序章:Ⅰ【ここから俺の冒険が始まる……そのはずだった】
最後に見たものは、ボールを追いかけて車道に飛び出してしまった子供を突き飛ばした瞬間。
最後に聞こえた音は、迫ってくる大型トラックが慌ててブレーキを踏むキキーッ!! という耳障りな雑音で。
「――――ハッ!?」
気がつくと、俺はギリシャ神殿のような場所にポツンと立っていた。
両脇には太い石の柱が等間隔に並んでいて、磨き抜かれた大理石の床を踏みしめている。どこまで続くのか分からないが、大理石の床と太い石の柱の群れは果てしなく伸びていて、歩くのも嫌になってくる。
ここってどこだろう。ゲームで見たことあるような光景だけど、いつのまにゲームの世界に飛ばされたのかな。
「まさか、これが俗に言う異世界転生か……!?」
「わなわな震えているところ大変申し訳ないのですが、お話を進めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「わひゃあ!?」
唐突に背後から声をかけられて、俺は思わず飛び上がった。
急いで振り返ると、穏やかな微笑を湛える美少女が立っていた。モデルはおろか、アニメの世界から出てきたのだとばかりの綺麗な金髪で碧眼の美少女である。
外国の人かな、と俺がまじまじと彼女を観察していると、目の前の人間離れした美少女はくすくすと笑いながら「そんなに見つめられると困ってしまいます」と言った。めっちゃ可愛い。
「田中太郎さんですね。私はステラと申します。一応、女神です」
「な、何で俺の名前を……」
「女神なので当然のことです。えへん」
美少女は小ぶりな胸を強調するように背筋を反らした。おそらく威張っているつもりなのだろう。めちゃくちゃ可愛い。
――え、女神様? そういえばこの女の子、女神様って言ってた?
女神様ってもっと大人のお姉さん的な感じで、おっぱいも大きくて、包容力あるような人だと思ってたのに?
「む。なんか失礼なことを考えていますね?」
「いいえ、そんなことは」
危ねえ、曲がりなりにも女神様に失礼なことを考えていたら、せっかくの異世界転生が台無しになってしまう。
明らかに一六歳の俺よりも年下に見える女神様はコホンと咳払いをすると、
「田中太郎さん。貴方は子供を助けた拍子に、交通事故に遭って死んでしまいました」
「あ、やっぱり死んだんですね」
そりゃ大型トラックが迫ってくれば「これは死んだわ」と思う他はないだろう。
「ですが、貴方の勇敢な行動を評価して、私は貴方を異世界に転生させることを決めました」
「おお、異世界に転生できるんですね!!」
「はい。貴方の今の姿と記憶を保ったまま転生という形になりますので、本来であれば異世界転移の方が正しいのですが……現世に貴方の肉体はありませんので転生ということで」
もうよく分かんないけど、とりあえず転生できるなら文句はない。
どんな世界なんだろう。剣や魔法が出てきて、魔王を倒す為に仲間たちと旅をするのかな。こういう時は女神様から転生の時にチートな能力を貰ったりするけれど、一体何が貰えるんだろう。
「女神様、俺には何か能力とか恩恵とか貰えたりするんですか?」
「そうですね。貴方の勇敢な行動を評価して、私から『創造魔法』の恩恵を与えましょう」
女神様はそんなことを当然のように言うが、創造魔法なんて聞いたことがない。
「創造魔法は簡単に言ってしまえば、何でも作り出すことができる魔法です。魔力の消費量が膨大なものですが、大変強力な魔法ですよ」
「おお、それは凄いですね!!」
「当然です。私は女神なので、この程度の融通はできるんですよ」
またまた女神様は小ぶりな胸を強調するように威張るが、何でも作り出すことができる魔法とか凄いチートじゃん。女神様にマジで感謝。
そうか、とうとう俺にも異世界転生の出番がきたんだな。これから可愛いヒロインや美人なお姉さんなんかを仲間にして、強大な敵に立ち向かう為に旅をするんだなぁ。
そんな妄想に耽る俺に、女神様は言葉を続ける。
「これは貴方が成仏するまでの救済措置です。魔王を倒しますと自動的に成仏が開始されますので」
「え、魔王がいるの!?」
「はい。それも強大な闇魔法の使い手で、歴代の魔王で最強とも言われています」
そ、そんな魔王と戦うのか。勝てるかどうか不安になってきた。
いいや、安心しろ俺。こっちには女神様から貰ったチート魔法『創造魔法』があるんだ。現代兵器を作って魔王をサクッと倒してやるぜ!
「それでは田中太郎さん、ご武運を祈っております」
「はい、任せてください!!」
すると、俺の目の前が光で溢れて――。
☆
ガヤガヤとした喧騒が聞こえてくる。
目を開けると、そこには近世ヨーロッパ的な街並みが広がっていた。異世界ファンタジーのアニメでよく見るような街並みだ。本当に異世界転生したんだ。
雄叫びを上げたくなる衝動に駆られたが、まずは深呼吸。こんなところで叫べば確実に変人扱いされて終わってしまう。
行き交う人々はどこか興奮状態で、知らない人同士で熱く抱擁を交わしたり、涙を流したりしている。何か嬉しいことでもあったのかな。
「あの、すみません。今日はお祭りか何かですか?」
「お祭り!? いいや違うね、今日は世界にとって素晴らしいことが起きたのさ!!」
近くを通りかかったお兄さんに勇気を出して話しかけてみると、なんとそんな回答が。
まさか、異世界転生者の俺がやってきたことに、世界総出で歓迎してくれているのかな。そんなことってある?
「魔王が討伐されたのさ。もう魔物に怯えなくて済むね!!」
お兄さんは嬉しそうに言った。
魔王が討伐された? 嘘だろ?
だって魔王を討伐するのは俺じゃなかったのか?
子供を助けて異世界転生して、俺の冒険はここから始まるはずなのに、異世界転生して一〇秒と経たずに俺の冒険は終了なの?
せっかく創造魔法だなんてチートを貰ったのに?
呆然と立ち尽くす俺の頭の中に、無情な声がポンと聞こえてきた。
――魔王が討伐されました。成仏を開始します。
「嘘だろ!?」
サラサラと俺の両足が光の粒子になって消えていく。成仏ってこうやって始まるの!?
まだ何もしていないのに、強制退去なんて聞いてない。誰か教えてくれ偉い人、俺はどうすればいいんだ!?
なんとかもがいてみるけれど、抵抗虚しく俺の異世界転生の物語はここで終わりを告げた。
一体誰が魔王を倒しやがったんだ、ちくしょう。