オオカミ少年と幼馴染の恋
約一万字の短編小説です。
主人公ラウル君の恋はどうなっていくのか。
「狼だ!!狼が出たぞ!!!」
僕は、血を沢山流し意識を失っている少女を抱えて、町の医者を目指して駆けていた。
腕の中の少女の腰まで伸ばした黒く艶のある髪は力なく地面に垂れ下がり、藍色の大きな瞳は瞼に覆われ、線の通った鼻も、小ぶりな口も、丸い頬にも生気は感じられない。
「ラウル、またお前か!お前の嘘も大概にしろよ!今日という今日は許さないぞ!」
短い茶髪に合流するように、サイドを整えたショートボックススタイルの顎髭を生やし、小さめの丸眼鏡をかけた厳つい風貌の、この町1番の医者であるサデイルさんは、医療器具ではなく斧を持って飛び出してきた。
「サデイルさん!お願いヒナを助けて!ヒナが狼に襲われたんだ!友達なんだよ!助けてくれよ!」
「なに?!ヒナじゃないか!酷い怪我だ……ラウル、疑ってすまなかった。こっちだ、早く中へ!」
サデイルさんは僕達の格好を見るや否や自身の自宅兼病院の中へと案内してくれた。
「ひどい出血だが、命に別状はなさそうだ……今は恐らく血を流し過ぎたことによるショックで意識を失っているだけだ。このまま安静に眠っていればじきに目も覚ます」
サデイルさんはすぐに手当てをしてくれた。ヒナは今ベッドで横になって眠っている。顔色も少し良くなってきたように見える。
「ありがとう、サデイルさん……」
「心配か?」
「別に……」
「全く、お前も素直じゃないガキだな。そんなに手を握り締めてたら、ヒナだって恥ずかしくて起きられないと思うぞ」
「い、いいんだよ!……好きで握ってるだけだから……」
サデイルさんはそんな僕を見て、「お前も嘘ばっかりついてないで、もう少し素直になればなぁ」と独り言つ。
「そういえば、狼はどうしたんだよ?」
「狼は何とか追い払ったけど、まだ近くにいるかもしれない……」
「そうか、なら狩人さんに依頼するしかなさそうだな。放っておいたらまた被害者が出るかもしれない」
誰かが退治しに行かなければ行けないんだ。
でも、狼は凶暴で強くて恐ろしい。ヒナも為す術もなく噛み殺されかけた。
怖い。怖い。怖い。怖い。とてもじゃないけど勝てる気がしない。
「ラウル、怯えるな。お前は狼を倒せる者じゃ」
さっきから病院の中で黙って話を聞いていた、見知らぬ老人に声を掛けられた。
「誰だ?」
「わしは死んでしまったお前の両親を知る者じゃ」
「え?僕の……両親を……?」
「おいおい、あんまり適当なこと言うもんじゃないぞ爺さん。あんた、腰も目も悪くなかったんだから、こんなガキに絡んでないで日の高いうちに家に帰ったほうがいいぜ?」
あまりに話が荒唐無稽なもんだから、サデイルさんが横からツッコミを入れる。
何でこの爺さんは僕のことが分かったんだろう。僕には小さい頃の記憶がない。気が付いたらこの町にいた。両親がいた事なんて知らなかった。
「お前達の一族は古くから狼退治を生業にしとった一族じゃ。お前さんにもきっと出来るはずじゃ」
爺さんの話には何の根拠もない。でも、何故かそれが真実なのだと思ってしまった。得も言えぬ説得力がある。
「う……うぅ……」
ヒナが目を覚ました。
「ここは、はっ私……森で狼に襲われて……」
「ヒナ!!良かった!目を覚ましたんだね!」
僕はつい嬉しくなって、ヒナの手を両手で包み込んだ。
そしてヒナと目が合った。
「いや!!来ないで!!私を食べないで!!」
ヒナは僕の手を勢いよく振り払い、ベッドの奥へと逃げようとする。ヒナは酷く気が動転しているようだ。
「ヒナここは森じゃない。君がいるのは町の病院だ。怖かったんだろう、もう安心だ」
サデイルさんがヒナを気遣って優しく声をかける。
「そうだよヒナ。ここにはあの狼はいないから」
僕もヒナを落ち着かせようと声をかける。
「いや!!いや!!狼が来る!!襲われるーーー!!」
ヒナは取り乱すあまり、気を失って倒れてしまった。
「なんてこったトラウマになっちまってる。それほどまでに恐ろしい体験だったんだろう。狼がいる限り、彼女が安心して暮らすことは出来ないかもしれないな」
サデイルさんは落ち込んだ声でそう言った。
身寄りがなく孤独だった僕に、唯一優しくしてくれたのがヒナだ。
ヒナは僕の幼馴染であり、年の近い姉のような存在だ。ヒナが世話を焼いてくれなかったら、僕はとっくに野垂死んでいたかもしれない。
僕はそんな優しいヒナの笑顔を見るのが好きだった。
寂しさに耐えかねて、狼がいるなんて嘘をついて回った時も、ヒナだけは笑ってくれた。
「そんな!明るいヒナがもう笑えないかもしれないなんて嫌だ!!僕が、僕が狼を退治しに行く!!ヒナの笑顔を取り戻すんだ!!」
決意を胸に僕はそう宣言する。
「狼退治は困難を極める。それに退治するまでは帰っては来られぬ。それでもこれはお前の使命じゃ。誇りを持って行ってこい」
爺さんは僕の背中を押してくれた。
「危険だぞ?狩人さんに任せておけばいい案件だ。子供のお前が行っても何も出来ないぞ?」
「それでも、ただじっと待ってるなんてことは出来ない!僕は行くよ!サデイルさん!」
「そうか……ここが男の見せ所ってことだな……」
サデイルさんはそういうと、タバコに火をつけながら立ち上がり、玄関に置いてあった斧を僕に手渡してくれた。
「これを持っていけ!気を付けて行けよ。お前はどうしようもない問題児だったが、無事に帰ってくることを祈ってるよ」
そう言うと、初めてサデイルさんが笑いかけてくれた。
次の日、僕はサデイルさんからもらった斧を片手に、とうとう森までやってきた。
この森は深く、昔から妖や物の怪が出ると噂がある。
その為、狩人でもなけりゃ町の人々は寄り付こうともしない。
大きな木々が太陽を遮り、森の空気が非日常感を強めていく。
木々の間を通る風が、様々な音を連れてくる。
案外こういった自然現象を、物の怪の声とかと勘違いしているだけなのかもしれないな。
これだけ深い森だ。狼がどこに行ったかなんて見当もつかないが、取り敢えず襲われたところまで行ってみよう。
そうして暫く森を進んでいると、ゾワッと後ろから嫌な予感がした。
ドスッ!!
慌てて振り向くと、鋭い矢が、さっきまで僕の頭があった場所を通り、音を立てて木に突き刺さった。
「う、うわ!!!」
なんだこれ!?咄嗟に振り向かなかったら、間違いなく脳天をぶち抜かれて死んでいた!
「誰だ!!出てこい!!」
「おほほ~どうやら獣じゃなかったようですねぇ~。これは悪いことをしました」
僕が声を張り上げると、茂みの奥から変な喋り方の、これまた変な格好をした、変な女が現れた。
見た感じ僕より5歳くらい年上の見目麗しい成人女性だ。体のラインがよく出るぴちっとした赤と青と黄色と緑のカラフルな狩り装束を着ていて、手には弓を、背には矢筒を背負っている。
「なんだお前!?おい!危うく死ぬところだったぞ!!」
突然殺され掛けたことで、驚きがだんだん怒りへと変わっていく。
「失礼失礼。獣の気配がしたもので~。気取られる前に射ってしまおうかと~」
「それで僕が死んでたら、お前は人殺しになってたんだぞ!?」
「獲物を狩る前に声をかける狩人がどこにいますか~?迷えば死にます~。それもこんな深い森の中で、まさか人がいるとは思わないでしょ~?人間だと主張しなかった貴方も悪いんですよ~」
自分を狩人だというこの女は、まったく悪びれる様子もない。
「そんな理屈が通るか!声をあげながら森を進まなかった僕が悪いって?今は狼が出るんだぞ!襲ってくださいって言ってるようなもんじゃないか!」
「なんと!?貴方も狼を退治しに行かれるのですか?そんな装備で~?ぷぷぷっ狼相手に斧だけで何ができるんですか~?」
女狩人は嘲るように僕を笑う。
「笑うな!僕は代々狼を退治してきた一族なんだぞ!素手でも簡単にひねれるってなもんだね!」
実際は無理だ。正直斧だけでは心許ない。でもこいつにバカにされるのは癪に障る。
「ぷぷぷっ。口で狼が倒せるといいですね~」
カッチーン。
「こいつ!もう怒ったぞ!お前とは口きいてやんないからな!」
「あはは~。怒ったからって何ができるんですか~?」
「……」
「喋らなかったらまた勘違いして撃ってしまいますよ~?」
「……」
「わかりました。貴方について行きます~」
「なんでそうなる!?」
「無言のまま貴方に森をうろうろされたら今度は本当に人殺しになってしまいます~。私が殺したいのは狼だけですから~」
「はぁ……もう、分かったよ……好きにしたらいいさ!」
「あらあら~強がっちゃって~」
「からかうな!」
「私の名前はカリュー。よろしくね~少年」
カリューと名乗る女はそう言うと手を差し出してきた。
「……ラウルだ」
でも僕はその手を握り返しはしなかった。
「もう~ツンデレさんなのね~」
カリューは笑うと、勝手に僕の後ろをついてくる。
こうして変な奴が仲間になった。
「-----つまり~ラウルがその狼に襲われたっていう少年なのね~」
「正確には、一緒にいたヒナが襲われたんだ。僕は必死に狼を引きはがして、ヒナを抱えて逃げることしか出来なかった」
僕を先頭にして、先日狼に遭遇したところまで道案内しながら、僕は道すがらカリューにここに来た経緯を話していた。
認めるのは癪に障るけど、特に何も問題なく森を進めているのはほとんどカリューのお陰だ。
森の歩き方や、気を付けるポイントを、必要となる前には全て的確に教えてくれる。時には僕が気が付かないうちに、何らかへの対処が済んでいる。
間違いなく凄腕の狩人で、森にもすごく詳しかった。
昼も過ぎた頃、ようやく僕たちは狼に遭遇したとこ所まで辿り着いた。
「ここだ、ここで狼に襲われたんだ!」
「ふむふむ~。確かに若い狼の匂いが若干残ってますねぇ。この血痕はヒナさんのものでしょうか……」
「間違いないよ、その木の辺りで襲われたはずだから」
カリューは早速辺りを調べだした。
「この木には、狼の爪痕が残っていますね~。見て下さい!身をこすりつけた跡に毛が付いてます。つまり知らず知らずのうちに縄張りに入ってしまったが為に襲われる羽目になったということでしょうか……」
「そうか……ヒナを森に誘ったのは僕なんだ……」
「それまたどうして?」
「僕は孤児で、身寄りも金もなかった……だから空腹が酷くなったらよく森に入って食糧を調達してたんだ」
「奇跡ですね~」
「え、なにが?」
「ラウルのような子供が一人で森に入って無事に食糧にありつけるなんて~、奇跡としか言いようがありません~。先ほどはバカにしましたが、ラウルは狩人としても素質があるのかも知れませんね~」
「日頃からヒナともちょくちょく浅いところから木の実を取ってきたりしてたんだ……」
「でも、調子に乗って深いところまで来てしまったと~?」
「ああ……僕がこんなところまでヒナを連れてきてしまったばっかりに……ヒナは……傷物に!!」
「そう思いつめないことです~。その仇を取るためにこうしてここにいるのでしょう~?」
「ああ、うん……そうだな……そうだ、僕は狼を倒す為にここに来たんだ!必ず見つけ出してやる!」
僕は決意を改に宣言した。カリューに話せたことで何だか少し楽になったような気がした。
「痕跡を見るに、狼はこの辺りにいるはずです~。水飲み場が北にあるので恐らく、北にいるのではないでしょうか~」
「なるほど。じゃあ早速倒しに行こう!」
「その調子です~と言いたいところですが、この森は木が大きいですから、夕方にはもう真っ暗になってしまいます~。今日はこの辺で休んでいきましょう~」
「分かった、カリューの言う事に従うよ」
カリューは微笑むと、リュックから赤い布を取り出した。
「森の中で地面にそのまま寝るのは自殺行為です~。なのでハンモックを作ろうと思います~。そこにちょうどいい高さの木がありますね?木登りは得意ですか?」
「なるほど。確かに狼は木には登らないもんね。僕は木登りは得意だよ、あそこの木に結んでこればいいんだよね?」
「はい~」
僕はひょいひょいっと木に登ると、ハンモックの両端を木に結びつけた。
「出来たよ!それでこの後はどうすれば、うわ!!!」
作業を終えて振り返った瞬間、いつの間に登ってきたのか目の前にカリューの端正な顔があった。
「おっと~驚かせてしまいましたか~。でも~あとはもう寝るだけですよ~」
「うわー!!」
そういうとカリューは僕を巻き込んでハンモックの中へと飛び込んだ。
「ラウルには特別に私と添い寝する権利を与えます~」
「な、なんで?!」
「ハンモックは1個しか持ってきてないんです~」
「ならいいよ!僕は地面で寝るから!」
「それは許しません!目が覚めた時にラウルが死んでいたら寝覚めが悪いですから~」
「ならせめて、もう少し離れて……」
カリューは変わっているといえ、綺麗な顔をしている。肉と筋肉がいいバランスでついた年上の体は、思春期に入ったばかりの僕には刺激が強すぎる。
「あら?私のことがそんなに嫌いなんですか~?からかったことがそんなに嫌だったなら、今日だけは特別に謝ってあげてもいいですよ~」
「別にそういうわけじゃ……!」
「ラウルは照屋さんで面白い子ですね~。私のことはお姉ちゃんって呼んでもいいんですよ~?」
カリューはそういうと僕に抱き着いてきた。暖かな感触と女性のいい匂いに包まれて、僕の心臓はドクドクと高鳴りだす。
「や、やめろ……」
僕はパンクしそうな頭で必死に引きはがそうとするが、僕の想いとは裏腹に、僕の体は弱々しく押しのけることしか出来ないでいた。
「素直じゃない所も可愛いですね~。決めました!私はラウルの本当のお姉さんになります~!森から帰ったら、一緒に暮らしましょう!」
「え!?」
「私が狩りの技術を教えてあげますから~、一緒に狩りをして暮らすのです~……きっと楽しいですよ~……ふたり、なら……きっと…………」
スースー……
カリューは見かけによらず相当疲れていたのだろう。喋り終える前に、僕を抱いたまま眠りに落ちてしまった。
お姉さんか……
僕は赤くなった頬をかきながら、そのことについて思いを膨らませた。
確かにカリューは変わっているけど、優しくて、森に詳しくて、そして美人だ……
一緒に暮らせたら……少しは……寂しさも、無くなるかな…………
そこまで考えたところで、僕もとうとう夢に落ちた……
酷い夢だ!
さっきから蚊の大群に群がられている。
肌にとまったやつを潰すと、そいつらはもう血を大量に吸っていて、その血が僕を汚していく。
かゆくてかゆくてかきむしる……
そうこうしている間にも、蚊はまた違う所を刺していて、そいつらを潰す度に血がまた僕を汚す。
夢の中だからだろうか、思ったように動けなくてイライラする。
痒さに耐えきれなくなって暴れまわるも、ハンモックから逃れることは出来なくて、その度に潰れた蚊の血が飛び散っていく。
血の匂いが濃くなっていく……
おかしくなりそうだ……かゆい……
いかれてしまう……かゆい……
しぬほどかゆい……かゆい……
いい加減にしてくれ……かゆい……
目が覚めると、赤いハンモックからは微かに血の匂いが漂ってきた。
少しだけかゆみも感じる。
どうやらあれは半分現実のことだったみたいだ。
そりゃそうか、こんなに深い森の中だ。蚊に刺されてもなにも不思議じゃない。
あれ?
カリューは?
気が付くと隣に寝ていたはずのカリューは、そこには居なかった。
カリューの靴や鞄なんかも消えている。
なんで?どうして?まさか、僕を置いて一人で狼退治に行ってしまった?!
優しいカリューならそれもあり得そうだ。
それとも、直前で怖くなって逃げだしてしまったのか?
狼から逃げた事のある僕としてはその線も考えられる。
にしても変だ。
まさかとは思うけど、カリューはこの森に潜む妖や物の怪の類だった?!
思えば僕にとって都合がいいというか、初対面なのに優しすぎたというか……
でもそんなことって有り得るのか?町のおばさんたちの噂話だとばかり思っていたけど……
ダメだ。いくら考えてもちっとも分からない。取り敢えず木を降りて辺りを調べてみよう。
地面に降り立った僕は木の後ろに隠しておいた斧を手に取ると、北に向かって歩き始めた。
カリューは昨日、狼は北にいると言っていた。妖かもしれないけど、北に向かえばまた会えるかもしれない。
少し歩くと、目の前に小さな小川と少し開けた土地が見えてきた。小川と言っても跨いでしまえるほどで、食べれる魚がいるような気配もない。
いた!狼だ!!
その小川に水を飲んでいる狼がいた。間違いない、先日のヒナを襲った時のあいつだ!
ゴクリ……
緊張から唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえる。
今だ。ビビってる暇はない。仕掛けるなら、奴がこっちに気づいてない今しかない!!行くんだ、その為に来たんだ!!奴を倒して、ヒナのトラウマを取り払うんだ!!
「うぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」
気合を入れ、雄叫びをあげながら斧を片手に狼の背中へ全力でかける。
狼も半分ほど近づいたところでこちらの存在に気が付いた。だが、驚いているのか特に何もする気配はない。
「遅い!!!」
勢いよく駆け寄った僕は、その勢いのままに全力で切りかかった。
狼は特に回避することも出来ずに、その顔に斧が突き刺さる。僕は斧を引き抜くと何度も何度もその体に斧を打ち付けた。
その度に血が宙に舞い、狼が力なく倒れた後も、腕が上がらなくなるまで僕は斧を振り続けた。
「はぁ……はぁ……」
やった!やった!倒した!野生の狼を!この僕が!!僕が倒したんだ!!……これで帰れる!ヒナのもとへ!ヒナに笑顔が戻ってくる!!
何時からか全身は血濡れになっていて、血の匂いは完全に体に染みついていた。
それでも狼を倒したことが嬉しくて嬉しくて、僕はすっかりカリューの存在を忘れて、独り感動に打ち震えていた。
…………さぁ、そろそろ帰ろう。目的は果たしたんだ。こんなところに長居することもないだろう。
帰ろうとしたその時、気が付いたら既に狼の群れに囲まれていた。
ま、まずい!!360度完璧に囲まれた!!狼は一匹じゃなかったのか!!
そりゃそうか、狼は群れで生活する生き物だって聞いたことがある。襲われた時に一匹しかいなかったからって、群れが近くにいないわけではなかったのか……ってそんなこと考えてる場合じゃない!!
恐らく血の匂いに誘われてここまで来たのだろう。
囲まれてしまった以上どうすることも出来ない……まさに絶体絶命のピンチ。
どうする!?どうする!?一か八か戦うか……いや無理だ!!万に一つも勝ち目はない!ならば逃げるか……それも希望は薄そうだ。森の中でとても逃げ切れるとは思えない……
狼達は僕を囲んだまま、襲い掛かってくるでもなく、様子を見ながら尻尾を振っている。
血に興奮しているのかもしれない。
「来るな!来たらこっちだって容赦しないぞ!!!」
すると何故か狼たちが尻尾を振りながらその場に伏せだした。
何だどういう事だ?どういう意味の行動なんだ!?
でもこれはまたとないチャンスだ!!この期を逃すわけにはいかない!!
僕は迷いを切り捨て、一か八か全力で走って逃げた。幸い、狼達は僕を追ってくることはなく、僕はただひたすらに森の中を走り続けた。
何とか森を抜けることが出来た僕はそのままの足で急いで町に向かって走った。
「狼だ!!狼が出たぞ!!!」
狼は単体じゃなかった!急いで町の人たちに伝えないと、皆が危ない!また誰かが襲われるかもしれない!!
「狼だーーー!!狼が出たんだーー!!!」
ヒナ達にも早く伝えなくちゃ!町の中を走りながらヒナ達のことを考える。
「サデイルさん!ヒナ!!狼だ!!狼が!!」
バンッ!!扉を開けた瞬間中から斧が飛んできて、僕の顔の横に突き刺さった。
斧を投げたのはヒナだ。興奮しているのか、投げ終わった姿勢のまま肩で息をしている。
「出ていけ!出ていけ怪物!!」
「落ち着いて!僕は狼じゃない!そうじゃないんだ!森に狼の群れが!!」
「嘘よ!!じゃあその姿は何?!」
鏡には、鋭い爪、縦長の瞳孔の黄色い瞳。毛むくじゃらの大きな体。口と体中に赤い血の跡を残した、狼人間が写っていた。
そいつは僕の服を着て、僕と同じ動きをする。
「違う……何だこれは……!!こんなの僕じゃない!!!何かの間違いだ!だって僕はヒナを助けるために……」
「お前がヒナを襲ったんだろう?!この人の皮を被った怪物め!!ずっと俺たちを騙してたんだ!楽しかったか糞やろう!」
サデイルさんはナイフを手にこちらを睨む。
「違う!!違う!!こんなのは夢だ!現実なわけない!!そうだ!きっとそうに違いない!!」
「見苦しいぞ!!化け物め!!」
「何かの間違いだ……夢なんだ……そうだよ……夢なんだよ!!夢なら覚めなきゃおかしいよなぁ……」
これは夢だ!頭を抱えた僕をヒナとサデイルさんが睨んでいる。
「ああ……そんな目で見ないでくれ!!悪い夢だ……悪い夢だ……こんな悪い夢を見せるのはこの頭か……!!!」
僕は思いっきり首を後ろに引くと、勢いを利用して床に頭を打ち付けた。
ドンッドンッドンッドンッドン……
痛い……痛い……痛い……痛い……痛い……
ドンッドンッドンッドンッドン……何度も何度も打ち付けた。
痛い……痛い……痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!
はっ!目が覚めると僕はいつも自分が寝泊まりしているボロ小屋で天井を眺めていた。
「なんて酷い悪夢だったんだろう……」
こんな悪夢を見たのは初めてだ。一体どこからが夢だったのか?
いっそ全てが、ヒナが襲われた事すらも夢だったらいいのに。
僕は一縷の望みを胸に、サデイルさんの病院へと向かった。かなり速足で歩いていたのか、気が付くともう病院の前まで来ていた。
頼むここにヒナがいなければ、全てが夢だったんだ。お願いします!
「サデイルさん!サデイルさーん!!僕だよー。ラウルだよ!サデイルさーーん!!」
あれ?居ないのかな?
鍵は……空いてる。全く、無用心だな……
「サデイルさーーーん?いないのー??」
中に入ってもそこには誰もいなかった。
ベッドの上にもヒナの姿はないし、この病院の主であるサデイルさんの姿も見当たらない。
おまけにあの変な老人も居ないようだ。
留守か……
「ってうわ!」
サデイルさんったら輸血袋をこんなに散らかして……床やベッドが血まみれになってるじゃないか。
はは~ん、読めたぞ?
さてはドジっちゃったから掃除道具を買いに行ったんだな。
まぁでも、ヒナが入院していないってことは、やっぱりあれは全部夢だったんだ。
変な夢だ。
僕は踵を返して帰ろうとした。
「あれ?こんな所に傷なんてあったっけ?」
玄関の扉を開けようとすると、その横には刃物が突き刺さった跡のような傷があった。
「まぁいっか……」
そう言えば、なんだか今日は町が凄い静かだ。
ここに来るまで誰一人見かけなかったな。皆家の中に閉じこもっているのだろうか。
何時もならヒナは実家の花屋さんを手伝っている時間だ。
お腹は減ってないけれど、ヒナも誘ってピクニックにでも行こうかな……
オオカミ少年は何の為に何度も何度も嘘をついて周ったのか?
そんな疑問から思いついた話です。
ただの寂しがり屋のいたずら少年だったのか?それとも何か裏の事情があったのか?
この物語では、オオカミ少年は狼人間として描かれます。
ただ、表層人格であるラウルは自分が狼人間だとは気が付いていなかったようですが、ヒナへの恋心やカリューへの想いが食欲からくるものではなかったとは言い切れません。
知らず知らずのうちに狼人間としての考え方で行動していたのかもしれません。
☆最後までお読み頂きありがとうございます☆
評価、ブックマーク、レビュー、感想等頂ければ、初めてビクロイした小学生のように歓喜します。
他にも投稿してるので是非見ていって下さい!