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最強の魔王を倒したのは異世界転生者ですか? いいえ、通りすがりの冒険者です  作者: 山下愁
第7話:ヘレニア国立魔法学院の学園祭

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【Ⅹ】怖い魔法

 そんな訳で。


 ヘレニア国立魔法学院から出国する為に、ユウたちは城門に向かっていた。


 他の客の視線はどれもこれも冷たくて、先程のゼノによる暴行が影響しているのだろう。歩くたびにひそひそと声を潜められて、何か悪口のようなものを言われている気配があった。



「どこかのイカれダークエルフのせいで、居心地が悪いったらありゃしないわ」

「おっと、シュラ嬢はここに置いていかれたいみてェだな?」



 ゼノは綺麗に微笑みながらシュラに振り返り、若き騎士の少女はブンブンと首を横に振る。

 せっかく大きな国に行くと言って故郷を出てきたのに、入学資格も有していないのにヘレニアへ置き去りにされても困るというものだ。


 ユウは首を傾げて、



「何でゼノが悪いの?」

「アンタねぇ、教員に暴力を振るえば普通に警備が飛んでくるわよ?」

「でも、ゼノはぼくを助けてくれたよ」



 シュラの言葉に、ユウはきっぱりと言う。



「ゼノは間違ったことしないよ」

「アンタのその、こいつに対する信頼感は何なのよ……」

「ゼノは間違ったことしないの!!」



 不満を強調するように頬を膨らませて詰め寄るユウに、シュラは「分かった、分かったから」と言う。


 ユウにとって、心の底から信頼して全てを任せられる存在はゼノ以外にあり得ない。

 この世界において、誰も彼女の代わりなど出来やしないのだ。おそらく、他のダークエルフであっても、ゼノ・シーフェの代わりにはならない。


 ゼノはシュラに詰め寄るユウを引き剥がしながら、



「とにかく、さっさとフラウディア王国行きの馬車に乗っちまうぞ。じゃねェと何が起きるか」

「逃すと思うか?」



 唐突に聞こえてきた嗄れ声に、全員の足がピタリと止まる。


 出口である城門の前に、あのとんがり帽子を被った背の高い老爺が立ち塞がっていた。

 その枯れ枝のような細い手には、翼を広げたわしの像が掲げられた長杖ロッドを握りしめていて、鷲のくちばしには緑色の魔石が咥えられていた。


 ゼノが老爺の出方を警戒して最前線に進み出て、銀色の長弓ロングボウを構える。



「そこを退け」

「断ると言ったら?」

「力づくでも通る」



 低く唸るゼノを、老爺はからからと笑い飛ばす。



「君たちを足止めする方法など、いくらでもある」

「あ?」

「ここをどこだと思っている? イグリアス大陸の各地から優秀な子供たちを集めた魔法学院だ。将来は偉大な魔法使いとなる生徒が、ここにはたくさんいる訳だが」



 老爺がコンコンと足元の石畳を杖の先端で叩くと、数十人の生徒がユウたちを取り囲んだ。


 彼らは全員、ユウたちの出方を警戒しているのか視線が鋭い。そしてその手には、長さは様々だが魔法の杖が握られていた。

 少しでも怪しい部分を見せれば、一斉に魔法を放ってくることだろう。


 舌打ちをするゼノに、笑いながら老爺は言う。



「さあ、この人数を切り抜けることは出来るのかね? 鑑定したところ、君は魔法が使えないらしいではないか。君やそこの魔法使いはともかく、他の同行者は傷一つで済むかね?」



 老爺の言葉に、ミザリーとシュラが震える。ローザも「汚いのじゃ、ジジイ!!」と暴言を叫んでいた。


 ユウは長杖を両手で握りしめて、ぐるりと生徒たちの顔を見回した。

 こちらの出方を警戒している様子だが、彼らの表情には緊張感がある。ユウたちを捕まえられる自信はないのだろう。


 多くの繊細な装飾が施された長杖をしゃらしゃらと振りながら、ユウは老爺に言う。



「おじーちゃん、わるいひとだったの?」

「人聞きの悪い。私は君に、ぜひヘレニア国立魔法学院に入学してほしいだけだ」

「できないってゆったよ」

「私は君がほしいのだよ、分かるだろう?」



 朗らかに笑うが、その笑顔が異様に恐ろしい。


 それでも、ユウが怯える様子はなかった。

 彼は長杖の先端を老爺に突きつけて、



「おじーちゃんは、たくさん魔法が使えるとっても凄い魔法使いなのは分かってるよ」

「純粋な称賛をありがとう」

「だからね」

「うん?」



 しゃら、とユウは杖を振った。



「ぼくは、おじーちゃんをとっても怖い魔法でやっつけるよ」

「やっつける? 私を殺すのか?」

「やっつけるんだよ」



 そう言って、ユウは珍しく――本当に珍しく、魔法の詠唱を始めた。



「《其れは足元に潜む者、真似をする道化師、心無き黒い人》」



 めりめり、と何かが剥がれる音がした。

 その音は、老爺の足元からだった。



「《今こそ起きろ、姿無き黒い人――背後で嗤う闇の住人》」



 ヌゥ、と老爺の肩を何かが掴む。

 それは、黒く塗り潰された細い腕だった。


 誰かが悲鳴を上げる、誰かが目を剥いて驚く。



「《嘲笑う影》」



 コン、とユウは杖の先端を足元の石畳に叩きつけた。


 老爺の背後に立っていたのは、引き裂くように笑う全身真っ黒な人間――自分自身の影だった。老爺の足元にあったはずの影が地面から剥がれて自立し、意思を持って老人の肩を掴んでいる。


 その魔法は禁術と恐れられた闇魔法――魔王が得意とする魔法だった。



「ひ、あ、あああ……」



 引き攣った悲鳴を上げる老爺の手から、長杖が滑り落ちる。カランと音を立てて地面に転がった。


 それを皮切りに、生徒や他の客は一斉に悲鳴を上げてその場から逃げ出した。

 魔法の腕前は飛び抜けていると思っていたが、まさか魔王と同じ魔法を使うとは想定していなかったのだろう。蜘蛛の子を散らすように、彼らは離れていった。


 ユウは長杖を担ぐと、



「じゃあ、行こっか」



 ☆



「はい、腕章をお預かりしますね」

「楽しかった!!」

「楽しんでいただけたのであれば幸いです」



 城門前で受付をしていた女性に腕章を返却し、ユウたちはフラウディア王国行きの馬車の列に並ぶ。

 入った時とは違って、馬車の列は随分と空いていた。ユウたちの前に三人ほど並んでいるだけだ。



「あの、ユウさん」

「なあに?」



 馬車を待っていると、ミザリーがおそるおそるといったような口調でユウに話しかけてくる。



「先程の魔法って……」

「影を操る魔法だよ」



 ケロッとした様子で言うユウに、ローザが説明を付け加える。



「闇魔法の中でも下級も下級じゃ。あんなの児戯よ、児戯」

「で、でも、闇魔法は禁術ですし」

「ぼくの冒険者カードには書かれてるけどなぁ」



 ユウは長衣の袖から冒険者カードを取り出して、使用可能な魔法の一覧を眺める。

 ずらずらと何個も書かれた魔法の中に、確かに闇魔法の使用が出来る旨の記載があった。



「でも、ぼく闇魔法あんまり好きじゃない。怖いもん」

「怖いんですか?」

「そうだよ!! 闇魔法はお化けがたくさん出てくる魔法が多いんだよ!! ぼく、怖くて寝れなくなっちゃう」



 長杖を抱きしめて震えるユウの頭を撫でるゼノは、



「馬車はたくさん人が乗るしな、不安で寝れなくなるようなこたァねェだろ」

「うう……ゼノ、一緒に寝てね?」

「はいはい、仰せの通りに」



 すると、遠くから何か車輪を引き摺る音が聞こえてくる。


 音の方へ視線をやれば、一台の馬車がこちらに近づいてきていた。



「ほら、フラウディア王国に出発するぞ」

「はーい!!」



 学園祭でのちょっとした事件など記憶の彼方に追いやり、ユウはまだ見ぬフラウディア王国へ想いを馳せるのだった。

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