黒翡翠の悪魔のメイドとして契約書を結ぶ
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クロウ伯爵は棚の引き出しから羊皮紙とインクと羽ペンを取り出すとササッと手早く文字を書いた。その紙を心優の座る目の前のテーブルに置く。
《バンッ……!》
「手書きで悪いが、契約書だ。よく読んで条件が合えばサインをして欲しい」
その光景は交渉というよりは脅しに近い。「耳をそろえてきっちり払ってもらおうか」とヤクザのような気迫で目線で椅子にちょこんと座る彼女を睨み付ける。心優は震える手で恐る恐る契約書を手に取ると、萎縮しながらも契約書を上から下までじっくりと目を通した。
ー雇用契約書ー
クロウ・ブラックジェイドとミユウは以下の労働条件で契約する。
【雇用年月日】 20xx年5月11日
【労働内容】 屋敷内の清掃および家事全般、外出時のサポート
【就業時間および休憩時間に関する事項】
午前10時から午後5時まで(休憩時間午後0時から1時まで)
【休日】 月曜日、火曜日(月火が祝日の際には翌日を休日とする)
そして賃金と書かれた項目の隣に見たこともないような数字の羅列が並んでいる。心優は思わずゼロの数を後ろから数えてしまった。
「こっ、こんなにいただけません……!! 私はほそぼそと暮らして行けるだけのお金がいただければそれで十分です……!」
毎月五千円のお小遣いをコツコツ貯めては『乙女ゲーム』を買っていた心優にとってその金額は労働の対価として多すぎる物だったーー……。
「俺の側で働くのだからこれくらい普通だ」
クロウ伯爵はカップに注がれた不釣り合いなホットミルクを少し口に含み、妖しいまなざしでこちらの様子を伺っている。
多額の金額の裏には某有名『バッドエンドシンデレラ』と呼ばれた乙女ゲームのヒロインと同じ仕事量を任せられるのかもしれない。水仕事を命じられた日には皿洗いのし過ぎて手は荒れボロボロになり、お庭の草むしりを命じられた日には雑木林一個分のただ広い敷地を小さな鎌一本で体に擦り傷をつけながら作業することになるのでは!? とマイナスの思考をぐるぐると巡らせ不安になる。
クロウ伯爵は目の前で腕を組みながら終始無言である。彼女の頭の中ではバットエンドのストーリーと鬱になりそうな不穏感満載な音楽が流れる。伯爵はただ時が過ぎていくのにじっと耐えているがさすがに人差し指は苛立ちを隠せない。彼女は羽ペンを握り閉めては筆が全く進まず額からは大量の冷や汗が流れ落ちる。
心優の頭の中には『契約書にサインをする』と『契約書にサインをしないで野宿する』の二つの選択肢が浮かんだ。
「……わ、わかりました」
心優は小刻みに震える手で紙の隅っこに小さく『黒埼心優』と自分の名前を書き、伯爵の使用人として働く契約書を承諾したーー……。
伯爵は契約書に書かれたサインをじっと見つめる。彼女の書いた文字に何か思う節があったようだ。
「おまえの名前は難しい名前を書くんだな」
「そうですか……? 優しい心と書いて『みゆう』と読みます」
「……ふん、覚えておく」
「……? クロウ伯爵、何か言いました?」
暖炉で燃えていた薪が全部真っ黒い炭の固まりになり、だんだんと火が消えていく。暖炉の隣に置いておいた鉄の火掻き棒で中の火が完全に消えていることを確認すると時計の時刻を見た。
「子供は寝る時間だ」
時間はあっという間に過ぎ時計の針は深夜10時を指していた。伯爵は再びソファーに横になり大きな欠伸をしている。どうやら今日はここで眠るようだ。眠たい猫のように目を細めて心優を見ると「早く二階に行け」と言い、片手でしっしと追い払う。
「おやすみなさい……」
心優は自分の使ったカップを両手で持ち、台所のスポンジに洗剤をつけてあまり音を立てぬようにさっと洗い布巾と思われる布で拭いて食器棚に戻す。
足音で伯爵を起こさぬように忍び足で部屋から出て二階の階段を静かに登った。
「伯爵は好きな部屋を使って良いと言っていたけれど、どうしょう……」
二階に上がるとスラッと伸びた廊下にいくつもの扉が並んでいた。とりあえず手前の部屋から順番にノックして部屋の中をのぞいてみたがどの部屋にもやはり人が住んでいる様子はない。
何個目かのドアを開けたときあまり広くはないこぢんまりとしたラズベリー色の壁紙の部屋があった。
壁に備え付けてあるのは金色の薔薇の細工がされた黒い箪笥。窓際にはこれまたかわいらしい一人用のテーブルとサーモンピンクのソファー。丸く全身が写る鏡。
床から天井まである桜の花簾のようなロマンチックな天蓋のベッドーー……。
心優は一目で気に入りふかふかのベッドに横になる。どうやら雨は伯爵と話しているうちにすっかり止んでしまったようだ。
先ほど飲んだホットミルクがいい感じに体を温めて、目を閉じるとすうっと眠ってしまったーー……。