家出をして来た王子様の無邪気な悪戯
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カナリア王子を乗せた馬車はクロウ伯爵の屋敷へ到着する。なぜ、無理にでも王子を下ろさなかったかというと、心優の腕を抱き締めて離さないからだ。
心優は彼のことを甘やかし頭を撫で撫で、柔らかなほっぺをぷにぷに突っつきながら「子供だからしょうがない」と言う。その度に王子は捨て猫のような瞳で「一晩だけお願い」とすり寄ってきた。
そんな二人のやり取りを伯爵は隣に座ってじっと耐えている。「そいつは捨て猫ではない、家出をした泥棒猫だ」と彼女に言い聞かせたが「どこが?」と聞き返され、彼女は天然なのか純粋に素直なのか彼のことを疑いもしなかった。
「おねえちゃーん」と言いながらも、心優の胸に抱きつく彼はどこからどうみても伯爵には泥棒猫にしか見えなかった。
伯爵が先に馬車から降り、心優の手を取り馬車から下ろすと、後ろから小さな王子も「僕も僕も」と抱っこをせがんできた。
伯爵は目を細め、ドアをバタンと強く閉める。
慌てた心優がドアを開けると今度は彼女に抱きつく。
「えーん、えーん、意地悪されたぁ」と王子は嘆くが伯爵と目が合うとペロリと舌を出している。心優は「よし、よし」と慰めるが二人の距離が無駄に意味もなく近いのだ。
誠に腹が立った伯爵は彼の首根っこを掴み、屋敷の中へ強引に引っ張って行くと、どこからか見つけてきたちょっとほこりのついた、言っちゃアレだけど、珍しくばっちぃ、皮のチョーカーを彼の首元に結びつける。一応は鴉の紋章がついた黒のシンプルなチョーカーだ。
「一晩だけなら泊めてやるが、ただし条件がある」
部屋の中で伯爵と二人っきりになったカナリア王子は先程とは全く別の三白眼のような瞳で伯爵を威嚇する。
「ここの主は俺だ。ここでは俺が一番偉い。俺は主人でおまえは猫。猫として主人の言うことを聞き従うなら一晩くらい置いてやる」
カナリア王子は「はあ? 冗談だろ?」と驚き、首に付けられたチョーカーを外そうとしたが留め具が複雑で上手く外せない。伯爵がテーブルを強く叩くと口をつむいだ。非常に珍しくほこりが舞う。
「いいか、心優は俺のものだ。絶対に手を出すな」
この形相足るや……。
物音を聞いて心優が部屋に入ってきた。
「こっ、こわーーい!! 雷が落ちたんだよーー!!」
「か、雷……!?」
心優は王子に抱きつかれ、慌てて窓の外を見るが雨ひとつ降っていない。
「怖いから今日はおねえちゃんと寝る。良いよね? おねえちゃん?」
『おまえは俺と寝るんだ、泥棒猫!!』
またもや伯爵の雷が落ちた。
心優は二人を勝手に「仲よしさん」と勘違いして、晩御飯を温めているエメの元へと手伝いに行く。二人はしばらく無言でお互いの目と目を見つめ火花を散らした後、心優の優しい声が聞こえたので大人しく席に着いた。
夕食で出された食事はたいそうおいしかったが二人の空気はズッシリと重く心優はエメに助けを求めたが、彼は「おやまあ」と言ってナプキンを口にあて「フォッフォッフォ」と笑っていた。
食事が終わり、食器を厨房に運んでいると、金色の林檎が置かれていた。それをエメが小さく刻んで鍋に蜂蜜を入れて煮込む。林檎の甘い香りが部屋中に充満する。
「心優さん、今日のお仕事はもう終わりですので、先に着替えて部屋に戻られても良いですよ?」
「ええ、ですが、私はもう少し用がありますので。ところで、エメさん。あなたは何を作っていらっしゃるのですか?」
「ああ、これは……。先程、カナリア王子からいただいた林檎でジャムを作っているんです。ちょうど先日スオウ王子からいただいたたくさんの果実もあるので傷まないうちに調理してしまおうかと」
「ジャム……」
木のヘラでゆっくりとかき混ぜられとろとろに煮込まれると透明の瓶の中へ流し入れる。
次に葡萄、蜜柑、ブルーベリー、色とりどりの果物が煮詰められ瓶に詰められて保存される。
「ベリー系は乾燥させてドライフルーツにもしくは紅茶の香辛料として使いましょう。これからは色鮮やかな料理がテーブルに並びますよ。早速、明日の朝食はパンにジャムを塗って食べることにしましょうか」
エメは優しくほほ笑んでくれた。
今日は金曜日なのでエメはこの後自宅の方に戻られると言っていた。心優は遅くなる前に片付けを引き受ける。
手に持てるくらいのちいさな皮のかばんを持って、執事服を脱ぎ、普段着に着替えたエメは再度心優がいる厨房に足を運んだ。
「心優さん。こちらを渡すのを忘れておりました」
琥珀色の小さな小瓶を心優に渡す。
「商人にいただいた蜂蜜の原液です。紅茶に入れても良いですし、もちろんそのまま舐めても。少量なら美容と健康にとても良いとのことですぞ」
エメは人差し指を口にあてて「特別に差し上げます」と合図する。
「私が留守にしている間になにか揉め事が起きても、クロウ伯爵のこと嫌いにならないでくださいね」
エメは意味深なことを言い残すとお屋敷を出て自宅へ帰った。
瓶の蓋を開けて銀のスプーンで少しだけすくって舐める。甘い蜂蜜は舌の上で溶け、心に安らぎと潤いを与えてくれたーー……。




