【Ⅷ】彼らを捕まえろ
ヘレニア国立魔法学院の学院長――グレゴリー・ローウェルは一瞬で校舎内に転移し、窓の下に広がる中庭を眺めていた。
色とりどりの花々が咲き乱れる自慢の中庭には、今日の学園祭で一般客としてやってきた冒険者の集団がいる。
鑑定魔法でスキルや習得魔法を覗き見してみたが、周囲にいる二人の少女はレベルに相当した強さであるのに対し、あの魔法使いの青年とダークエルフの美女だけは飛び抜けていた。
青年の方はあらゆる魔法を網羅し、天才的な魔法の才能を有する賢者。
美女の方は魔法以外を得意とし、特に弓術や遠距離からの攻撃に秀でた狩人。
一体、今までどこで過ごしていたのか不思議に思うぐらい、この二人は常識に疎い。上級の冒険者どころか英雄と称されてもおかしくないぐらい飛び抜けた強さを持つのに、常識という部分が抜け落ちていた。
まるで、あらゆる情報から隔絶された無人島にでも放り込まれていたかのような。
ここまで推察して、グレゴリーは「ああ」と納得する。
「なるほど、そういうことか」
「どういうことですか?」
「おお、エレナ君。校内の見回りは終わったのかね?」
横から凛とした女性の声が飛んできて、グレゴリーは笑顔で対応する。
彼の視線の先には、白い軍服を身につけた知的な美女が歩み寄ってきていた。
明るい茶色の髪を簡単にまとめ、銀縁の眼鏡をかけている。眼鏡の向こうで輝く切れ長の瞳は深い藍色をしていて、薄く紅を引いた唇は瑞々しい。
彼女はエレナ・マルフェンと言った。グレゴリーの秘書である。
「それで、何かにお気づきに?」
「一般客で飛び抜けた魔法の才能を持つ青年がいただろう。見た目は若々しい青年なのに、中身は子供のような」
「ああ、あの子ですね。存じております。何しろ、誰も使うことの出来ない『極大魔法』なんていうものを使ったんですからね。教師陣はこぞって彼を研究したいと仰っていますよ」
エレナは疲れたようにため息を吐く。
あの入り口の騒動から、学院内はバタバタと慌ただしかった。
誰も使うことの出来ず、神々にしか使用できない究極の魔法――極大魔法を使用したことで、教師陣は極大魔法とその使用者の研究がしたくて仕方がなかったのだろう。彼らがあの青年を拉致監禁しないように、エレナが今まで目を光らせていたのだ。
グレゴリーは顎髭を撫でながら、
「エレナ君は、女神ステラの伝説を覚えているかい?」
「ええ、あの気まぐれな女神様ですよね。このイグリアス大陸の主神であらせられる」
「そうじゃ」
女神ステラ。
イグリアス大陸を創世したとも言われている主神であり、彼女に与えられた力は様々なものがある。
任意の世界から特定の人間を召喚する。
大地を豊かにするが、逆に干ばつも引き起こす。
戦争を終結させるが、新たな戦争を巻き起こす。
彼女の伝説は数えきれないぐらいにあるが、グレゴリーが話題に出したのはそのうちの一つだ。
「女神ステラが、気まぐれで土塊に涙と母乳を混ぜて人の子を作り出したらしい。白い土からは男を、黒い土から女を生み出したとか」
「それで?」
「その作られた人の子は、女神ステラの寵愛を一身に受けて、数々の恩恵を貰ったらしい。我が子可愛さという訳だな」
「……それで? まさかその子らが、あの二人だと?」
女神ステラは我が子可愛さに、土塊へ涙と母乳を混ぜて作り出した自分の子供に様々な恩恵を与えた。
飛び抜けた魔法の才能、優れた身体能力、五感――伝説の英雄たちのいいところをどかどかと詰め込んだ、女神謹製の異分子。
「彼らは名もなき無人島で過ごしていたとお伽話まであるが、まさか本当に女神が作り出した異分子が存在するとは……」
グレゴリーは窓の下ではしゃぐ銀髪の青年と、そんな青年を窘めるダークエルフを見下ろして、
「彼らをこのまま帰す訳にはいかん。生徒にならないのであれば、引き摺り込むまで」
グレゴリーはエレナに視線をやり、淡々とした口調で命じる。
「研究がしたいと教師陣が言っていたな? 解き放つといい。――お手並み拝見といこうではないか」
☆
「ゼノ、ゼノ。ぼくお腹空いた。甘いの食べたい」
「オマエまだ食うのかよ。夕飯が食べられなくなっても知らねェぞ」
「うッ、そ、それはやだ」
ゼノの言葉を受けて、ユウは「じゃ、じゃあ我慢する……」としょんぼりした様子で言う。
苦笑したミザリーが、
「では、校庭の方にあった『みらくる☆キューブケーキ』は如何ですか? あれは味が決まっていないみたいで、何味になるか分からないようですよ」
ユウが首を傾げると、ゼノが気を利かせて「ほら、ここだ」と学園祭の冊子を見せてくれる。
ミザリーの言う通り、確かに『みらくる☆キューブケーキ』という題名でお菓子のようなものが売られているようだった。
説明によると、味はくじ引きのようなもので決まり、全部で二〇種類からあるらしい。甘い味付けもあればしょっぱい味付けもあって、とても気になるお菓子だ。
「ゼノ、ぼくこれ食べたい!!」
「仕方ねェな。これで最後だぞ。これ以上食ったら、本当に夕飯が入んなくなるからな」
「夕ご飯も食べるもん、大丈夫だもん」
すでにユウの気分は『みらくる☆キューブケーキ』になっていて、早くもどんな味になるのか楽しみにしていた。
その時だ。
「そこの僕、ちょっといいかなぁ?」
「ん? ぼく?」
唐突に呼び止められて、ユウは声の方へと振り返る。
視線の先には、何やらニコニコと笑顔を浮かべた白い長衣を纏う男が立っていた。
焦げ茶の髪をわざわざ整髪剤まで使ってテッカテカに撫で付けているが、どうにもその笑顔が胡散臭い。
得体の知れない恐怖を感じたユウは急いでゼノの背後に隠れ、彼女も気配を察知して銀色の長弓に手をかけながら言う。
「おう、うちの魔法使い様に何の用事だ?」
「ああいえ、特に意味はないのですが――」
男は白い長衣の下から、巨大な鋏を取り出した。
刃の部分が、しっかりと赤く染まった奴を。
「解体されてくれませんか?」
そう言うや否や、彼は狂気の笑みを浮かべて襲いかかってきた。




