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無実の罪で連行されましたが、異世界転移した四人目のヒロインに出会います

「クロウ伯爵はこちらにいらっしゃいます?」


 そんな矢先のことだった。

 銀の甲冑と、腰下まですっぽりと隠れる長いローブを(まと)った白ずくめの兵士がお屋敷の扉の向こう側に立っていた。

 心優は何事かと思い表に出て用件を聞こうとしたが、彼らは伯爵がここにいることを知ると、無理矢理にもドアを開け、侵入してきた。

 数人もの兵士はずかずかとお屋敷の中を探索する。一階に伯爵の姿が見えないことが分かり、二階に上り部屋という部屋を全て開けた。その中の一つ、伯爵の部屋のドアを開けると、中で冷静に待機していた彼の腕を鉄の鎖で拘束する。


「クロウ伯爵にとある疑惑が浮上しております。共にご同行願います」


「何のことだ」


「三カ国の王の側近、婚約者が次々と不審な死を遂げておりまして、その場に居合わせたのが伯爵だといううわさを聞きました。つきましては伯爵が何かとても悪いことをたくらんでいるのではと察した主人から『うちの姫君が巻き込まれる前に拘束し、全てを吐かせよ』という命令がくだされております」


「命令だと?」


 兵士の背中に描いてある「氷小狼(フェンリル)の紋章」。それは紛れもなく北の国『ヒョウガ・クリスタルモアルフ王子』直属の部下を示す。


「ちっ、いらぬ詮索をしやがって冷血無情な氷小狼(フェンリル)め」


 伯爵は体に触られることを拒んだ。

 きつく(にら)み付け「触れるな!」と怒鳴る。ドアの隙間から、兵に人質に囚われている心優を見つけると、抵抗するのを止めた。


「おまえら俺のうわさに惑わされ、遙々北の大地からノコノコここまで来たのだろう。だったら、俺が黒翡翠(くろひすい)の悪魔と呼ばれていることももちろん知っているんだろうな?

 もし、ぬれぎぬが晴れたら思う存分()()()地獄に突き落としてやる」


 心優は伯爵の背中を追い、「彼は無実」だと言うことを説明した。


 すると一番奥にいた年長者の男が出てきて、五月蝿く騒ぐ心優に軽く背中を叩くと、彼女は崩れるように気絶してしまう。

 伯爵は慌てて周囲の兵士をくぐり抜け、倒れ込む心優に覆い被さる。


 中々、動かない伯爵の顔をあげさせると、凄まじく恐ろしい悪魔のような形相で睨んでいた。

 男はため息をつく。



「それでは、二人ともご同行願います。北の国『ヒョウガ・クリスタルモアルフ王子』のお城へーー……」




*


 限りなく限りなく無音に近い。

 ギシギシと雪を踏む音だけが聞こえる。


 心優は息を吹き返すようにはっと目が覚め辺りを見渡す。

 壁も床も真っ白な部屋の正面に窓が一つだけあった。

 チェストやテーブルなど何もない空っぽの部屋の椅子の背もたれに両腕を繋がれていた。あまりの寒さに手足が凍えて、ガタガタと震える。


 ふと床を見ると暖かそうな毛布が一枚落ちていた。きっと眠っている間に動いて落ちてしまったのだろう。足元にあってもどうしようもないのが歯痒かった。


「全くレディにひどいことをするわね」


 後ろの扉からそろっと現れたのは黒髪の女性だった。ちょうど顎の下くらいの長さの艶髪は落ちついた雰囲気の女性に見える。耳元で輝くのはクリスタルイヤリング。北極狐の白の毛皮で作った暖かそうな毛皮のケープを羽織っていた。


「あなたは?」


()()


 セナは自分の着ていたケープを脱ぐと薄着の心優に羽織らせる。手元に持っていた南京錠の鍵で心優の拘束された腕を解放し「寒かったでしょう、ごめんなさい」と(つぶや)く。


「いいの?」


「いいわ」


 セナは赤くなった心優の手を握りしめると、暖かい吐息を吐き、少しばかり暖めてくれた。


「ありがとう。私の名前は心優(みゆう)よ」


「ミユウ……ごめんなさい、全部()()()()だわ」


 セナは悲しい顔をしている。


「どうして?」


 心優の問いかけに少しだけ目線をあげる。


「彼が私のことを愛してしまったからよ」


 不思議な言葉使いに頭を傾げる。


「ねぇ、あなたは私が恋人と離れ、異国の王子様に恋をされて困っているといったら、欲張りだと罵倒するかしら?」


「ええ、それはちょっとぜいたくすぎる悩みだわ」と思ったが、彼女(セナ)の話を黙って聞くことにした。


「私はもともとこの世界の人ではないの。別の世界からやって来たのよ。それがどういう訳か、最初の街で下働きをしていたら、ヒョウガ様の目に留まり、この国に連れてこられましたの。

 私はあの日宿屋に帰る途中に、甘いお菓子を買いに少しだけ寄り道したことを、お(ここ)に連れてこられてからひどく後悔しました。

 もし、少しでも道を外れず、誘惑に惑わされず、まっすぐ帰宅していたらこんなことにはなりませんでしたもの。


 その時に『私は元の世界に婚約者が待っている身で王子(あなた)に愛される資格など全くない』と説明しましたのに彼は一度(つか)んだ手を離してくれることはありませんでした。

 さらにはこの半年の間に各国の王子の婚約者様、もとい側近が不審な死を告げている。そんなうわさ話を聞いて元凶はクロウ伯爵の仕業では? と王子が怪しんでおられるのです」


「それは違うわ、伯爵はなにもしていない」


「私もそう思いますわ。ヒョウガ様は冷静沈着で鉄の心、冷血無情の氷小狼(フェンリル)だと言われていますが、いささかその裏側には石橋をたたきすぎる心配症な一面がございまして……」


「クロウ伯爵とヒョウガ王子は今どこへ?」


千爛(せんらん)の間でございます。私がご案内いたしますので、こちらへどうぞ」


 心優は誘われるがままセナの後ろをついて行った。


 大神殿を思わせる大理石でできた太い柱、硝子張りの大きな窓からは外の雪の景色が見える。深く積もった雪は街をも飲み込み硝子窓には雪の結晶が付着している。

 心優は指先で少し曇った窓に触れる。静寂の風景。外には人一人として歩いている者はいない。神秘的な光景は世界が凍って時が止まってしまったかのよう。

 

 セナはとある扉の前で足を止める。扉に描かれた『氷小狼(フェンリル)の紋章』を見つめると、ゆっくりと手を伸ばし小さい声で(つぶや)いた。


「どうか、ミユウ。あなたは私のように道を間違わないで」


「え?」


「なんでもないわ、行きましょう」

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