後日談*イーグリット王子からの手紙
本編からは少しだけ離れますが、それぞれの後日談を書きました。クライマックス前のしばしの休息。おまけ話としてお楽しみください。
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お屋敷に一通の手紙が届いた。
「赤く染まった紅葉の季節は過ぎ、花の蕾が春先に向けて厳しい寒さに耐えている様子が城の窓から伺えます。春には寒さを乗り越え、より一層強くなった新たな新芽が芽吹きますね。巡り来る季節が楽しみです。
ご体調はいかがでしょうか? 容赦ない冷酷の冬のように隣でかたくなに腕を組み睨み付ける悪魔にいじわるされていないかと心配しています。かわいらしいミーユちゃん。」
「イーグリット王子からだわ!」
心優のことを『ちゃん付け』する人物はイーグリット王子しかいない。クロウ伯爵は「封を開けては良い」、「読んでも構わない」と言ったが差出人が『イーグリット王子』からだと分かると、その手紙をすぐによこすようにと心優に言った。
「でも、クロウ伯爵、良く読むとイーグリット王子から私宛に送られたお手紙みたいだわ。だから、先に読むことを許してはくれないかしら?」
心優はさらに手紙を読み進める。
封書に送り主からの名前がなかったことに若干引っ掛かっていた伯爵は、熱心に手紙を読む彼女の後ろに回り込み、彼女ごと抱き抱え、ソファーに座らせた。
「どれどれ……」
クロウ伯爵は手紙の文字を読む。
「近況の変化があり、その報告をと思い筆を取りました。
実は今、城には一匹の小鳥がどこからかやって来て住み着くようになりました。
金色の柔らかな毛並みに蒼い瞳。
もともと誰かに飼われていた小鳥なのかパールの首輪をしていて、妙に城の兵士やメイドになついているのです。
小鳥だからと新鮮な餌を調達してきて器にのせて出したのだが、いっこうに食べようとはしない。
腕の良い料理長に食事に使う穀物や森に木の実を調理して貰うと、手渡しで少しずつ食べてくれました。全く誰かと似ていて手のかかる小鳥です」
「イーグリット……寂しすぎてついに小鳥を飼い出したか……」
「でも金色の毛並みに蒼い瞳ですって! なんだかどこかの誰かに似ているような気も若干しますけど、これは運命かもしれませんわね! もしかしてどこかの貴族に大切に飼われていた小鳥ちゃんかも!」
二人はイーグリット王子の報告を実にうれしそうに手紙を読み読み進める。
「一つ困っていることがあります。ミーユちゃん、あなたに手紙を出したのは、他でもない、彼女のことで伯爵には内緒で相談したいことがあって……」
心優は「伯爵には内緒で」という文字が強調してあったことから、ここから先は一人で読むと言い伯爵から手紙を奪い取った。
「……どうして俺には内緒なんだ」
不満げな伯爵はソファーの上で一人うなだれる。
心優が構ってくれないと分かるとすぐさま席を立ち、どこかへ消えてしまった。
「……小鳥が大の甘えん坊さんで困っています」
その内容に心優は思わずくすりと笑ってしまった。
「ぜいたくな悩みですこと!」
「僕が城にいるときはまだおとなしく肩に座り丸くなってうたた寝をしていたり、良いのですが、どうしても外出しなくてはいけない時がありまして……。外は危険なので絶体に連れていかないし、鳥籠に入れて待っててもらうのですが、ずっと悲しそうに鳴いているのです。
その声を聞くと彼女のことを思い出し胸が張り裂けそうです。外回りから帰ってきては、彼女が気のすむまで籠から出してあげ、安心させるかのように頭を指先で撫でてあげる。
そうすると安心してまた肩の上で、すやすやと眠り出すのです。
……可愛らしい子でしょう!!」
若干のろけが入っていることには傷心の身ということもあり、黙って目を瞑る。それなら、一緒に連れていけば一番の問題解決になるだろうと思ったが『彼女のことを彼なりに大切にしてる』のだろうーー……。
「話がそれました。僕には女心が良くわからない。たまに他の国の公爵令嬢とお逢いすることがあって、城に戻ると香水の香りを嗅いだ彼女は毛並みを逆なでて怒るのです。
手の甲は嘴で軽くつねられるし、「仲直りしよう?」と問いかけても一度すねたら鳥籠から次の朝まで出てきてはくれない。それもまた寂しい……」
ここまで読んで、イーグリット王子がいかに彼女にどっぷりとはまっているかが目にとるようにわかった。普通は生活が忙しすぎて、小鳥の機嫌なんてその都度気にしていられないし、彼にとっては彼女の存在が大きくて特別なのだろうーー……。
「ならば、他に仲間を増やしてみたら彼女が寂しがることはないだろうと思っていたら、この作戦は裏目に出ました。次の日、籠から彼女が抜け出してしまったのですーー……」
心優は「まさか、まさか」と思い、何枚目かの文字がぎっしりかかれた手紙の先を読み進める。
「いろいろな所を探してそれでもいないことを知ると、僕は諦めて一人部屋に戻りました。すると全てを空から眺めていたのかどこからか彼女は舞い降りてきて、肩に止まり、安心したのかすやすやと眠りだしました。
それがまたうれしい! 小鳥の行動に一喜一憂するだなんて僕は本当にどうにかしている。彼女が愛らしすぎて、愛らしすぎてーー……」
心優は彼女が戻ってきてくれたことに胸を撫で下ろす。
そして引き出しから羊用紙とペンとインクを取り出すと、イーグリット王子に手紙を書いた。
「今度は彼女を絶体に寂しくさせないように、なるべく側にいてあげてください。
鳥籠はあまり好きではないみたいなので、彼女が一人になりたいときに入れてあげて休ませてあげてください。彼女は人目を気にするようなので休ませて上げるときは布を被せてあげてもいいですね。
それと王子が心配していることですが、小鳥さんに毎日声をかけてあげてください。ささいな話でいいのです。毎日の習慣の積み重ねが信頼の証となり、いつかは彼女もわかってくれるでしょう。外から帰ってきた後は、また彼女の存在に気づいてあげてくださいね」
心優はできる限り優しい言葉で手紙を書いた。
そして物音が無くなった部屋に伯爵がいつの間にかいなくなったことに気づき、二階の伯爵の部屋のドアをノックする。
伯爵は椅子にもたれ掛かり眠っていた。
心優は後からそっと近づき伯爵の肩に抱きつく。
「なんだ? 手紙はもういいのか?」
伯爵はゆっくりと目を開ける。
心優はさらにぎゅっと抱き締め彼の存在を実感した。
「クロウ伯爵、今度一緒にイーグリット王子のところへあいさつに行きましょうか?」
「まあ、おまえがそう言うなら、しょうがないな。考えておこう」
次の日、早朝に心優はポストに手紙を出した。
『ディネ・アン・ブラン』の招待状を送付してーー……。




