もふもふの二頭の狼とやっと出した彼女の答え
部屋に戻った伯爵と心優は木箱から暖かい防寒着と毛布を取り出す。伯爵は自分の黒いコートを羽織りその上からさらに厚手の内側が毛皮、外側が透湿防水の人工皮革でできた防寒着に身を包む。手は分厚い手袋。足元は長いブーツを履ききつく紐で縛った。
今まで来ていた衣服と手元にあった食料をかばんに詰め込んで、二人は部屋を出ようとしていた。ここに捕らわれた時にセナが貸してくれたケープはきちんと畳んでベッドに置いていく。
心優がおもむろにポケットに手を突っ込むと、すっかり忘れていた蜂蜜の小瓶が入っていたことに気がつく。
小瓶を斜めにしたり逆さまにしたりしてみたけれど、中の蜂蜜は凍って固くなってしまったようだ。彼女は少し落胆したが液体の中にできた結晶を眺めていると、お屋敷で待っているエメのことを思い出した。
「クロウ伯爵、私たちがお屋敷から突然いなくなってエメさんは心配しているはず。無事にお屋敷に戻りましょう」
「ああ、もちろんだ」
伯爵はお城の重たい扉を開ける。心優はその大きな背中について行った。
《ギギギギーー……》
「なあ、ミーユ? 一つ聞いときたいことがある」
「どうしました……?」
「あの時の答えをそろそろ聞かせてくれないか?」
「あのときの答えーー……」それが何を意味しているかは、すぐに分かった。ギンレイと別れた後、伯爵に求婚された上、その答えを彼に甘え保留にしてしまっていた。
「俺の婚約者になって欲しい、そう伝えただろ?」
ゆっくりゆっくりと扉は開き二人は光に包まれる。
「ああ、そうね。つい、うっかりしていたわ」
蒼く澄み渡る星空に広がる天蓋のカーテン。天からの極上の至福が空から降り注ぐ。
心優はあまりの幻想的で綺麗な光景に、圧倒されて言葉が出なかった。
「もう、行ってしまうのか?」
二人が振り返るとヒョウガ王子がお城の門から出てきた。
「ああ、あまり長い間屋敷を留守にすると、うちで待っている老いぼれじじいがうるさいのでな」
「そうか……しかたない。なら、せめて見送ろう」
ヒョウガ王子は口笛を吹く。
すると雪が積もる森の中からものすごい勢いで何かが四本足で突進してくるではないか。犬よりも遥かに大きい、真っ白くてモフモフの野獣。
あまりの大きさに雪男かと思い伯爵は強張った顔で心優を抱き締め庇う。
訓練されているのか二頭の大きな狼は二人の目の前でピタリと止まると、伯爵にすり寄ってきた。
「クゥウーーン」
「くっ、はははは……。良かった、二頭に気に入られたみたいだね、彼らは狼の群れの中でも特に仲良し兄弟なんだ。たまに喧嘩もするけどね」
二匹は伯爵に交互にじゃれつき、遊んでもらって……いや、よく観察してみると分かるが伯爵が遊ばれている。
「ヒョウガ、これを早く何とかしろ、うっとおしくて敵わん」
心優は思わず笑ってしまった。
城の兵士はソリを運んできて、二頭の背中に縄でしっかりと固定するとその先を伯爵に持たせる。
「ソリに乗ったら壊れるとか、乗らぬ間に狼が突然走り出すとかそんな話のオチはいらないからな」
伯爵は誰かを指差す。
そこにはもちろん誰もいないのだけれども。
全く期待を裏切らない罪な男ですね。伯爵は。
まあ、そんなこんなで二人はヒョウガ王子が用意してくれたソリに乗り込み、伯爵の肩をたたく。
「国境の入り口までこの二頭が率いてくれるから、安心して縄を握っているといいよ。まあ、二頭が長旅に飽きて途中で喧嘩し出したら、林檎でも食べさせてあげてくれたまえ」
そういってヒョウガ王子から林檎が入った小袋を渡される。
「いろいろとありがとう、ヒョウガ王子」
「いや、こちらこそ、疑って悪かった」
ヒョウガ王子は彼らの姿が見えなくなるまで深々と頭を下げた。
二頭の狼は深く積もった雪の地面を強く蹴り飛ばし、力強くソリを引っ張っていく。頬にあたる冷気が冷たくて凍えそうになるけれど、二人は暖かな毛布にくるまり体温を温存した。
「ははは、早いのね。さすがだわ」
二頭の狼は林や森を抜け、ぐんぐんと目的地まで二人を運んで行く。満天の星空、天蓋のアーチ。すごく気持ちがいい。嫌なこと全て忘れてしまいそうなすがすがしい気持ちになった。
「ねぇ、クロウ伯爵……さっきの話の続きだけれども……」
「なんだ?」
「いいわ、私このままあなたの婚約者になっても」
「……なんだって?」
「だから……わたし」
『『ウォォオオーーーン』』
心優の言葉は二頭の無邪気な狼の声にかき消されたーー……。
クロウ伯爵。残念でした。
これはお約束です。




