【Ⅶ】長閑な旅路
長閑な草原を、一台の馬車が進んでいく。
御者台に座る男は、冷や汗を流しながら馬車を運転していた。
彼の顔色が悪いのは、背後に控えている美しきダークエルフが原因だった。
「まだかァ? なあ、違う方向に進んでる訳じゃねェよなァ?」
「は、はひッ……だ、大丈夫でふ……」
御者は泣きそうになりながらも、ダークエルフの問いかけに答えた。
馬車の荷台に乗りながら、彼女は仁王立ちで鋭く研がれたナイフを御者の首筋に添えている。「いつでもオマエの首は切れるし、馬車も奪えるからな」と出発前に脅されていた。
さすがの御者も無駄に命を捨てたくないので、大人しく従っている次第である。
御者を威圧するダークエルフのすぐ側では、ユウがほわほわと笑いながら言う。
「楽しみだねぇ。お祭り見られるかなぁ?」
「え、ええ……そうね……じ、時間もあるし、見られるんじゃないかしら……?」
先程までの暴風雨のような戦いを目の当たりにしたシュラは、自分の弱さを痛感していた。
彼女は体調不良を疑いたくなるほど、顔色が悪い。何故かカタカタと震えている。
それは単純明快――先程の男たちが原因だった。
奴隷として売られるのではないかという恐怖心が、無事を確認できた今もなお拭うことが出来ない。もしかしたらフラウディア王国でも同じようなことを企む男がいるかもしれない。
そう考えると、彼女もその隣にいるミザリーも気が気ではなかった。
日差しに当たりたくないローザはフンと鼻を鳴らすと、
「浅はかな連中じゃな。ダークエルフを引き連れているだけで奴隷に出来ると思うとは」
「ローザちゃん、ゼノはモノじゃないよ」
ユウがローザを真っ直ぐ見据えながら言うが、
「事実じゃ。エルフなどの亜人種は珍しいからのぅ、愛玩用の奴隷にしてやろうと悪い大人は画策するものじゃ」
「そうなの? 酷いなぁ」
「お主はどうなんじゃ。そこなダークエルフを信頼しておるようじゃが、本当は奴隷として買ったんじゃないか? 心優しい奴は奴隷として買っておきながら、家族として扱うからのぅ」
ローザが赤い瞳でゼノを見やると、彼女は吸血鬼の少女を一瞥するだけで終わった。
特に何も言及する必要はないと判断したか、それともゼノのことはユウに一任したのか。それは分からない。
ユウは長杖の装飾を手持ち無沙汰に弄りながら、
「ゼノは無人島にいた時から、ずっとぼくの側にいてくれたよ。ぼくのことを育ててくれたおかーさんで、ぼくと一緒に遊んでくれたおねーさんで、ぼくの側にいてくれる大切な家族だよ」
ユウはふにゃりと微笑むと、
「だから、ゼノは奴隷じゃないよ。ぼくの大切な家族だよ」
「……なるほど。真相は本人のみぞ知るとゆー訳じゃな」
やれやれと肩を竦めたローザは、
「ま、妾は主人がダークエルフとどーのこーのなろうが関係ないのじゃ」
「どーのこーのってなぁに?」
「そこのエルフに聞いてみるのじゃ」
「ゼノ、教えて」
「ユウ坊」
ゼノはにっこりと綺麗な微笑みを、ユウに見せた。
首を傾げるユウは、何の疑いもなく「なぁに?」と応じる。
「この男を、二度と悪さが出来ねェようにできるか?」
「へれにあについたら《おまじない》してあげるよ」
「主人よ、具体的にどんなおまじないなんじゃ?」
「ん? おんなのひとを見たらごぶりんに見えるおまじないにしたいけど、多分色々なものが混ざっちゃってるから分かんない。何になるだろうね?」
俗にそれは《おまじない》ではなくお呪いなのだが、この純粋無垢な魔法使いの少年には知り得ぬことだろう。




