりました。有難うございました!」

「(えええ?!・・思い出せないぞ・・俺、何かしただろうか?!!!)」

 全く身に覚えがない。

「えーーと・・・・。俺、君に何かしたのかな?・・・」

「はい!ひと月ほど前にオオカミに襲われていたところを助けていただきました!」

 思い出した!。

「ああああっっ!!あの時の!」

 一か月ほど前、タケルがこちらの世界に来てまだ間もない頃オオカミに襲われていた子供を助けた。

 初めて魔力を発動させた時の記憶がよみがえった。

「あの時は聖騎士様はとても急いでおられたみたいできちんとお礼も言えず、申し訳ございませんでした」

「あああっ!ちょっとまって!!は、話が長くなるのでまた今度ゆっくりと説明するけど、その、俺が聖騎士だっていう事は黙っててくれないかな!?」

「??・・・分かりました、ではなんとお呼びしたらよいでしょう?」

「あ、ごめん、俺、タケル・クサナギ。タケルでいい」

「わかりました!」

「それにしてもちょこっと会っただけなのに俺の事をよくおぼえていたね」

「だって、いままで黒髪の方にお会いしたことがなかったので。それにお顔も僕たちとはちょっと違う感じでしたので、見てすぐにわかりました」

「そ、そうなんだ・・・」

 やはり黒い髪は目立つらしい。

「それで、タケル様はここで何をされているのですか?」

「その、様 も要らないから。俺はその、今日はここに仕事で来てるんだ」

「収穫作業に参加されているのですか?!」

「う、うん。テオさんに教えて貰って」

「!兄様をご存じなのですか?!」

「兄様??」

「テオ・オークレイルは2番目の兄です!」

「えええ?!じゃあ、君は・・」

「はい、僕はオークレイル家の3男です」

 自由奔放で、豪快なテオとはおよそ真逆の様な少年をタケルは改めて見つめた。

 終始にこやかで性格の良さそうな”いい所のお坊ちゃん”だ。

 よくよく見れば確かに似てなくはないが、兄弟でこうも性格が違うのか。

「あ、兄弟なのに随分違うなぁ。っと思いましたね?」

「(うっ・・・)」

「い、いや、そ、そういうわけでは・・」

 心を見透かされた様でドキっとしてしまった。

「ふふ、大丈夫です、よく言われますので」

「は、はは・・」

 特に気にはしていない様でよかった・・・。

「(でも、そんなに俺ってカオに出やすいのかなぁ・・)」

 タケルは自分の額や頬を触ってみた。

「ああっ!」

 不意にルイは声を上げタケルに指をさした。

「??」

「新人のすげぇヤツっっ!」

「はぁぁっ?!」

「兄様の言っていた”近衛隊の秘密兵器”ってタケル様の事ですよね?!」

「お、お願いだからそのへんなあだ名で呼ぶのやめてっ!」

 こんな中〇病の様な二つ名をつけられては堪らない。

「さすが聖騎士様です」

 だから聖騎士様って言うのもやめて・・。

「今はお昼休みのはずですが、お食事はされないのですか?」

「いやぁ、なんか女の人ばっかりだし、同年代が居なくてちょっとあっちには居づらくてさ。はは」

「ああ、そうですね。男手はだいたい衛兵隊か鉱山で働いていますから小麦の収穫で集まるのはベテランの女性か子供が多いですからね」

「そうなんだ・・・。君ぐらいの年の子は学校では?」

「僕は来月王都学校に入学にするのですが今は農場の手伝いをしているのです」

「ということは13歳だ」

「そうです!」

 ミラと同い年だ。

「テオ兄様は21歳なのですが、タケル様はおいくつですか?」

「俺は17だよ。ルイ君はテオさんとはちょっと離れているんだね」

「はい、両親は女の子が欲しくてがんばったのだそうですが。ふふ」

「は、はは」

 そういう事か。

 しかし、なんというか、みかけより大人びた子だ。

 ルイの話によると主食原料の小麦の収穫が終わると、王都学校の入学式や騎士団入団式等王国行事が始まる。今は一番忙しい時期なのだそうだ。


「ルイ~~っ!どこだ~?ちょっと手がたりないんだ。昼食のパンを配るのを手伝ってくれ~!」

 その時ルイを呼ぶ声がした。

「あ、呼ばれてしまいました。また今度時間のある時にお話ししてくださいね。では失礼します!」

 ルイは手を振りつつにこやかに駆けて行った。

「・・・なんというか、どこでどう繋がっているかわからないもんだなぁ・・・」


 タケルは15時ぐらいまで収穫作業をした後大急ぎで王宮の修練場に向かった。

 シゴトを紹介する代わりに修練に付き合うというテオとの約束は果たさないといけない。

 慣れない農作業で体力を消耗した後の修練はキツく、「なんだなんだ?タケルもまだまだだなっ!はっはっは!」とテオに笑われながら修練を終えた。


 コンコン。

 修練後タケルは近衛隊執務室のドアを叩いた。精霊魔力の特訓を2週間ほど休みたいと伝えるためだ。

「入れ」

「タケル・クサナギです。失礼します」

「タケル君か。修練はがんばっているみたいだね。第三騎士団長が驚いてたよ」

「は、はい。まぁなんとか」

「で、今日はなにか用事かな?」

「はい、実はルイーズさんとの魔力訓練を2週間ほどお休みをもらえないかなと思いまして・・」

「ふむ。わかった。ルイーズに伝えておこう」

「?あ、有難うございます」

 意外にあっさりと了解を貰ってすこし拍子が抜けた。

「ん?どうしたんだい?びっくりした様なカオをしているな」

「あ、ああいえ、なんでもありません・・・」

「ぷ。私が休むなんてだめだって言うと思ったのかい?」

「え・・ええ・・・いえ・・・」

「ふふ。君が元居た世界ではどうだったか知らないが、人間いつ死ぬか誰も分からない。その中でも特に危険な任に就いている騎士団員は死なない様に日々訓練に明け暮れている。死ぬも生きるも自分の自由だ。休みたいときは休む!強くあれば何も問題は無い」

 なんだろうか?。緊張感がある言葉だが分かりやすくてとても気分が良い。

「あ、有難うございます!」

「礼には及ばないよ。近衛隊は時に王族の、姫の為にその身を盾とし守らねばならない。ここぞの時に役に立ってくれたらそれで良い」

「はい!」

「それはそうと少年」

 傍らに立つ副長のアルベールだ。

「来月近衛隊入隊式があるので式典における所作を覚えて貰う必要がある。用のある2週間が過ぎたら私とそっちの特訓だ。これは休むわけにはいかないぞ」

 太い眉尻が下がりアルベールはニカっと笑った。

「ヒエ・・・!」

 ルイが言ってた話だ。昼間はなんとなく聞いていたがまさか自分が参加する事になるとは・・。

「式典とかニガテなんですが・・・」

「騎士団への入隊は毎年10数人はいるが、近衛隊へ昇格できる者は極めて少ない。毎年一人いるかいないかだ。なのでその注目度はとても高いのだ。名だたる諸貴族の前で恥はかきたくないだろう?」

「う、うぐ・・・は、はい・・・」

「まあ、そんなにカタくなるな。やさーしく教えてやる。はっはっは」



 それから2週間タケルは小麦の収穫作業に精を出した。

 エマーブルの小さな個人の畑とは違い大規模農園の収穫作業は初めて経験する労働ということもあってとてもキツかったが、足腰の鍛錬のニガテなタケルにとってはとても良い筋トレとなった。



「お、終わったああああ・・・」

 タケルは首に巻いた手ぬぐいで汗を拭いてしゃがみこんだ。

「お疲れ様ー」

 ずっと一緒に作業していたカーラ婆さんとステラが声を掛けた。

「がんばったっわねぇ。初日のアンタを見てたら正直続かないと思ったんだけど」

「ふふ。そうねぇ。でも最後の方はけっこう余裕がでてきてたんじゃない?」

「はい、お陰様で。今日まで有難うございました」

 タケルはぺこりとあたまを下げた。

「おやぁ。礼儀正しい子だこと」

 カーラが感心して言った。

「あっちで給金を貰えるらしいわよ。はやくいきましょう」

 列に並び、2週間分の給料が入った皮袋を貰ったタケルはカーラとステラに別れを告げて帰途に就いた。


 刈り取られて見通しの良くなったあぜ道を歩きながらタケルはワクワクしばがら袋から中身を出してみた。

 チャリチャリと左手に落ちてきたのはきたのは銀貨8枚だった。

「・・・・あれだけ頑張ってこれだけ??・・・」

 大銀貨100枚で金貨1枚分の価値だ。入学金だけで銀貨なら100枚稼がなくてはいけない。

「ぜんぜん足りない・・・」

 途端に足取りが重くなっった。タケルはガックリと肩を落とした。

「はぁ・・・・」

 気持ちが大きく落ち込んでしまって出来れば今日はもう何もしたくないが修練には行かなくてはいけない。


 エマーブルの店先を通り過ぎて王宮の大門をくぐった。

「お!新人のすげえやつ!今日も修練か、がんばるねぇ」

 長身の衛兵が声を掛けてきた。

「・・・」

 タケルが初めて王宮に入ったとき余計な一言でミラに怒鳴られたおじさんでアドンさんという。

 相変わらず声を掛けるタイミングが超絶に悪い。しかも”新人のすげぇヤツ”というテオの言った言葉が早くも王宮で浸透してしまっているらしい・・・。

「アドンさん、衛兵って、いくら貰えるんです?」

 ミラの様に怒鳴りたいのをぐっと堪えて聞いてみた。

「ん?給金か?任地や実力で違いはあるけど、門番は一か月3万バリスぐらいだな」

「3万かぁ・・・」

 王都学校の入学金の10万バリス貯めるには3か月以上働かなくてはいけないが農作業よりは全然待遇が良い。

「・・・働けないでしょうか?」

「タケルがか?」

「はい。だめでしょうか?」

「だめではないと思うが衛兵隊はいつ何処に配属されるか分からないし一番遠い国境に行ったらずっとそこで生活していかなければいけないぞ。いつ王都に戻ってこられるか分からないし、それにタケルは騎士団に入団できたんだろう?なんでわざわざ・・・」

「そうなんですね・・・すみませんお仕事中に、有難うございました」

「お、おい・・・」

 何処の世界もそうそううまくお金は稼げないんだな・・・。

 大人とは、金を稼ぐという事とは如何に大変か。これまでアルバイトすら殆どしたことのないタケルは初めて思い知った。日がな神社で寝そべってぼーっと空を見ていた自分はなんと幸せな学生だった事か。

 アドンの話の途中で歩き出してしまった。

「なんかあったのかな??おかしなやつだなぁ」

 アドンはポリポリと頬を掻いた。


「浮かないカオをしているな。どうした?」

 中庭でルイーズとすれ違った。

「あ、ルイーズさん。すみません特訓を休んでしまって」

「ん?ああ、そんなことは良いが、兄様がタケルを探していたぞ。あとはお前だけだそうだ」

「ロランさんが?分かりました。今から執務室にいきます」

「うむ」

 ルイーズは元気のないタケルを怪訝そうに見送った。

「(後はお前だけって、なんだろう??)」


 近衛隊執務室ではいつものようにロランとアルベールが待っていた。

「やっと来たなタケル。アルから給金を受け取れ」

「給金?」

「そうだ。お前は私預かりで見習いの身だが、近衛隊として一か月たったので王国から給金が支給される」

 アルベールから革袋二つを手渡された。

「(俺、何もしていないのに・・給料貰えるんだ・・・)」

「袋のうち一つは入隊の支度金でもう一つは一か月分の給金だ」

 ジャラっと音がしてタケルの手に革袋が二つ乗った。

 小麦収穫の報酬の倍ぐらいだろうか。見習いなのでこれぐらいなのだろう。

「有難うございます。失礼します」

 給金を受け取ったタケルは一礼して執務室を後にした。

「???きょうはやけに元気がなかったな。何かあったのかな?」

「・・・さあ?・・・」

 ロランとアルベールは顔を見合わせた。


「ただいまぁ・・・」

 おや?という表情でミラとイネスがタケルを見た。

「あらあら~今日は早かったのね」

「うん・・」

 どうしても気分が乗らないのでテオには悪いが今日は修練を休んで帰ってきてしまった。

「ちょっと疲れちゃったから上で休んでるね」

 手に持っていた袋をテーブルに置いて階段に向かう。

「タケルー、これなあに??見て良い?」

「ああ、いいよ。ロランさんから貰ったんだ。大して入ってないと思うけど、給料だって」

「ふーん、そうなんだ。近衛隊っていくらもらえるのかな?」

「さあ・・・」

 タケルは適当に返事をして二階に上がって行った。


 ふうっと一息ついて自室のベッドに突っ伏すとドタドタと激しい足音がして扉が開いた。

 タケルはめんどくさそうにチラっと扉に目をやると慌てたカオをしたミラが立っていた。

「なんだよもう・・・今日は疲れてるん・・・」

「タ!タタタ!!タ!っっ!!」

 ミラはせわしなく両手をあれこれと動かしながら何かを伝えようとしているがなかなか言葉が出てこない。

「???」

 何故だか分からないが物凄く動揺しているみたいだ。

「タ!ッタっ!ち、ちょっと来てっ!!」

 タケル!も”タっ!”になってしまっている。

 寝ているタケルの袖を引っ張り強引に連れ出すミラ。

「な、なんだよっ?!・・・もうっ!」

 ミラに引きずられる様に一階に下りると呆然と立ち尽くすイネスが居た。

「あ、あ、あ、あれ!見て!」

「???」

 ミラの指さしたテーブルの上には黄金に輝くコインの山があった。金貨だ。

「ええええええええっ!!!!!な、なにこれっ!?」

「こ、こっちのセリフだわっ!ア、アンタが持って来たんじゃないっ!なによこれっ!!?」

 タケルは一枚手に取ってみた。

「こ、これ、ほ、ホンモノ??」

「何枚あるのよっ!?」

「し、知らないよっ!」

 恐る恐る数えてみる。

「いち、に、さん、し・・・・」

 ミラとイネスも数えるタケルの手を固唾をのんで見守る。

「80枚・・・・・・・・・・」

「は、は、は、80枚!!!!!??」

 金貨1枚は10万バリス。80枚で800万バリスだ。クルーゾー家の年収の約40倍に当たる。

「!!!」

 驚いて一歩退くミラ。

 イネスはよろよろとイスに座った。

「支度金と一か月分給金だって聞いてたから銀貨か銅貨だと思ってた・・・・・・・・・」

「い、いくらなんでも一か月分でこれはないでしょうっ!!きっと誰かのと間違えたのよっ!!」

「ええええ?!!ど、どうしようっ!?」

「か、返すにきまってるじゃないっ!」

「そ、そうだ!。行ってくるっ!!」

 タケルは金貨を慌てて袋に入れると猛スピードで飛び出して行った。


 ばたんっ!!

 タケルは勢いよく近衛隊執務室の扉を開けた。

「!???」

 ロラン、ルイーズ、アルベールが驚いてタケルを見る。

「タケル?ノックもせずいくらなんでも無礼・・・」

「ア、ア、ア、アルさんっっ!こ、これっ!!」

 いつもはアルベールさんと呼ぶが何故かロランのように”アル”になっている。

「なんだ?どうしたのだ?給金がどうかしたのか?少なかったか??」

「違いますっ!これ、間違いじゃないですか?!誰かのとまちがえたんじゃ・・・・!!」

「ちょっと落ち着け少年!」

 アルベールはタケルの肩を押さえて応接用の椅子に座らせた。

「いいか?渡したのは支度金400万バリス、一か月の給金400万バリスで合計800万バリスだ。いくら入っていたのだ?」

「!!・・・800万バリスです・・・」

「ふむ。・・・ではそういう事だ」

「こ、こんなにもらえるんですか!?俺、何もしていないですよっ!!」

「ぷ・・」

「ふふ・・・」

 おかしそうにロランとルイーズが笑った。

「タケル君。騎士団や近衛隊は存在するだけでその意味があるのだ。何もしていないと言えば、私やアルやルイーズだって何もしてはいないよ。我々が何もしていないという事イコールこの国の平和が守られているという事だ。なので一生懸命に己の剣のウデを磨いていればそれで良いんだ」

 なるほど、自衛隊と同じ理論だ。

「タケル、お前はまだ兄様の預かりで爵位は男爵なのでその額だが、来月の近衛隊入隊式でアデール姫様から近衛隊の記章を授与されて侯爵に陞爵となれば給金は600万バリスとなる」

「!!ろ、ろろっ!?そうなんですか?!」

「ルイーズの言うとおりだ。近衛隊は王国で一番の高給だからな」

 ”近衛隊は全騎士の目標”以前にロランやテオから聞いた言葉だが、今更ながらようやくその意味を理解した。

 ああ、これでミラを学校に行かせてやれる!

 熱いものが込み上げてきた。

 目に涙を溜めたタケルを見て3人は驚いた。

「あ、有難うございます!!」

 タケルは深々と一礼して執務室を飛び出して行った。

「?!あやつ・・どうしたのだ・・・??」

「そんなに金に困っていたのでしょうか?」

「・・・さぁ??」


 タケルは走っていた。

 ミラを学校に行かせてやれる。ミラを学校に行かせてやれる!。

 それだけを考えて走る。


「ミラ!」

 エマーブルの扉を開けると同時にタケルは叫んだ。

「!?な、なにっ?」

「お金、返したの・・・・」

 ミラの言葉には反応せず、タケルはミラに駆け寄って両手で肩を掴んだ。

「な、なによっ!い、痛いじゃないっ!どうしたのよっ!」

 タケルの勢いに驚くミラ。

「こ、これで、この金で学校に行くんだっ!」

 革袋をミラの胸に押し当てる。

「え?!な、なにを言ってるの?そのお金は・・」

「今ロランさんに聞いてきた!これは間違いなく俺が貰った給金だ!だからこれで学校に行くんだよっ!」

「あ、あんた何を言ってるのか全然分からないわっ!?」

「俺、どうやったらミラを学校に行かせてやれるのかずっと考えてたんだ!。それで小麦の収穫の仕事をしたりしてたんだけどどうしても足りなくて!一回諦めて!でも!お金が出来たから!」

 感情が高ぶって上手く会話が出来ない。しかし言いたいことは全部言った。

「え!・・・えええ!?・・・」

 ミラは更に驚き、困惑してイネスを見た。

 イネスは両手を口元に当てて涙を流していた。

「・・・で、でもそれはタケルが貰ったお金で・・」

「そうだよっ俺が貰った金だから俺が自由に使えるんだ。だから、これで学校に行くんだよっ!」

「で、でも、でもっ!!」

「学校、行きたいんだろっ?!」

「・・・・・」

 ミラは一瞬顔を上げて目を見開いたがすぐに下を向いてしまった。

「この頑固者っ!一回ぐらい俺のいう事を聞けっ!!!」

 怒鳴ってしまった。

 両肩をタケルに掴まれたミラは一瞬ビクっと体を震わせて大粒の涙を流した。

「あ!・・・ご、ごめん・・・お怒ってるわけじゃないんだ・・・その、なんていうか・・えっと・・お、俺はミラが我儘とか一切言わないガマン強い良い子だって、分かってるんだ・・だから・・」

「!!」

 ミラはタケルに抱き着いて顔を埋めた。

「・・・ありがとう・・・学校・・・行きたい!!」

 肩を小刻みに震わせて小さく泣きながら膝から崩れた。

 タケルも一緒に床に座り込む。

「ほんとうにいいの??タケル」

 泣きながらイネスが聞いた。

「うん、ずっと、ずっと考えてたんだ。それに、こんなに沢山貰っても俺一人で使いきれないし」

「あ、有難う!・・・」

 イネスも床にしゃがみこんだ。

 タケルはそのまま柔らかい金色のおさげ髪を暫く撫で続けた。


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