【Ⅳ】ウィラニアでの最後の夜
「見てみなさい、この紹介状を!!」
冒険者ギルドから帰ってきたシュラは、ユウとゼノの前に羊皮紙を突きつけた。
ちょうど道具屋で薬草や携帯食料などの消耗品を買い揃えたユウとゼノは、シュラが自慢げに突きつけてくる羊皮紙に視線を走らせる。
その羊皮紙には、ユウとゼノが所属している冒険者ギルドの印鑑が押されていた。ギルドの正式な文書であるという証拠だ。
羊皮紙に記載されている文章は、ユウとゼノに与えられたものと同じように、ギルド移籍に関する内容だった。どうやらシュラもギルド移籍を認められたようだ。
騎士の少女は自信満々に「どうよ」と胸を張り、
「これで私も晴れてフラウディア王国の冒険者よ。どいつもこいつもレベルの高い冒険者が集まっているギルドに移籍できるなんて、今から楽しみだわ!!」
シュラは弾んだ声で言う。すでに高レベルの冒険者の集団に仲間入りを果たしたような気分になっているようだ。
今にも踊り出さんばかりのシュラの後ろでは、ミザリーも同じく羊皮紙を抱えて困ったように微笑んでいた。彼女も同じように移籍を決めたらしい。
ユウは青い瞳をキラキラと輝かせ、
「ほんと!? 本当に一緒に来てくれるの!?」
「当たり前じゃない。ここまでしておいて、今更『嘘でした』なんて言うつもりはないわ!!」
心外な、とばかりにシュラが言う。
ユウは二人の少女から確約の言葉を貰い、歓喜の舞を踊り始める。長杖をぶんぶんと振り回したところで、ゼノから「危ねェから止めろ」と頭を軽く叩かれたので止めた。
「ところで、オマエらはフラウディア王国への行き方は知ってるのか?」
「はい、何度か訪れたことはありますが……」
ミザリーは「実はですね」と言葉を続け、
「以前はウィラニアからフラウディア王国直行の馬車が出ていたんですが、どうやら今の時期は出ていないみたいで……」
「はあ? 何よそれ、道が塞がれたって言うの?」
怪訝な表情で振り返ったシュラがミザリーに詰め寄るが、ミザリーは「それ以上は分からないんです」と答える。
「ただ、道は塞がっていないみたいですが……」
「まあ、フラウディア王国に行けりゃ何でもいいな。乗り換えがあったとしても問題ねェ」
フラウディア王国へ無事に辿り着ければ問題はないし、乗り継ぎがあったところで命の危機に晒されるようなことがなければいい。
楽観視するユウとゼノは朗らかに笑い、
「時間はたくさんあるしな。のんびり行こうぜ」
「うん!! みんな一緒ならきっと楽しいよ!!」
ミザリーとシュラも一緒にフラウディア王国へ行くことが決まり、ユウはますます旅立ちが楽しみになった。
☆
フラウディア王国方面へ向かう馬車は、明日の朝に出発するらしい。
今日のところは旅支度を済ませ、ユウとゼノはウィラニアで過ごす最後の夜をいつもの宿屋で明かすことにした。
部屋の半分以上を占領するベッドでゴロゴロと転がっていたユウは、今日購入した消耗品の確認をしているゼノの背中に話しかける。
「ゼノ、ゼノ」
「どうした、ユウ坊。もう寝ないとお化けが誘拐しにくるぞ」
ゼノはベッドに転がるユウへ振り返って、いつもの脅し文句を口にする。
すでにローザはベッドの下に置かれた棺の中で眠りについていて、先程から「うー、うー、昼間の散歩はもう飽きたのじゃぁ……」などと呻き声が聞こえてくる。
吸血鬼なので夜行性かと思いきや、きちんと夜になったら眠るところはとても健康的な魔物である。夜の貴族とは一体何なのだろうか?
ユウは枕にぼすぼすと頭突きすると、
「眠くないんだもん」
「でも寝なきゃダメだろ。明日はフラウディア王国に旅立つんだから」
消耗品の確認を終えたゼノは、ベッドの端に腰かけて寝転がるユウの頭を優しく撫でてやる。
絶妙な力加減で撫でてくるので、ユウの眠気はすぐにやってくる。
うとうとと微睡み始めたところで、とどめとばかりにゼノがユウの頬をくすぐってきた。
「ほら、明日も早ェから。おやすみ、ユウ坊」
「ん――おやすみ、ゼノ」
ゼノに頭を撫でられることが気持ちよくて、ユウは夢の世界に旅立った。
静かに眠りについたユウを見下ろし、ゼノは小さく微笑む。
この少年は、色々と欠けているものがある。ゼノはそれを補ってやっているのだ。
例えば常識とか――危機感とか。
ユウ・フィーネという少年は、魔法の才能は飛び抜けているものの、それ以外はてんでダメだ。魔法を使う職業であれば文句なしに優秀の評価を貰えるだろうが、魔法以外となるとゼノがいなければ判断すら出来ない。
だから、扉の向こうにいる存在にも気づいていない。
ゼノは自分の得物である銀色の長弓に手を伸ばすと、ベッドの下に置かれた棺が小さくガタガタと揺れた。
「お主は過保護じゃな」
「……起きてんなら、ユウ坊に変なのが寄り付かないように見張っててくれよ。指一本でも知らねェ輩に触らせたら、首を捻じ切るからな」
「怖ッ」
棺の中にいるローザはゼノの本気具合に震え、言われた通りに「分かったのじゃ」と頷く。
「して、何故にご主人に執着しておるんじゃ? 見た目は立派な野郎じゃろう、まさか惚れたか?」
「そうだな」
「……本気の声音じゃったな。なら、妾のような存在やミザリーとかシュラとかいう女どもは邪魔な存在では?」
「いいや、そうでもねェ」
ゼノは清々しいほどの笑顔を見せると、
「ユウ坊が決めたんなら、アタシは別にどうでもいい。ユウ坊の一番はアタシだからな」
「自信満々じゃな」
呆れたように言うローザにユウの守りを任せて、ゼノは扉の向こうで待つ侵入者の排除に向かう。
世界中の誰よりも大切なユウに、指一本触れさせる訳にはいかないのだ。




