【Ⅱ】珍道中の始まり
静かな森の中にある家まで転移魔法で帰ると、隷従魔法で従えた吸血鬼メイド――ローザがご機嫌な様子でユウとゼノを出迎えた。
「お帰りなのじゃ。今日は仕事を受けてこなかったのか?」
「んーん、受けてきたよ」
ユウは羊皮紙をローザに見せつけながら、
「魔王城に行くの!!」
「んがッ」
ローザの口から変な声が漏れた。
彼女の持っていた羽箒が、カタンと音を立てて床に落ちる。
赤い瞳を見開き、小さな牙が覗く可愛らしい口をあんぐりと開け、まるで石像よろしくその動きを止めてしまう。
変な反応をしたまま止まってしまったローザに、ユウは「おーい?」と手を振って状態を確かめる。
「ゼノ、ゼノ」
「おう」
「ローザちゃん、石になっちゃった」
「見りゃ分かる」
ゼノはローザの綺麗な金髪をクイクイと引っ張ってみるが、やはり石像になってしまったかのように動かない。
こんな状態になってしまった彼女に、挨拶もクソもないだろう。
強制的にぶん殴って覚醒させることもゼノの作戦にはあったが、そんなことをしようものならユウが確実に悲しむ。
固まるローザの目の前をチョロチョロと移動しながら、懸命に「ローザちゃーん?」と呼びかけるユウにゼノが言う。
「行こうぜ、ユウ坊。早く出発しねェと日が暮れるぞ」
「うん、そうだね。ローザちゃんは仕方ないかぁ」
「待て待て待てぇーい!! お主ら正気かぁ!?」
正気を取り戻したローザが、ユウとゼノに飛びついてきた。
「魔王城!? 死にに行くようなものじゃ!! うっかり魔王に出会ってしまったらどうするつもりじゃ!?」
「あ、ローザちゃん治ったね」
「チッ、そのまま石像になってりゃよかったのに」
「妾は病気でも何でもないのじゃ!! あと性悪ダークエルフは態度を改めよ!! 妾はお主の為にも言うておるのじゃ!!」
きゃんきゃんと甲高い声で叫ぶローザは、
「魔王城はレベルの高い魔物の巣窟になっているのじゃ!! そんなところに行くなんて、死にに行くようなものじゃぞ!?」
「ええー、でも次のお仕事は魔王城じゃないといけないし……」
「今すぐ断ってくるのじゃ!!」
ローザは家の外を指差すと、そう叫んだ。
しかし、ユウとゼノにも生活がある。
いくら魔王四天王を倒して多額の報酬を得たとしても、有限ではない。ちゃんと働いて安定した収入を得なければ心配なのだ。
ユウとゼノは顔を見合わせると、二人揃って首を横に振った。
「やだ」
「却下」
「何故じゃ!!」
「働かないと、ご飯が美味しくないもん」
ユウは長杖を両手で握りしめると、
「大丈夫だよ、ローザちゃん。ぼくたち絶対に帰ってくるから」
「場所が場所だから留守番してもらうことになるけど、まあ明日には帰ってくるから」
「明日ゥ!? なら妾も連れてけ!! 台所が大惨事になってもいいのか!?」
ついにローザは自分の家事の出来なさを利用して、台所の無事を人質にし始めた。
これに動揺したのは、ゼノである。
家事をする彼女にとって、台所は聖域だ。荒らしてほしくないことは分かる。
ユウは「んー? 何でぇ?」と首を傾げるが、ゼノが渋々と言ったように応じる。
「仕方ねェ……さっさと荷物をまとめてついてこい」
「よっし!!」
ローザは拳を天井に突き上げると、いそいそと身支度をし始めた。寝床の棺に着替えを入れて背負うと、蝙蝠で作った日傘を差してご機嫌な様子で戻ってくる。
ユウは苦虫を噛み潰したかのような顔のゼノを見上げ、
「ゼノ、どうしたの?」
「……あの野郎にせっかくの新居の台所を荒らされるのは嫌だ」
低い声で唸るように言うゼノに、ユウは「ゼノにも嫌なものがあるんだねぇ」などと応じた。
☆
「ねえねえ、ローザちゃん」
「何じゃい」
「もしもね、魔王を倒しちゃったらどうなるのかな?」
「そりゃあもちろん、世界が平和になるじゃろ」
森の中をのんびりと歩きながら、ユウとローザは呑気に言葉を交わす。
ユウは「ふーん、そっかぁ」と頷くと、
「魔王って魔物を作った人?」
「そうじゃな。闇魔法を極めると、魔物を作り出すことが出来るのじゃ」
「ローザちゃんは消えちゃう?」
「吸血鬼は独立した種族じゃ。魔王に与した訳ではないのじゃ」
ローザは心外なとばかりに眉根を寄せて、ユウの脇腹に軽く手刀を突き刺した。
「それに、妾はご主人の隷従魔法で奴隷にされている状態じゃ。生存の為の魔力供給はご主人から行われておる」
「ええー、ぼくそんなことしてたかなぁ?」
「隷従魔法を介しているから実感は湧かんがの。ま、妾は魔王など気にはしておらんが」
ツーン、とそっぽを向くローザは、
「妾はお主らが死ななければ、それでいいのじゃ」
「ローザちゃん……」
「お主らが死んでしまったら、美味い飯にありつけなくなるのじゃ」
じゅるりと涎を垂らして言うローザに、ユウは笑いながら言う。
「ローザちゃん、ゼノのご飯好きなの? 美味しいもんね」
「そうなのじゃ。性悪ダークエルフは性格こそ問題ありきじゃが、飯の美味さは折り紙付きなのじゃ」
「おい、聞こえてるぞドジっ子吸血鬼メイド。簀巻きにして日向に放置してやろうか」
地図を見ながら歩くゼノが、ユウとローザへ振り返って二人を睨みつける。
魔王城までの珍道中は始まったばかりだ。




