【Ⅵ】堕天使は空へ還れ
「それより、先程の美しいダークエルフともう一度話を――」
「《おいのり》!!」
「ぎゃあああッ!? それ光魔法でも聖なる魔法じゃねえかやめろやめてくれェ!!」
長杖を振り回して聖なる魔法を発動させたユウから、アベルは情けない悲鳴を上げて逃げ回る。
ちょこまかと逃げ回るので、ユウは「むぅぅ!!」と頬を膨らませた。
往生際が悪い魔王四天王である。ゼノが出てくる前にさっさと討伐しなければ、彼女があの汚い男の視線を受ける羽目になってしまう。
長杖をぶんぶんと振り回しながら聖なる魔法を連続で発動させ、ユウはアベルを仕留めようとするが、
「おいユウ坊、そんなに張り切って大丈夫なのか?」
「ッ!! ゼノ、来ちゃだめ!!」
「え?」
銀色の長弓を背負って家から顔を覗かせたゼノに、ユウが叫ぶ。
彼女が不思議そうに首を傾げたその時、バサッと翼をはためかせてアベルがゼノの前に降り立った。驚くゼノの手を取って片膝をつくと、やたら甘い声で囁く。
「ああ、お美しいダークエルフのお姉さん。どうかボクの手を取って、愛を受け入れて……」
「キッッッッッショ!!!!」
ゼノはアベルの顔面に再び拳を叩き込み、遥か彼方へ吹き飛ばす。
本当に容赦がなかった。
先程もそうだったが、彼女はユウ以外の異性に対して本気で手加減も容赦もなかった。
ユウは長杖で殴りかかろうとしていたのだが、ゼノの見事な拳が突き刺さって闇に消えていくアベルを視線で見送る。
「よし、今のうちに」
「ちょっと暴力的すぎやしないかね!?」
闇の中から走ってきたアベルは、ツンと尖った鼻をひん曲げた状態でゼノに詰め寄る。
「何故ボクの愛を拒む!? 女性であればボクの容姿に惚れるはずで」
「自惚れるのもいい加減にしろ、色男。アタシの趣味はオマエのような整った面じゃねェ」
「ならばどういう男が好みなんだい!? その通りの容姿になろうではないか!!」
「アレ」
ゼノが指で示したのは、長杖を構えたユウだった。
魔法の発動準備をしているのか、ぶつぶつと呪文を唱えている。
長杖からバチバチと白い雷が弾け飛び、じわじわと彼の足元に白く輝く魔法陣が浮かび上がっていた。色から判断すると、光魔法で間違いない。
アベルはギギギ、ギギギ、と油の切れたブリキの人形の如くゼノへ振り返った。
彼女は清々しいほどの笑顔を浮かべて、アベルを羽交い締めにした。
「安心しろ。ユウ坊ならちゃーんと天国に行かせてくれると思うからな。――まあ、悪魔のオマエが天国に行けると思わねェけど」
「え、ちょ、待って待って待って待って美人に抱きつかれるのはいいけど何でこれで召されなきゃいけない訳ェ!? このままだとお姉さんも巻き込まれることになるけど!?」
「ユウ坊のことだから、きっとどうにかしてくれるだろ」
ゼノが「それにオマエ気持ち悪いしな」とポツリと呟くと同時に、ユウの魔法が完成した。
白く輝く魔法陣はそのままに、ユウはゼノへ「《おまもり》」と守護の魔法をかける。ついでに家にも守護の魔法をかけておいた。これで家が吹き飛ぶことはないだろう。
「やめてくださいお願いします命だけはーッ!!」
「ぼくは、へんたいさんを、許さないのッ!!」
しっかりと許さない旨を強調すると、ユウは完成させた魔法を発動させた。
「《てんしさーん》!!」
詠唱が省略されていても、それはきちんとした光魔法だった。
もっと言えば、それは聖なる魔法であり、聖職者や教会関連の職業しか使えない魔法である。
そして教皇やもっと修行を積んだ聖女しか使えない、極大神聖魔法とも呼ばれていた。
「やめてーッ!!」
アベルの悲鳴など聞き入れることなく、極大神聖魔法が発動する。
空から静かに降り注いでいた月光に、キラキラと温かな光が混ざる。
それは、彼の呪文のように天使が降りてきたかのようだった。
ふわふわと白い羽根が、まるで雪のように落ちてくる。
アベルはぎゃあぎゃあと喚くが、極大神聖魔法は止まらない。
降り注ぐ光を通って、透き通るような金色の髪を持つ子供がゆっくりとやってくる。小さな純白の翼をパタパタと動かして、穢れを知らない無垢な手でアベルの頬に触れる。
「ぎゃあ、やめ、やめてやめ、あぐ、ぁ、ッ」
子供に触れられたことによって、アベルの体から黒い粒子がしゅうしゅうと抜けていく。それに伴って、アベルの黒い翼が純白に変わっていった。
「嫌だ、嫌だあ!! 天使には、天使には戻りたくない!!」
アベルは我儘を叫びながら、天使に連れ攫われていく。
ジタバタとアベルはゼノに手を伸ばすが、ゼノは伸ばされたアベルの手を叩き落とした。
彼を地上に留めるものはなく、抵抗虚しくアベルは天使によって夜空へ連れて行かれてしまった。
ユウは長杖をぶんぶんと振り回し、空に向かって叫んだ。
「――もーうーくーるーなーッ!!」
その叫びは、空に帰ってしまったアベルには届かない言葉だった。
夜空を見上げたゼノは黒い羽根と白い羽根を拾い上げて、
「なるほどな、アイツ堕天使だったって訳か」




