四葉の策略
とは言え、一番多くアクションを起こしているのは七花なのだ。
一番幼いが故に姉妹達は咎めることは出来ず、嫉妬の念を送ることしか出来ずにいた。
そして、話は朝の食卓に戻る。
「よし、全部食べられたね」
七花の前には空になった皿しかなかった。
「えらい?」
「うん、えらいよ」
三太は再度、七花の頭を撫でる。
「いっぱいたべたら、おおきくなれるかな?」
「ああ、成れるよ。でも、食べるだけじゃなくて、いっぱい遊んで、いっぱい寝て、いっぱい学んで、そうやって大きくなるんだよ」
「そうすれば、おにいちゃんぐらいおおきくなれる?」
「成れるさ」
「そっか!ナナちゃんね、はやくおおきくなりたいなぁ」
「早く大人になりたいの?どうして?」
「おおきくなって、おにいちゃんとけっこんするの!」
「そ、そうか」
七花は毎日の様に言い続けている。
三太は初めの頃は娘に言われた父親の如く嬉しがってはいたが、その内七花の“熱”を感じとって、違和感を覚える様になった。
「おにいちゃん、けっこんしてくれるよね?」
「あ、あ――」
「でもね、七花」
動いたのは四葉だった。
「七花が大人になった時には、三太はおじさんに片足突っ込みだしているんだよ?」
「お、おい、四葉……」
七花は驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔になって返した。
「おにいちゃんはおにいちゃんだからいいんだよ」
「そう。でも、三太がおじさんになるまで、待てって言うのは我儘でしょ?」
「……じゃあ、ナナちゃんもっとはやくおとなになるもん」
「それは意味ないわよ。七花が大人になるって言うのは三太がおじさんになるってことだから」
「おい、四葉?ちょっと大人げないぞ?」
「三太には――」
四葉はちらりと三太に視線を送ったかと思うと、七花に視線を戻した。
「あんまり、年上ってほうじゃないわね。面倒見たがりだから、年下の方が三太の相手に向いてるわ。でも、流石に七花みたいな年の子は無理よね」
「「「……!!」」」
何人かが四葉の言葉の意味に気付いた。
「いや、急に何の話だよ?」
「一コ下の女の子ってどうかしら?」
「どうって、何が?」
「よ、四葉ちゃんは、女の子を紹介するって言いたいんじゃないの?」
慌てて、二穂が話をそらそうとする。
しかし、四葉の口の端は歪んでいた。
「――うん、そうよ」
「え?」
思わず五芽が疑問を漏らした。
二穂は自らの失策に顔を青くし、一菜はやられたという顔をした。
「ねぇ、紹介したい子がいるんだけど、今度の日曜にでもどう?」
「どう、って何が?」
「デートよ、で・え・と」
「は、反対~!反対よ反対!!」
真っ先に声を上げたのは一菜だった。
「どうして?」
「三太君は毎日のことで疲れてるの!偶の休日くらい休みたいでしょ!?」
「その、三太に負担をかけてるのは誰かな?」
「!!」
「今までが甘えすぎなのは姉さんだって分かってるよね?偶の休みだからこそ、三太にはリフレッシュしてもらわないとね」
「う……ぐ」
姉妹だからだろうか、こういう時の反応は四葉と瓜二つだった。
「紹介したいってことは、ほぼ初対面なんでしょ?いきなりデートなんて、三太ちゃんには負担かかるでしょ?」
二穂の反論にも四葉は予想してたと言わんばかりに余裕の表情を作った。
「だから、家でずっと家ことしてる方が負担じゃない?日曜は私達皆で家ことを変わろうよ。っていうか三太一人に押し付けてる時点でおかしいんだけどさ」
「!?」
二穂は四葉の狙いが分からず口をつぐんだ。
初めは友達を紹介すると嘘をつき、三太を呼び出すものだと考えていた。
だが、自ら家ことを行うということはそのデートに向かうことは出来ないはずだと、二穂は考えた。
「それなら、ナナちゃんがおにいちゃんとデートするよ」
「逆に負担でしょ」
「で、でもこれって浮気だよ!」
「……浮気って何が?」
妹達の苦し紛れの反論も四葉はバッサリ切り捨てていく、最早、四葉の思い通りかと思われた時、意外な反論が返って来た。
「つーか、行くだなんて言ってないぞ?」
三太の反論に、四葉の表情は凍り付いた。
「ど、どうして?」
基本的に三太は姉妹達からの実行可能な要望は飲んできた。
特に自分への要望が来た時は。
故に三太が断ってくることが四葉にとって予想外だった。
「あ。日曜予定あった?それなら他の日でも都合つく様に調節するよ」
「いや、そうじゃなくて、いくら皆でやるったって家ことを全部ってのはなぁ……一応、休みの日に時間が掛かることは回してるから、昨日今日でハイ交代なんて出来ないよ」
「こと前に言ってくれればいいじゃない」
「その時によって違うんだよ。足りない物を買ったりとか、掃除の行き届いてない場所の掃除とか……その時によって臨機応変にしないと」
「い、一週間くらい何とかなるわよ」
「言っちゃあなんだけど、ちゃんと出来てなきゃ、来週に負担がかかるんだよ」
「……」
四葉は俯いたが、意を決したという表情で三太に向き直った。
「アタシが何とかする」
「え?」
「いい子なの。大事な友達なのよ。だから、会って欲しい」
四葉は、まっずぐ三太の目を見つめた。
「そうは言っても……それに、何とかするったって……」
四葉は見つめ続けていた。
三太はその目には耐えられない。
「……わかったよ」
ため息まじりに三太がそう答えると四葉はテーブルの下でぐっと拳を握った。
それに気付けたのは六実だけだった。
故に指摘することは叶わず、発言のタイミングを逃した姉妹達は四葉の思い通りにされてしまった。