最終章
夜鷹が小次郎の傍に寄る。
「あんた、あの人に似てるね。あたしの初恋の人に。昨日のお客さんも似てた。ふしぎ」
綺麗な女に凝視されるもんだから、小次郎は頬を紅潮とさせた。
「名前はなんて」
「佐々木音子」
小次郎は何故か義務を覚えた。それは母親への憧れといった美しい感情である。
「面倒見てやるよ。病気なんだろ、最近じゃペニシリンとかいう抗生物質がそいつを倒してくれるらしいぜ。俺は寺に捨てられたからね、なんか孝行ってもんをしたくなった」
「寺?」
音子は目を見開いた。
「そうさ」
追っかけるように聞く。
「どこの」
「相模の方の×××寺だ」
肩を強く抱きしめながら、音子は目頭を熱くさせた。
「いくつ」
「年は正確にわからん」
膝から崩れ落ちた。音子はむせび泣きそうなのを必死に堪える。
「おおよそでいいから!」
本気な質問と悟った小次郎は、目の色を変えてそれに応じた。
「二十前半かね。俺が坊さんから聞いたのはね、お前のお母さんはかなり若くて美人だったと。お金は、その・・・・」
「いってごらん」
一変して音子は優しい母親の声になる。
「お金はね。自分が遊女になるから、そのお金を息子に頼むと。名前も教えてくれなかった。それは、もしかしての大事が起きないためとかなんとか。それと絶対に探しちゃいけないとね。もしかしたらが起こるから。特に強調をしてお金だけおいて遊郭に身を投げたとか。だから、探さない様にしてる。それが敬意だとおもってね。でも、よしんば坊さんの話が本当なら、あんたが俺のお母さんと同じくらいの年齢なんだ。それに夜鷹だろ、なんか重ねてしまうのさ。だからさ、孝行だよ。あんたのためじゃない。俺のためさ。だから、こい。面倒見てやるよ」
音子は何も言えなかった。でも言わなければ禁忌を破ってしまう。その恐れから逃げることなく唇を震わせながら囁いた。
「怒らないでおくれ。あんたの母親だよ。あんたのお父さんは佐々木小次郎」
稲妻が走った。小次郎は、見ず知らずの武士に助けられたのではなく、お父さんに助けてもらっていたのだ。そして、お父さんから名前を貰ったというわけだ。小次郎は、目頭を熱くさせた。
「俺の名前は、その人から貰ったんだ。佐々木小次郎。それが俺の名前なんだ」
「そう、小次郎ね。許しておくれ」
最後の最後まで、音子は息子のお父さんが自分の兄という事を明言することはなかった。
墓場までもっていくのであった。何も違和感もなく嘘を貫き通すのは、女の才能かもしれない。音子は呟いた。
「月がため息をついてますね。だって、白い」
「安心したんだな」
白夜月は、二人を優しく見守るのであったとさ。