暗躍する彼女達
それからの一週間、四葉は頑張った。
炊事、掃除、洗濯――これまで三太が一人でやって来たことではあるが、その全てを習得し、全てにおいて及第点と言える出来にまで成長していた。
三太もこれなら自分の目がなくとも一日くらいは任せられるという結論を出した。
「じゃあ、日曜は大丈夫だよね?」
「ああ。まぁ、一応、やってほしいことは一通りメモとして残しておいたから」
三太からメモを受け取った四葉はそのメモをじっくり目を通した後、胸を強く叩いた。
「任せて」
そして、そうなると焦り出したのは他の姉妹達だった。
「失策だったかも知れないわ……」
一菜は頭を抱え、項垂れた。
集合を掛けたのも、やはりというか彼女だった。
「まさか、四葉ちゃんがやり遂げるなんて……」
「悔しいけど、これが四葉お姉ぇの愛なんだね」
伝染したかのように二穂と五芽も頭を抱えた。
「愛……?なんで、そーなるの?」
六実の疑問に一菜はどこぞの赤い検事よろしくお手上げのポーズで首を振った。
「そう……わからないのね。四葉は三太くんのために……」
「いい娘を紹介するの?四葉お姉ちゃんはお兄ちゃんを諦めたの?」
「……あ……えっ?」
「そうだよね。よつばおねえちゃんはおにいちゃんとでーとするためじゃなくて、べつのおんなのこをしょうかいするためにがんばったんだよね?」
「待って……そんなことって……」
「ありえるの?あのよつばおねえちゃんが」
「……」
姉妹達はそれぞれ考えた。
考えた上で同じ結論にたどり着いた。
「あり得ないよ!」
五芽のそれは叫びに近かった。
「どういう事よ……」
困惑の表情を浮かべる姉妹達の中、一番冷静だったのは二穂だった。
トントントンと人差し指でテーブルを叩いて注意を集めたところで、口を開いた。
「可能性ならいくつかあると思う」
「可能性?」
「例えば、紹介すると言っておきながら、後から合流するとか」
「……確かに、考えられない事はないけど」
「あるいは協力者に頼んで自分の評価あげをして貰うとか」
「うーん、それはどうかなぁ?」
「もしくは、紹介するって言うのが嘘で、最初から四葉自身が行くとか」
「でも、それだと家事はどうするの?」
「そこまではわからない。ただ、問題は四葉ちゃんの思い通りになってるってこと」
「そんな……じゃあ、どうすればいいの?」
「打てる手は……ないね。正攻法なら」
「正攻法じゃなければあるのね?」
「泣き落とし。成功率が高いのは六実ちゃんと七花ちゃんってところだね」
指名された六実はぽかんと口を開け、七花はにこりと笑った。
「え、どうすればいいのー?」
「簡単な話よ、朝から三太くんにひっついて、行かないでって、泣きつけばいいの」
「ええっ?!」
「……」
七花は納得したようにこくりと頷いたが、六実は困惑したままだった。
「そんなの出来ないよー!お兄ちゃんに悪いよ!?」
「なら、七花ちゃんだけでもいいけど……成功率は六実ちゃんも一緒の方が高いはず」
「六実、これは貴女だから出来る事なのよ?」
渋る六実を説得する姉妹達――だが、暗躍していたのは彼女達だけではなかった。
翌日――
「う……ん?」
一菜が起床した時、違和感があった。
携帯電話を探して、手が動くが置いていたはずの位置に携帯電話はなかった。
仕方なく目覚まし時計を手に取って時刻を確認する。
時計の短針は2のところを過ぎ、長針は4のところの手前に来ていた。
「二時……えっ!?」
カーテンを勢いよく開けると陽射しが差し込んできた。
つまるところ昼の二時という事になる。
「は……?」
一瞬、呆けていた一菜だったが、すぐにある事に気がついた。
「……携帯!私の携帯は!?」
休日とは言え、四葉の動向を監視しなければならない。
早目に起きようと携帯のアラームと目覚まし時計を併用したはずだった。
「目覚まし!なんで鳴らなかったの!?」
確認すると目覚ましのスイッチがオフになっている。
それだけだはなく、設定した時刻も大幅に変えられていた。
「なに、これ」
だが、すぐに一菜は思い至った。
これは“念のために”だ。
何者かによって、寝過ごす様に仕組まれていた。
それが、アラーム設定が外れていた理由。
それが、携帯のない理由。
誰が?
決まっている――――!!
「四葉はどこ!?」
すぐに部屋を飛び出し、四葉の部屋へと向かった。
「四葉っ!」
勢いよく、扉を開けた。
だが、当然というべきか、そこに四葉の姿はなかった。
「あの子、どこに――!?」
一菜が踵を返そうとした時、ゴミ箱に捨てられていた何かに気付いた。
「!?」
近所にあるドラッグストアの袋に包まれた何か――。
焦りにより、一菜の勘は研ぎ澄まされていた。。
普段なら流してしまいそうな、その光景に四葉の意思を感じた。
「まさか、ここに!?」
携帯電話が――ということは流石になかった。
だが、それ以上にそれは四葉の意思を示す物だった。
「ぐっすりーなEX?……これ、睡眠薬!?」
正しくは睡眠導入剤だ。
医師の許可なく手に入るものには制限がかかっている。
「いえ、そんなことよりも、私が寝過ごしたのはやっぱり――――他のみんなは!?」
一菜はすぐに他の姉妹達の部屋に向かった。
そして、やはりというべきか他の姉妹達も携帯を回収され、他にアラームが設定されていたものは止められていた。
そして、その大半が一菜によって起こされるまで、ぐっすりと眠っていたのだ。
「……携帯、あったよ。袋に入れて、押し入れの布団にくるまってた」
「後、冷蔵庫にごはんが用意されてたよ!」
「家中見たけど、綺麗に掃除されてたし、洗濯も終わってんだ……」
「たぶん、よるのあいだにぜんぶおわらせたみたいだね」
「してやられたわ……」
一菜はリビングのテーブルにごちんと頭を打ち付けた。
「というか、四葉ちゃん、わたし達はともかく、六実ちゃんや七花ちゃんにまで、盛ったの……ああいう薬、飲ませちゃ駄目でしょ?」
「そこは四葉お姉ちゃんの良心次第だよ……」
「いまナナちゃんがだいじょうぶだからだいじょうぶだよ!それにいまはそんなばあいじゃないよ!」
「そうね、でも……何かいい案ある?」
「え?えっと……」
「わたしは特には……」
「あ、あたしも……」
「うーん……うーん……」
一菜は首を横に振った
「詰みね、これは……精々、四葉が失敗してる事を祈るくらいしかないわ」
「――本当にそうかしら!?」
と、勢いよく扉が開いたかと思うと、百佳がごろごろと四連続前転で入ったかと思うと、飛びあがり、左の拳を天に突き出した。
「母・参・上・!」
「既に惨状だよ、お母さん」
「諦めたらそこでゲームセットよ!」
びしいと効果音が出そうな程に勢いよく人差し指を突き出した。
「……二十年近く娘やってきたけど、お母さんのノリ、未だによくわからない」
「ふ……仕方ないわね。天才とはいつの時代も理解されないものさ」
やれやれと肩をすくませた。
「おかあさん、なにかあるならはやくいってよ」
百佳は七花の前に人差し指を突き付けると、今度はちっちっとメトロノームの動きをした。
「全くなっちゃいないわね。何もかも――だから四葉に出し抜かれるのよ」
「どういうこと!?」
「今日も昨日もお母さんのこと除け者にしたでしょ!」
「除け者っていうか……」
「忘れてたー」
「ぐっ、この!誰のお腹から出てきたと思ってるのよ」
「うーん……このやり取りを見てるとあんまり思い出したくないなぁ」
「……とにかく!あなた達はこれで終わりだと、手詰まりだと思ってるの!?」
「それは……」
「……まぁ、なにか手があれば」
「教えてほしいかなぁ」
そこで百佳はダン、と床を踏み鳴らした。
「なら、この母に謝りなさい!土下座で!」
指を今度は下に突きつける百佳。
姉妹達は示し合わした様に百佳に背を向けて、部屋に戻ろうとした。
「待ちなさい!あなた達の思いはそんなものだったの!?」
その瞬間、一菜はぶちりと自分の中で何かが切れたのを感じた。
「……そうね」
くるりと一菜は振り返り、百佳の肩を掴んだ。
「え、いや、土下――」
「ごめんなさいっ!」
そしてそのまま頭突きの要領で一菜と百佳の額がぶつかり合った。
「~っっ!?!!!!?!!!」
痛みで転げまわる百佳、それを見下ろして一菜はぼぞりと呟いた。
「ああ、土下座だったわね。もう一度謝るわ」
百佳に覆いかぶさる様に抑えつける一菜。
傍から見ればその形は土下座と取れないという訳ではない。
「ちょ……か、一菜っ!?」
「ごめんなさいねぇ、悪かったわ。お母さん」
ぐりぐりと互いの額おこすり合わせる一菜。
そして、一菜はY字型の投石武器のパチンコを引き絞る如く、頭をのけぞらせた。
「わかった!わかったから!もういいから!教えるから!」
ぬるり、と言った動作で一菜は起き上がった。
「それで?」
「う、痛痛……」
百佳は額をさすりながら、起き上がると、テーブルの上に並べられた携帯を取った。
「考えてみなさい?目覚ましの類いは直接止められたのに、携帯はなんでひとまとめににさして、隠されたんだと思う?」
「目覚ましと違って、手間だからでしょ?一人一人パスワードを解除しないと触ることが出来ないんだから」
「そうね。ということは携帯には細工はしていないって事よ。勿論、三太の携帯にも、ね」
「それはそうだろうけど、どうするの?まさかガンガン電話をかけて邪魔してやれって?」
「そんな訳ないじゃない、邪魔するなら直接よ」
「直接?」
「位置情報で場所は分かるんだから、直接その場に向かえばいいの」