ディネ・アン・ブラン2
鴉の紋章の金のネクタイピンが胸元でキラリと輝く。伯爵は黙々と一人お屋敷で仕事をこなしていた。難儀な問題も手際よく淡々と処理し、余裕綽々に書類を書いている姿は頼りがいがあって格好良く理想の旦那様だった。そう、いつしか彼女は伯爵のことが『好き』になっていた。
心優の朝の業務が増えた。スコップ片手にお屋敷の庭と門まで雪掻きをする。最初はエメも手伝ってくれたのだが何せ『おじいちゃん』なので寒空の下重労働させる訳にもいかない。
心優はエメから皮の手袋を借りると一人黙々と雪掻きをした。
途中でどこからか野生のウサギが飛び出してきて作業はストップする。鼻をピクピクと震わせ小さな足でピョコピョコと雪の上を歩く姿に乙女心が高鳴った。
すると背後で猛烈な勢いで雪掻きをする真っ黒い影が現れた。後ろを振り向くと伯爵がどでかいスコップで雪掻きをしている。
「意外に体力はあるのね……」と感心しているとあっという間に雪掻きは終わってしまったようで早々屋敷に戻る。
心優も後を追って屋敷に入ると、厨房ではエメが暖かいポタージュスープを作ってくれていた。暖炉の前で濡れた服を乾かしながら、エメ特製のご馳走をいただく。
マッシュルームとコーンが優しい家庭の味を引き出していて心まで暖かくなった。
伯爵は「冬はどこにいくのもなにをするにも寒くて億劫になる」と言った。『ディネ・アン・ブラン』で着る衣装を新調しにリーフ国に馬車で向かう。伯爵は「冬は太陽が雪に照らされ特に眩しい」と馬車のカーテンを閉めようとする。
その反対側で心優は森の風景を楽しんでいた。真っ白い雪が積もり身を白い化粧をした樹木。
近くの湖畔を通ると薄く凍った水が辺りの樹木を写し、湖畔全体が一面巨大な鏡のようになっていた。雪の銀世界とは反対に淡い青い湖畔。そこはまるで世界が反転したような神秘的な風景だった。
伯爵は窓の外を物珍しそうに眺める心優の手を優しく握りしめる。
「ミーユが好むのなら、どこへでも連れていこう」
*
しばらくして街に着き、仕立て屋にドレスを作って貰うように頼む。仕立て屋は若干胸元がきつそうな彼女の衣装を見るや否や寸法を測り直し着ていた衣服を脱がして、大きな鞄から鋏を取り出すと、生地一枚を広げ仮止めをしたのち背丈にあわせてざくざくと大胆に切る。
針や糸を巧みに使いさらに柔らかな布をあわせ、フリルの多いドレスを作ってくれた。
「まぁ、大体のデザインはこんな感じで。寸法はわかったので、後日仕上がりましたら連絡いたします」
『ディネ・アン・ブラン』の様相はその名の通り真っ白なドレスでなければならない。
伯爵はいつもとは違う雰囲気のドレスに身を包んだ彼女を潤んだ瞳で愛おしそうに見つめる。
「クロウ伯爵、たまには純白のドレスもいいですね」
見惚れていた伯爵にエメが耳打ちでそっと声をかけると、彼は口に含んだ紅茶を吹き出した。
「だっ、大丈夫ですか?」
心優は伯爵に近寄ると持っていたハンカチで伯爵の衣装に染み込んだ紅茶を拭おうとする。
心優が少しばかり前屈みになるときつくコルセットで絞められ、胸が強調されたドレスについ目が行ってしまった。
「目のやり場に困る」
伯爵は小声で呟くと席を立ち、ドアを強く閉めて一人で部屋から出て行ってしまった。心優が「似合わなかったかしら」と心配していると、後ろで仕立て屋が「ホホホホホ」と口に手をあてて笑っていた。
心優は普段の衣装に着替える。
一階のエントランスでは伯爵が隅の椅子に腰掛けぼんやりと窓の外を見ていた。
するとエメが先に戻ってきて伯爵の後ろに立つ。
「伯爵、私にも新しい一張羅を買ってくださりありがとうございます」
エメは裏地が獣の毛皮でできた分厚いコートを手に持っている。襟の部分もふさふさでとても暖かく冬場は重宝しそうだ。
「彼女はいつしか帰ってしまうのだろうか」
「ご心配ですか?」
「ああ……いつか、手を離さなくてはいけない日が来るのではないかと気にはなっている。だって、彼女にだってどんな形であれ家族はいるはずだろう?
もし、そのような人が現れた場合、最悪、俺は彼女の幸せを第一に考えている」
「伯爵のお側が一番だと、胸を張って答えないのですか?」
「もちろん、俺が彼女を幸せにしてやる自信がないわけではない。何も言わず側にさえいてくれるなら、もう働かせはしないし、かといって不自由な暮らしもさせない。彼女のことを側で見ていると家に一日中こもっているよりも、誰かと話したり、外の自然の風景を楽しむのが好きらしいんだ。それならそれで育児をしながらのびのびと暮らして欲しい」
「ジェイド家はにぎやかになりそうですね」
伯爵の口元の口角が若干上がり、目元がほんの少しだけ緩んだのが彼に長年仕えているエメには感じられた。
「何を二人でこそこそ話しているのですか?」
「おやまあ、心優さん。これは伯爵と夕飯の献立の相談をしておりまして……」
「こんな寒い日は選択肢はない、頑固としてシチュー一卓だ」
「ええ、それでは伯爵のお望み通りに。
心優さん? ドレスはいい感じに仕上がりそうですか?」
「もちろん! 後日出来上がったら連絡をいただけるそうだわ」
「それではまた三人で伺うことにしましょうか」
そんな『明るい未来』が来るのを三人は心のどこかで願っていたーー……。




