【Ⅶ】ヘレニア国立魔法学院の長
パチパチパチ、とどこからか拍手が聞こえてきた。
「素晴らしい」
そんな称賛の言葉と共に現れたのは、ひょろりと背が高い老爺だった。
お伽話で魔女が被るようなとんがり帽子を被り、立派な顎髭を蓄えている。青みがかった長衣を身に纏い、小枝のような細い指で顎髭を撫でている。
ニコニコと朗らかな笑みを浮かべる老爺は、
「先程の決闘を見させてもらったよ。素晴らしい魔法の腕前だ」
「…………」
ユウは急いでゼノの背後に隠れると、彼女の背中から老爺のことをじっと観察する。人見知りが激しい故の行動である。
見た目こそ若々しい青年であるが、精神年齢は一〇歳未満の子供と言っても過言ではない。そんな子供が一人で年上のお爺ちゃんを相手にするなど、到底無理な話だ。
やれやれと肩を竦めたゼノは、
「そりゃあどうも。うちのユウ坊は優秀な魔法使い様だからな」
「そのようだね」
老爺は鷹揚と頷くと、
「あの少年、実は女神ステラの加護を受け取ってこの世界に降り立った救世主なのだよ。今はまだ魔法の使い方を学ぶ為にヘレニア国立魔法学院に在籍しているが、卒業すれば魔王を倒す為の勇者になるだろうと思っていたのだがね」
「あんなのが魔王を倒す勇者だって? 笑わせんな。ただの優男に何が出来るってんだ」
「そこの君の実力を目の当たりにして、それが嫌と言うほど分かった。実際のところ、彼は大したことなかったのだな」
ニコニコと微笑む老爺は、さらに言葉を続ける。
「それで、どうだろうか? そこの君、我がヘレニア国立魔法学院に入学する気はないかね?」
「ぼく……?」
ゼノの背中からひょっこりと顔を覗かせて、老爺の表情を窺う。
相変わらずニコニコと笑顔を浮かべたまま「そうだとも」と頷く老爺に、ユウはゼノの着るシャツの裾を掴んで俯く。
学校という場所は興味がある。
絵本で何度か読んだことがあるのだ。色々なものを学べる場所だと、ユウも知識程度では理解している。
しかし、実際に入学するとなると話は別になってくる。
ユウは冒険者として、これからフラウディア王国に赴かなければならないのだ。
確かに知らないことをたくさん勉強するいい機会だが、老爺の口振りから推察すると、勧誘されているのはユウだけだろう。ここでミザリーやシュラ、ローザ、そして何よりゼノと離れ離れになってしまう。
「凄いじゃないですか、ユウさん!!」
「せんせ……?」
悩む素振りを見せるユウに、ミザリーは瞳をキラキラと輝かせて言う。
「ヘレニア国立魔法学院は入学倍率が非常に高いんですよ。並大抵の人じゃ入学することすら出来ないんですから!! そんな学校で勉強できるなんて、とても凄いことだと思いますよ」
やや興奮したミザリーに気圧されて、ユウは思わず仰け反ってしまう。
青い魔石が埋め込まれた長杖をギュウと両手で握りしめて、ユウは怖々とミザリーに問いかけた。
「せんせーは、ぼくがこの学校に入ったら、うれしい?」
「確かに、凄いことだとは思いますが……」
ミザリーは寂しそうに笑うと、
「ただ、離れ離れになってしまうのはちょっと寂しいです」
青い瞳を瞬かせ、ユウは「ほんと?」と首を傾げる。
「本当です。ユウさんはとても頼りになる魔法使いですし、これからも一緒に冒険できるかと思っていたのですが……」
「別に、好きにしたらいいじゃない」
ミザリーの言葉を遮って、シュラが形のいい鼻を鳴らす。
「アンタの自由よ。やりたいようにやればいいじゃない。入学するならすればいいし、入学しないなら断れば?」
「シュラちゃん、ちょっと直球すぎるというか……」
「こんなところでウジウジ悩んでるのが気に食わないのよ。他人に意見を求めてないで、自分で決めなさい自分で!!」
シュラはユウの胸を小突くと、
「だから、そこのダークエルフをあの変態野郎から守ったんでしょ。取られたくないから」
「…………ッ!!」
ユウはパッとゼノへ振り返る。
いきなり話題に出されたゼノは不思議そうに首を傾げていたが、よく考えれば確かにシュラの言う通りだ。彼女をあの変態野郎から守る為に、ユウは彼の挑戦を受けたのだ。
極大魔法まで使って、ゼノを守ろうと決めたのだ。
大きく深呼吸をしてから、ユウは微笑む老爺に向き直る。そしてペコリと頭を下げた。
「ごめんなさい。にゅーがくできません」
「おや、どうしてかい?」
「おじーちゃんがほしいのはぼくだけで、他のみんなはにゅーがくできないでしょ? ぼく、ゼノと離れるのやだ」
ユウはゼノの手を取ると、
「ゼノだけじゃなくて、せんせーやおねーさんや、ローザちゃんと離れるのやだ」
「なるほど、そうか」
老爺は納得したように頷き、残念そうに肩を竦めた。
「それなら仕方ない、君の入学は諦めよう」
「うん、ごめんなさい」
「なに、謝ることはない。君の意見が聞けてよかった」
老爺は小枝のようなほっそりとした指先をパチンと弾くと、その姿がフッと一瞬で消え去る。
ミザリーやシュラ、ローザは「消えた!?」と焦っていたのだが、ユウはあの老爺が使った魔法のことを知っていた。
「あのおじーちゃんって凄いんだね。《おかえりー》が使えるんだ」
「ユウ坊と同じぐらいに強い魔法使いなのかもな」
ユウの頭をポンポンと撫でるゼノが、感慨深げに呟いた。




