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さよにゃら三角、マタタビ四角

……放課後、僕はトボトボと靴の先っぽを見つめて家に帰った。


 なんと「ニワトリッチ」のブームは過ぎ去っていて、クラスの皆は「ミラクルヨーヨー」で遊んでいたんだ。


 遅すぎた。またしても僕はひとりぼっちだ。


 決めた! 2つ目の願い事は「ミラクルヨーヨー」にしよう!


 そう決心して家のドアを開けると、玄関にお父さんの靴があった。今日はやけに早いな。


 テレビの部屋に行くと、お父さんは座ってボーッとテレビを見ていた。お母さんは買い物にでも行ったのか姿が見えない。


「ただいま、どうしたのお父さん」


 お父さんはゆっくりとこっちを向いた。その目は死んだ魚みたいに濁ってる。いや、こう言うと死んだ魚に悪いんじゃないか? ってくらい生気がない。どうしたんだろう。


「帰ったのか、コウタ。……なぁ、人は何故生きるんだろうなぁ。……俺はモンゴルの遊牧民になりたい。羊と共に、暮らしたい」


完全に現実逃避発言だ。何かあったのかな。そもそも遊牧民にも遊牧民なりの悩みがあると思うけど……。


「お父さん大丈夫?」


 お父さんは答えずに、テレビをつけたまんま自分の部屋にふらふらと入っちゃった。


 まずいぞ。これじゃ押入れの急須を取り出せない。先生を呼び出せないぞ。1つ目の願い事を最終的に叶えてくれたから、僕は敬意を込めて猫又の事を先生と呼ぼうと決めたんだ。


 しばらく待って、お父さんがトイレに立ったのを見はからってから、僕は急いで急須を持ち出した。家の中はなんとなくまずいから、アパートの駐車場の隅にしゃがんで急須をこすった。ここなら目立たないだろう。


「呼ばれて飛び出てニャニャニャニャーン!!」


先生はまたダミ声と共に飛び出して来た。セリフのオリジナリティが皆無だけど、彼にはプライドがないのかな?


「ほう、今度は外か。空気が美味いな」


 先生は深呼吸をしている。


「先生! 無事に『ニワトリッチ』買えたよ、その節はありがとう」


 僕はまずはお礼を言った。


「どいたま〜。先生とはまた照れますな」


 先生はまんざらでも無さそうだ。


「2つ目と3つ目の願い事が決まった。まず2つ目だけど、今度は『ミラクルヨーヨー』が欲しいんだ」


「また手伝いをして金を貯めればいいだろう」


「すぐじゃなきゃダメなんだよ。ブームは過ぎ去る事矢の如しだからね、うかうかしてると乗り遅れちゃう」


「なるほどな。で、3つ目は何だ?」


「お父さんを元気にして欲しいんだ。遠い異国に想いを馳せてたし目つきもヤバかったからすごく心配で」


 それに、あんなに仲が良かったのに最近はお母さんとあまり話さなくなった。


「なかなかの孝行息子じゃないか。ちょっと待ってろ」


先生はまたポクポクポクチーンの一連の流れをやって、


「見えた!」


と叫んだ。


「……ボランティアだ」


「ボランティア?」


「ゴミ拾いに行くぞ! 準備しろ」


「わかった」


 そうは言ったけど、ボランティアと2つの願い事の間にどんな関係があるんだろう? でも回りくどいやり方できっと助けてくれるんだろう。


 僕はゴミ袋と軍手を用意して、先生と一緒に家を出た。急須は駐車場の茂みに隠しておいた。


 並んで道を歩く。猫と一緒に歩くなんて新鮮だなぁ。


 あっ、でもこのままはちょっとまずいかも……。


「先生、しっぽを見た人がびっくりしちゃうよ」


 最悪捕まえられて、見世物小屋に売り飛ばされちゃう。


「確かにそうだな。しゃあない、アレを使うか。……ネコマクマヤコン、ネコマクマヤコン、モダンなJJ(女子尋常小学生)になれ〜♫」


 脚を止めて歌うように唱えると、先生の姿は僕と同じくらいの年の女の子に変わった。結構かわいい。というかすごくかわいい。


 でも服が変わってる。リボンの付いた釣鐘みたいな形の赤い帽子に、やたら大きくて白いえり付きのこれまた真っ赤っかなワンピースを着ている。ワンピースはひざ下まであってゆるっとしてて、ウエストが大きなバラのついたヒモでキュッととめてある。髪はショートカットで、もみあげの部分が前にクルンとカールしてる。


 とてもオシャレだけど目がチカチカする。


「その格好、変更できないかな?」


 ほら、下校途中らしいお兄さんお姉さんがジロジロこっちを見てる。


「何だ? 贅沢だな。最先端のファッションだぞ。モダン・ガールってヤツだ。お前は親孝行だから出血大サービスしてやったんだからな」


 先生は親切でやってくれたらしい。でもダミ声とルックスのミスマッチっぷりがハンパないし、知り合いに会ったら面倒そうだ。


「大正時代のノリはやめて、目立っちゃう。せめて令和のJS(女子小学生)で頼むよ」


 ホントはしっぽを一本減らすだけでいいんだけど、可愛い女の子と一緒に歩くのはやっぱり気分がいいんだ。


「わかったわかった。ネコマクマヤコン、ネコマクマヤコン、イケてるJSになれ〜♫」


 先生はそう言ってまた化けて、膝丈のかっちりした黄色いAラインのジャンパースカートに黒の半袖シャツ、足元は茶色のブーツのカッコかわいいJSに変身した。茶髪でセミロングのシャギーカットがとても軽やか。よし、これなら自然だ。


 それから僕は道に落ちてるタバコの吸殻や空き缶、ペットボトルやお菓子の袋などをひたすら拾って歩いた。


 先生がついつい猫の習性で塀に乗って歩いたり後脚で顔を掻いたり、チョウを見つけて飛びかかったりする以外はスムーズに進んだ。次第にゴミ袋が重くなってくる。


 2時間くらい経った。僕達は結構人通りの多い広めの歩道を歩いてる。


「もう夕方だよ。まだやるの?」


 いい加減足が疲れてきちゃった。


「まだだ。オレの目算ではそろそろ……」


 先生が何か言おうとした時、1人のオジさんに声を掛けられた。


 髪が半分くらい白髪で、お父さんの着てるスーツとは明らかに違うピッカピカで上等そうなスーツを身につけている。


「君達ゴミ拾いかい? 感心感心」


「あ、いえ……」


僕は褒められたのが照れ臭くて、うまく返事ができなかった。


「何とかしてこの男を引きとめろ」


 先生が小声で僕に命じた。もしかしてこの人が願い事のキーパーソン? でも引きとめろったって、どうすれば……。


「じゃあ、もう暗くなるから気をつけなさいね」


「あっ、はい……さようなら……」


 あぁ、行ってしまうぞ。


「しゃあねぇな、特別だぞ! ニャハリクニャハリタ、ニャンバラニャンニャンニャン!!」


 先生が叫ぶと、彼の目の前にバナナが山と積まれた台が現れた。


「サァサァ買った! サァ買った!! サァ1房10万円からだよ!!」


 なんと先生、路上でバナナの叩き売りを始めちゃった! しかし10万とはぼったくりすぎじゃないか?


「ちょいとそこ行く小粋なねぇさん!  寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 」


 イケてる令和のJSが妙な口上を述べているのがただでさえ目立つし、ダミ声が良く響くから人がたくさん集まってきた。半分白髪のオジさんも「こりゃレトロだねぇ」と言って立ち止まって聞いている。


「バナバナバナナン、バナバナナン! シュガースポットがオシャレだね! 美◯明宏の髪の毛くらい黄色いバナナ、美味しいヨ! 金運もUPしちゃうかも!?」


 バナナは1房500円まで値下がりした。


「まだ高いヨ!」


「もっと負けてヨ!」


 見物人から声が飛んで、最終的にバナナは1房300円に落ち着いた。そして飛ぶように売れていった。


 オジさんも列に並んでいる。僕も欲しいけど、お金がない……先生、後からくれないかな?


 指をくわえて見ていると、


「少年、これあげるよ。食べてまた頑張りなさいね」


と、さっきのオジさんがバナナをくれたんだ。なんていい人なんだ……。


「ありがとうございます!」


 帰ったらお父さん達にも分けてあげよう。


 その時背後から、


「コウタ、ここにいたのか! 探したぞ!」


と声がして、振り向くとお父さんが立っていた。


 いけない、暗くなるまで外にいたから怒られちゃうかも……。そしたら、


「あっあなたは御社の……!!」


 お父さんはオジさんを見て驚いている。ひょっとして知り合いか?


「あぁ、君は今日面接に来た方だね。この少年の親御さんかい?」


「はい、そうですが……コウタが何かやらかしましたか?」


 お父さんは不安そうだけど、僕は何もしてないよ。失礼だなぁ。でも面接って事は、お父さん会社辞めてたのかな? なるほどモンゴルに行きたがってたのはそういう訳か。


 この間にも先生のバナナはどんどん売れてて、もうほとんど残ってない。


「面接中急に遠い目でモンゴルの羊の話をし出すし、満場一致で君を不採用にする事に決まったんだが、この感心な少年を路頭に迷わす訳にはいかない。他の人の採用がもう決まったから、採用人数を増やして君をうちに入れる事にするよ」


「本当ですか! ありがとうございます!!」


 お父さんは何度も頭を下げている。白髪のオジさんは、お父さんが受けた会社の偉い人だったみたい。独裁的な会社なのかな? それにしても非常に都合の良い話だなぁ……。でもこれでお父さんが元気になるなら結果オーライだよね!


 そうこうしているうちに先生のバナナはすっかり売り切れたようだ。全く芸達者な猫だなぁ。


 それからお父さんとオジさんは仕事の話を始めたので、僕達は先に帰る事にした。


 アパートに着いて「ニャミパス、ニャミパス、ルルルルル〜」と言って先生は元の三毛猫又に戻ると、「これでお別れだな」と僕に前脚を振った。


「えっ、なんで? まだ『ミラクルヨーヨー』手に入れてないよ!」


「明日になればわかるさ。これでオレはやっとこさ自由の身だ。バナナの叩き売りで小金が貯まったし、まずはノドグロでも食いに行くかな」


「うん、明日まで待ってみる。先生元気でね……短い間だったけど、とてもお世話になったね……」


 僕はしんみりした。


「お前はなかなか見所のある少年だったぞ。オレなしでもこれからきっと上手くやれるさ。じゃあ、元気でな。風邪引くなよ! 歯ァ磨けよ!」


 先生は一回バク宙を決めて、茂みに置いてある急須に吸い込まれていった。



✳︎



 翌日、お父さんがお小遣いを3000円もくれた。僕のお陰で仕事が決まったから、お礼だって。


 そのお金で早速「ミラクルヨーヨー」を買って、僕はクラスのみんなの輪に入る事ができたんだ。めでたしめでたし。


 そして僕は次なる流行に備えて手伝いを続けている。持ってるお金は多すぎても困る事は無いからね。特に料理はすっかり得意になったしお父さんもお母さんもおいしいってパクパク食べてくれるから、将来は調理師になろうかなと思ってる。


 あの急須は普通の急須に戻って、今もお父さんの部屋の押入れに置いてある。


 バナナや急須や三毛猫を見るたびに、先生は今頃何してるだろうって僕は考える。きっとバナナを叩き売りながら世界美食巡りでもしてるんじゃないかな?


 お父さんはと言うと、新しい会社にも慣れたらしく鼻歌を歌いながら出勤してる。時々帰りがすごく遅いし、出張も増えたし、出張の日の天気をやたら気にしてるしで、とても忙しいみたい。


 ある日、帰って来たお父さんに僕はあいさつした。


「おかえりなさい、お父さん」


「ただいま。今日も暑いな」


 お父さんは服を脱ぎ出した。


 その時お父さんのワイシャツのポケットから、小洒落たイヤリングが転がり落ちた。


「小洒落たイヤリングだね。これどうしたの?」


「あっ……それはヨウコの……」


 先生ったら、僕の最初のお願いを覚えてくれてて、サービスで叶えてくれたのかな?


 ちょうど良かった。僕は今、「電車変形ロボ デンシャリオン」がのどから手が出るほど欲しいんだ! 少々お高くて手が出なかったけど、これでなんとか手に入れる事が出来そうだぞ。




ありがとうございました。

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