【Ⅱ】旅の前の準備
「――そういう訳なんだぁ。首なし騎士なんているのかなぁ?」
「阿呆か?」
フラウディア王国で滞在している宿屋に戻ったユウとゼノは、部屋で出迎えたローザから素直な罵倒を受け取った。
ちょうど部屋の掃除をしている最中だったらしいローザは、パタパタと揺らしていた羽箒で主人であるはずのユウの頭をバサバサと叩きながら繰り返す。
「阿呆か? 常日頃から思っておったが、お主は阿呆か?」
「あぷッ、わぷッ、ろ、ローザちゃ、待って」
「待たんわ阿呆!! お主のような阿呆が主人とか呆れるのじゃ!!」
埃が飛び散ってもお構いなしにバサバサと羽箒を主人の頭に叩きつけるローザだが、横からゼノの平手打ちが飛んできて罵倒の時間は強制終了した。
容赦のないダークエルフの平手打ちを受けたローザは壁に叩きつけられたが、持ち前の再生力で即座に立ち上がると「何するのじゃ!!」と叫ぶ。
「いきなり殴らんでもよかろう!?」
「ユウ坊に暴力たァいい度胸じゃねェか」
ゼノは長弓を構え、矢をつがえてキリキリと弓を引き絞る。
矢の先端はローザの額に向けられていて、放たれれば避ける間もなくローザの額を射抜くことだろう。
このダークエルフが、ローザ相手に手加減をしたことなどない。
いくらユウによる隷従魔法が効いているとはいえ、彼はローザが魔物としての死を迎えても「あ、死んじゃったぁ」だけで済ませるだろう。今度こそ確実に死んだ。
命の危機を察知したローザは「止めるのじゃ、止めるのじゃーッ!!」と叫びながら、主人であるユウを盾に使う。
「しゅ、主人よ!! あのダークエルフを止めるのじゃ!! このままでは妾が死んでしまうぞ!?」
「ゼノ、あんまりローザちゃんをいじめないであげて。かわいそーでしょ」
ユウによる注意は効果覿面で、ゼノは渋々と長弓を下ろした。
主人の背後という安全地帯で胸を撫で下ろしたローザは、腰に手を当ててユウに言う。
「主人よ。お主は魔物の危険具合を分かっておらんのじゃ!! 普通であれば首なし騎士の討伐依頼など、誰も引き受けんのじゃ!!」
「そうなの?」
「何故にお主はそんなキョトンとした顔で言うんじゃ!? お主、本当に事の重大さが分かっておらんのじゃ!!」
主人のあまりの無知っぷりに、ローザは頭を抱えた。
魔法の腕前だけは、イグリアス大陸で一番と言っても差し支えはないだろう。
何せ、ふざけた呪文だけで最上級魔法を使いこなしてしまうほどの腕前と、膨大で純度の高い魔力を有しているのだから。世界中を探しても彼以上の魔法使いは存在しない。
それなのに、魔物に対する知識はおろか、一般常識すら知らないという始末である。
今も「首なし騎士を倒してきてってお願いされちゃったぁ」などという常人であればぶっ倒れてもおかしくないことを平然と宣ってきたのだから、羽箒でぶん殴られても文句は言えまい。
「いいか、主人よ。そこなダークエルフもよく聞いておくのじゃ」
ローザは薄い胸を張り、腰に手を当てて、珍しく説教する姿勢で、魔物に対する知識が皆無な魔法使いとダークエルフに教えを授ける。
「首なし騎士は、魔王の四天王に属するのじゃ。大勢の死霊を引き連れる屍人系魔物の頭領とも呼べる存在じゃ」
「屍人系魔物? なぁに、それ」
「いわゆる墓から蘇った死体が、闇の粒子に触れて魔物化したものじゃ。よく見るじゃろ、魔物を倒した際に出てくる黒い粒子。あれが魔物を構成する物質――闇の粒子じゃ」
ローザの説明へ、ユウとゼノは真面目に耳を傾ける。
抽象的な説明をしてくるかと思いきや、彼女は思いのほか真面目な説明をしてきたのだ。話の内容的にも聞いていて損はないので、二人は静かにローザの説明を聞く姿勢を取る。
「首なし騎士を討伐するには、奴の率いる大量の死霊を倒さねばならん。しかも奴が率いる死霊は、そんじょそこらの幽霊と違って現世に強い未練を遺しておるのじゃ。強力な光魔法を用いても、死霊の成仏は叶わんじゃろう。まして首なし騎士の討伐など以ての外じゃ」
「ローザちゃんは、ぼくたちを心配してくれているんだね」
「んなあッ!?」
ユウの発言を受け、ローザは赤い瞳を見開いて固まる。
ローザの説明を真面目に聞いていたユウは、ローザに笑いかけた。
「大丈夫だよ、ローザちゃん。ぼくたち絶対に帰ってくるね」
「わ、妾はそういう意味で説明した訳じゃ……ッ!!」
「よしよし、心配しないでね。首なし騎士を倒したら、すぐに帰ってくるよ」
「だから首なし騎士は簡単に倒せるような輩では……おいナデナデするなぁ!! わ、妾を子供扱いするでないわ!! それならお主の方が子供じゃろ!!」
ほわほわと笑いながら頭を撫でてくるユウの手を振り解き、ローザは牽制するように羽箒をバタバタと振り回した。
「ええい、心配して損したのじゃ!! さっさと仕事に行くのじゃ!!」
「うん、行ってくるね」
「知らねェ奴がきても扉を開けんじゃねェぞ。買い物にも行くなよ」
「妾を誰だと思ってるのじゃーッ!! お主らよりも遥かに長生きしとるのじゃぞ!!」
満面の笑みで手を振るユウと、完全に子供扱いをしてくるゼノを部屋から蹴り出して、ローザは勢いよく扉を閉めて鍵をかけた。
シン、と静まり返る部屋。
ベッドは一つだけで、その下にはローザの棺が置かれている。吸血鬼であるローザは朝日が苦手で、ベッドの下に棺を置くといい感じに陽光が回避できるのだ。
つまらなさそうに唇を尖らせたローザは、ポイと羽箒を放り捨てるといじけたように棺の中に閉じこもる。
「阿呆め……妾も連れてくのじゃ……」
本当はついて行きたかったが、仕方がない。
大人しく昼寝でもして、ユウとゼノの帰りを待つことにしよう。




