ディネ・アン・ブラン
「お嬢様、お手をどうぞ」
「おっ、お嬢様だなんて、そそそそんな私には恐れ多いわ!!!」
お屋敷の伯爵の部屋では真っ白い衣装に身を包んだ二人がお互いの手を握っていた。
長い髪は一つにくくられ雪の結晶のようなティアラを身に付けていた。ティアラのパールがシャンデリアの光りに照らされて眩しいほど輝いている。
純白のドレスの裾を少しだけ指先でつかんで、伯爵に軽く会釈をする。
「今宵はエスコート、よろしくお願いしますわ。クロウ伯爵」
《ガチャ……》
二階の扉が開き、今宵だけは白の衣装に身を包んだ伯爵が先に登場する。階段の下には彼の登場に喜びと歓声がまき上がる。そして、彼が手をひく彼女こそ、「一夜限りのヒロイン」だったーー……。
「ミーユ・ミルフィー……こほん……失礼しました。心優さんの登場です。どうぞ皆様、暖かい拍手で見守りください」
「こほんこほん」とわざと年寄り臭く咳払いをするのは、司会進行役のエメだ。二人が手を取り合い階段を降りて皆の前まで歩いて行くのを会場の全員が拍手で出迎えた。
お屋敷の広間には真っ白いテーブルと椅子、それにエメが丹念に作ってくれたお手製のおいしそうな料理の数々が並んでいた。
それだけではない南の国からはたくさんの果物と、北の国からは新鮮な魚の料理、もちろん北の国の料理を手助けしたのは西の国の王子と大きな船を所持する婚約者だった。
ドレス姿に身を包む二人よりも食事に目が行き、四人は銘々椅子に座り豪華な食事を口にしている。
「やはり冬場は身が引き締まって柑橘系が甘く熟している。ごちそうと言ったら俺の国にかなうものはないな!」
テーブルに並んだフルーツの器から綺麗に向かれた蜜柑をフォークに刺して豪快に一口で食べようとしている。
心優と目が合うとニッコリとほほ笑み「ミーユさん、綺麗だよ~」と手を振っていた。もちろん褒めるのは心優のことだけ。
「今宵は遙々遠くから来てもらって申し訳ないな。スオウ王子」
スオウ王子は名を呼ばれるとチラッと伯爵の方を見て口笛を吹く。
「南の国の王子は黙って食事もできないのか?」
隅の方で淡々と魚料理をフォークとナイフを使って綺麗に食すのは、北の国の王子ヒョウガ王子だった。
「こちらも遠くから遥々来てもらって申し訳ないな。ヒョウガ王子」
ヒョウガ王子は魚料理を食す手が止まらない。どうやらエメが調理した魚料理がよほどおいしかったのだろう。
「この料理は一体誰が作ったんだ!? 今すぐ料理長を呼んで欲しい!」
エメは彼にうれしそうに近寄り、耳元でこっそりと「あとでレシピをお渡ししますね」と囁いた。ヒョウガ王子はまさか、こんなおじいちゃんが一人で作っていたとは思いも知れず目を丸くしている。
心優はそんな光景を笑って眺めている。
すると一人のかわいらしい女の子……いや、男の子がドレス姿の心優に近づいてきた。
「花束を忘れているよ? おねえちゃん?」
真っ白な花束を両手に持ち、首をかしげて、潤んだ瞳で彼女の様子を伺う。以前の彼ならば気軽に彼女に抱きつき、頬を擦り寄せ、抱擁をせがんだことだろう。
しかし、今はそれを後ろで制御する者がいる。
「ブーケトスはぜひ、私のところへお願いしますわ!!」
「あらあら、二人も来てくれてありがとう。カナリア王子、それとリナリアお嬢様」
そして、真ん中のテーブル。三人の王子の入国を許可し、物事が円滑に行くよう話を進めたのが、この国の王子イーグリットだった。
「イーグリット王子、今回ばかりは助けられてばかりだな」
イーグリット王子は腕を組みながら皆の様子を伺っている。そして、その肩にはかわいらしい小鳥がクッキーの欠片を彼からもらっておとなしくパリパリと食べていた。
「おめでとう、クロウ。おめでとう、ミユウちゃん」
そう今年の『ディネ・アン・ブラン』は『二人の結婚式』も兼ねてクロウ伯爵のお屋敷で行われたのだ。
皆はそれぞれ持ち寄ったお皿と料理をたわいもないお喋りをしながら口に運ぶ。
二人は一人一人のグラスにワインや果実水をつぎながら「どうぞよろしく」と頭を下げた。
そしてフィナーレは「永遠の誓い」で幕を閉じるかと皆が予想していた。
だが、そこはクロウ伯爵が頑固阻止する。
まわりはヒュウヒュウと場を盛り上げる。
「俺たちは見せ物じゃなーー」
せっかく穏やかな雰囲気になったところをぶち壊す勢いだった。心優は頬にそっと手をあてて、もう片方の手で口を塞ぎ、自分の手の上からキスをした。
伯爵は思わぬ心優からの大胆な行動に今までないくらいに岩のように固まる。魂が体から抜け出したのかよろめき、テーブルにぶつかり、動揺を隠すかのように前髪をかきあげ、半笑いする。伯爵が動揺するなんて珍しい、明日は雨か雷かはたまた豪雪かと笑いが溢れた。
今宵の『ディネ・アン・ブラン』は静かに終わりを告げる。
皆が帰ったあと伯爵はやっと正常に動きだし、心優に「さきほどの真意」を聞きに行った。
「ミーユ?」
だが、彼女は疲れたのかドレス姿のまま自分の部屋で眠っていた。伯爵は制御不可能なみだらな恋心に彼女を襲いそうになったが、背後から「まさか寝込みを襲うつもりではありませんよね?」という、鏡の執事に物陰から見られているような気がして、風邪を引かぬよう肩に暖かな毛布をかけて彼女が起きるのを近くの椅子に腰をかけて待っていた。
二人っきりになったときに渡そうと思っていた、昨日出来上がったばかりの「妻の証」が入った小さな箱をテーブルに置いて。
伯爵は宝物は誰にも触れられたくない主義で、二人だけの時にこっそりと「愛」を伝えようと思っていたのだーー……。
そんなこととは知らず、彼女は夢の中で『終わらない夢の続き』を見ていたーー……。




