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99%攻略不可能な世界に異世界転移したから、モブキャラとしてほそぼそ生きます

 

 「まさかあなたを攻略して恋に落ちたら元の世界に戻れるかも」なんて鋭い眼光で睨み付けるクロウ伯爵には冗談でも言えない。場を和ませる冗談のつもりでも冷酷な雰囲気を醸し出す彼の耳に入ったら最後全身の血を抜かれ、悪魔を召喚する餌にされそうだ。


 心優は視線を()らして黙り込んだ。


「風呂に入ってきたらどうだ……?」


 クロウ伯爵は大きくため息を吐く。


 心優は『元の世界に帰るのは99パーセント不可能なことと分かり』酷く落ち込み涙ぐんでしまった。それをクロウ伯爵に悟られる前に部屋から出て行く。


「……先ほどは、傘を貸していただきありがとうございました」


 すると部屋の扉を開けたところで玄関のエントランスで深々と丁寧に会釈をする白髪頭の紳士の姿が見えた。


「傘……? あなたはまさかさっき馬車を運転していたエメさんですか?」


「はい、エメ・マカライトでございます」


 エメは自室に戻ってから軽くシャワーを浴びて体を温めたらしく、新しい執事服に着替えていた。そして、傘のお礼を伝えたいと思い心優の前に再び顔を見せた。


「心優さん、浴室へは私がご案内いたしましょう。勿論、客用の新品の寝間着とバスタオルをご用意させていただきました。ささ、浴室は階段を上った先にあります。どうぞ、こちらへ」


 エメの言葉使いはとても丁寧だった。長袖の隙間からチラッと覗くか細く痩せたまっ白な肌。白髪でも髪型は整髪料を使って整えられていて、服にはシワ一つない。伸びた背筋、手のひらを使い示す仕草。屋敷のこと、伯爵のこと、彼は何でも熟知しているようだった。


「それでは私はこれで失礼します。心優さん、クロウ伯爵のお屋敷でゆっくり休まれてくださいね。私はもうしばらくしたら一旦自宅の方に戻らせていただきますので、もうあなたとはここでお別れなのですが、ぜひ再びどこがであなたに逢えることを楽しみにしております」


「え……? エメさん、帰ってしまうのですか……?」


「はい、私はクロウ伯爵に雇われている執事です。土日、祝日はクロウ伯爵の仕事もなく、一人でのんびり過ごしたいと言う願いから自宅に戻るようにと命じられております。今日は金曜日ですから、次お屋敷に来るのは二日後の月曜日になりますね」


 エメは「それではごゆっくりと」と言い残して浴室のドアを静かに閉めた。せっかく信頼できる方が現れたのに一人ぼっちになってしまった心優は鏡に写った自分の顔を見て渇を入れる。綺麗に磨かれた鏡に写った寂しそうで不安そうな顔の自分。「しっかりしなきゃ」と頬を両手で軽く叩く。


 とりあえずれたワンピースを脱いで浴室に入る。


 《チャプン……》


 お風呂というよりはちょっとしたホテルに用意された温泉に近い。天然大理石でできた泳げるくらい広々とした浴槽。湯船に肩までゆっくりつかり両手でお湯をすくい上げる。肌触りが滑らかで深く浸透するようなしっとりとしたお湯に浸かると大分気持ちが落ち着いた。


 「クロウ伯爵は一晩泊めてくださると言ってたわ。見知らぬ私を自分のお屋敷に招き入れてくれて、お風呂にまで入れてくれるなんて、本当はすごく優しいお方なのかも知れない。

 素晴らしい容姿を持ったゲームのヒロインなら少しは望みはあっただろうけど、何も持ち合わせていない一般人以下の今の私では彼を攻略するなんて厚かましいこと99パーセント不可能。

 私がヒロインだなんて思わない。せめて、この世界のモブキャラでもいい。モブキャラとして細々と目立つことなく暮らして行くことは出来ないかしら」


 心優は浴室の角に置かれた、子供用の黄色いアヒルに気がつく。


「乙女ゲームの世界にもこんなに可愛らしい、子供がお風呂のお湯に浮かせて遊ぶ玩具があるのね」


 小さなアヒルを三匹手に取るとお風呂のお湯に浮かせてまたぼんやりと考え事をしていた。


「確かクロウ伯爵のお屋敷はメインキャラの王子様が住む街よりも大分西の方に位置しているの」


 浴槽に張られたお湯を地図に見立てて三匹のアヒルを『クロウ伯爵のお屋敷』とそこから一番近い『王子様の住むお城』と『街』に配置する。


「そうだわ、街に行けば、こんな私にでもできる仕事が見つかるかも知れない!」


 心優はこの世界のことは誰よりも詳しく知り尽くしていた。どこに行けばどんな『仕事』があって、『どんな人』が住んでいるかも。初めは乙女ゲームのヒロインが迷い込むであろう『はじまりの街』に行こうと狙いを定めた。幸いなことに『はじまりの街』はお屋敷から馬車を使って1時間。自分一人で歩いてもまだ足が運べる範囲の場所だった。


 はじまりの街は賃金こそ低いものの物価も安く初心者プレイヤーには住みやすい街だ。そこにはきっと心優にだってできる仕事があると信じて……!!


 《ザバァーー……》


 お風呂から上がって、湯船に着いたアヒルをさっと水で洗いタオルでいて元の位置にこっそりと戻す。


 石鹸で軽く頭を洗って、泡をシャワーで流すと元の艶々とした髪に戻っていた。

 心優は浴室から出て、エメが用意してくれた寝間着に着替えて洗面台の前で髪を乾かす。柔らかなブラシで毛先を整えるといつもの彼女の姿だった。


 鏡の前で改めて等身大の自分を見る。


 身長は低く152センチと小柄で、真っ黒でもなく少しだけ明るみのあるアッシュベージュの髪色は地毛である。少しだけ癖のある髪を生かして胸元まで伸ばした髪の毛は毛先が自然なパーマをかけたようにくるんとしている。化粧毛がほとんどなくそして化粧をしてみてもあまり変わらない。

 第一印象は『ふんわり』としているらしくそこもまた否定は出来ない。


「エメさん……客人用に用意してくれたって言ってたけど、この寝間着ってどう見ても……」


 心優は普通のフリーサイズの服を着るといつも袖が長く、腕を二回、三回折って着ていた。ワンピースもいつも長すぎるので買ってきたものを自分で調節して着たり、わざとお腹の部分で二回、三回折って太いベルトで隠したり工夫して着てた。

 しかし、エメが用意してくれた寝間着は恐ろしいくらいにピッタリである。色は黒だが汗を逃す素材のさらさらとした肌触りの良い長袖のシルクワンピース。嬉しくて一回転するとフリルがふわりと広がったーー……。


「エメさんの洞察力、気配りは執事として一級品すばらしいものだわ‥‥」


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