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出会いはどしゃ降りの雨

 

 《カタン……カタン》


 自分は『乙女ゲームの世界』に来てしまった。そして何よりも目の前に99パーセント攻略不可能な相手、『クロウ伯爵』がいる。その事実が自分の中で消化できずにしばらく揺れる馬車の中でうつ向いていた。


 隣に座る伯爵の様子をチラリと伺うと頬に手をあてて雨空を見ていた。乙女ゲームの世界では伯爵はめったに外出することはない。雨の日も晴れの日もお屋敷にこもり一向に出てこない『陰キャラ』なのだ。

 それ故、彼の情報は攻略サイトにもほとんど載せられていない。うわさでは『悪魔のような姿』、『(にら)み付けられたら石になる』とか『お屋敷には生け(にえ)にされた若い女性が囚われている』とか、うそか本当か分からない情報ばかり。


 その彼が隣に座っているーー……。


「なんだ……?」


 じっと見つめていたので伯爵は不信に思いお互いの目と目があうーー……。視線を()らすと伯爵はベストの胸ポケットにしまっておいたハンカチで心優の肩に掛けた外(とう)の水滴を()き取る。


 心優は『通常ルートではまず出会わない相手』に容易く出会ってしまったことに驚きを隠せないでいる。そして伯爵は『だれか』に似ていた。その『だれか』がもう思い出したくても思い出せないのだけれど……。


「おまえどこで俺の名前を聞いた?」


「え……?」


「もしかしたら、おまえの帰る手掛かりがわかるかもしれないと思ってな」


「ええと……」


 心優はまさか本人に『あなたはオトメ女子の間では攻略法方が見つからなくて有名人です』なんて言えない。


「えっと、その話は大丈夫です……そのうち思い出しますから……」


 心優は無難な()()をついた。


 そして住む場所もなく、一文無しでこの世界に放り出されたのでこれからどうしょうと途方に暮れたーー……。


 《ザァー…》


 雨はいっこうに止む気配がなく降り注いでいる。馬の(ひずめ)が地面を蹴る足音。水飛(ぶき)を飛ばしながらパシャン、パシャンと水()まりの上を歩く。馬車など実際に乗ったことがなく、アニメやゲーム世界でしか見たことがない。それは思っていたよりも乗り心地の良いものだったーー……。


「俺の住む屋敷はすぐそこにある。この雑木林一帯は俺の土地だ。なぁに、俺の敷地内で待っていたのなら迎えに来たものはきっと俺の屋敷に訪ねてくるだろう。行く宛もないのなら取り合えず、俺の屋敷で一晩休んで行かないか? まぁ、おまえが良ければの話だが」


 心優はゴクリと唾を飲んだ。『黒翡翠(くろひすい)の悪魔』が一晩自分の住むお屋敷に泊めてくれると言う。それは親切心なのかそれとも(わな)なのか、彼の真っ黒な瞳を見て答えを出さなくてはいけなかった。


「……くしゅん」


 雨に()れた体は冷え、寒さからガタガタと小刻みに震え出す。こんなわけのわからない場所で野宿するよりはマシと思い心優は(うなず)いた。


「了解した。屋敷には時期に到着する」


 とある門の前で二頭の馬がピタリと止まると、心優は馬車の窓から外の様子を見渡した。

 赤い煉瓦レンガの門に身長の二倍くらいある背の高い鉄格子の門。門の周りは手入れが行き通らずうっそうとした庭木が生えていて、その先には豪華なお屋敷が見える。古びた西洋のお屋敷だ。下から窓の数を数えると一階、二階、三階、それに屋根裏部屋の小さな窓があった。横は細長い三枚の窓が、一カ所、二カ所、三カ所……息を()むほど広い敷地であることが分かった。広いお屋敷に森一つ分の土地。ここの主『クロウ・ブラックジェイド伯爵』とは一体何者なのだろうかーー……。


「さぁ、おいでーー……」


 (ぎょ)者が外から馬車の扉を開けてると先にクロウ伯爵が出る。雨に()れぬよう傘を差してくれて、心優は彼の手を取ると小さな体を丸めて彼の胸に飛び込んだーー……。伯爵は片手で心優を抱き抱え、反対の手では傘を持ったまま自分の屋敷へと戻る。


「クロウ伯爵、傘邪魔ではないですか……? 私、雨に()れても平気です……」


 心優は彼にそっとささやいた。しかし、傘を握る手は変わらない。伯爵の大きな背中を追うように(ぎょ)者が後ろからついてきて心優の肩に掛けられた外(とう)を手直しする。


「話は暖かい部屋に入ってから詳しく聞くことにしょう。俺たちは先に行ってってるぞ! ()()!」


「はい、クロウ伯爵」


 エメと呼ばれた紳士は頭を下げると馬車に戻ろうとした。


「あの……! 傘、使ってください……!」


 エメと伯爵は目を丸くして、心優の予想外な行動に注目した。


「私たちはクロウ伯爵の大きな外(とう)があれば、雨は防げるので、(これ)を使ってください。今のままではあなたが風邪をひいてしまいます」


 心優は肩に掛けられた外(とう)を伯爵の頭から自分もすっぽりと覆うように被せる。二人はわずかな視界を残して外(とう)に包まれた。


 心優は馬車の中からどしゃ降りの雨に()れながらも、一人で馬を操縦するエメのことを気にかけていたのだ。エメは遠慮しながらも渋々傘を受け取った。

 伯爵は心優を抱き抱えたまま、さっそうと走りお屋敷に入って行ったーー……。


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