すれ違う色違いの二羽の鳥
(クロウ伯爵の兄弟ーー……!!??)
心優は鋏を喉元に突きつけられたことよりも、鋏を握る男が伯爵の兄弟だと知り驚く。
視線の先で伯爵は大きくため息をつき、前髪を掻き上げる。
「心優、誤解するな。奴とは一応血は繋がっているが異父兄弟の弟だ。まあ、実家を捨て長年行方不明だった男に今ごろ兄弟だと言われても赤の他人と変わらないがな」
「利口に大人しく聞いていれば言ってくださりますね? リナリアお嬢様、誤解しないで下さい。この腹黒く口うるさい悪魔とは血が繋がっていようとも、私はこんなに性格がねじり曲がっておりません。母親を見殺しにしたお義兄様とはね」
お互いが威嚇しあい、棘のある言葉に場の雰囲気が凍りつく。
「今、なんと言った? 聞こえなかったな」
「私の母でもある彼女を故意に見殺しにしたと言いました。どこか事実と異なりますか? お義兄様?」
鋏は刃先を心優の腹元に向けられる。
すると、細いロープを乱雑に切り裂いたーー……。
一瞬、伯爵の顔から血の気が引く。
それがおかしくてギンレイは「くっくっ」と笑った。
別方向のドアが開くとガタイのよい兵士がクロウ伯爵の周りを囲む。その隙を見て心優の手を取りリナリアを抱き抱え外へ逃げだした。
心優は無理やり引っ張られる手を振り払い「離して!」と叫んだ。
「そうですねえ、人質と言えども女性ですから、丁重に扱いましょうか」
「もう、十分丁重に扱っているでしょう? 今さら何を言うの?ギンレイ」
「こらこら、リナリアお嬢様、しーっ、しー……お静かにでございますよ? 内緒話は私の耳元でお願いします」
「耳元って言われたって、ギンレイ背が高いんですもの! 冗談じゃないわ……! そうね、丁寧に扱うとしたら、この小娘を船のマストにくくりつけ自慢したらどうかしら? 一番目立つ船の先に立たせて、みんなに見せびらかして手厚い歓迎をしてあげましょう!」
「それは良い名案です! さすがお嬢様!」
心優は帆を貼るための棒に上らされる。「嫌だ」と拒んでも後ろからぐいぐいと押され、檣座に立たされ縄で括られる。
港に寄せられた船は海風を受け帆が羽ばたいている。足元が不十分な上にぐらぐらと不安定。隣でにこにこと笑みを浮かべる男の機嫌を損ねたりしたら、ロープを切られ一気に海の中へ落とされてしまいそうな予感がした。
しかも、この男はクロウ伯爵の兄弟ーー……。何がなんでも大人しくしていなくてはーー……。
心優は神に……いや、悪魔に願った。
お願い、無事でいてーー……。
「きゃあ! 格好いい! さすがだわ! ギンレイ!」
遥下の方で盛り上がるリナリアお嬢様。
伯爵はいくら待てども助けには来てくれなかった。
心優は最悪の状況を予感したがゆっくりと目を開いた。
「ねえ、さっき伯爵がお母様を見殺しにしたと言っていたけれども、伯爵はそんな方ではないわ」
「……知ったような口を」
「分かるわ、少しの間だけれども一緒に暮らしていたのだから」
心優は支えられている手を振り払い、檣座の上で表手を広げた。風に靡いて大きく膨らむ黒のスカート。灰色のエプロン。
「同じ食事をして、同じ時間を過ごしていれば、彼がどんな人が良く分かるわ」
首にぶら下がった二つの宝もの。
「むしろ、あなたの方が伯爵の全てを知っていそうなのに、うわさに惑わされ、そんなことも分からなかったの?」
心優は高くから街の様子を伺っていた。一頭の白馬がこちらへ近寄ってくるのを見るとほっと胸を撫で下ろす。
「あいつは、私から全てを奪い取った。だから、復讐をしなくてはいけないんだ。」
苛立ったギンレイは心優のくくりつけてあるロープを外す。冗談でもそこまですると思わなかったリナリアは悲鳴をあげた。
強風が吹き、足を滑らした心優の体は落下する。
港にたどり着いたカナリア王子は最悪の状況を見て叫んだ。
「ミーユーーーー!!!」
船上で上から落下してきた心優を抱き締めたのは、カトレアだった。
カトレアは心優を抱き締めるとその衝撃でよろめく。
「はぁ、はぁ、怪我はないか? 心優殿」
カナリア王子は二人に寄り添う。
帆先で一部始終を面白くなさそうに見ていたギンレイは舌打ちをしてその場から飛び降りた。心優をカナリア王子に預け、ゆっくりと体勢を立て直したカトレアはおもむろにギンレイにライフル銃を構える。
「これはこれは、物騒な物を」
「これは、どういうことだ!! リナリア!!」
カナリア王子は婚約者を責めてる。
「ひぃっ……カナリア王子……これは、これは、ちょっとしたお遊びの延長戦でですねぇ……」
ギンレイはライフル銃を向けるカトレアの背後に立つ、薄気味悪い悪魔の気配に気がつくと両手をあげて降参した。銃を向けられることは怖くない。……だが、獲物に狙いを定め隙あらば噛み殺そうと本気で睨み付ける悪魔とは戦っても勝敗の行方に自信がない。勝てぬ戦さには早々に白旗をあげたのだ。
「……随分と派手に暴れてくれたものだ」




