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甘い夢の続きは現実世界で



「私は全てを思い出してしまったの。元の世界にはあの方が待っている。私は元の世界に帰らないといけないのーー……」


 伯爵は驚き言葉が出ない。

 心優は本来愛すべき人が違うという真実を飲み込めずにいた。


 伯爵に握られている手が小刻みに震える。

 離して貰おうと頭では理解しているのに、どうしても行動には移せない。彼女がこの世界に来てからというものの、伯爵は見ず知らずの彼女を自分のお屋敷に招き入れ、仕事を与え、一緒に暮らしてくれた。今の今まで彼女を守り、隣で支えてくれた、そして昨日愛を誓った彼を残して帰る訳にはいかないーー……。


 (私の手を握るこの手を離してしまったら、元の世界に帰れたとしても愛される保証なんてない。ならば、せめて、この世界にずっと、()()()()側にーー……()()())


 心優は心を鬼にして彼を突き放した。


「私はあなたのことが嫌いだわ」


「……嘘だ」


「絶対に一生好きにならない」


「ミーユ、俺の目を見ろ」


 この世界から解放される方法が『王子様と結ばれる』ことだとしたら、この世界にとどまれるなら彼に嫌われる策が一番良いと思って全力で彼から逃げた。

 彼の真っ直ぐな瞳を一瞬でも見て、何にも囚われることのない黒翡翠(くろひすい)の瞳に心を奪われてしまったら最後ーー……。


「……好きだ」


 彼女は腕を捕まれ壁に押し倒される。


 瞳の奥でキラキラと輝く宝石の虜になってしまうのだからーー……。


「……いいか?」


 今まで他の国の王子の前に現れた異国の少女は皆消えてしまった。だとすれば、同じ運命の彼女(ミーユ)もいつかは帰るのだと気づいていた。

 そして、その時は彼女の事を想い手離そうと決心していた。

 でも、まさか、まさか、そんな日がやって来るとは()()()()()()()()


 彼女が本当にこの国のどこかにいる誰かを待っていればいいと何度も思った。そして、その人と共に帰る道は選ばず、ずっと自分の隣にいてくれる未来を心の片隅では望んでいた。


 彼女に「帰る」と言われて、伯爵は非常に余裕の無い表情をする。

 拒むことはなく、じっと瞳を見つめる彼女の(まぶた)にキスをすると、指先で唇に触れ、下唇にそっと口づけをする。

 


「おまえのことを愛している。俺はおまえを妻として迎え入れたい。でも、やはりそれは叶わない夢なのか……?」


 心優は嬉しくてさらに涙が溢れる。しかし、その「はい」がどうしても伝えられない。震える唇を噛み締める。


「おまえが頷かぬなら、無理矢理そうしてしまおうか」


 伯爵の男らしい手が彼女の指先に触れる。お互いの気持ちを知った二人の熱は収まらない。指先から手を絡め、ぎゅっと握りしめる。この時間が永遠であれば良いと思った。


「クロウ伯爵……私にはあなたに好きになってもらう資格はないです……私は……本当の私は……」


 心優は両手でお腹を抑え背中を丸めて縮こまった。


「本当のお前が何であろうと俺はーー……」


 


 時を忘れるかのような甘い時間。甘いセリフの数々、それは、それは、どんな乙女ゲームよりも素晴らしく、彼に愛された時間は『()()()()()()()』だったーー……。



 そして、彼女はこの世界から消える。

 伯爵が目を覚ました時、昨晩愛を誓った相手はもう、この世界のどこにもいなかったーー……。


 テーブルには渡せなかった『指輪』だけが、彼女がいた証としてこの世界に残り、それが無性に寂しく心が傷んだーー……。



 ***


 《ザァーー》


 (あの時と同じ雨だ。

 けど、私は今どこにいて何をしているのだろう)


 降り注ぐ雨に打たれても、真っ白のワンピースは濡れても、不思議と冷たいとは感じない。腕には幾つもの雨粒が滴り落ちる。

 素足でびしょ濡れのアスファルトの上を歩き、ぼうっと現れた人影に少しずつ近づく。


「クロウ伯爵?」


 人影に反応はない。

 では、あそこで待っているのは一体誰なのだろう。




 途切れ途切れ雑音が入る警報と所々欠け、浮かんでは消えていく警告の文字。


 これから先に踏み入れてはいけない。そんな気がした。


 後ろを振り向こうとした瞬間、どこからか一羽の真っ黒い鴉が飛び交って来る。鴉が首に下げていた『黒翡翠の宝石』が光輝き辺りを照らす。

 

 ーー鴉は彼女の前に舞い降りた。



「物語を決して最後まで諦めてはいけない。つらい現実が待っていてもその真相を自分の目で確かめ、受け入れるのだ」


 だが、彼女には彼の言っている言葉が理解できず、パニックに陥り『諦めて』しまいそうになる。

 


「もし、現実から逃げてしまったら一生消えない傷が胸につくぞ」


 「わかった! 諦めない! 諦めないわ!」


 すると鴉は目元を緩ませ、翼で二三度空をあおぐと、雨雲は消え去り、雨は止み、水は引いていった。


 彼女は普段鴉など触れたことがない。鳥だと言うのにどこか狂暴で薄汚れたものだと勝手に判断して近寄ることはなかった。


 だが、目の前の一匹の鴉はどこか違って見える。


「あなた……だれ?」


「所詮大勢いる鴉の一羽だ。俺のことなんかすぐに忘れた方がいい」


 すると鴉は大空に羽ばたいて行った。

 彼の飛び立った後にはこれまで見たこともないような綺麗な青空が広がる。


 心優は太陽の光が差す矛先へ歩いて行った。



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