後日談*カナリア王子からの手紙
「そういえば、他の王子たちは元気でやっているかしら?」
イーグリット王子に手紙を書いたあと、心優は他の三人の王子にも近況を伺う手紙を書いた。
「まあ、スオウなんかは結構ずぶといからな。のんきに畑仕事でもしながらのびのびと暮らしていることだろう。
大変なのはきっとカナリア坊っちゃんの方だ。側で支えてくれていたであろう、しっかりものの彼女がいなくなってしまって、しかも背後にはわがままなお嬢様と鋏を隠し持った執事がいるんだからな」
伯爵は「アイツから逃げたい気持ちもわかる」とか「俺だったら早々に婚約は破棄して一生独り身でいる」だとか言っていたけど、そもそもその執事の兄は伯爵自身なのだーー……。
手紙を出して少ししたのちに、カナリア王子から先に返事が帰ってきた。その内容は大分困っている様子だったーー……。
「実は彼女がいなくなってからというものの、体調を崩して寝込んでいた僕に婚約者のリナリアが介護すると言い出したんだ。
城に自分の大量の荷物を持ち込み、カーテンや家具をシャビーシックな色合いの物に勝手に変えてしまったり、かと思えば、毎日料理長に非常に困った注文を投げ掛けている」
「困った注文ーー?」
伯爵と心優はかわいらしい丸字で書かれた、その先の文章を読み進める。
「今まで西洋料理しか作ってこなかった料理長にロールケーキやタルト、ビスケットやクッキー、クリームがたっぷりとのったカップケーキを作って欲しいと願い出たらしい。髭ずらで筋肉質、重たい包丁も二刀流で扱うベテラン料理長は彼女の要望『洋菓子の注文』に頭を悩ませた。それも、自分で食べたいからではなく、どうやら僕に食べさせようとしているとーー……」
心優は彼女のかわいらしい注文にくすりと笑ってしまった。
リナリア嬢いわく落ち込んでいるカナリア王子に元気を出してもらおうと彼女なりに毎日試行錯誤している様子だった。
それでもカナリア王子は「いらない、食べたくない、むしろ部屋から出て行ってくれ」と首を横に振る。
カナリア王子が意地を張っていると、見かねた執事がやってきて「お嬢様のため」と言わんばかりに、まるで初恋が実った恋人同士のようにカップケーキを「あーん」して食べさせてくれるのがまたまた迷惑で困っていると。
失敗して口や頬にクリームが付いた日には、まあまあご丁寧に指で脱ぐって……そこまで終始無言で心優が読み上げる手紙の内容を聞いていた伯爵だが、彼女がこの先の文章を読み上げると胃に込み上げる物があったらしく「少し席を外す」と言い払った後、青冷めた顔で部屋から出て行った。
「人を思いやる心というのはどこで育つのだろうか」
再び席に着いた伯爵は、額に冷たいタオルを置いて、目を瞑りグッタリとソファーに横になっていた。
「俺が具合悪そうにしているとおまえはなにも言わなくても、こうやって水で濡らしたタオルを持って来てくれる。俺がソファーに横になって頭を押さえている時は、大概疲れている時か頭痛がひどい時なのだが、水で濡らしたタオルを頭にのせているとだいぶ良くなる」
心優は隣で優しく見守っていた。
「伯爵は薬に頼りたくない頑固な意地っ張りですとエメさんから聞いております」
伯爵の緩んだ口元が引き締まる。
「薬に頼るかどうかは人それぞれで、エメさんは一刻も早く良くなりたい方なので自前の薬を飲んでいらっしゃいますね。長年愛用している漢方薬だとか言っておりましたが」
「ほう……」
「親切心でやったことが相手にとってはお節介だったということもありますし、そこは相手の話をよく聞くしかないのです。
人の心などその人にしか分からない部分もありますので、私もわかっているようで何度も失敗しておりますよ」
「そうだな、外出する際、頼んでもいないのに俺の背後に先回りしてコートをかけてくれることも、靴を履く際になにげに後ろで靴べらを持っていることには良く気が利く婚約者だと感心している。
その一方では『行ってくる』と片手を広げても、爽やかな笑顔で『行ってらっしゃいまし』と言って、わざとなのか絶対に一度も別れを惜しんでくれることはなかった……!!」
「……えっ!?」
「またしてもだ。こうやって片手を広げ何度も『いいからこっちにおいで』と合図を送っているのに『何が言いたいのか、伯爵のお考えは全く理解できませんわ』と分からない振りをしてやり過ごそうとする。
どうしておまえはよく気が利くのに、自分のことになると鈍感なのだ!?」
「えええええ!?」
話の流れがカナリア王子から彼女への不満になってしまったことをいち早く察して心優は早々に仕事に戻ろうとする。
「俺はこんなに必死で伝えているのに……くそう」
そんな二人のやり取りを物陰からほほ笑ましくこっそりとのぞいていたエメが伯爵に声をかける。
「カナリア王子には私から返事を書いて差し上げますから、どうぞ伯爵は心優さんを追いかけてください。何か伝えたいことがあるのでしょう?」
「ああ……悪いな。返事は任せた。
おい! ミーユ! 雪掻きは今朝済ませたばかりだろう!? それに昼食の準備などまだ早い! いいから早くこっちに来るんだ!!」
エメは二人がいなくなった部屋にポツンと置き去りにされた手紙を広げると、筆を取り達筆な字で返事を書いた。
「相手の行動は自分の行動への鏡とはよく言ったものだ。
自分では相手の至らないことが分かっていても相手を責めることはあまり好ましくない。
むしろ相手に『こうして欲しい』、『こうでないと困る』、そうやって相手に不満をためるよりかは相手のことを理解して自分が変わった方が精神的にも楽になることだろう。
相手が変わらないのなら自分が変わる。それが相手のためにもなりさらなる自分への成長ともなるのだ。
いつまでも狭い視野で物事を考えていては、異なる考えの人、多人との意見がぶつかって苦痛でつまらない毎日になることだろう。
リナリア嬢を援護するわけではないが、彼女の優しさも受け止め、プラスアルファで自分が望むことをやんわりと伝えてはどうだろうか?
カトレアさんとリナリア嬢を比較しても彼女にもできないこともある。
……けど、リナリア嬢にしかない良いところも一緒に住んでいてそろそろ見つかった頃合いじゃないだろうか?
もともとは赤の他人、食べるものも環境も違って育ってきたのだから、お互いの距離は一気には縮まらない。
信頼と言うのはぶつかり合いながらも毎日少しずつの積み重ねでお互いの距離が縮まって行くものだ」
エメは伯爵の口調を真似してここまで代筆すると筆を止める。
窓の外の真っ白な世界には部屋を出ていった伯爵と心優が悪戯に雪遊びをしていた。エメの視線に気づいた心優は近づいてきて硝子窓を軽くたたく。
「おやおや、寒くないのですかねぇ」と若干心配そうに見守っていると心優は手のひらにのせたかわいらしい雪ウサギを見せてくれた。
エメは優しくほほ笑むと、再び視線を手紙に戻す。
「ぜひ、リナリア嬢とのお話の続きも聞きたいものです。
こんな老いぼれじじいですが、老後の楽しみに若いお二人の成長の行方、カナリア王子の話が聞ける日を楽しみにしておりますぞ……」
先日エメは伯爵からディネ・アン・ブランの招待状を「知人がいたら渡してくれて構わない」と言われ渡されていたので、封書にこっそりと招待状を入れて封をする。
「しょうがないですねえ。
この物語の名脇役お節介な老いぼれじじいが、今回も余計な悪戯をしましょうかーー……」
エメはもう一枚の羊用試を手に取り綺麗な字で一文字一文字心を込めて手紙を書いたーー……。




