かわいらしい顔で悪戯に微笑むのは三人目の王子様
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「だいぶ過ごしやすくなりましたわね」
三人はすっかり秋の風景に変わった街に買い出しに来ていた。
「あそこにいるのはイーグリット王子では?」
イーグリット王子は城の兵士とともに街の偵察に来ていた。
「おい、イーグリット!」
クロウ伯爵が馬車のドアを開けて声をかける。
王子の隣にはもうあの方はいないけれども、彼は真面目に任務を遂行していた。古き友人である彼のことを気になってはいたのだろう、伯爵は一人で馬車を降りて彼の元へと近寄った。
心優は「喧嘩するほど仲が良いとはよく言ったものよね」と二人を暖かい目で見守っている。すると、伯爵は隙を見せた王子の綺麗な頬に見事な右手パンチを食らわした。
《バキィーー……》
馬車を運転していたエメは黒いシルクハットの帽子を深く被り残虐な光景に目を背ける。
「両耳揃えてきっちり払えと言ったではないか」
伯爵は地獄の底から這い上がる程の低音でそう呟いた。一瞬でも伯爵のことを「根はいい人」と思った彼女の良心に嫌気がさすーー……。
その時だった『金色の林檎』が三つほどどこからかコロコロと馬車の前に転がって来る。
心優は馬車の下に入り込む前に馬車から降りて、三つの林檎を受け止めた。女の子が林檎を追いかけ、遠くから走ってくるのが見えたからだ。
「拾ってくれてありがとう」
目の前に同じくらいの背格好の年齢は年下かと思われる、ベージュのキャスケットを深く被った小柄な女の子が抱えきれぬほどの林檎が入った紙袋を抱えて立っていた。
薄手のシャツにオーバーオールのボーイッシュな女の子は子猫みたいな丸い瞳でじっと心優を見つめている。
ひときわ珍しい翠眼の瞳。思わぬ美少女の登場に「まさか、まさか」と身構えてしまう。
女の子は急に涙目になり、腹痛を訴える。心優の乗っていた、クロウ伯爵の馬車を指差すと、心優に抱きつき訴えてきた。
「お願いおうちに帰りたくないの。一晩だけでいいから泊めてくれないかな?」
心優は痛みを訴える少女を放っては置けず、取り合えず馬車に乗せて横になって貰うことにした。そして、伯爵の言い争いが終わるまで、痛いところをさすってあげた。随分と気が晴れた伯爵が馬車に乗り込むと見知らぬ子が心優のお膝にごろん、膝枕をしてもらって、手を握っていることに気がつく。
「事情を聞いたらこの子、家出をしてきたみたいで……クロウ伯爵、一晩だけでいいからお屋敷に泊めてあげることはできませんか?」
心優の両手を握り、右手は然り気無く彼女の胸に触れている。その子の悪行に気付くことなく、彼女は見知らぬ子を庇い屋敷へ泊めてくれと伯爵に願い出た。
うるうるとした大きな瞳で心優をじっと見つめる。
そして二の腕に抱きつき「絶対に離さない」とこの場から動くことを拒んだ。
「おい、ミーユ。そいつ、女の子なんかじゃないぞ」
「へ?」
「ちぇっ、伯爵は全てお見通しか」
伯爵は二人を引き離し、キャスケットを脱がす。流れるような金髪の隙間から双方の翡眼の瞳が悪戯に二人を見つめていた。
「僕の名は、カナリア。カナリア・ルーツネフライト。西の都アニア帝国、国王の三男でこんな体でも一応皇位継承者の皇太子だよ」
無邪気な顔で舌をペロリと出す彼は、ブラウスの第一、第二、第三ボタンまで開けて、男らしい首筋と硬い胸元を見せた。彼は正真正銘の男の子だった。
(迂闊だった! 真夏の家出騒動、変装した男の子。女の子よりもかわいらしい男の子といったら彼しかいないじゃない……! カナリア王子!)




