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最強の魔王を倒したのは異世界転生者ですか? いいえ、通りすがりの冒険者です  作者: 山下愁
第7話:ヘレニア国立魔法学院の学園祭

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【Ⅸ】先生たちから狙われる

 迫りくるはさみ、狂気に満ちた男の笑み。


 目の前に振りかざされる鋏を前に、ユウはただ呆然とその光景を眺めるしか出来なかった。

 誰もが止めることなど出来ず、また誰もユウを庇えず立ち尽くしているだけだった。


 ――彼女を除いて。



「オラァッ!!」



 狂気に満ちた笑みを浮かべてユウに突撃してくる男の横っ面に、ゼノの右拳が鮮やかに突き刺さる。


 華麗な拳は容赦なく相手を吹き飛ばし、たった一発殴っただけで再起不能にしてしまった。全てを見ていた観衆が巻き込まれないようにと悲鳴を上げて逃げ、ぶん殴られた男は手から鋏を滑り落として廊下で伸びている。


 ゼノは振り抜いた拳の調子を確かめながら、ユウへと振り返る。



「大丈夫か、ユウ坊。怪我は?」

「んーん、ないよ」



 しっかり首を振って、無事であることを告げるユウ。


 ゼノはユウやミザリー、シュラやローザに怪我がないことを確認すると「よし」と頷いた。



「じゃあ、その『みらくる☆キューブケーキ』を食いに行こうか」

「わーい!!」



 万歳して喜びを露わにするユウとは対照的に、ミザリーとシュラ、ローザの三人はゼノによって吹っ飛ばされた男に恐怖と同情が綯い交ぜになった視線を送る。


 普通なら、こんな奇行に走った理由を問い質すべきだろうが、ユウとゼノが気にした様子はない。むしろ『みらくる☆キューブケーキ』の話題に夢中になっている。

 襲撃者のことなど、すでに記憶の彼方に追いやっている辺り、彼らの切り替えはとんでもなく早い。



「が、学院の他の先生方に言うべきでしょうか?」

「いいんじゃない? 自業自得でしょ」

「むしろ、これで下手にちょっかいをかけようという輩が減るやもしれんのじゃ。いい気味なのじゃ」



 苦笑するミザリーにシュラがバッサリと切り捨て、ローザは一人で納得したように頷くのだった。



 ☆



「ほわああああ……」



 桃色の屋根が特徴の屋台の前に、ユウは瞳をキラキラと輝かせてへばりついている。


 彼の視線の先には、熱された鉄板の上で転がされる狐色をした立方体があった。

 魔法によって生地を立方体のようにして、鉄板でコロコロと転がしながら焼くという手法で作成される『みらくる☆キューブケーキ』である。頭に手拭いを巻いた男子生徒が、慣れた手つきで立方体をヘラで転がしながら焼いている。


 受付の女子生徒がにこやかに微笑みながら、焼いている最中の『みらくる☆キューブケーキ』を観察しているユウに「何個いりますか?」と注文を聞く。



「個数が選べんのか?」

「はい。五個と一〇個の二種類になります。キューブケーキの中の味付けは完全にくじ引きです。看板にどんな味があるのか確認できますよ」



 女子生徒が示した先にあった看板には、様々な味が記載されていた。

 苺ジャムや蜜柑の皮まで甘く煮詰めたマーマレード、紅茶、蜂蜜という甘いものから、トマトソース、コーンスープ、塩などしょっぱい味付けも取り揃えている。どれも美味しそうだ。


 ゼノはユウが鉄板に飛びつかないように襟首を引っ掴んで制しながら、



「五個ずつにするか。大きさもそこそこあるしな」

「そうですね。一〇個も食べたらお夕飯が入らなくなりそうですし」



 ゼノの言葉にミザリーが同意を示し、五人全員が五個入りのキューブケーキを注文する。


 男子生徒は慣れた手つきで五個の立方体を鉄板からすくい上げ、箱詰めしていく。それから受付の女子生徒に手渡して、女子生徒も笑顔でユウたちに提供する。


 木を削って作られたらしい小さな串も一緒についていて、それに突き刺して食べるようだ。

 ユウは小さな串でふすりとキューブケーキを刺すと、こんがりと狐色になった生地に齧り付く。



「む!! 美味しい!!」



 齧った生地の内側から、とろりと黄金色のカスタードクリームが垂れてくる。


 ユウは「美味しい、美味しい」とニコニコと満面の笑みでキューブケーキを食べ進める。これなら他の味も期待できそうだ。


 ゼノもキューブケーキを齧ると、中身から紅色のソースが垂れてくる。酸味のあるソースはどうやら木苺を煮詰めたもののようで、彼女も満足げに「美味いなこれ」と頷いていた。



「美味しい!! 楽しい!!」

「だな。こりゃ美味い」

「そうですね。とても美味しいです」

「うん、これトマトスープだったわ。液体を入れても漏れないなんて、魔法の技術も凄いわね」

「ふむ、果物のソースもなかなか美味しいのじゃ。妾も満足じゃ」



 五人はそれぞれキューブケーキを絶賛する。


 すると、受付の女子生徒が「あ」と声を上げる。



「リィナ先生もいかがですか?」

「いや、私はいい……」



 屋台の近くでキューブケーキを食べていたユウは、特に何も考えずに声の主へと振り返る。


 受付の生徒と会話していたのは、髪がボサボサになった女性だった。

 地味な眼鏡をかけていて、背筋も曲がっている。もっさりした焦げ茶色の髪の毛を引っ詰め、厚ぼったい長衣を羽織っている。全体的に不気味な印象の女性である。


 女性は受付の生徒の申し出を断ると、ぐるりとユウへ振り向いた。



「あは、いた……」

「?」



 首を傾げるユウに、女性がヌゥと手を伸ばしてくる。



「探したよ……さあ……」

「お触り禁止だ、アバズレ」



 女性の顎に、ゼノの華麗な拳が叩き込まれる。


 顎を強打されたことで女性は膝から崩れ落ち、受付の女子生徒は「リィナ先生!?」と叫ぶ。他の客も、ゼノが暴行したと勘違いして冷たい視線を投げかけてくる。


 小さい串を咥えたゼノは崩れ落ちた女性を一瞥すると、



「何なんだ、コイツら。あれか? ユウ坊を狙ってるとかか?」

「そうかもしれんな」



 脳震盪のうしんとうで気絶した女性の長衣ローブの内側を探ったローザが、注射器を取り出した。注射器の中では透明な液体が揺れていて、おそらく気絶させる為の薬品か何かだろう。


 ローザが注射器を地面に叩きつけ、さらに丁寧に踏み潰しながら、



「さっさとここから退散した方がいいかもしれないのじゃ」

「だな。ユウ坊、もう食い忘れたものとかねェか?」

「うん」



 キューブケーキを完食したユウは頷くと、



「フラウディア王国に行こっかぁ」

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