裏ルートに突入したヒロインを助ける唯一の方法
(と、止められなかったーー……!!)
心優は目の前の光景がいまだに信じられず固まっていた。
クロウ伯爵はゆっくりと床に転がった刃物を握る。そして、目線を徐々に上げ、彼の鋭い鴉のような眼孔が稲妻に照らされ妖しく光る。後ろを振り返ると自分の背後にいた男の急所を狙い、壁をも破る勢いで思いっきり貫いた。
《ガッ……》
伯爵の長い髪が揺れる。彼は荒ぶる気持ちを抑えて、荒い呼吸をする。首元の動脈を狙い迷うことなく真っ直ぐに突きつけられた刃は、彼の全体重がかけられて深く深く突き刺さる。
伯爵の瞼からは拭いきれなかった血が落ち、状況を把握した心優は、伯爵の名を呼び側に駆け寄った。
男は驚き、腰を抜かして床に倒れる。ギリギリの所で刃物は急所から外れ、それでも壁に刺さった刃物を両手で握り固まる伯爵がいた。
「あとは私が……なんとかするから……伯爵……あなたの手は汚せはしないわ……!!」
明かりがない部屋。伯爵の表情は長い前髪で隠れ表情は見えない。心優が伯爵の行動を阻止し、腕に抱きつこうとも刃物を握る手はピクリとも動かない。
「オレは悪くない……!! 悪いのは……コイツ……!」
片言の言葉を話す男は騒ぎを聞きつけた人たちに取り押さえられる。男は部屋から無理やり連れ出されたのだが、最後まで一点を指差していた。それがこの一連の騒動の『真犯人』だったーー……。
人差し指の先には『血まみれの少女』がいたーー……。
「カレン……。オレはおまえのこと、本当の妹のように思っていたのだが、それはオレだけだったのか……?」
カレンはゆっくりと視線だけを動かしスオウ王子を見つめる。
「では……いったいなぜなんだ……! なぜ……国宝、鳳凰の首飾りを盗もうとした……!? おまえが『盗賊』だったなんて、オレは絶対に信じないからなーー……!?」
一つ訂正がある。
先程、説明した『ミニゲーム』。あれは『お宝探し』だーー……。
『清き乙女は王子様に寵愛される』のリーフ国にはさまざまな求人がある。勿論、宿屋の他にも求人があるのだ。まぁ、そこは『裏技』なのだけれども。商店街の外れに『怪しい男』が立っている。そして、その男から『依頼』を頼まれるのだ。
『スオウ王子のお城にある、財宝を手に入れて欲しい』とーー……。
『財宝』を手に入れたら「一つ願いを叶えてあげる」という甘い誘惑に負け、カレンは自ら『盗賊』になったーー……。
そして『スオウ王子』を騙し、倒れたふりをして宮殿に侵入し、満月の翌日、計画を決行したーー……。鳳凰の首飾りを盗んだ犯人を伯爵にしたてあげ全て押し付けようと企んでーー……。
計画はスオウ王子が手紙を出した時から全てが彼女に仕組まれていた。
この『裏ルート』のことは知っていた。でも、まさか、まさか、カレンが『盗賊』だとは疑いもしなかった。思いたくはなかったのだーー……。
カレンのことを怪しんでいた屋敷の者が正義感からか、鳳凰の首飾りを持つカレンに刃物を向けた。伯爵は仲裁に入ったのだが、伯爵の手の甲を掠め、運悪くカレンの体に刺さったーー……。
「……あとは私が……なんとかする」
心優はこの『裏ルート』の結末を知っている。
『盗賊』を選んだ時点でほぼバッドエンド確実なのだーー……。
だが、まだ可能性は残っている。
何せ今度ばかりは心優は『ヒロイン』ではないからだ。
側には『黒翡翠の伯爵』、そして自分自身が『悪役令嬢』。
カレンを救う方法ーー……。それは一つーー……。
スオウ王子は床に倒れ込むカレンに寄り添い、小さな手を握りしめそっと抱き締めた。そんな二人の前に心優が立っていたーー……。
「スオウ王子、あなたに問います。あなたはカレンのことが好きですか?」
「ああ……」
「それは……兄妹としてですか? それとも……。
私あなたに言いました。彼女自身を見てあげて欲しいと。あなたの腕の中にいるのは……本当の妹ではないはず……」
カレンは震える手で髪の毛を結んだ髪飾りをほどく。淡いピンクの髪。スオウ王子はカレンと棺の中に入れられた妹の姿を重ね合わせ、悲しい記憶が昨日のように思い出され混乱する。
「スオウ様……私は……ずっと……」
薄暗闇の中、永い間彼のことを見つめていた彼女と目が合う。
そして彼は気づく、彼女と妹は全く似ていない。
彼は背丈や年齢の同じ彼女を妹だと信じこみ、錯覚していただけなのだとーー……。呪縛が解けた今、彼の心の中にはどうしようもない後悔と彼女を襲った不幸の現実に胸が張り裂けそうになるーー……。
「では、ここで証明してください。その愛が本当ならばカレンは救われます」
スオウ王子はカレンの唇にそっと触れ、優しく口づけをしたーー……。
「カレン……カレン……。
オレはおまえのことが……好きだ」
カレンの体は光輝く。まるで向日葵の花びらのように体の細胞から一枚一枚花が散り、花びらとともにカレンはこの世界から消えようとしている。
カレンは自分の体の変化に気づき目を見開く。指先から自分の体が消えて、散って行くのを見ると声を張り上げた。
「い……いやだ……あっちにはもう帰りたくない……! 私は、もっとこの世界にいたかった……! 心優……!? なぜ、このようなことをした……!? 体が……ああ……」
心優は思わず目を反らす。
向こうの世界で恨まれてもいい。最後に酷い悪役令嬢がやって来た。と笑い話にされてもいい。王子と永遠に結ばれなくてもカレンの命が助かるならそれでいいと心優は思った。
花が散る最後の一瞬までスオウ王子は彼女を抱き締めていた。
雨音がだんだんと弱くなり、先ほどまであれほどうるさかった雷雲は風に流されてどこか遠くへ行ってしまったようだ。
「ばかだなぁ……カレン……おまえが望むなら、鳳凰の首飾り一つと言わず、この宮殿ごとおまえに渡したのに……こんなちっぽけな宝を欲しがるなんて……」
彼が再度抱き締めようとしても彼女の姿はもうここにはいない。通り抜けた指先を見つめ、両手をぎゅっと握り締めた。
「カレン……おまえはどこにいても……オレの……
オレの大切な子だ」
二つばかり雫が落ちる。
なぜ私たちはこの世界に異世界転移し、王子様と結ばれると元の世界に帰らなくてはいけないのだろうか。物語の結末は「永遠に王子様と幸せに暮らしました」というハッピーエンドにしてくれないのだろうか。
夏の夕立はすぐに上がり、雲と雲の間から太陽の光が射している。窓を開けると少し湿った風が吹き、火照った体温を沈下する。風は慰めてくれるようにそっと癒しを与え、頬から流れる雫を拭った。
黒く長いスカートが風でなびいて、散らばった淡い花びらがふわりと宙に舞う。燃えるような太陽に、花びらは吸い込まれ、空に消えたーー……。
王子はそれを呆然と眺める。髪は茜色の太陽の光に包まれキラキラと輝く。それはまさに孔雀の羽のようだったーー……。
向日葵畑の葉が風で揺れている。
月夜の光の下で静かにゆっくりと花開いた夕化粧。花は月夜の下の灯りとなり行く先を照らす。漆黒の馬は蹄を鳴らし三人を運ぶ。
長い沈黙。蹄の音、馬車の車輪。ゆっくりとゆっくりと進む馬車。遠くの水辺では蛙が鳴き、虫の音さえも傷心した彼女に癒しを与えたーー……。
「悪役でも良い。ヒロインを救えるなら私は喜んで悪役になるわ。
私、カレンのことが好きだったーー……」




