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伯爵が彼女とのメイドの雇用を解消した本当の理由

 *


 リナリアと王子を乗せた船はゆっくりと帰航する。

 

 ギンレイは自ら船を降り、カトレアが乗ってきた白馬に股がると少しはかなげな背中を見ていた。

 クロウ伯爵は黒馬に心優を乗せ、彼女を守るように後ろに座る。


「ギンレイ、街まで一人で帰るのか?」


 伯爵はギンレイに気を使い声をかける。

 やはり、彼からは答えが帰ってはこない。


 ムスっとした伯爵は隣に並ぶと心優に彼に声をかけるように促す。心優は目をキョロキョロと動かし、はぁっと胸からため息を吐くとギンレイに「ついてきて欲しいそうです」とこっそりとささやいた。

 リーフ国の路地裏の花屋で片手に持てるくらいの花束を購入する。伯爵は街を出て、林を突き進み、とある場所へとギンレイを誘った。

 

 ご両親のお墓はリーフ国の穏やかな街並みと緑豊かな風景が一望できる見晴らしの良い高台にある。伯爵は馬から降りて石板(せきばん)の前でしゃがみ込む。

 心優は手に持っていた花束をそっと石板(せきばん)に置いた。


 石板(せきばん)に刻まれていた文字を見ると伯爵はゆっくりと名前を呼ぶ。


「やっと連れて来たぞ、母さんーー……」


 背の高い木の枝が風に揺られて葉と葉が触れあい、音を立てているーー……。


 ギンレイは一粒の涙を流したーー……。


*


 伯爵は「日が暮れるから泊まるように」とギンレイを屋敷に誘ったが、ギンレイは「心を整理しながら帰る」と言い、その誘いを断った。


 二人は分かれ道でギンレイと別れる。


 黒馬は心優と伯爵を乗せてゆっくりと屋敷へと戻った。

 心優は終止無言の伯爵の顔を伺う。


 

 伯爵は突然「おまえとの契約を()()したい」と言ってきた。


 心優は突然の言葉に最初は驚いたが、その言葉の意味をしっかりと受け止める。


 「伯爵が望むなら解雇されても仕方ない」と思っていた矢先、馬を止められる。びっくりして後ろを振り向くと神妙な表情で伯爵はこちらを見つめていた。


「おまえは本当はどこからきたのだ? どこへ帰るのだ?」


 どこと言われても心優は返す言葉が見つからなかった。

 思い出そうとしても思い出せないのだ。


 伯爵は心優を後から抱き締める。彼女の小さな体を離すまいと強く力が入る。


「このままずっとそばにいてくれるのか?」


 こんな弱々しい伯爵の姿は見たことがない。

 今日は伯爵の過去の繊細な事情が明らかになり、彼も大分精神的に疲れたのだろう。そんな彼の腕を抱き締めて心優は言葉を返した。

 

「伯爵が望むなら、私はずっと伯爵のお側におりますよ」


 

 ……だが、伯爵は沈黙したまま言葉を返してくれない。

 心優はどうしたものかと心配になり彼の様子を伺うとする。振り返ろうとする彼女に対して伯爵は「見るな、前を向いてろ」と言った。その瞳は若干赤く、少しだけ潤んでいた。


 心優はそんな彼を見て優しくほほ笑んだーー……。



「婚約者になってくれないか?」


「……え?」


「あの日、おまえのことを拾ってから早くも半年が過ぎた。

 それなのに、おまえのことを知る人は一人として屋敷に現れない。このままおまえのことを知っている人に現れなかったら、このまま()()()()ずっと俺の側にいて欲しい」


 心優は若干胸に突っかかるものがあったが、うれしくてうれしくて頬を赤らめる。


「メイドの()()()()()だ。答えは後日で良い。しばらく考えておいてくれ」


 言葉をいい終えると伯爵は再度馬を走らせた。

 黄緑したイチョウ並木を潜り抜ける。秋のそよ風に揺られて地面に落ちたイチョウの葉は舞い上がる。馬は鼻先にイチョウの葉が当たるとぶるぶると左右に首を振らせていたが、そんな風景さえもが心をほっこりさせる。

 向こうには心優がこの世界に来たときに座っていた錆びれたベンチが見える。


 今まで出会った人たちとの思い出が(よみがえ)る。あの時伯爵に拾われなかったら、こんな感情を抱くこともなかった。

 確かに時には辛く落ち込むこともあったが、全ての物事は深く彼女の胸に刻まれ、もう二度とそんな辛いことは起きないようにと戒めとなったーー……。

 

「寒くはないか?」


「はい」


 向こうで伯爵のお屋敷が見える。

 庭先では(ほうき)を持ってエメが二人の帰りを待ちわびていた。


「おかえりなさいまし、クロウ伯爵。……心優さん」


 『どこ』から来たとか、自分が何者かなんて関係ない。紛れもなく心優の居場所は『クロウ伯爵のお屋敷』であり『彼の隣』だったーー……。


「ただいま戻りました。エメさん」


 

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