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急須の中からこにゃにゃちわ

 僕は今、お父さんの部屋を探索している。


 お父さんの「浮気の証拠」を探しているんだ。別にお父さんが浮気している確信があってそうしてる訳じゃない。でも僕にはどうしてもお金が必要なんだ。


 だってクラスで「ニワトリッチ」を持ってないのは僕だけだから。「ニワトリッチ」は今超流行ってるオモチャで、卵からかえったニワトリにプロテインやらビタミンやら「我はきっとやれる」という自信やらを与えながら育てて、ボディービルコンテストでの優勝を目指すゲームだ。


 見た目はキーホルダーだから先生にも見つかりにくいし、オモチャ同士をつなげて対戦もできるから、友だちと遊ぶためにみんな学校に持って来てる。持っていない僕はずっと仲間ハズレなんだ。


 この前お母さんに買ってと頼んでみたけどお母さんは、


「よそはよそ、うちはうち……よそはよそ、うちはうち……よそはよそ、うちはうち!!!」


と最後には絶叫して、深〜いため息をついた。


 ため息で、お母さんが作っていたバラの造花がテーブルから何本か落ちた。すごく怖かったからもう頼めないや。


 今日の朝ドラで、こんなシーンがあった。ヒロインとその旦那がケンカするシーンだ。


「あなた、ポケットからこんなモンが出て来たわよ! 何よこの小洒落たイヤリング!」


「あっ……それはヨウコの……」


「ヨウコって誰よ?!」


「……しまったッ!」


「ムキーー!! そのドロボー猫の居場所、教えなさい! 八つ裂きにしてくれよう!!」


「おまえ、そう言えばアレ欲しがってたじゃないか! ホラ、金の延べ棒! あれ買ってやるから……!」


「ホント?! 私たちの愛は、永遠ね……!」


 これにヒントをもらってあれこれ考えた結果、僕は「ヨウコの小洒落たイヤリング」を見つけてお父さんを強請(ゆす)ろうと決めたんだ。


 まぁ、うちのお父さんは記念日にはお母さんへのプレゼントも欠かさないし、夕方すぐに帰って来るし、この前なんて平日の真昼間の公園でブランコに揺られながらため息ついてたし、浮気の可能性なんて0.3パーセントくらいしかないかもしれないけど、少しの可能性にかけてみよう。


 四畳半の狭い部屋で僕は必死に「ヨウコの小洒落たイヤリング」を探した。


 なかなか無いな、「ヨウコの小洒落たイヤリング」……。出てこい、「ヨウコの小洒落たイヤリング」!!


 僕はお父さんの服が掛けられているクローゼットも、机も、「超☆面接必勝法!」とか「40歳からの転職」とか「歳下の上司と上手くやっていく方法」とかたくさん本の並んだ本棚もくまなく探した。でも見つからない。


 後は押入れだけだ。押入れのふすまを開けて、僕はいくつも積んである段ボールを1つずつ下ろして中を調べていった。古いゲーム機やアルバム、コード類や雑誌などがごちゃごちゃと詰め込んである。


 そして4つ目の段ボールの中に上等そうな木の箱を見つけた。何だろう、これ?


 箱のフタには何か書いてあるけど、字がくずれてて「ナントカ焼 茶器ナントカ」って書いてあるのがどうにかわかるだけだ。開けてみると、ていねいに新聞紙で包まれた何かが入ってた。


 もしかしたら、「ヨウコの小洒落たイヤリング」よりも強力な強請り(ゆすり)のネタになるかもしれない。僕は新聞紙をはいだ。


……中身は急須だった。


 手のひらにのる大きさで、白地に所々茶色と黒が混ざっている物だ。入ってた箱も古そうだし、昔の物なのかな?


 表面がザラザラしていたので僕は急須をなでまくった。僕はザラザラフェチで、ザラザラを触ると落ち着くんだ。すると……


「うわぁ!!」


 突然蒸気のようなものが急須から噴き出して、部屋中が白っぽくなった。思わず僕は急須を落っことしてしまった。


「急須! 急須! 万事急須! なぁんちゃって!!」


 そんな独特のダミ声も聞こえた。


 何だ何だ?! それに寒いダジャレを言ったのは誰じゃ?


 僕が手をパタパタさせるとやがて蒸気みたいなものは消えて、部屋の真ん中に二本足で立っている三毛猫が姿を現した。


……どう見ても三毛猫だ。


 押入れにひそんでいたのか? もしかしてお父さんの飼い猫? うちのアパートはペット禁止だぞ。でもさっきしゃべったようだし、二足歩行だし……。僕の頭の中はハテナでいっぱいになった。


「少し埃っぽいが、やっぱり娑婆(シャバ)は最高だな」


 猫はダミ声でそう言って、ハテナで頭がはち切れそうな僕にかまわず背伸びをしている。さっきのダジャレを言ったのもこの猫みたいだ。


 僕は驚きすぎて何も言う事が出来なくて、ただ突っ立って猫を見つめていた。喋らなければ普通の可愛い三毛猫なんだけど。猫は背伸びが終わると僕の方を向いて、


「ひょっとして、万事休しちゃってる臭プンプン系?」


と意味不明な発言をした。


「……今はとりあえずギリギリ万事休しちゃってないけど、今後万事休するかもしれない。というかなんで猫がここにいて、しかもしゃべるの?」


 僕はやっとのことで口を開いた。


 猫は今度は腹を見せて寝っ転がって話し出した。僕が子どもだからこんなに警戒心がないのかな?


「長い話になるが、聞いてくれ。オレは昔、浜辺でノラやってたんだ。見ての通りオレはオスの三毛猫だろう? 非常に稀少で、3万匹に1匹しかいないそうだ。そのせいでオレはチヤホヤされて調子に乗ったんだな。浜辺の野良猫グループの掟を破ってしまった。つまり、魚屋から魚を盗んで食っちまったんだ」


「……そう言えば、僕のひいじいちゃんは魚屋だったって前に聞いた事がある。何か関係あるのかな?」


 ひいじいちゃんの息子であるじいちゃんは魚屋を継がなかったそうだ。お父さんは普通の会社員だ。


「お前もしかして、ウオズミって名前か?」


「うん」


 僕の名前は魚住コウタだ。


「やっぱりな。オレはお前のひいじいちゃんだかひいひいじいちゃんだかの店からノドグロを失敬したのさ。そうしたら魚屋は激怒して、浜辺の野良猫に餌を与えなくなった」


「ふぅん」


 ノドグロって確か高級魚だよな……。それは怒って当然だ。


「オレは仲間にも迷惑掛けたって事で、魚屋の倉庫にあった骨董品の急須に閉じ込められてしまったんだ」


「浜辺の野良猫グループにそんな能力が……⁈」


「あいつらハンパねぇぞ。砂に封印の魔法陣とやらを書いて、オレはその真ん中に箱座りさせられて、『ニャロイムニャッサイム』とか何とか長老猫が唱えてたな。そうしたら魔法陣が光って……『マジで光りやがった!!』とか悲鳴が聞こえて……気付けば急須の中だった」


「それって実験台にされたんじゃ……」


 猫は後ろ脚で顔をかいている。何だか緊張感がないヤツだ。


「急須の中にあった取扱説明書(トリセツ)にオレの置かれている状況が詳しく説明してあって、さらに『困った時は』の項に封印の解き方がご丁寧に書いてあった。急須を最初にこすったヤツの3つの願いを最終的に叶えてやれば晴れて自由の身なんだってよ」


 思ったほど長い話じゃなかったし、その話どこかで聞いた事があるような……。それに「最終的に」ってのが引っかかる。直接叶えて欲しいんだけど。


 でも仕方ない。さっそく頼んでみよう。


「僕、『ヨウコの小洒落たイヤリング』が欲しいんだ」


「ヨウコ? ヨウコにも色々種類があるだろう。荻野目洋子、オノ・ヨーコ、秋野暢子、真木よう子に具志堅用高……たくさんいるぞ。 フルネームで言ってくれないと対処の仕様がないだろう」


 猫は前脚を組んで小首をかしげた。猫なのに芸能界に何故かすごく詳しいみたいだ。


「……」


 僕は言葉につまった。便宜的にヨウコと言ってただけで、浮気相手のフルネームなんて知らないし、そもそも浮気している可能性自体が低い。


 僕の困った様子を見てかわいそうに思ったのか、猫は助け舟を出してくれた。


「ヨウコのイヤリングをどうするんだ?」


「イヤリングをネタにお父さんを強請って、お金をもらう。そのお金で『ニワトリッチ』を買う」


「つまり、『ニワトリッチ』とやらを手に入れる事が最終的な目的なんだな?」


「つまりそう言う事だね」


「なるほど、わかった」


 猫はうなずいた。


「ホント?! じゃ、『ニワトリッチ』出してくれるの?!」


 急須から出て来てしゃべるくらいだから、そのくらい簡単にできるのかも。


「オレは国民的アニメの青ダヌキみたいに甘くはない。目的を達成する手助けをするだけだ。ちょっと待ってろ、考えるから」


 そう言って猫は目をつむりあぐらをかいて、滝に打たれて修行する人みたいなポーズをとった。するとポクポクポクポクとお坊さんがお経を唱える時に鳴る音がどこからか聞こえてきた。


 年若い僕は、元ネタが何なのかサッパリわかんないや!


 やがて「チーン!」という音が鳴って、猫は目をかっぴらいた。ちょっと怖い。それから目をかっぴらいたまま、呪文のようなものを唱え出した。


「ネコネコアザラク、ネコネコザメラク……」


……何だか不気味だ。


「これで良し。お前の母親を、手伝いをすると小遣いをくれるタイプの母親にカスタマイズした」


「そんな事できるの!」


「オレは長く急須の中にいたからな、ほら」


猫はそう言って後ろを向いた。今まで気づかなかったけどしっぽが2つある!


「猫又になってからオレは人語を話せるようになり、このくらいの事もお茶の子さいさいになったんだ」


「すごい! でも、手伝いをしなきゃいけないのか……何だかまどろっこしいな」


「文句言うな。まぁ、頑張れよ。2つ目の願い事が決まったらまた急須をこすれ」


「うん。ありがとう」


 励ましてもらったし、僕はとりあえずお礼を言っておいた。


 猫又はスゥ〜ッと急須の中へ吸い込まれていった。ためしにフタを開けてみようとしたけど、固くてなかなか開かない。


 しばらくすると豪快なイビキと「ポンと蹴〜りゃ、ニャンと鳴〜く♫」という楽しそうな多分寝言が聞こえてきた。マゾなのかな?


 僕は急須を元の箱に戻して押入れにしまった。


 ところで僕のお母さんは毎月決まった額のお小遣いをくれなくて、僕が欲しいと言ったものを独断で買うかどうか決めるタイプの母親だった。


 でもあの三毛猫の猫又のおかげで、確かに手伝いをすると小遣いをくれるタイプの母親に変化していた。


 ひとまず簡単そうな風呂掃除をやってみたら「バラの花4本分……」と言いながら20円をくれたのだ。


 それから僕は頑張った。掃除機かけ、食器洗い、洗濯物たたみ、靴磨き、町内会の当番の草むしりからゴミ置場の清掃まで。


 共働きで家事を半々ずつ分担している夫婦の、夫が中途半端に家事をやって妻が二度手間だとキレるパターンの失敗を、僕は決して犯さなかった。


 つまり食器洗いの時見逃しがちなフライパンなど大物の洗浄や排水口の掃除、風呂掃除の時に見逃しがちな排水口の掃除やシャンプー類の補充、掃除機かけの時に見逃しがちなゴミパックの交換なんかも忘れなかった。


 もちろんゴミ出しは用意されたゴミをただゴミ捨て場まで平行移動させるだけではドヤ顔をする権利はなくて、分別したりゴミ袋をまとめたりセットするまでがゴミ出しだよね。


 それからトイレットペーパーの交換や郵便物の確認、乾燥した食器を棚に片付けたりと、いわゆる「名もなき家事」も頑張った。僕は主夫に向いてるのかもしれない。


 すると努力を認めてくれたのか、お母さんは手伝いの単価を上げてくれた。風呂掃除が20円から22円に、食器洗いが25円から30円になったのだ。


 中でも夕食を作ると一度に50円ももらえるから、僕は毎日料理を頑張った。そしてついにはだし巻き卵からブリ大根からビーフストロガノフまでを極め、特に煮物料理において僕の腕前は熟練の域に達した。


 でも1日にせいぜい100円ちょっとしか稼げなくて、「ニワトリッチ」を買うための税込3278円を貯めるには1ヶ月もかかってしまった。


 ようやく「ニワトリッチ」を手に入れた僕は、次の朝喜び勇んで登校した。これで仲間ハズレにされないですむぞ!



(後半へ〜〜続く!)


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