【Ⅳ】ユウの本気
受付を済ませて、ユウは案山子の前に立つ。
最上級炎魔法――先程、少年が使った魔法だ。
ユウの認識では「《めらめらぼーん》」である。その程度の魔法で勝ち誇ったような顔をするのはおかしい。
最上級魔法など、頑張れば使えるではないか。
何を威張り散らしているのだろう、あの少年は。別に偉くも何ともない。
「どうした? 自信がないのか?」
調子に乗った少年が煽ってくるが、ユウは無視してどんな魔法で驚かせようかと画策する。
(うーん、あのへんたいさんを驚かせる魔法は……)
驚かせる魔法ならいくらでもある。
でも、今のユウはものすごく怒っているのだ。
言葉の意味は分からないが、ゼノを何か変な目で見たのは絶対に許さない。
必ず後悔させて、自分の方がユウよりも劣っているのだと見せつけてやるのだ。
「ん。この魔法にしよっと」
ユウは使う魔法を決めた。
彼はタンタンと足元の地面を二度ほど踏みつけると、
「《きょじんさーん》」
ユウの呪文に、周囲の客や生徒は「プッ」と吹き出した。
それもそのはず、まるで子供がごっこ遊びで使う時のような呪文だったのだ。
しかし、ユウが唱えれば意味をなす魔法の呪文となる。
ぼこん、と音がした。
広々とした校庭の一部の土が、大きく盛り上がったのだ。
モコモコと地面が隆起し、校舎よりも高く盛り上がり、それはゆっくりと巨人の姿を作っていく。土の肌に呼び出した張本人であるユウを見下ろす石の双眸、しかし鼻や口の概念はない。
誰もが唖然とした。
まさか、校庭に土の巨人を呼び出す魔法使いがいるとは誰が思うだろうか。
「おねがい、それこわして!!」
ユウが土の巨人に命令すると、土の巨人は晴れ割った空に咆哮を轟かせて拳を握る。
ボコボコと拳を握りしめた方の巨人の腕が、まるで空気を送り込まれる風船のように膨らんでいく。
ただでさえ見上げるほど大きな土の人形は、膨れ上がった腕を――拳を完全武装した案山子めがけて叩きつけた。
ごしゃッ、と。
案山子がひしゃげる。
ユウの魔法を――正確には魔法で呼び出した土の巨人の拳を受けて、魔力計測器が勢いよく震え始める。
先程の少年と同じように魔法の威力を計測している最中のようだが、結末は少し違っていた。
ボカン、と音がした。
魔力計測器が爆発した音である。
しゅうしゅうと黒煙を噴き出して、ピーヒョロロロと情けない音が奏でられた。
すぐ側で立っていた記録係の少女は羊皮紙を取り落とし、受付の生徒もあんぐりと口を開けていた。ユウの呪文を馬鹿にしていた一般客もまた、当然の結果を前に何も言えずにいた。
ユウはふんすと鼻を鳴らすと、
「ゼノ、ゼノ!! 見てみて、ぼく勝ったよ!!」
あの少年の本気の魔法では魔力計測器は壊れなかったが、ユウの本気の魔法では魔力計測器は見事に壊れた。
これはもう勝ったも同然である。
嬉々とした様子で美しきダークエルフのもとまで戻ると、ユウは「あ、杖ありがとね」とローザから自分の長杖を受け取る。
ゼノは「おー、凄ェな」とユウの頭を撫でて、
「さすがユウ坊。今の魔法は何だったんだ?」
「んーとね、分かんない。巨人さんを呼んでみたよ」
ニコニコと笑顔でゼノの質問に答えるが、ユウも実のところあんまり凄さが分かっていない。
とりあえず魔力計測器を壊す勢いで放った魔法は、功を奏したようだ。
これであの少年も痛い目を見ただろう。
ふと、ユウは周りの反応があまりにも静かなことに気づいた。
恐ろしいことに、誰も何も喋らないのだ。
「ゼノ、ぼく何かしちゃったかなぁ」
「多分ユウ坊の魔法の腕前が凄すぎて驚いてるんだろうよ。――で、だ。ユウ坊」
名前を呼ばれてゼノの顔を見上げると、彼女はユウのこめかみを拳でぐりぐりと挟んできた。
「痛い痛い痛い痛い!! な、なんでぇ!?」
「機材を壊したらダメだろうが!! 直してこい!!」
ゼノに説教されて、ユウは「はぁい……」としょんぼりと肩を落として壊れてしまった機材に歩み寄る。
長杖の先端を壊れた機材に突きつけて「《もとどおり》」と唱えれば、魔力計測器はあっという間に元の状態に戻った。ついでにひしゃげた案山子も元通りに直しておいた。
これでよし。
さあ、ゼノの不名誉も晴れたことだし、お祭りを見て回ろう。
「――凄い」
誰かが呟いた。
ユウがふと顔を上げると、その誰かの呟きを皮切りにして、次々とユウに称賛の言葉が投げかけられる。ついでに興奮で瞳を輝かせた生徒たちから囲まれた。
「ッ!?」
驚くユウをよそに、生徒たちは矢継ぎ早にユウを褒める言葉を述べる。
「凄い、凄いわ!!」
「今の極大土魔法だろう!? 神々が使うとされている伝説の魔法をこの目で見ることが出来るなんて!!」
「よければ一緒に学園祭を回らない? 案内してあげるわ!!」
「いいや、案内役は僕がやろう」
厚ぼったい長衣を引っ張られてもみくちゃにされるユウは、半泣きの状態で彼女に助けを求める。
「た、たすけてぇ!! ゼノぉ!!」
その助けを求める声に応じるかのように、空から弓矢が雨の如く降り注ぐ。
弓矢から逃れるように生徒たちは「わあッ!!」「きゃあッ!!」と叫んで、慌てた様子で逃げ惑う。弓矢はユウを避けて地面に突き刺さり、防壁のようになる。
「怪我してねェか?」
「ゼノぉ!!」
銀色の長弓を構えたゼノに飛びつき、ユウはようやく安堵の息を吐いた。
騒ぎの渦中から外れたところで、勝負に負けた少年はギリギリと歯軋りをしていた。
「くそ、何で……俺は女神からの加護を貰ってるんだぞ……」
彼の黒曜石の瞳には、しっかりと銀髪の魔法使いに対する怨恨が滲んでいた。




